本物山小説大賞殺人事件

@dekai3

本物山小説大賞殺人事件

『『本日は、第七回本物山小説大賞授与式にお越しいただき、誠にありがとう御座います。これより、今大会の大賞、金賞、銀賞の発表と、各賞の授与式を始めさせていただきます』』

ウ"ォー! パオーン! ニャー! ケロケロ! カキーン! フヨフヨ! ビビー! ビロローン! メェー! ピョン! グゲー!


 響き渡る開式の挨拶と共に、会場中から歓声が上がった。

 今日は由緒正しき本物山小説大賞の第七回目の大賞の発表兼授与式。もう何年も使われていない学校の体育館を貸しきった会場内は、様々な種類の小説家達で埋まっている。


 『本物山小説大賞』

 その始まりは荒ぶる神々を鎮める儀式だとか、謎の組織による会合の隠れ蓑だとか、魔法使い達による魔力収集の場だとか、野生の小説家の発掘の場だとか言われている。

 そんな噂が流れている理由として、参加資格が『小説を最後まで完成させる事』ぐらいで、年齢制限や身分の確認も無く、ほぼ誰でも参加できるという点がある。

 普通の大会ならば何かしらの参加資格が必要なはずだが、本物山小説大賞は小説のテーマや文字数のレギュレーションは決まっていても参加者についての決まりは無い。

 誰でも参加可能で、レギュレーション内ならば。それが本物山小説大賞だ。

 まあ、流石に自分の作品を受賞させるために他の参加者を害したり、他の作品を貶めたりする行為はマナー違反なので反則扱いされるけども。


 ただ、それでも大会毎に多少の違いはある。

 リレー形式だとか、雑でないといけないとか、石版のように詰まった文章じゃないといけないだとか、タイムアタック方式だとか、女性の気持ちになって書かないといけないだとか……

 その辺りの細かい違いは大会前から投稿する作品を予め用意しておく事への牽制のようで、そこまでは重視されていない。

 あくまでも本質は事なのだ。


 だが、今回だけは違った。

 今回の第七回本物山小説大賞だけ、参加資格に『後日行われる授与式に参加頂ける方』という記載があったのだ。

 文章でやりとりする事は良くても、実際に顔を見合わせる事への抵抗がある者は居るだろう。又、偽名で参加している者や複数の名前を作って参加している者も居るはずだ。

 今回の本物山小説大賞はそんな表に出る事を嫌う者達を排除している。

 この点がいつもと違う点であり、自分が絶対に参加すると決めた原因だ。

 その理由として


『『開式に当たり、本物山小説大賞の功労者である、みぐめ燥小様より開式の挨拶がございます。みぐめ様、壇上へお願い致します』』

『『えー、開式の挨拶を承りさせて頂きましたみぐめです。拙い挨拶ではありますが、どうかご容赦をして頂き、皆様のお耳をお貸ししていただければ幸いでございます。』』


 彼だ。

 大柄で青い燕尾の男性。

 今回も含めた本物山小説大賞の事実上のまとめ役。

 発起人や審査員が謎に包まれている中で、彼だけが運営の関係者だと判明している。

 彼がこの会場に現れるという事が分かったため、自分は今回の大会に参加したのだ。


『まずはこれほど多くの方にご参加頂けた事に感謝を……』』


 みぐめさんは既に現役を引退された小説家であり、今までにいくつものホラー小説を発刊しているホラー業界の大御所だ。

 その濃厚な描写と天才的な緩急の付け方にコアなファンが多く、ホラー小説のお手本や教科書のような作品ということで、ファンや業界の間で『鉄板小説』と呼ばれている。

 そんな小説家の中でも重鎮であるみぐめさんだからこそ、この謎の多い本物山小説大賞のまとめ役に就いているのだろう。


『『であるからして、本物山小説大賞は皆様の参加を……』』


 だが、そんな天才ホラー小説家のみぐめさんには、一部界隈でゴーストライター疑惑がかかっている。

 メディアに出る時のみぐめ燥小さんの姿は『大柄で青い燕尾の男性』なのだが、そうじゃない時のみぐめ燥小さんの目撃例は『小柄で赤いドレスの女性』となっているのだ。

 全くの正反対の外見特徴であり、見間違いという事は無いだろう。

 青い燕尾の彼は公式の場に出るときの代理であり、本当の天才小説家は女性のほうではないかと噂されているのだ。

 最も、ゴーストライターではなく共通ペンネームや覆面作家の代理人という事なら問題は無いのだが、今の所はみぐめさんからそういった発表はされていない。


『『……という言葉を持ちまして、今授与式の開式の挨拶とさせていただきます。ご清聴ありがとう御座いました』』

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 みぐめさんの挨拶が終わった。

 内容は大した事無く、本物山小説大賞とこの授与式への参加者に対するお礼の言葉だった。

 そしてそのまま壇を降り、関係者席へと戻っていく。

 年の功とでも言うのだろうか。

 彼の佇まいは堂々としており、とても隠し事をしているかのようには見えない。


『『みぐめ様、ありがとうございました。

 続きまして、第七回本物山小説大賞の大賞、金賞、銀賞の発表の前に、本日ご来賓頂いた方のご紹介に移らさせていただきます。

 まずは、誇り高きジャングルの英雄、ゴリラのゴリラさん』』

『『ご紹介に預かりましたゴリラです。本当は群れで駆けつけたかったのですが、席が足らないとの事で一族を代表して私だけで駆けつけました。今日はとても楽しみです。(ウッホ、ウホウホウホウホウッホッホ)』』

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 自分は以前からみぐめさんにどうしても確かめたいことがあった。

 そのため、前々回の第五回から本物山小説大賞に参加し、こうして実際に会える機会を伺っていたのだ。

 本物山小説大賞で少しずつ実績を作り、みぐめさんに名前を覚えてもらってから直接会えないかと切り出すつもりだったのだが、まさかこうして直接顔を合わせれる機会が訪れるとは。


