第一章 リベタート

第1話 black!?

革命は些細な事ではない。


しかし、些細な事から起こる。



-アリストテレス-


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


“秘密結社”。というものをこの世の人間はどれ程理解し、何をしている組織として認めているのだろうか。

 例えば、街頭で質問してみるとしよう。『秘密結社とはなんですか?』と。


 しかし、それは愚問である。


 『あーフリーメイソンとか?』


 『私もそれ知ってるよー!』


 決して答えた彼女らが圧倒的に語彙力が無いなどという端的な理由では無い。


 では、この問いの解は何で有るのであろうか。正しくはこうだ。


 ーー『知らない』ーー


 結局のところ、答えは当事者にしか解らないのだ。

 元より『秘密結社』というのが外部の人間に対して秘匿の組織であるというのが挙げられる。それ以上になれば存在自体が不明。何て事はよく有ることだ。


 次にこれらに対して私達から見た客観的な見方でのイメージはどうであろうか。


 娯楽を目的としたグループも有るものの、大衆の大半が“負”のイメージを抱いているのではないだろうか。実際、陰謀の為に他言厳禁、というシステムを用いているのではないかなどの推測は腐る程ある。


 そんな考えが世間を漂泊する中、一人の男はその“秘密結社”というものに嫌悪感を覚えていた。

 

 しかし、その顔は晴れている。


 「なぁ、レイジ。お前フリーメイソンって知ってるか?」


 彼、須崎哲哉(すざきてつや)という人間は感化されやすい生き物だ。

 おそらく、今彼が話している『フリーメイソン』とやらは昨日のテレビでやっていた都市伝説のとある部分だと思われる。


 「名前ぐらいならな。なんでだ? 入りたくなっちゃったか?」


 少しからかい口調で言ったのもあってか彼は不満げな顔を見せる。


 「ちげぇよ。ただ......ちょっと気になっただけだよ」


 「やっぱ入りたかったんだろお前。やめとけ。ろくなとこじゃねぇ。酷く腐ってやがる」


 「知ってるような口振りだな」


 顔をすっと上げたレイジは何処か神妙な顔立ちへと変わっている。


 「知ってたとしたら?」


 「是非、お聞かせ願いたい」


 両ポケットに手を突っ込みながら座っていた二人は同タイミングで机の上にそっと両腕を置く。


 「覚悟は?」


 「できてる」


 直ぐに返された返事は少し不安を残していたが、彼はゆっくり語り始める。


 「まぁ信じられなかったら俺の独り言だと思ってくれて構わねぇ。じゃあまずーーーー」


 そして、この信じられない様な伝説は、“彼女”がこの教室に来るまで響き続ける事となるーー



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



 ーーーー事の発端は遡ること2年前。丁度今日の様な気持ちの良いカラッとした風が吹いていた。

 慣れない風景が眼前に流れ、自然と気分は高揚している。


 「お客様、ブラックとシュガー入りどちらに致しますか?」


 今日の為に勉強してきたドイツ語が役に立つ。差し支えなく相手の言っていることがスッと入ってきた。


 「ブラックで」


 と、気持ち悪い顔つきで大人振りながら頼んでみたがあまりブラックは得意ではない。むしろ苦手な方に属される。


 「ではごゆっくり」


 二人は軽く会釈(ウェイトレスは苦笑いなのだが)を交わし、ウェイトレスは湯煙の立つ珈琲の入ったカップを渡した後に回転し逆側にも同じ問いをしている。


 「にっげぇ......」


 芳ばしい香りが鼻の中にふんわりと伝わりもしかして飲めるかもという希望を持たせる。が、一口入れれば鬼門な苦味へと急落。思わず声を漏らした。


 しかし少し肌寒い候には丁度良い温かい飲み物である。風景を楽しむために開けた窓には欠かせないスパイスだ。


 「良いとこだな......」


 飽きさせない魅力がある。例え何も無くても何かを考えさせてくれる無き物がそこには有る。

 満遍無く建っている家の多くは過去の面影を余すこと無く吸収し物語る。


 その中にも極めて貫禄があり、威風堂々とするその様に、周囲の建築物は必然と褪あせていく。


 その建築物というのが、この電車の終点でもある『エレメストール城』。

 五百年前からこの地を見渡している。変わる全ての過程を見てきた偉大な城だ。


 それに気付いた俺は今度は苦味で声を上げるのでは無く、驚嘆と興奮で声を漏らす。 


 「っすげぇ......あれがエレメストール城か......」


 その声と重なる様にして聞こえてくるのは前方からだ。


 「見てみてママ、パパ! おしろだよ! おしろ!」


 座ったまま背伸びをし、見る限り、前の席に座っている三人組はどうやら家族のようだ。子供が窓にぴったりくっつき、それを見て微笑む両親。

 不覚にも羨望の念が沸く。


 少しの間、現実離れしていた俺を引き摺り下ろす。

 小さい頃に死んだ母。最近、病気で死んだ父。其れがどうしても脳裏に浮かんでしまう。


 瞬間、開いていた窓から見える景観は色鮮やかな西洋の街並みから真っ暗な壁面へと変わる。低い音が轟き合うそこはトンネルだ。


 調べた通りならこのトンネルは抜けるのに十五分弱程を要するという有名な長トンネルだ。


 「寝るか」


 大きく欠伸あくびをし目に涙が溜まる。が、気にせず瞼を閉じる。前の家族の談笑がより鮮明に聞こえる。他にも色んな声がーー



 「ーーーーい」


 「ーーーーい」


 『おいっ!』


 鼓動が今の異常さを訴えてくる。冷や汗が脇から、頭皮から、皮膚から、滑り落ちていく。まるで悪夢を見たような、そんな感じだ。


 「ーーーー!?」


 (声が......でねぇっ!?)


