2-1 『ランジアとシュターゼン』
「一ヶ月後、この国は侵略される」
部屋に戻ると、ハイドは憎々しげにそう呟いた。
ハイドから聞いた話をまとめると、こういうことだった――。
ランジア王国に隣接するようにして「シュターゼン帝国」という国がある。隣国といえば聞こえが良いが、国としての規模は地図上で比べて約10対1程の比率。
周辺諸国を軒並み支配下に置くシュターゼン帝国に比べ、ランジア王国は自分達だけで細々と暮らす、取るに足らない小国でしかなかった。
それゆえに今まで特に争いに巻き込まれることもなく、平穏無事に過ごしてきたのだが、桜子達が現れる数日前に突如としてシュターゼン帝国からの宣戦布告があったというのだ。
その内容を分かりやすく要約すると、
「ランジア国内にある領地、施設、資源を全て寄こせ。猶予は一カ月。それまでに降伏しないようなら、容赦なく攻め込むぞ」
というような乱暴なものだったらしい。
言うまでもなく一大国家であるシュターゼン帝国に小国であるランジア王国が敵うはずもなく、ハイドの父親である前王は苦悩の末に降伏を選択した。
直ちに降伏の使者を帝国に送ったが、帝国はこれを拒否。
新たに「使者は王と王妃であること。そして降伏の証としてヴァロ・ン・ドゥガを明け渡す事」という意図の読めない要望を送りつけてきた。
ヴァロ・ン・ドゥガとは、桜子達がこの世界に来た際に倒れていたあの遺跡の名前だった。この世界の古代語で「繋ぐ者」を意味するその遺跡は、その名の通りあらゆるものを「繋ぐ」ことが出来るらしい。
それこそ桜子達の世界とこの世界を繋いだように。
ラクセルが、亜季に向けていた仕込みナイフ(刃が引っ込む)をシャコシャコやりながら「貴方達がこの世界に来れたのもこの遺跡の力があってのことです」と得意そうに言っていたことを思い出す。
古代のオーバーテクロノジーの登場に、美羽が呆れ顔で「いよいよファンタジーめいてきたわね」と溢していたのが印象的だった。
帝国がこの遺跡を求める意図は分からなかったが、前王は王家が代々守ってきたその遺跡の譲渡を拒否した。せめて自分達が使者として行こうと、帝国に向かった前王と王妃だが、なんとそのまま消息が掴めなくなってしまったらしい。
「帝国には辿りついていないの?」
美羽の質問にハイドは不機嫌そうに答えた。
「帝国側の言い分としては、王は到着していないらしい。本当かどうかはわからんがな」
「その言い方・・・貴方は帝国が拉致していると考えているのね?」
美羽のその言葉にハイドは意味深な視線を向けるだけで答えなかった。
結局、ランジア王国としては降伏も出来ず、使者として指名されている王と王妃の行方も知れず、八方塞がりの状況となってしまった。
王位は緊急的な措置としてハイドが継いだが、帝国が指名しているのはあくまで前王ということで取り合って貰えない。
そのうちに国内にも問題が起き始めた。帝国からの宣戦布告で不安が募っている状況に重ね、王の行方不明だ。国民の不満は高まっていき、終いにはクーデターの噂まで流れてくる始末。
このままでは帝国が攻めてくる前に内紛で国が滅びると考えたハイドは、あれこれ考えた挙句にとある予言の存在を思い出した。
それが桜子達5人の勇者の出現である。
だが、そこまでの話を聞いても桜子達の顔に浮かぶのは、いまひとつピンと来ていない表情だった。
「予言に5人の勇者って記されているのはわかったけどさあ・・・」
「ここまで話をきいても私達が必要とされる要素が皆無だったのだけれど・・・」
怪訝そうに亜季と美羽が呟く。だが、ハイドは不機嫌そうな表情のまま淡々と答えた。
「正直に言えば、国内の混乱を治めるために勇者というシンボルが必要だっただけだ。聞けば、お前達は歌と踊りが得意だそうだな。であれば、普段通り歌って踊ってくれれば良い。そして国民に自分達が救われると信じさせてくれ」
「プロパガンダ、というわけ?」
「ああ、そうだ。それが俺がお前達に求める役割だ」
「でも、それじゃ時間稼ぎにしかならないだろ? 帝国はどうするんだよ?」
智花があげた疑問にハイドが答える。
「どうあがいたところで帝国には勝てん。結局、降伏しか道は無いんだ。俺はお前達が時間を稼いでいる間に居なくなった王と王妃を探す。そして見つかり次第、改めて降伏の交渉を行うつもりだ」
それで話はおしまいだった。去り際に、付け加えるようにハイドは言った。
「全てが無事終われば、元の世界に帰してやる」と・・・。
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