『『続きまして、辺境惑星の観測官、宇宙ゴリラのゴリラさん』』

『『本来ならば私のような者が来場できる場ではないのですが、本日は仕事を忘れた一匹のゴリラという事でお願いします。(ウホッ、ウッホウッホ、ウホホーイ)』』

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 この授与式の最中に、なんとかしてみぐめさんに接触しなくては。

 彼が本当にみぐめ燥小なのか。

 そして、『小柄で赤いドレスの女性』は一体誰なのか。

 もしも……もしもだ、もしも彼女がだとしたら。


『『続きまして、抑止力が産みだした星の勇者、ブレイブゴリラのゴリラさん』』

『『仲間のウィザード・ゴリラから勧められてられて来ました。自分は余り本を読まない派なのですが、本物山小説大賞の作品は別です。今日は皆さんの勇気ある作品を楽しみにしています。(ウホホウッホッホ、ウッホッホーイ)』』

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 だとしたら、自分はなんとしても彼女に会わなくてはいけないのだ。

 会って、あの時の事を確認して、そして謝らないといけない。

 今の自分が居るのは彼女のお陰であり、彼女が表に出なくなったのはおそらく自分のせいなのだから…

 その事を、ちゃんと償わなくてはいけない。いや、償わさせて貰わないといけない。


『『続きまして、この世の全てを知る者、アカシックゴリラのゴリラさん』』

『『私がここに来る事は何億年も前から決まっていましたが、実際にこうして本物山小説大賞授与式という光栄な場に参加する事が出来て光栄です。(ウホホ、ウホーン、ウホホホッホホ、ウホゥ)』』

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 あの時の自分は子供だったから分からなかったのだ。

 どうして、彼女が別れ際にあんな寂しそうな顔をしていたのか。

 今の自分なら分かる。

 だからこそ、あの時言えなかった事を言うために、彼女に会わなくてはならない。

 彼女は今でもあの時のままなのだ。

 あの時の、全ての責任を負って追い出された、あの時の……


『『続きまして、熱き黒鉄の守護神、メカゴリラのゴリラさん』』

『『私の頭脳を持ってすればこの世の殆どの事はこなせるのですが、無から一を産み出す事だけは出来ません。小説を書けるということ、物語りを作り出せるということ、それはとても素晴らしいことなのです。(ピーーーーーーウホホホホホホホホーーーーホョホホーーーーーーーー)』』

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 あれは今から20年前。

 自分がまだ幼く、井の中の蛙でしか無かった頃の事だ。

 あの時は自分の周りだけが世の中全てと思っていて、自分が知らないことは何もないと思っていた。

 そして、世の中の全ては自分の味方だとも思っていた。

 この世界では自分は何をしても許される。何でも出来る。まるで王様のような存在だと勝手に思い込んでいた。


『『続きまして、世界経済の重鎮、マネーゴリラのゴリラさん』』

『『この本物山小説大賞は経済界にも影響する一大イベントです。皆さんの作品は世の中を回す潤滑油になるのです。今日は私もろくろを回しながら来ました。よろしくお願いします。(グルグルグルグルグルグルグルグルグル)』』

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 だから……あんな間違いを犯してしまったのだ。

 まだ未熟で幼いからという理由で許されていい行為ではない。

 右も左も分からない赤ん坊ならともかく、自分の意思で行ったのだ。

 あんな、とても愚かしいことを……


『『続きまして、神に仕える無垢なる器、巫女ゴリラのゴリラさん』』

『『今日はどんな小説が大賞に選ばれるのか楽しみにして来ました。きっとお祭り好きな神様もどこかで見ている事でしょう。これでしばらくは鎮かにして頂けると思うととても嬉しいです。(ウホーホウホゥ、ウホホーウホーホ、ウッホホウホホホ)』』

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 子供でも少し考えれば分かるはずのことだった。

 どうして、あの時の自分はあんな事をしてしまったのか。

 単なる好奇心だったのか、それとも自分の世界に【触ってはいけないと言われる物】があるのが我慢ならなかったのか。

 今ではもう、理由は覚えていない。


『『続きまして、果て無く進化する究極の生命体、エヴォリューションゴリラのゴリラさん』』

『『本物山小説大賞を第一回から見守ってきましたが、投稿される作品も私のようにどんどん進化して良い物が揃っています。やがて神域に至る作品が出るであろう事をとても期待しています。(ウホ、ウホウホウホ、ウッホホッホホ、ウホー)』』

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 結果は散々だった。

 あれは怪物がやってこないようにする封印か何かだったんだ。

 ただの落書きがされた木の板にしか見えなかったから、こんなものかと思って川に投げ捨てたんだ。

 捨てた直後は何も起こらず、周りが大げさに言っているだけだと思っていた。

 だけど、それから徐々におかしな出来事が起こり始めたんだ。


『『続きまして、次世代のための新しき命、バイオゴリラのゴリラさん』』

『『新しい作品はそれだけで次の世代への第一歩です。ジャングルでは前へ進めない者は死んでないだけで生きてるとは言えません。そんな奴は私が潰します。(ウホホウホホウホホホホ)』』

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 最初の犠牲者は川辺で見つかった。

 大勢の子供や孫を送り出し、静かに老後を過ごしている仲の良い夫婦で、自分もよくお世話になった。

 誰からも仲の良さを羨まれ、誰にでも優しく、誰とでもおしゃべりする。皆からおしどり夫婦と呼ばれてとても好かれている二人だったんだ。

 なのに、見るも無残な姿で発見された。


『『続きまして、静かなる超越者、PSYゴリラのゴリラさん』』

(こんにちは、PSYゴリラです。今、あなた達の心に語りかけています。物語とは、作者の歩んできた人生や考え方の集大成という素晴らしいものです。今日はこのような偉大な場にお呼び頂けた事に感謝します)