 これが金縛りか否かは解らないがそれに酷似している。筋肉は硬直化し声も出ない。

 それに先程突入してからまだ十五分どころか一分すら経っていない。


 (夢なのか? というか夢じゃないと説明つかねぇよ!?)


 だが、目の前に広がっているのは何なのだろうか。

 蒼く清い空は面影を残さず、曇天の空へ。そして、繭に包まれるようなあの風はどこにも無い。街並みなどは最早、皆無である。


 「あんたどういうつもりっ!? バカなの?」


 唐突に浴びせられる罵声。観光客に向けられる言葉とは思えない。彼女は先程の家族の席から顔をひょいと出してこちらに声を荒げた。


 「ーーーー!?」


 「何か喋ったらどうなのよ!? 」


 (こっちは喋れないんだよ!)


 目を限界まで開き訴える。そして足掻く。すると、彼女は気付いたのか「あぁ」と言って右手を此方に向ける。

 依然変わらぬ苦しみに何もかもが弾けそうだ。


 「ーーーーっはぁはぁはぁ......」


 中々整わない呼吸だったが、そんなことも気にかけない彼女はある事だけを気にしていた。


 「答えて、何でこんな電車に乗ったの?」


 彼は手を広げたまま彼女に向け、待ってくれという意思表明をし呼吸を整える。


 「はぁはぁ......なんだったんだよさっきのは? それで、急に何?」


 「この電車に何で乗ったのかを聞いてるの」


 彼女はどこか怒っているように見える。


 「観光だけど? 何か文句ある?」


 「有るに決まってるでしょ!?」


 (えぇ!? 何言ってんだこいつ?)


 当たり前でしょ、と言わんばかりにあっさりと発せられたその言葉に驚きを隠せない。

 体は半歩下がり、引いた筈の冷や汗も再び流れだし目が丸くなる。


 (いや、可笑しくないよな俺の言ってたこと)


 (何言ってんのこいつ? 文句あるに決まってるじゃないの)


 「あの、俺は、そのー、ただエレメストール城に観光に来ただけなんだけども?」


 頭を右手の人差し指で掻きながら、微笑を浮かべる。が、内心は真顔である。


 それを聞いた彼女はすっと立ち上がり此方に向かって歩いてくる。


 「あんたそれ本気なの?」


 「マジって......そうに決まってるだろ、ってなにしてんの!?」


 先程の仕返し、と言っては何だが俺はあっさりと言い放つ。すると彼女はいつの間に眼前に、指一本入るか入らないかというところまで近づいた。


 瞬間、口元には柔らかい感触が。しっとりとしたそれは男心を抉り、心を撃ち落とす。

 これだけで彼女の猛攻は終わらなかった。白く細い両腕を腰の後ろへと回し、程よく育った胸とその上目使いで男を虜にした。


 「お願い帰って」


 それなのに、声には色が無く、寧ろ同情しているような感じだ。


 「何でそこまでして俺を止めたい?」


 彼女は上目使いを止め、俺の胸の中に顔を埋める。


 「私はあんたを止めたいわけじゃないの。いや嘘ね止めたいわ。でも違うの......」


 胸元が濡れているのが分かった。しかし、いまいち解らない。急に接吻したきた意味も観光を止められる意味も。


 「私、あんたみたいな奴たっくさんみてきたから......どうしても放って置けなくて」


 こいつがもし俺の気持ちが分かるのだとしたら彼女が見てきた物の悲惨さは鬼畜だ。


 「それに、あんた面白いし」


 「は?」


 それは本当に解せない。面白い? 生まれてこの方、十六年。一番無縁と言っても良いかもしれない。


 「ごめん、言葉の意味が分かんない。面白いって何?」


 「だって初めて見たよ、“ファーヴァント城”を“エレメストール城”って間違える人。それにその茶色いムギチュみたいな飲み物」


ムギチュ。おそらくこの茶色い液体、否、珈琲の事を指しているのだろう。だが、分からないのが最初の城の事だ。間違いなくあれはエレメストール城であって他の何者でも無いはずである。

 というのもこの電車の終着点はエレメストール城なのである。故にそれは変えようの無い事実なのだ。しかし、可能性があるとするならーー


 「珈琲だよ。それはいいとしてあれが何だって?」


 「ファーヴァント城よ。それ一口頂戴!」


 もう彼女は城より、俺を止めることよりも珈琲に夢中だ。


 「あ、そう。はいどーぞ」


 間接キスなどどうでも良い。それよりも俺はヤバイ事になったのかも知れない。

 「美味!」と声を上げる彼女の言う通りなのだとしたらーー


 「あんたみたいな奴が一番放って置けないのよねぇー、そうだ、体験だと思って私と来てよ! 私に考えがあるの。大事なね。本当に大事な」


 この時、俺は気付いてしまった。だが、気付いたとこで足掻けないといのも同時に気付いてしまったのだ。


 「あ、あぁ」


 この曖昧で適当な返事をしてしまったおかげで彼はここで生きていく事となったのだ。





 そうーーーーこの、異世界で。

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ゼノヴィアの天変地異(パラダイムシフト) 橘コウヘイ @kou-tatibana

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