2-2 『そして、再びの空中ライブ』


 ――そして現在。


 言われるままに行う羽目となった大型飛空艇での空中ライブ。


 雨のように降り注ぐ光線の中、ヘッドセットから聞こえてきたラクセルの無茶振りに桜子は声の限りに叫んだ。


「出来るかあああああああああ!!!!」


 自分達はアイドルだ。いくら勇者という肩書きが加わろうとそれは変わらない。アイドルが熱線を打ち出してくる飛行物体相手に何が出来るというのか。それを言うに事欠いて「敵をやっつけろ」? 信じられない。無茶振りにも程がある。


 直面している現実から逃避するかのように桜子が憤慨していると、再度ヘッドセットからラクセルの声が聞こえてきた。


『歌わないと――ペナルティですよ?』


 桜子達5人の身体がビクリと震える。聞こえてきた単語を脳内で反芻し、悔しそうな表情を浮かべると、桜子は観念したように声を上げた。


「分かったわよ! 歌えば良いんでしょ!」


 目に涙を浮かべ、半ばヤケになりながら桜子は再び歌い出した。他の4人も心境は同じなのか、諦めたような表情を浮かべ声を張り上げる。


 ラクセルの口にしたペナルティとは、契約に違反した場合の罰のことだった。

 桜子が内容を読むことなく署名(同意)させられたあの契約には、きちんと罰則についてかかれた項目があったのである。


 その内容は、相手の所有物として一生を捧げる事――。


 そのとんでもない内容を聞いた時、桜子は目の前が真っ暗になったような錯覚を覚えた。


 飄々とした胡散臭い銀髪執事と態度のむかつくヤクザ王子。どちらの所有物になっても人生が終わることは分かり切っている。もはや桜子達には契約に従って仕事をこなす以外の道は無くなっていた。


 桜子は歌った。


 敵の攻撃が大型飛空艇に命中する度に、ズシンという重い振動が足元から伝わってくる。


 そのうちに、近づいてくる敵の飛行物体が目視でも確認出来るようになった。ヘッドセットから聞こえてくるオペレータ―の声は確か「無人型飛行ゴーレム」と言っていたか。

 ゴーレムというファンタジーな響きとは裏腹に、それは球型をした飛行ロボットだった。前面に光線を撃ち出す円形のレンズがあるせいで、巨大な眼球が空を飛んでいるようにも見える。そんな物体が編隊を組んで迫ってくるのを直視し、桜子は足が竦みそうになった。



 その時――。


 桜子は、不意にその飛行ゴーレムと視線が混じり合ったような錯覚に襲われた。



 真正面から向かってくる飛行ゴーレムを見て、桜子は自分がロックオンされていることを悟る。


 時間が引き延ばされるような感覚の中、桜子は自分の死を予感した。



(うそ・・・私、死んじゃうの? ・・・こんなあっさり?)



 迫りくる飛行ゴーレムの瞳孔がぼんやりと光り出す。



(いやだよ・・・まだやりたいことだっていっぱいあったのに・・・)



 発射された光の輝きが視界を覆いつくしていく。



(いやだ! まだ沙羅のようになるって夢、叶えてないんだから!)



 桜子が頭の中で叫んだ瞬間、時間が再び流れ出した。



「きゃああああああ!!!」


 5人の絶叫が響く。桜子を射抜こうとする光は、ステージに直撃する直前で不可視の壁に弾かれるようにして掻き消された。

 光が命中した箇所がうっすらと放電し、薄緑色の壁の様なものが存在しているのが見える。


 体をまさぐり自分がまだ五体満足でいることを確かめると、桜子は全身の力が抜けていくのを感じた。心臓は激しく脈動し、ダンスでかいたものとは明らかに違う汗が全身をじっとりと濡らしている。


『はっはっは。大丈夫ですよ。ステージ上には外部からの攻撃を弾く強力な結界が張ってありますから』


 ヘッドセットから聞こえてきた軽い口調に思わず怒鳴りそうになるが、怒りのあまり咄嗟に言葉が出てこない。


(こっちは本気で死にそうになったのに! 走馬燈っぽいのがうっすら見えたのに!)


