なぜかダンジョン

「これをお持ちください。くれぐれも無くしませんように」

 受付の職員から、魔光石を手渡された。

 そんなことより、中が気になってならない。

 

「もしかして、中って魔獣住んでいませんか?」

「ああ、いますよ。と言ってもカミツキネズミの群れと、ヒカリコウモリくらいですが」

「なにか、唸り声が聞こえるんですけど・・・・・・」

「ああ、あれはマダラグマですよ。襲ってきたりしませんから大丈夫です」

「・・・・・・クマ!? あの、一緒に来て頂けますよね?」

「何を仰る! 私は受付けの仕事で忙しいのです! ささっ、入った入った!」

 司書に無理やり押し込まれた。



 なぜか我々はダンジョンの中にいる。

 古文書保管庫と言う名のダンジョンに。



「先輩! なんだかドキドキする!」

「そ、そうかな」

「さ、行きましょう。私からはぐれないようにご注意を」

「え! シュニンさんて、もしかして・・・・・・」

「ええ、入ったのはこれで三度目です」

「すごーい! ね、先輩、聞きました? 三回目ですって!」

「ああ、良く聞こえている」


 バサバサッ!

「ひゃぁ!」

「大丈夫ですか、ミーシャさん」

「あー、びっくりした。なに今の?」

「ヒカリコウモリですよ。おとなしいからご心配なく」


「シュニンさん、古文書の保管庫までは、どれくらい掛るんですか?」

「ちょっと歩きますよ。たぶん五分くらいでしょうか」

「結構ありますね」

「ええ、ここには禁術の類の本もありますからね。簡単にたどり着けない様、中は迷路になっているんですよ」


 三人は魔光石の明かりを頼りに闇の奧へ進む。

 と言っても全くの暗闇ではない。

 ヒカリコウモリが闇の中に淡い光を放っているからだ。


 淡い緑の光を放っている。

 緑だけではない。青、中には赤い光を放っているのもいる。

 緩慢に、強く弱く点滅を繰り返し、さながらイルミネーションの様だ。

 荒々しい天然の岩肌を、光のカクテルが優しく照らす。

 三人はしばし、幻想的な光景に見とれた。


 素晴らしい意匠だ。これを建築デザインに生かせないだろうか?


 ルドルフは岩肌に手を触れた。


 例えば魔教会の祭壇の背景に取り入れてみればどうだろう。夜のミサの時にライトアップすれば、魔神像が一段と禍々しく映えるに違いない。生きたヒカリコウモリを使う訳にも行かないが、魔光石では照度が少々弱いかも知れないな。ガス灯も利用してみればどうだろうか。あるいは魔宮庭園のモニュメントとして・・・・・・。


「・・・・・・ぱいっ! 先輩っ! たいへん!!」


 激しく袖を引っ張りながら叫ぶミーシャの声に、ハッとした。


「クマがっ!!」


 ルドルフは驚いた。目の前いるのはマダラグマに違いない。

 思わず後ずさりした。


「ルドルフさん! ミーシャさん! 落ち着いて! 逃げたら追いかけられますよ!」

 シュニンは平然としている。


「ここの番人です。魔光石を身に着けている者は襲われませんのでご安心を」

 ルドルフはホッと胸をなで下ろした。


「番人どの、城の図面を探しに来ました」

 シュニンがそう言うと、マダラグマはノソリ向きを変えて奧へ歩き出した。


「では付いて行きましょう」


 長い洞窟の途中には、いくつもの扉があった。

 それぞれが文書保管庫になっているのだろう。


 しばらく歩くとマダラグマは後足だけで立ち上がり、とある一室の扉を開けた。

 ヒカリコウモリが次々中へ入って行く。

 三人はマダラグマの後を追い、中に入った。


「おお、ここは!」


 魔王宮関連の図面が大量に保管されていた。

 巻物と冊子が半々くらいであろうか。

 それぞれ表紙にタイトルが書かれており、中身がすぐ分かった。


『中央塔竣工図』と書かれた冊子を手に取り、室内中央のテーブルで開いてみた。


 それが合図の様に、ヒカリコウモリたちが一斉に光を放ちはじめた。

 薄暗い空間が明るい室内に変わっていく。


「賢いコウモリさんたちねー」

 ミーシャは思わず感心の声を上げた。

 その横でルドルフは次々項を繰って行った。

「シュニンさん、これ持ち出しできませんか?」

「いや、駄目なんですよ。ここにあるものは全て持ち出し禁止でして。持ち出そうとしたらこいつらが・・・・・・」

 シュニンの視線を追って足元に目をやった。

 驚いた事に、いつの間にか、カミツキネズミたちがびっしりと床を占領している。

「・・・・・・噛みついてくる訳ですか?」

「ええ、そうです。ですが、撮影は可能ですよ」


「先輩っ、あった。これこれ」

 ミーシャは二冊同時に開いた。

 一つは地盤断面図。もう一つは基礎杭の施工記録であった。


「見て下さい、これ!」

 ミーシャは三角スケールを断面図に当てながら言った。

「多少誤差はありますけど、地面表層から、地下の岩盤層までこれだけあるでしょ」

「ふむ」

「で、杭の長さがこっちの資料に載っているじゃないですかぁ」

「やはり届いていない?」

「ええ、東半分は届いてるんですけどぉ、西に行く程岩盤層が急に深くなってるじゃないですか」

「ああ、確かに」

「でもですよ、記録では杭の長さが、どれもほとんど同じなんですよね」

「あ、本当ですね」

 シュニンも資料を覗き込んだ。

「で、杭打ちの記録を見ると、東から打って行ってるんですね」

「・・・・・・」

 つまり、西側では岩盤まで杭が到達した事を、全く確認しなかったらしい。

 そう言えば、ミーシャが水晶玉を転がしたとき、確かに東から西へ転がって行った。


「じゃ撮影していこうか」

 ルドルフは魔鏡石板を取り出した。


 マダラグマは部屋の片隅に丸く横たわっている。

 時々耳をピクリ、ピクリとさせながら目を閉じてじっとしていたが、パチリとまぶたを開いた。

 首をもたげ、部屋の外をしばらくじっと見つめていたが、やがて、低い唸り声を上げ始めた。


「番人どの、どうしたのですか?」

「シュニンさん、このクマ、言葉が分かるの?」

「ええ、元々は私たちと同じ、エルフ系の種族ですから」

「えっ、それがなぜ?」

「まあ色々有りましてね」


「グウウゥゥ・・・・・・」

 低い唸り声を上げながら、ノソリ扉へ向かった。

 カミツキネズミたちがサーッと道を開く。


 ルドルフは部屋の外の闇に眼を凝らした。


 誰かがいる!!


「ガアァァ!」

 唸りを上げ、マダラグマは猛然と闇へ飛び掛かって行った。

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