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 老夫婦は体を杭に貫かれ、そのまま全身を焼かれ、頭と骨格は杭に残したままで内蔵と肉を全てこそぎ落とされた姿で見つかった。

 最初に発見したのは近くに住む若者だったらしい。

 のどが渇いたので川で水を飲もうと思い、沢まで降りてきた所で川辺に横たわっている老夫婦の死体を発見したらしい。

 

『『続きまして、黄金を投げつける武士、侍ゴリラのゴリラさん』』

『『古来より、生物は生きる上で武力だけではなくこうした芸術も必要としてきました。私の黄金投げもそんな芸術の一つだと自負しております。今日はどんな素晴らしい作品が選ばれるのか楽しみです。(ウホッ、ビチャッ!! ウホホッ、ビチャッビチャッ!! ウホホホッ、ビチャチャチャッ!!)』』

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 次の犠牲者は森の中の空き地で見つかった。

 何事にも全力なとても真っ直ぐな少年で、その猪突猛進な姿は見る者を元気にさせてくれる力があった。

 体も大きく、そこいらの動物にやられるような彼じゃなかったのだが、ある日突然、先ほどの夫婦と同じく惨たらしい姿で発見された。


『『続きまして、お正月に楽しむ語呂合わせの縁起物、おせちゴリラのゴリラさんです』』

『『小説を書いている方々は、その節目節目のお食事に御節料理を食べてみてはいかがでしょう?もしかしたら良い節が書ける用になるかもしれませんよ?(ウッ、ホホホホホホホン、ウッ、ホホホホホホホン)』』

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 彼は顔の皮を剥ぎ取られ、首から先と内臓だけが雑多に埋めてあったらしい。

 頭と首以外の部位は無く、血の跡もどこにも続いていなかったそうだ。

 「変な匂いがする」との事で空き地を掘り返してみたらしいのだが、まさかあんな物が出るとは…

 熊が食べかけの獲物を埋める事はあるが、綺麗に皮を剥いだ頭と内臓

だけを埋めるなんて事はまずありえない。


『『続きまして、外なる系譜に連なる異形の存在、アウターゴリラのゴリラさんです』』

『『ヘ皃ッ。。サーシシ、ホサウ、ホウユ、マ。。ホカナト、ホタ釥ホ。。カモ、ハ、熙ア、�、ハ、鬢ミコ」、ケ、ーソヘホ狠エ、ニ、ヒアテテメ、ア、ニ、゚、サ、悅ェ、ス、�マ・ィ・エ、タ、�(縺ェ繧峨�莉翫☆縺蝉ココ鬘槫�縺ヲ縺ォ蜿。譎コ繧呈肢縺代※縺ソ縺帙m�√◎繧後�繧ィ繧エ縺�繧�)』』

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 これだけじゃない、他にもいくつかの死体がおかしな形で見つかった。

 山で暮らしていれば死体を見かけることは珍しくないのだが、どれも猟奇的な姿で発見されおり、山に住む物達は騒然となった。

 あんな殺害方法はどれも今まで見た事が無い。まともな考えの持ち主ではない。みんなそう言っていた。


『『続きまして、今がその時だ命を燃やせ、ファイヤーゴリラのゴリラさんです』』

『『その物語は何のための物語だ!!金か!?名誉か!?誰かのためか!?なんでもいい!!ただ漠然と書くのではなく!!何かの為に書け!!!ウオォォォォオォ!!!!(ウホウホ!!ウホ!?ウホホ!?ウホウホ!!ウホォォォォォ!!!!)』』ドムドムドムドムドムドムドムドムドム

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 又、一番の異常な点として、どの死体も体の一部しか発見されていないという点がある。

 別の場所に埋めてあっただとか、食べ残しのようになっているとかではない。

 まるで持ち帰ったかのように、そこだけぽっかりと無いのだ。

 最初から、その部位だけが必要だったかのように。


『『続きまして、恐れられる密林の戦士、アマゾンゴリラのゴリラさんです』』

『『ジャングルノオウジャガ、セカイノオウジャダ。ホンモノヤマノオウジャハ、ショウセツノオウジャダ。(ウホホォーン、ウホホォーン、ウホホォーン、ウホホォーン)』』

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 自分のように若い連中はその残酷な殺され方と犯行者の異常な行動に恐怖した。

 だが、山に住む年配者達は違った。

 犯行者の異常な行動に心当たりがあったらしく、自分が捨ててしまった木の板がどうなっているかの確認をされた。

 そして、直ぐにそれがあるべき場所に無い事が発覚した。

 あの時の年配者達の怒りようは凄まじかった。


『『続きまして、旬のスイーツとオシャレは見逃さない、女子高生ゴリラのゴリラさん』』

『『よくスタバとかマクドとかで前に受賞された作品を読んでました。この場所に呼んでもらえて友達に自慢できます。大賞の人はインスタに上げるので後で記念撮影させてください。今日は楽しみです、ありがとうございます。(ウホーホホホ、ウホホウウホ、ウッホホウホホ)』』

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 「誰がやったんだ。」

 「何を考えているんだ。」

 「平穏を乱すつもりか。」

 あれほどまでに大勢が一斉に怒っている姿は初めて見た。

 余りにも迫力が過ぎて、やったのは自分だと名乗り出る事が出来なかった。


『『続きまして、インターネットの人気者、生放送ゴリラのゴリラさん』』

『『ちぃーっすぅ、今晩はこの後も配信しているのでみんな見てねー。チャンネル登録シクヨロー(ウゥーホゥ、ウホッホッホッホホー、ウホホホー)』』

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 だから、あの時の自分は(このまま黙っていればバレないはずだ)と思って……いや、そう願っていた。

 自分や知っている誰かが次の犠牲者になるかもしれないという事よりも、自分が怒られる事のほうが怖かったのだ。

 あそこで自分が名乗り出れば、あんな結末にはならなかったのかもしれない。

 自分に、彼女のような勇気が少しだけでもあったら……


『『続きまして、森のダブル賢者、エルフゴリラのゴリラさん』』

『『本物山小説大賞は既存の概念を越えた良くも悪くも突拍子の無い作品が多く、賢者と呼ばれている私でも意表を突かれて驚かされます。今回もどんな驚きを見せてくれるのかと、年甲斐も無く楽しみにして来ました。(ウッホ)』』

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 しかし、彼女は里を飛び出してからどうして小説家になったのだろう?