『ほら、そんなことより、また歌が止まってますよ?』


 人生初の臨死体験をそんなこと呼ばわりされ、桜子はもはや言うべき言葉を失った。いつか仕返しすることだけを胸に刻み、歌を再開する。


 サビを迎えた音楽に合わせるようにダンスは激しさを増し、空中に表示された巨大ディスプレイには5人それぞれの顔が次々と映し出された。引きつった笑顔。自分で見ても酷い表情だと思うが、それでも今できる精一杯の笑顔をカメラに向ける。


 敵が近くなったことで攻撃の激しさは急速に増してきていた。激しい振動を繰り返す足場を見て桜子の脳裏に新たな不安がよぎる。


(ステージ上は安全でも、この飛空艇が落ちたら意味ないんじゃないの?)


 頭に浮かんだ今更な事実に桜子は背筋が寒くなった。今、この飛空艇が大破したら、その上にいる桜子達は地面まで真っ逆さまだ。


 少しずつにじり寄ってくる死の感覚に視界が涙で滲んでいく。


 その時だった。


 隣で踊っていた智花が、状況に耐えきれなくなったように突然叫び出した。


「うががあああ!! もうやってられっかあああ!!」


 そう言い放つと、智花が両腕を身体の前へと伸ばす。その手に握られているのは、一丁の銃だった。

 グリップから伸びる砲身部分が完全な球型をしており、リアサイト部には細い翼のような突起物がついている。元々ドラマや映画でしか銃を見たことが無い桜子にも、それはひどく素っ頓狂な形状をしているように思えた。


 右足を後ろに引く半身の態勢で、伸ばした右手に肘を曲げた左手を添える。堂に入ったチャップマンスタンスの構えで真正面から向かってくる敵に向かって狙いを付ける。


(まさか撃ち落とす気なの?)


 小型銃ぐらいのサイズしかないオモチャのような銃で、猛スピードで空を飛びまわる巨大な飛行物体を打ち落とす。それは彼我のサイズ差を考えても無謀なことのように思えた。


「おおりゃあああああああ!!」


 だが、桜子の不安をよそに、およそアイドルらしくない叫び声をあげ、智花が引き金を絞る。すると智花の前に魔法陣が出現し、極太の純白の熱線が魔法陣から放出された。


 ステージ内からの攻撃には結界は働かないのか、熱線は出力を弱めることなく目の前を横切ろうとしていた飛行物体へと向かっていく。


 次の瞬間。激しい爆音と共に赤々とした爆炎を上げ、飛行物体が高度を急速に下げていく。そしてそのまま飛空艇の船艇をかすめるようにして地上へと落下していった。


 目の前で起きたことがすぐには信じられず、しばし呆然とする二人。



「・・・あ、当たった?」



 自分でも当たるとは思っていなかったのか、ぽかんとした表情のまま智花が呟く。


「・・・よっしゃああ!!」


 ガッツポーズをつくる智花を桜子は唖然とした表情で見つめた。


「ト、トモ姉・・・その銃どうしたの?」


「ん? これか?」


 智花が手にもった銃をヒラヒラと振る。


「ここに入ってたんだよ」


 そう言って背中を向け、衣装のベルト部分を指差す。見ると、たしかに銃の丸い形状に合わせたホルスターがベルトの後ろ側に付いていた。慌てて自分の衣装も確認してみると、同じ形状の銃(色だけが違う)がしっかりと収まっている。


 よほど軽いのか、踊っているときにも全く気が付かなかった。その下のフリルのたくさんついたスカートの方がよほどズシリと来るぐらいだ。アイドルの衣装になんでこんなものが付いているのか首を傾げていると、ヘッドセットからラクセルの声が聞こえてきた。


『智花さん、素晴らしい!! 視聴率も急上昇してますよ!!』


 その歓喜の声を聞いて察したのか、桜子の口から「コイツの仕業か」という呟きが漏れる。それと同時にラクセルが言っていた「敵をやっつけて」の言葉が脳裏に浮かんだ。


 ・・・確かにやっつけられた。


 だけどそれは智花の持つ優れた身体能力と偶然が重なった結果に過ぎない。つまり、たまたまだ。アイドルに対してそれを求めることが無茶振りだということに違いはないはずだ。


 桜子はそう自分を納得させて、再びアイドルがやるべきこと――歌うことに神経を集中させようとした。


 そんな桜子の目の前で、智花が自分の手に収まっている銃をじっと見つめている。


 ・・・嫌な予感がした。そして、嫌な予感とは大抵現実になるものだ。


 次の瞬間、智花は歌っている桜子達から離れ、ステージの端ギリギリの位置に立った。

 そして少し離れた空中を横切っていく飛行物体の横腹に向けて、銃を構えた。

 再び線を描いて伸びていく純白の光。見事命中し、また一機地上へと墜落していく。


「イエス!」


(いえす、じゃなぁぁい!)


