ゼノヴィアの天変地異(パラダイムシフト)

橘コウヘイ

プロローグ

 無念にも銃口は可憐な少女へと向く。



 狂気に満ちた凶器を所持する女性は体を捻らせ右手が前に出た姿勢をとる。

 その目が左右に揺れ、それに吊られるように銃を含む手腕全体が震えている。


 それは銃口の的となっている少女も同じことであった。唇は青紫色へと変わり、彼女を押さえつけている味方でさえも緊張状態の続くこの状況に唾を飲み込む。


 そして、俺はと言われればだ。当然、震えもある。なにより緊張で呼吸が出来ていない。


 それほどに空気が張り詰めている。


 そんな一切として物を発する事を許されないような空気中に伝う一波。


 「あ、あのーー」


 問いなど赦さない。それが私の答だと言わんとばかりに彼女は足をバッと開き、銃を両手で掴み覇気を纏う。


 綺麗に敷かれていたカーペットには皺が。

彼女は目を大きく見開いた後、再びその双眸を細めた。


 「ーー黙って死んで」


 その余りにも唐突に告げられた冷酷非道な発言に彼はハッとし彼女を睨みつける。


 視界を埋め尽くす見たくない状況。余りにも非道な上司、それを黙って見つめる部下である自分自身。言われるがままに動く駒、兵士。どれも救えたものでは無い。


 この状況を一言で表すのであれば、チェックメイト。が、ベストな解答だ。


 追い詰められた少女の仄かに紅い頬の上をを多量の大粒の涙が幾度となく流れる。

 その小さな手で拭う事も出来ず、重力の思うがままに。

 カーペットには先程の皺とシミが出来た。


 ーーーーどうしろと? 俺にどうしろと?


 無慈悲にも彼女は震えた手でずれた照準を合わせ直す。人差し指が引金に軽く乗ると同時に、少女の喘ぐ声聞こえてくる。

 彼はそれを聞き下唇を強かに噛み、俯く。


 ーーーー前々から思ってはいたが、どこまでこの組織は......。それに何も言わねぇあいつもあいつだよ。


 彼は決意した。この少女を救うと。それが例え上の命令であったとしても。


 彼は彼女を説得しようと顔を上げかけーー


 瞬間、乾いた音がそれなりに大きい室内に響き渡る。


 薬莢内の火薬が急速に燃焼し、その燃焼ガスによって押し出され、銃口からは鐵の塊が死の道へ誘い込む悪魔へと変わりながら加速する。


 ーーーー!!!!!!


 立ち込める火薬の匂い、紅血の臭い。即ち対象物の破壊を意味していた。

 一人、沸沸と沸き上がる感情を抑えきれないていない彼はまだ周囲の状況を飲み込めていない。


 ーー間に合わなかったっ。というか俺は......俺はただ、ここに......


 「何ボーッとしてるの? 早くしてくれるかしら」


 そう言われ顔を上げそうになるが死体が有ると考えるとその恐怖心に打ち勝つことは出来なかった。


 故に、


 「なんでここまでする必要があったんだよ!」


 たった一言そう言っただけであるが肩は上下に大きく振幅している。


 「あんたねぇ、私達の職業を分かってここに入ったんじゃないの?」


 ーーーー入りたいだと? んなわけあるか、俺はただ観光に来ただけだっ! ふざけんじゃねぇ!


 などと心の中で発狂するが言って伝わる事でもなく、脳内で終息を迎える。


 「ふざけんなよ。自分が何したか分かってるのかよ? 秘密結社だとか何だとかなんて関係ないだろ! お前がやったのはただの人殺しだろうがっ! あの子が何かしたのかよ!?」


 未だに恐くて俯いたままであるが唾を飛ばしながら力説する彼の話に彼女は銃を指でクルクルと回しながら耳を傾ける。

 メタリックなボディが吊るされたシャンデリアの光を受け取り反射し、下向きでも分かるそれは着実に鬱憤を蓄積させる。


 「ふぅーん。私のやり方許せなかった。って言いたいのね君は」


 「あぁ、そうだよ。許せない。絶対にだ!」


 強く喋る彼の話を聞き彼女は笑う。その笑い声に混じり、奥の方からは何かが地面と擦れる音が聞こえる。

 それから少々の間があってから彼女は手の埃を払い、発する。


 「よし、決まりね! 私とこの腐りに腐ったこの世界ぶっ壊してやろう!」


 ぶっ飛んだ発言に畏怖の念など最早、分からない。そのおかげもあって彼は顔を上げていた。


 「......は?......お前が言ーーーー」


 聞いたその時は、導火線に火が着きかけたが彼だったが目の前の景色ーーーー右足首を撃たれた味方の兵士にそれを抱える少し小柄な彼女と机に血で書かれた、


 “集え、未来を変える者達よ。集え、変わらぬ意思を持つ者よ。そして最後まで闘え、抗え。今まで我々に無理強いしてきた糞共を蹴散らせ。”


 という意味の異世界語。何となくではあるがスペイン語に類似している。自分の愚かさにここで気付く。


 その内容は普段から口調の強そうな彼女がいかにも発していそうで、そして事を呑み込み察した彼はどちらに対しても笑う。


 「なるほどね......乗った。いいぜこの腐った世界、いやちげーな。その秘密結社とやらぶっ潰してやろうじゃねぇか。折角せっかく、異世界まで来てやったんだ。歴史に俺の名前刻んでやろうじゃねぇーか」


 そう決意を決めた彼、十六夜礼司(いざよいれいじ)はニヤリと再び笑った。

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