 子供の頃の木から木へと飛び移るような活動的な彼女からは想像が付かない。

 自分と彼女は身分が違いすぎて一緒に遊ぶことは無かったが、山で食べ物を探しているときによく見かけたものだ。

 あの夜に出会ったときはお互いに初対面だったけど、お互いにお互いの事を見たり人から聞いたりしていて、それとなくお互いを知っていたのは少し面白かったな。


『『続きまして、七つの海を股に掛けた大海の覇者、キャプテンゴリラのゴリラさん』』

『『よう!元気かお前ら!!元気が無い奴は本を読め!!本は船の上の暇つぶしにもぴったりなんだぞ!!(ウホ!ウホホウ!!ウホッホ!!ウホウホウホウッホゥ!!)』』

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 あの時、彼女と一緒に逃げ隠れしている間は少しだけ楽しかった。

 いや、少しでも楽しいと思ってないと心が痛くて我慢できなかったのかもしれない。

 事件が起きたのも、山中が騒がしくなったのも、彼女が逃げる事になったのも、全部自分のせいなのだから。

 彼女は最後までその事を知らなかったから、ああやって笑ってくれていたんだ。

 もしも、あの時に自分が全て話していたら、ちゃんと謝れていたら、彼女はずっと笑顔のままで居られたのかもしれない。


『『続きまして、旅の目的は火継ぎか闇の世界か、不死ゴリラのゴリラさん』』

『『なんか口が臭い蛇に食べられたと思ったらこんな所に居ました。近くにデーモンはいますか?(ウホホホ、ウホホホホウ?)』』

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 今の彼女は笑えているんだろうか。

 あの時のような笑顔が出来ているんだろうか。

 そんな事を心配する権利は自分には無いのかもしれないけど、どうしても気になってしまう。

 小説家として大成していたとしても、その内容はホラー物なのだ。

 やはり、あの時の事に原因が……


『『続きまして、どんな時でもシャッターチャンスは逃さない。カメラゴリラのゴリラさんです』』

『『パシャパシャ、パシャパシャ、パシャパシャ、パシャパシャ、パシャパシャ、パシャパシャ、パシャパシャ、パシャパシャ』』

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 みぐめさんの小説の天才的とまで言われる描写が、あの時の彼女の体験を元にした内容だと言うのはあながち間違いではないと思っている。

 みぐめさんが現役終盤に発刊した『かんぱんスタンパー』や『やきにくバーベキュー』等を読めば明らかだ。

 それ以前の作品の『やがて奴はやってくる。晩秋の9号道路』でも終盤にそれらしい描写があったはずだ。


『『続きまして、白き衣を纏った静かなる暗殺者、餅ゴリラのゴリラさんです』』

『『ほんはとてもすばらしいぶんかです。じゅしょうされるかたもされないかたも、これからもすばらしいさくひんをつくりつづけてください。(うっほううほううほほ、うほーほほほううほ)』』

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 小説を投稿し始めて分かったのだが、文章というのは書き手の経験した事や考えている事によってかなり癖が出る。

 語彙や文章の区切り方なんかに特に顕著に癖が出るのだが、話の展開の仕方や人物描写もそうだ。

 最も、経験していなければその事について書けないということではない。

 そうだとしたら宇宙物を書いている人は宇宙で暮らしたことがあるということになってしまう。


『『続きまして、まろやかな甘さに宿る包み込むような優しい味、牛ゴリラのゴリラさん』』

『『牛乳を飲んで外で遊ぶのは健康な体を作るのに大切ですが、本を読んで知識をつけるのも健康な心を作るのに大切な事です。みなさん、牛乳を飲んで本を読みましょう!!(モッホモッホ、モホホ、モホホモ、モホ、ホモ!)』』

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 だが、経験した事について書くときは描写が生々しくなり、読み手に自身がその舞台に居るかのような臨場感を持たせる事がある。

 特にホラー物なんかはその臨場感が大事で、落ち着いて冷静に考えれば怖くともなんとも無い描写でも、たった一文で読者を恐怖に陥れることが出来る。

 みぐめさんの作品は、そういった場面場面の描写の臨場感が特に顕著なのだ。


『『続きまして、マヨネーズと民主主義についてやけに詳しい、転生ゴリラのゴリラさん』』

『『やれやれ、トラックに轢かれそうな子供を助けたと思ったらこんな所に居たんだが、俺ってばまたやっちゃいましたかね?(ウホウホ、ウホッホホ、ホホホウホッホホ、ホホホッホウホホホウ?)』』

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 主人公達を探す犯人を木の洞に隠れてやり過ごす時の息遣い。

 さっきまで元気だったのに、少し目を離した隙に物言わぬ死体となった友人を発見した時の衝撃。

 目の前で家族が殺されているにもかかわらず、見つからないために声を必死で押し殺す悔しさ。

 そして、一体だけだと思っていた怪物が、実は複数体居たと分かった時の絶望感。


『『続きまして、聖夜にだけ訪れる空飛ぶ配達屋さん、サンタゴリラのゴリラさん』』

『『物語を楽しみにしている子供達には今日の本物山小説大賞の受賞作を渡す予定です。こんな素晴らしい作品達を読める子供はとても幸せでしょう。(ウッホッホゥ、ウッホッホゥ、ウッホッホゥ、ホホゥ)』』

