侵入者
ボウッ! 室内が一瞬、赤く染まった。
と同時にマダラグマが室内に弾き返された。
「ガアァッ!」
黒い巨体が炎に塗れ、必死に身をよじりながら、咆哮を上げ続けている。
「課長っ!」
シュニンはマダラグマへ駆け寄った。
上着を脱いで、必死に炎を振り払う。
「このクマ、課長さんなの!?」
ミーシャは目を丸くした。
「今驚くのはそっちじゃないだろう!」
そう言ってルドルフは開いた扉の外を見た。
「禁断の魔術書を探している。どこにあるのか教えてくれんか」
闇の中から声がした。ルドルフが闇に目を凝らすと、ローブに身を包んだ男が浮かび上がった。
「誰ですか! あなたは!?」
「人の話しを聞いておるか?」
「禁術書を探してどうするつもりですか? 許可はもらっているのですか?」
「答える必要は無い。ここは建築関係しか置いていない様だな。ならば」
ローブの男はそう言うと、手の平をルドルフに向け、呪文らしき言葉を唱えた。
ボウッ!
業火が三人を襲う。
ルドルフは咄嗟にテーブルを倒し、炎を防いだ。
「無駄だ、下等種族たち。燃え尽きて死ぬがいい」
ローブの男は部屋に一歩、足を踏み入れた。
その時だった。
ドンッ! という衝撃と共に、ローブの男が吹っ飛んで行ったのは。
どこかで嗅いだ事のある、甘い匂いがした。
ヒカリコウモリたちは驚いて空間を飛び交い、カミツキネズミたちは地を這いずり回っている。マダラグマは、苦し気にうめいているが、命に別状はなさそうだ。
ドンッ! 再び衝撃が響いた。
部屋の前を、女性の魔戦士が走り抜けた。
赤いウェーブの髪。セイレンだ!
「こっちがお前の目的だな! 衛兵を北に引き付けて、手薄になった所を侵入したのだな!」
「良く分かったな。魔物にしては、多少知恵が回るらしい」
「ずるがしこい奴だ! 汚いやり方は、まさに人間そのものだな!!」
人間! と言うことは勇者の残党か!?
ルドルフはゾッとした。
「ルデニ、ボサットワ!」
呪文が洞窟に響いた。
ボウゥッ!!
轟音と同時に、洞窟の岩肌が炎の光で浮かび上がり、そして元の闇に戻った。
再び静寂が訪れた。
ルドルフは恐る恐る部屋から顔を出した。
セイレンが倒れている。しかし上半身を持ち上げ、必死に起き上がろうとしている。
「魔界の女戦士、凶暴さは魔族そのものだな。死ね!」
「待てい!」
ローブの男がとどめを刺そうとした時、別の声が響いた。何本もの剣を身に着けた男が、ルドルフのすぐそばに立っている。全身に包帯が巻かれていて、何者なのか分からない。
「セイレン! これを使え!」
背中の一刀を鞘ごと外し、投げた。
セイレンは膝立ちの姿勢でそれを掴むと、すかさず鞘から抜いた。
「それは、魔剣ルフの剣か? と言う事は、お前はロッカク!」
「そうだ、また会ったな! 仲間の剣闘士は昨日始末させてもらった!」
「むう、お前とは分が悪い。いったん戻ることにしよう」
「無事帰れると思うのか? 魔導士よ」
「今のお前は、さほど脅威ではない。ニデロ、サムタン!」
印を組むと同時に、呪文を唱えた。
「また会おう、魔宮騎士団長、ロッカク!」
その声がすぐそばで聞こえたのでルドルフは驚いた。
ローブの男とロッカクが入れ替わっている!
男は背を向け、出口へ走り出した。
「待て、卑怯者!」
抜き身の剣を持ったセイレンがそれを追う。
ルドルフの目の前を、赤い髪が舞うように通り過ぎた。更にその後をロッカクが、体を引きずるようにして追った。
静かになった室内を、ヒカリコウモリたちが淡く照らしている。
「クマさん、大丈夫かしら?」
「ええ、すぐに襲い掛かったのが幸いしたようです。威力が弱かったようですね」
強い魔術を使うには『間』が必要である。『間』を与える暇なく、相手に襲い掛かったのだ。剛毛に覆われている事も幸いしたようだ。
シュニンは手の平を、患部に向けた。
「レヨナ!」
青い光が薄く浮かぶ。
「すごーい! シュニンさん、治癒呪文が使えるんだ!」
「ええ、簡単なヤツですが。いちおう治癒呪文三級のライセンスも持っていますよ」
光が消えた。
「えっ、もうお終い?」
「ええ、長くやると、却って良くないんですよ。自己治癒力が働かなくなるので」
「すぐに良くなる訳ではないんですね」
「ええ、ライトノベルの様にはいきませんのでね」
マダラグマは寝息を立て始めた。
「このクマさん、課長さんなの?」
「うっかり口を滑らせてしまいましたが・・・・・・。実は、私の新人時代の上司なのです。定時後は良く魔界酒場へ連れて行かれたものです。『大魔王』って言う銘柄のお酒あるでしょう? あれが好きでして。それでですね、酔いが回ってくると、だんだん説教ぽくなってくるんですよ。昔はあれが嫌で仕方なかったんですが・・・・・・」
「・・・・・・」
二人とも黙って聴いている。
「ルドルフさんもご存知でしょうが、工事入札で毎回同じような業者が落札するでしょう」
「え、ええ。そうですね」
「あれ、大臣とグルになっているんですよ」
「はあ・・・・・・」
「落札させる見返りに、懐を潤す。で、この方が内部告発しようとしたのですが、どこからか情報が漏れたらしくて・・・・・・、反逆者のレッテルを貼られてしまって・・・・・・」
「それでこうなったと?」
シュニンはコクリうなずいた。
「反逆罪は本来なら・・・・・・」
「ええ、極刑です。助命嘆願の署名集めに奔走したのが、つい昨日の事のようです」
「・・・・・・」
「こんな事話しても仕方ありませんよね。さ、外に出ましょう! 撮影は済みましたか?」
「ええ、必要な物は全て」
ミーシャは撮影道具とノートをカバンにしまった。
ヒカリコウモリが一匹、カバンに潜り込んだ事には気が付かなかった。
魔王宮のデザイナー タチバナハッサク @tatibanahassaku
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