 誰もいない空中に向けてピースサインをしている智花へ心の中で突っ込みを入れる。歌っていなければ間違いなく怒鳴っていた。


(アイドルが歌も歌わないで何してるの? それは私達の仕事じゃないでしょ!?)


 そこまで頭の中で一気に考えて、智花を連れ戻そうと体を動かそうとする。


 その時、背後からのんびりとした声が聞こえた。


「あらあら、意外と簡単そうねえ」


「はえ?」


 思わず気の抜けた返事をしてしまい、慌てて振り返る。見ると、美羽がフォーメションから抜け出してスタスタと歩いていく所だった。そのまま腰の銃を抜いて目の前に構える。歩きながら、一発、二発。光の帯が伸びていく。続けて響く二つの爆発音。


(な、何やってるの!? 二人とも!!)


 再び心の中で突っ込みを入れる。


(そんな危ないこと、私達はしなくていいんだよ!? 歌に集中しようよ!)


 だが、そんな桜子の憤りを無視し、二人はまるでシューティングゲームを楽しむかのように光線銃を打ち続けている。その光景を眺めながら、桜子は自分の中のアイドル像が音を立てて崩れていくのを感じた。


しかし、桜子は挫けなかった。


 桜子は歌った。まだ無名とはいえプロはプロ。せめて自分だけはアイドルらしく、しっかりと歌おうと思った。耳に聞こえてくる音楽が流れているうちは、これはれっきとしたステージなのだから。


 だが、やがてメイまでもが「・・・楽しそウ・・・」というつぶやきだけを残して、光線銃での射撃戦に加わってしまう。


 挫けそうになる心を奮い立たせ、最後の望みにすがるようにして亜希の方を見た。しかし、視線の先にあるはずの亜希の顔がそこには無かった。視線を下げていくと、座り込んで完全にベソをかいている亜希の姿が目に入る。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で「もう嫌だあ!」だの「おウチ帰りたい!」だの叫んでいる。


 他の三人とは別の意味で吹っ切れてしまったらしい。


 もう歌を歌っているのは桜子一人だけになってしまった。


『皆さん、いいですよー! 敵は無人機ですから、気にせずどんどんやっちゃってください!』


「よっしゃあ!」


「わかりました」


「・・・うイ」


 加速していく戦場。空を照らす3つの純白の光がその激しさを増していく。



 ・・・やがて、流れていた曲が終わりを告げた。



 桜子がポーズを決めカメラに向かってニコッと微笑む。元々5人揃って初めて完成する決めポーズであるため、一人だけだとどこか間抜けに見えた。


 そして、そのタイミングに合わせた様に、飛空艇の周囲で続けて爆発が起きる。


 爆煙が風に流され消えていくのと同時に訪れるひと時の静寂。


 気付けば飛行ゴーレムの姿は見えなくなっていた。


(――終わった・・・の?)


 疲れた頭で考える。一曲踊った身体よりも何故か頭の方が強い疲労感を訴えていた。


『皆さん、お疲れ様です! 素晴らしかったですよ!』


 耳元で聞こえる労いの言葉も疲れた心を癒してはくれない。


『なんと歴代最高の視聴率だそうです! ライブは大成功!!』


 ライブ・・・果たして今のがライブと呼べるのか。

 少なくとも桜子の知るアイドルのライブとは別物の何かであったことは確かだ。


『それでは―――』


 やっと帰れる、桜子がそう思ったその時――女性の声が回線に割り込んできた。


『敵の増援を検知! 数は・・・先ほどの3倍です!』


『それでは―――次の曲行ってみましょうかっ!』


 聞こえてきた残酷な一言に桜子は膝から崩れ落ちた。智花達は楽し気に銃を構え直している。亜希は顔面からステージに突っ伏してもはやプルプル震えるだけだ。

 それらをざっと見回してから、桜子は冷たい空気を思いっきり吸い込んだ。そして、本日二回目となる台詞を大声で叫ぶ――。



「できるかああああああああああああっ!!!!」



 だがその声は誰からの賛同も受けることなく、青空の中へと掻き消えていく。


 再び激しさを増した戦場に、桜子一人の歌声がいつまでも響き渡っていった。


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でんアイっ! ~伝説の勇者と呼ばれたアイドル~ 御堂寺 祐司 @godouzi

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