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 他にも色々とあるのだが、特にこういった追い詰められた時の描写はとても力が入っているように感じる。

 読んでいるだけで心臓の鼓動が大きくなり、物語の中の出来事のはずなのに、自分の鼓動のせいで犯人に隠れているのがバレてしまうのではないかと錯覚してしまう。

 どの作品にもあるというわけではないが、みぐめさんの人気作はこういう傾向の物が多い。

 これを普通のファンならば『流石は鉄板小説家』となるのだろうが、にとっては(何故こうも描写が生々しいのか)と考えてしまう。


 『『続きまして、昔ながらの伝統的な作り方を大事にする文化の継承者、ピッツァゴリラのゴリラさん』』

『『本が文章を楽しむ作品なように、ピッツァは生地を楽しむ料理です。決して野蛮で下品なピザとは違います。本物山小説大賞に参加された方は私の店のピッツァを割引いたします。(ウッホォーゥ、ウホッホォーゥホウッホォーゥ、ウゥーホホォーゥ、ウーホォーゥ)』』

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 どの描写も、なのだ。

 あの夜、彼女と一緒に逃げ回った自分だからこそ分かる既視感。

 みぐめさんの小説を読んでこの既視感に気付き、この表現力はどうやって身に付けたのだろうかと調べているうちにゴーストライター疑惑を知り、『小柄で赤いドレスの女性』の存在を知ったのだ。


『『続きまして、新しい物のためには伝統という足枷を外す事も必要だ、ピザゴリラのゴリラさん』』

『『物語は王道を外れても面白ければ正義であり、力を持った作品と言えます。ピザも美味しければそれが正義であるのです。伝統は大事ですが、それだけを守っているようでは生地にカビが生えてしまいます。うちは参加者全員にLサイズを一枚ずつ配りましょう。(ウーホホーーーーホーーーーホーーーーホーーーーゥ、ウーホホーーーーホーーーーホーーーーホーーーーゥ)』』

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 自分が感じた既視感はたまたまホラー物の王道と一緒だっただけの可能性もあるのだが、その既視感を覚える作品の影に彼女に似た特徴の女性が居るとなったら……

 これはもう、確かめてみるしかないと決意した。

 しかし、だからと言ってみぐめさんの連絡先に『あなたの作品と赤いドレスの女性について聞きたい事があります』と問い合わせる事は出来なかった。


『『続きまして、開けてみるまでは生きているのか死んでいるのか分からない、シュレーディンガーのゴリラのゴリラさん』』

『『本物山小説大賞も発表されるまでは全ての作品が大賞であり、作者にとってはかけがえのない作品でしょう。そんな中から一つだけ選ばれるのはとても名誉な事ですが、選ばれなかった作品も大賞になる可能性のあった名作なのです。(ウッホホホホホゥホゥ、ホーホホ、ホホホウッホホ、ウホホホホ)』』

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 もしも彼女が自分の事を覚えていなかったり、恨んでいるとしたら、返事が返ってこないどころか接触を拒んで連絡先を断たれてしまうかもしれない。

 だからこそ、小説で有名になってみぐめさんに名前を覚えてもらい、別の理由で呼び出すつもりだったんだ。

 しかし、自分は思ったよりも文才が無いようで、前回と前々回の本物山小説大賞では中々良い作品が書けずに終わってしまった。


『『続きまして、大いなる力には大いなる責任が伴う、スパイダーゴリラのゴリラさん』』

『『いやー、とても光栄だね。この小説大賞は毎回楽しみにしてるんだよ。いやいや、ほんと。いつも過去の大賞作を寝る前に読む事にしてるからね。まあ、毎晩直ぐにぐっすりしちゃうからまだ表紙しか読めて無いんだけどさ。(ウホホホッホウホ、ウホホホーマッ!)』』

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 誰か他の人に投稿する小説を書いてもらうにしても、レギュレーションが分からなければ依頼する事が出来ない。

 しかし、レギュレーションが発表された後に、そのレギュレーションに沿った小説を書いてくれと依頼をしては、本物山小説大賞に投稿する作品だとバレてしまう。

 本物山小説大賞はルールがほぼ無くても不正だけは許さないという事を皆知っているため、そうなっては依頼その物が受けてもらえない。

 そのため、仕方なく小説で知名度を上げるのは諦めたのだ。


『『続きまして、地獄の門の上で何を思うのか、考えるゴリラのゴリラさん』』

『『…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………(…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………)』』

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 そこで他に何か良い方法がないのかと検討していたところに、次の本物山小説大賞では授賞式に出席する事が参加条件だという情報が飛び込んできたのだ。

 賞を取れそうな小説を書けない自分にとって、この第七回本物山小説大賞授与式は大きなチャンスだ。

 この日を逃したら、次はいつチャンスが巡ってくるのか分からない。

 みぐめさんが来ている事も確認出来たし、後はどこかで話しかけるだけでいい。


『『続きまして、死の中に生を見出す体現者、女騎士ゴリラのゴリラさん』』

『『な、なんだお前達は!?こんな所に私を連れて来てどうするつもりだ!?私は絶対にお前らに屈したりはしないからな!!おい、待て、なんだそれは!!?やめ、止めろっ!!こんな屈辱を受けるぐらいならばいっその事……くっ、殺せ!!(ウッ、ホホホ!!)』』

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 予定では大賞、金賞、銀賞の発表の後に小説のテーマに沿った挿絵の発表がされ、そこから少し歓談の時間が取られる事になっている。

 流石に運営側の者が途中退席はしないだろうし、参加者からの挨拶を嫌がることも無いだろう。

 歓談の時間になったら真っ先にみぐめさんに近づき、誰かに邪魔される前に話しかけるつもりだ。

 

