星屑のビーナス

ソラ

星屑のビーナス

 目を覚まし、右横を向くと、彼の後ろ髪が見える。私の方に背に向けて、いまだ熟睡している。



 日曜日の朝、まだ朝の6時。

 カーテン越しの日差しに、私は目を覚ましてしまった。



 結婚してあと数か月で3年になる。今も子供はいなく、お互いの両親から早く孫の顔が見たいとよく言われてしまう。


 まだ子供は欲しくない。


 こうして彼と二人で楽しく、彼氏・彼女の延長線で生活しているのが楽しい。

 でも、孫を作る行為は週に3回くらいはしている。これでも数は減った方。


 彼が昇進してから、仕事の疲れから夜のお楽しみが少し減ってしまった。今までは毎晩のようにオオカミだったくせに。


 それでも彼の濃厚な抱擁は、お互い独身の時と変わらず激しい。


 特に昨日の晩のような、休みの日の前日はゆっくりと、時間をかけて、私を愛撫する。

 全裸の二人が、お互いの皮膚の感触の違いを『心地いい』と感じてしまうのはなんでだろう? と、いつも不思議に思う。

 額や頬、まぶたに軽く、まるで小鳥がついばむようなキスからはじまる優しいスキンシップ。まるで私を、大切な壊れやすいステンドガラスをいたわる様な、いじらしい手つきで優しく触れてくれる。


 割れないように、壊れないように。


 付き合い始めてからだと、もう5年もたつのに私の心と身体すべて、そう、何もかもを、彼の手中に収められていた。

 でも、それが私の一番の幸せ。たとえそれ自体の感情が、おろかと言われようとも、私の人生はそれがやっぱり幸せ。それだけで本当に十分。



******



 目を覚まして彼を見つめていると、スマートホンから『ピポン』という音が鳴った。


『え?』


 私は起き上がり、全裸のままダイニングまで歩く。ダイニングテーブルの上に無造作に置かれた彼のスマホから、ラインの着信音が鳴った。


『こんな朝早く、誰だろう? お仕事が急に入ったのかしら?』


 ちょっと私は心配になった。昇進し、部下も増え、


『上司からの信望や期待に応えるよう頑張らなくっちゃ』


 と毎日のように、食事時に熱く語る彼だったので、この緊急な連絡は仕事のもの、彼の責任感を果たさねばならいものと思い込んでいた。


 でも彼は、私を愛してくれた時間が長く続いたものだから、この音だけでは全く起きる様子がなかった。


『どうしよう、彼を起こすかな?』


 そう思って、彼のスマートホンを取った瞬間、女性の感が一筋の稲光のように私の思考の中を駆け巡った。


『女性?』


 私は、


『いやだ、何考えてるんだろ。バカだな、私』


 とそう思い、ちょっとした女の感を振り払った。


 そんなとき、また


『ピポン』『ピポン』


 と、二回も連続して、ラインの音が鳴り続いた。


 私の気持ちは、複雑なものへと変わっていった。


『こんな気持ち、すっきりさせたい。』


 昨晩も私をゆっくりと、心も体もでてくれた彼氏を、疑いたくはなかった。でも初めての出来事に、私はこの着信音の相手は誰かという、知りたい感情を抑えきれずにはいられなかった。


『私は愚かだ。ゴメンナサイ。』


 そう思いながら、とうとうスマホの画面をアクティブにした。


【朝早くにゴメンナサイ】


【この前話していた通り、生理がこなくて……】


【来週会社をお休みして産婦人科に行きますので有給お願いします】



******



 私は、フラフラだった。


 彼はまだ、私にコンドームを外してセックスをしたことがない。


『私の体を大事にしたいから。』

『子供はまだ、後2年後ぐらいにして、それまでカップル気分で楽しもう』


 とか。


 でも、自分の年下の部下には、男性のエチケットであるものを付けずに、さらには中でイクとは……


 私は完全に裏切られたと思った。


 今ここで安心して全裸でいること自体が、おぞましくなった。

 すぐガウンを羽織り、ショーツを穿く。


 自然と涙がぽろぽろ出て、しょうがなかった。


『なんで、なんで、なんで』


 これが浮気なんだ。どっちの気持ちが本物? 浮気、相手に対しては浮ついた気持ちでしたのよね。本気じゃないよね。本気のセックスは私だけよね。

 だってあれだけの時間をかけてでてくれるんだもの。まさか同じことをこの人にも……。


 そう思うと鳥肌が立ってしまった。


 いやだ、失いたくない。


 そう思うと、私はとっさにトイレに駆け込んだ。


 トイレの中で胃液しか出ないのに猛烈に吐いてしまった。

 涙と鼻水が出てぐしょぐしょだった。


 吐き気も一段落すると私は、彼のそばに行く。涙も鼻水も何も拭かずに。


 彼の顔を覗き込む。

 可愛い顔をして、心地よく眠っている。浮気相手にも私にも大きな心の傷を負わせているのに。


 相手にはどう償うの。女の身体と心は男性と違うのよ。そして私を傷つけた代償はどうするの? 離婚、慰謝料、土下座?


 そう考えるとまた涙がポロリと流れて、彼の頬に落ちてしまった。


「ううん……」


礼奈あやな…… おはよう。」


 彼は私の涙で目が覚めたらしく、まだ混とんとした意識の中で、私の方を向き朝の挨拶をした。


 私は、そんな彼の無防備な表情を見て、涙が止まらなくなりポロリポロリと涙を流しながら、


「おはよう……」


 と。答えた。




 FIN

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星屑のビーナス ソラ @ho-kumann

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