『『続きまして、大地と火と水の恩恵、温泉ゴリラのゴリラさん』』

『『温泉と言えば旅館、旅館と言えば小説家、小説家と言えばこの名誉ある大会の本物山小説大賞。小説を書いている皆さん、温泉に入って旅館に泊まって、締め切りに追われて缶詰になっている文豪の気分を味わいましょう。(ウーホホーホーホ、ウホホン、ウーホホーホーホ、ウホホン)』』

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 みぐめさんの小説に書かれている事が自分の体験にそっくりな事。

 自分が知っている限りでは、その内容は自分と彼女しか知らない事。

 彼女は自分の代わりに追放されてしまった事。

 そして、あの夜の出来事は全て自分が原因だったという事。


『『続きまして、網に乗せすぎは火事になるので気をつけよう、焼肉ゴリラのゴリラさんです』』

『『脂の乗ったホルモンはおいしいですが、焦って一度に網に乗せると火が付いて焦げでしまいます。大賞を逃した方も焦らずガッカリしないで下さい。同じホルモンでも今日はさっぱりしたのが良いという日もあるでしょう。(ウホッホッホッホッホッホッホ、ウホホホウホホ、ウホ、ウホホ)』』

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 本当は直接彼女に会って伝える事が出来れば一番なのだが、それは難しい。

 彼女は表に出てこないようにしているみたいなので、みぐめさんを介して言葉を届けて貰うつもりだ。

 まあ、そもそも本当にみぐめさんと彼女が繋がっているのか分からないし、自分がお願いしてもみぐめさんが断る場合もあるのだが……

 それに、この後の歓談で自分が近づくよりも先にみぐめさんに話しかける人が多く、話しかける隙が無いかもしれないという可能性もある。


『『続きまして、朝餉に漂うその香りは和の象徴、味噌ゴリラのゴリラさんです』』

『『味噌は完成するまでに長い時間がかりますが、その分手間暇かけることでおいしい物が出来ます。小説も同じです。手間暇かけて丁寧に作った小説はさぞかし素晴らしいことでしょう。(ウホホホーホ、ウホホ、ホホー、ウッホッホッホウッホッホッホ、ウホホホーホー、ウホホ、ホホー)』』

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 この会場内に彼女が来ていれば話は早いのだが、全体を見回してもそれらしき姿は見えない。

 元々、噂で聞いた目撃情報は数が少なく、公の場で『小柄で赤いドレスの女性』を見たという情報は無いのだ。

 もしも本当にゴーストライターだとしたら絶対に姿を現さないようにするだろうし、みぐめさんとの繋がりがあるような疑惑は持たせないはずだ。

 籠の中の鳥になって外部との接触を完全に遮断されているわけではないと思うが、自由に外に出ているわけでもないだろう。


『『続きまして、神話の時代から続く古代魔法の担い手、魔女ゴリラのゴリラさん』』

『『本当は私みたいなのが簡単に俗世に関わっちゃいけないんだけど、あの儀式を模した本物山小説大賞と聞いたから慌てて準備してきたわ。って、これ喋っちゃダメなやつだっけ?まあいいわ、呼んでくれてありがとね。(ウッホウッホホゥホ、ウホホッホ?ウホホホゥ)』』

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 彼女のような目立つ外見ならば、もっと他に目撃情報が合ってもいい。

 だが、彼女の事はみぐめさん関連の噂にほんの少しだけ情報が挙がる程度で、きちんとした目撃情報は無い。

 やはり、あの時に追放された事が彼女の中で響いているのだろうか。

 あの時までの彼女は誰にでも話しかけ、誰とでも仲良くなる、凄く社交的な性格だった。

 それが今では表に出ない、姿を見ない。まるで幽霊のような存在だ。


『『続きまして、全てを打ち返すレジェンド選手、スラッガーゴリラのゴリラさんです』』

『『自分はどんな緩急がある物も変化球な物も大好きです。色んな作品が集まる本物山小説大賞の発表に立ち会えて光栄です。(ブォン ブォン ブォン ブォン ブォン ブォン ブォン)』』

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 その原因を作ってしまった自分が今の彼女の事を心配するなど、おこがましい事なのかもしれない。

 自分はこうして特に迫害もされず、今でも生まれ育った場所で生きている。

 罪を感じているのならここから出て行くことも出来たはずだが、自分は20年経った今でもこの山で暮らしている。

 しかし、彼女は違う。


『『続きまして、どんな年齢でも女性は優しくエスコート、紳士ゴリラのゴリラさんです』』

『『本日は大変素晴らしい授与式にお呼び頂き、大会運営ならびに参加者の先生方に感謝いたします。今大会が七回も続いているのは皆様の尽力と発想力と〆切を守ろうとする強い意志の賜物でございます。今後も素晴らしい作品を読ませていただくのを楽しみにして、老後を過ごさせて頂きます。(ウホッホゥホ、ウホホゥホホ、ウホホホホ)』』

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 彼女は今でも故郷に帰れずにいる。

 きっと、それはとても悲しいことなのだろう。

 いや、悲しいはずだ。

 誰であっても、故郷に帰る事が出来ないというのは悲しい。

 ましてや、あの時に起きた惨劇は全て自分が原因だと間違った判断をされてなのだから。


『『続きまして、天駆ける大空の守り手、イカロスゴリラのゴリラさん』』

『『大空は自由です。そして、本物山小説大賞も同じく自由です。皆さんの自由な発想と益々の飛躍を楽しみにしています。イカロスだけに。(ウーホーホーーウホホーホーウホホーホーホー)』』

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 でも、それでも、ずっと彼女に謝りたいと思っていた。

 自分勝手で、今更卑怯だって事は分かっている。

 今更彼女の立場を元に戻したって、失った20年は戻らない。

 このままあの時の事を胸の内に仕舞って、真相を闇に葬ったほうがいいのかもしれない。


『『続きまして、因果応報円環の理、カルマゴリラのゴリラさん』』

『『良き行いは良き事を、悪き行いは悪き事を呼びます。果て紗て、今宵の本物山小説大賞は一体どうなるのやら。(ウホホウホ、ウッホホウッホ、ウッホホホゥホゥホ)』』

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 だけど、みぐめさんが発行したホラー小説にあの時の事と似たことが書かれているという事は、彼女はあの時の事について何か訴えているんじゃないかと思う。

 それがどんな訴えかは分からない。

 もしかしたら真犯人を捜しているのかもしれないし、誰かに助けを求めているのかもしれない。

 逆に真犯人に向けた、『お前が誰だか分かっているんだぞ』いうメッセージなのかもしれない。


『『続きまして、抑えきれぬ破壊の衝動、バーサーカーゴリラのゴリラさん』』

『『ヴホオオオォォォォォォゥゥゥゥゥ!!!!!!!!!!!ヴオオオオオウウウウウウゥゥゥゥゥ!!!!!!!ヴホオオオォォォゥゥゥウウウ!!!!ウヴォホォアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!』』ドムドムドムドムドムドムドムドムドム

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 個人的には、みぐめさんはまるで本当にあった事のような描写を描けるただの天才的な小説家だというだけで、ゴーストライター疑惑も全て自分の勘違いだという事で済ませたい。

 それならば彼女の行方は分からないままだけど、少なくとも見える範囲で苦しんでいる彼女は居ないっていう事になる。

 まあ、それで安心するという事は、彼女を救いたいと口で言っているけれど、本当は自分が楽になりたいだけなんだなって事を十分に理解してる。


『『続きまして、余りにも好きすぎて一体化した究極の好意、バナナゴリラのゴリラさん』』

『『知ってますか?バナナはその熟れ方で栄養が変わるのです。熟していない青い時は整腸効果、食べごろな黄色い時はアンチエイジング効果、熟れて黒い時は免疫力を高める効果。とても不思議ですよね。物語りもそう。自分の成長具合によって色んな効果があるんですよ?(バナーナ、ナーナ、バナナーナ、バーナー、バーナナー)』』

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 最初から、これは彼女のためという言い訳の上で行っている自己満足なんだ。

 自分で自分をとても卑怯で情けない奴だと思う。

 あの時に名乗り出なかった弱くて臆病な自分のままだと思う。

 でも、もしも、ほんの少しでも、彼女を救う事が出来るのならば。


『『続きまして、不定形でありながら敢えてその形を取る、液体ゴリラのゴリラさん』』

『『私はどんな形にもなれますが、ゴリラの形が好きなのでゴリラでいます。参加者の皆さんも合理性や大衆の人気などを考えず、好きだからという理由で作っている物があるはずです。誰からも評価されていなくても、私はそれを認めます。頑張ってください。(ピチュンビチャビチャ、チュプン、ドプン、ピチャッビチャッ)』』

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 そのためならば、自分はこの命を使ってでも彼女の願いに応えたい。

 単なる自己満足と言われればそれまでだけど、それでも命をかける覚悟はある。

 今更自棄になったわけじゃない。

 あれからずっと、今までずっと、彼女の事を後悔して生きてきたんだ。

 自棄になっているとしたら、それはあの時からだ。


『『続きまして、毎日の体臭対策は忘れない、ゾンビゴリラのゴリラさん』』

『『…………………………かゆ………………………………………………うまい………………………………(………ヴ……………ホゥ……………)』』

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 自分は20年前からずっと死んでいるんだ。

 あの時、彼女が「一緒に逃げよう」と言ってくれたから、自分はここに居る。

 もしも彼女が居なかったら、自分は父と母を殺したあいつに抵抗しないで、そのまま一緒に殺されていた。

 自分のせいで大勢死んだのだから、自分も死ぬべきなんだって。


『『続きまして、趣味でお小遣いを稼げたらいいな、ハンドメイドゴリラのゴリラさんです』』

『『最近はプリザーブドフラワーやソープフラワーにハマっているんですけれど、失敗しちゃっても作ってる時は楽しいんですよね。小説もそうだと思います。書いてる時が一番楽しい。大賞を取る事は嬉しい事ですが、その楽しさをいつまでも忘れないでほしいです。(ウホホホーホホウホォー、ホーホウホォー、ウッホウホホッホホホホホウ)』』

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 そう思って自棄になって死を待っていたのだが、彼女はそれを親が殺されたショックで自棄になっていると勘違いしたらしい。

 だから、ああやって自分に声をかけてくれたのだろう。

 でなければ彼女が自分に話しかけてくる理由なんて無い。

 彼女も彼女の親が殺されたばかりだというのに、彼女はとても強く、そして優しかった。


『『続きまして、ネタバレ防止の黒い姿、黒幕ゴリラのゴリラさんです』』

『『この世の謎のほとんどは私が黒幕なのですが、本物山小説大賞が七回を迎えれたのは皆様のおかげです。つまり、皆様が本物山小説大賞の黒幕なのです。今後も黒幕として本物山小説大賞の普及や投稿を頑張ってください。(ウホホホ、ウホーンホホ、ウンウンホ)』』

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 自分は彼女に生かされたんだ。

 ならば、この命は彼女の為に使うべきだ。

 彼女に会って、全てを話して、その上で、真相を知った彼女が自分に死を望めば、喜んでそれを受入れる。


『『続きまして、あらゆる秘境をその身一つで踏破した探索者、サバイバルゴリラのゴリラさんです』』

『『本物山小説大賞という踏破しがいのある場にお呼びいただき、本当にありがとうございます。ところで、来月は私の自伝である「自然に挑むゴリラ」の第二十巻が出ます。よければ皆さん読んでみてください。(ウーホホホウホーウホホホ、ホホウホホッホウホホ)』』

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 それで彼女の気が済むのなら、自分の命などいくらでも使おう。

 それで償いになるのなら、どんな命令にも従おう。

 だから、どうしても会いたい。

 彼女に会って、話がしたい。

 もう一度、あの美しい声で囀る、赤色のドレスの君に……



バァン!!!!!



 その時、体育館の入口の扉が大きな音を立てて開いた。


「大変です!人が、人が倒れています!!」


 そして、大賞の発表の前の来賓の紹介で和やかな空気が流れる会場に、突如として女性の悲鳴にも似た大声が響き渡る。


「なんだって!?人が倒れているだと!!?」

「そんな、なんで!!?」

「どうしてこの本物山で???」

ドヨドヨ ザワザワ ドヨドヨ ザワザワ ドヨドヨ ザワザワ ドヨドヨ ザワザワ ドヨドヨ ザワザワ


 その声を聞いた来場者達は一斉にどよめき立ち、会場は直ぐにざわつき始めた。

 だが、自分はその『人が倒れている』という内容よりも、その声に驚いていた。


 こんなに来場者の多い会場でも隅々まで響き渡る美声。

 親から止めさせられたからと、隠れてこっそり歌っていた遠くまで染み渡る囀り。

 声だけじゃない。そのビロードのように艶かしい赤色の羽毛は絶対に忘れない。


「誰か!誰かお願いします!!あれが本当に人間かどうか確認して下さい!!」


 忘れていない。

 忘れるわけがない。

 忘れていちゃいけない。

 彼女が、彼女こそが、あの時に自分の代わりとなって、この本物山から追放された、赤い金糸雀の君。


 どうしてここに?

 いや、そうじゃない。ここに居るのはおかしなことじゃないんだ。

 彼女がみぐめさんと組んでいるというのなら、この会場に来ていてもおかしくない。

 でも、だからと言って、何故、君が?

 鳥目だから、夜は何も見えないはずなのに?


「早く、ゴリラさんでも、兎さんでも、狸さんでもいいんです!あれが、あの怪物が!本当に人間がこの山に入ってきたのかどうか、確認して下さい!」

ウ"ォー! パオーン! ニャー! ケロケロ! カキーン! フヨフヨ! ビビー! ビロローン! メェー! ピョン! グゲー!


 会場内は完全に混乱に包まれ、色んな種類の動物達が銘々に悲鳴を挙げる。


 ファイヤーゴリラのゴリラさんが「俺が見に行く!!」と言えば、ブレイブゴリラのゴリラさんが「危険な役目は自分が行う」と言い、スパイダーゴリラのゴリラさんも「僕の力はこういう時の為にあるんだ」と言い、それをメカゴリラのゴリラさんが「人間と戦うのは自分の役目だ」と譲らない。


 その喧騒をゴリラのゴリラさんがドラミングで治めようとし、牛ゴリラのゴリラさんは牛乳を飲んで落ち着けと自らの乳を搾りだし、女騎士ゴリラのゴリラさんは両手足を拘束され、カメラゴリラのゴリラさんはそれらの姿をシャッターに収める。


 その音に驚いたPSYゴリラのゴリラさんは興奮して周りの物を浮かせては落とす事を繰り返し、シュレーディンガーのゴリラのゴリラさんは箱から出てくるし、アウターゴリラのゴリラさんは謎の液体を撒き散らすし、それを液体ゴリラのゴリラさんが吸収して片付ける。


 その側では宇宙ゴリラのゴリラさんが衛星カメラの中継を見ながら「立入禁止の看板が外されている!?」と叫び、アカシックゴリラのゴリラさんは「なぜ、私に分からない事が…」とうろたえ、経済ゴリラのゴリラさんはろくろを回す事を忘れて部下に指示を出して株価の調整をし、ユーチューバーゴリラのゴリラさんはこれ見よがしに生放送を始める。


 他にも色んなゴリラがウホウホ叫んでいて収集がつかない。というか、なんでこんなにゴリラが居るんだ。多すぎる。


 そんな中、関係者席のみぐめ燥小さんが口を大きく開け、目を見開いて、同じ金糸雀である彼女を見つめているのが見えた。

 彼女がここに居るのはみぐめさんにとっては予想外だったのだろうか。


 逆に、彼女はそんなみぐめさんを見ながら、二十年前のあの日の姿からは想像も付かない妖艶の笑みを浮かべている。

 まるで、この日を待っていたかのような。待望の日が訪れたような。そんな笑みを。


 そして、暫く喧騒が続いた後、ぼうっと彼女を見つめていた自分に、彼女が目を合わせてきた。

 彼女は僕がこの会場に来る事を分かっていたのだろう。

 彼女の顔に驚きは無い。「そこにお前が居るのは当たり前だ」という顔をしている。

 そして、その瞳はみぐめさんに向けた笑みとは別に、深い憤怒に駆られた灼熱の色が見えた。


 そうか。彼女は知ったんだな。


 あの日、人間が本物山に訪れる切欠を作ったのが誰なのか。

 里の動物達を捕まえ、殺し、彼女が里を追い出される原因を作った人間という怪物を本物山に招きいれたのは誰なのか。


 彼女がどうやって今晩この山に人間を呼び寄せたのか、そして、その呼び寄せた人間をどうやって倒したのかは分からない。

 そもそも、人間が倒れているというのは彼女が作り出したブラフで、本当は人間なんか来て居ないのかもしれない。


 だけど、一つだけ確実に分かることがある。


 彼女は、この機会に復讐を始める気だ。

 この山に住む動物達に、自分を追い出した里の者達に。

 そして、その原因を作った自分に。


 これが、僕が始めて彼女が終わらせる、この本物山に生きる動物と人間を巡る物語の結末。

 本物山小説大賞殺人事件の幕開けだった。

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本物山小説大賞殺人事件 @dekai3

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