教国㊵
斜に構えたサタンの爪が伸びる。
指を鉤爪のように開き、鋭い爪でラファエルに狙いを定めた。次の瞬間には、獲物を狩る肉食獣のように地面を蹴っていた。
反動で石畳が砕け、ドン! と音を響かせ、地面に小さなクレーターが出来た。
純粋な身体能力だけで、サタンは一瞬で姿を消す。
風圧で瓦礫を撥ね除け、真っ直ぐにラファエル目がけて直進していた。
流石にスキルを使ったリリスの速さに比べたら数段落ちるが、常人の動体視力で捉えきれないという点においては同じだ。
ラファエルは目を見張る。
姿は辛うじて見えているが、反応できるかは別だ。
余りに速すぎた。
(この体で躱すのは困難か……。仕方ない。〈
サタンの爪が喉元に突き刺さる刹那。
甲高い音と共に、サタンの五本の爪が金属の盾に阻まれて止まった。
同時にサタンの深紅の瞳が見開く。
「誰だお前は!」
剣と盾を構えた騎士がそこに居た。
ラファエルと同じく目元を銀色の仮面で覆い隠し、銀色の甲冑を身に付けていた。しかし、ラファエルが装備を変えたわけではない。
体つきも背丈もラファエルとは違う。背は高く、体つきはがっしりしており、顔の形は少し角張っいた。髪の色はブラウンで短い。
明らかに別人だ。
声を荒げたサタンに男は何も答えず、手に持っていた剣を無言で振り下ろす。
大気が裂ける音が鳴り、咄嗟にサタンは大きく後ろに飛び退いた。剣先は地面に当たる寸前で止まったが、風圧で地面が抉れて放射状にひび割れた。巻き起こった衝撃で、周囲の瓦礫が宙を舞う。
地面に着地したサタンは、自分の腕を見て怒りで歯を剥き出した。剣を躱したはずが、腕には痛みが走り、僅かな切り傷が付いていた。
(剣と鎌鼬による二段攻撃? あの剣をギリギリで躱すのは危険か……。ラファエルが攻撃魔法の使い手なら、目の前の男は物理攻撃と防御に特化した騎士といったところだな。ラファエルも目の前の男も、分身や分体の類いにして強すぎる。間違いなく本体だ)
然したるダメージは無いとは言え、二人から手傷を負わされたことは屈辱的だ。
周囲を見渡すが、やはりラファエルの姿は無い。
「ラファエルを何処にやった?」
サタンは尋ねるが、やはり男は無言のままだ。
「そうか、話したくないと言うことか……」
深紅の瞳孔が見開く。
「なら、貴様から先に死ね!」
サタンは再び地面を蹴る。
盾を避けるように横から回り込んで爪を立てるが、予測していたように盾が動いて爪を弾いた。そして、お決まりのように剣が振り下ろされる。
今度は余裕を持って躱したため、鎌鼬によるダメージはないが、盾が非常に厄介だ。高ランクの武器に匹敵するサタンの爪を持ってしても、盾には傷一つ付いていない。
(なんて硬さだ……)
それでもサタンは攻撃を続けた。
光速で場所を移動しながら、見えないほど速い攻撃を立て続けに繰り出した。しかし、その尽くが盾によって的確に防がれる。
盾を持つ左手の動きが、サタンの攻撃速度を遙かに上回っていた。
(防御に特化しているのか? だが……)
キン! 甲高い音が鳴る。
正面の攻撃を盾が防いだ瞬間、背後からアイゼンの鎌が首を狙っていた。
「〈
巨大な鎌の刃が男の首に触れた。
(終わりだ!)
サタンはほくそ笑む。
首が宙を舞うのは間違いないと思われた。
しかし――
アイゼンの鎌が男の首でピタリと止まる。
守られていない生身の首でだ。僅かに首の皮が切れて血が流れ落ちるが、致命傷にはほど遠い。
アイゼンの
目を丸くして咄嗟に飛び退く。
間髪入れず、リリスが上空から鞭を縦に振り下ろした。
男の体を伸びた鞭が真っ直ぐに撫で下ろし、衝撃で地面が縦にひび割れて土煙が上がる。それでも男の体は揺るがない。持っていた剣が、アイゼンとリリスを無視して、目の前のサタンに振り下ろされていた。
「ちっ!」
驚きでサタンの反応が僅かに遅れる。
後ろに飛び退いて剣は躱したが、また鎌鼬で僅かに腕を切られていた。
「貴様!!」
サタンは怒りで歯を剥き出す。
「サタン様、恐らく彼に物理攻撃は殆ど効果がありません」
声の方に振り返ると、いつの間にかアスターが背後に立っていた。
「物理無効だと?」
「はい。ですが完全に無効化できる訳ではないようです。そうでなければ、盾で攻撃を防ぐ意味がありません。恐らく盾の方は、完全に物理攻撃を無効化出来るのかもしれません。そして問題の本人ですが、こちらも高い精度で物理ダメージをカットしていると思われます。アイゼンさんの
「……なんだ、そのデタラメな能力は」
「ですが、全ての耐性が高いはずがありません。そんなことは有り得ないことです。これほど高い物理耐性を持っているなら、その分、魔法には弱いはずです」
「そう言うことか……」
「もしかしたら弱い属性があるかも知れませんが、僕たちが実践レベルで使えるのは、闇属性しかありませんからね。検証は出来ません。仕方ないとは言え、属性が偏っているのも考えものです。全属性の魔法が使えるツヴァイ様がいたら、検証が出来たんですけどね」
サタンは鼻で「ふん」と笑う。
「どうせ殺すのだ。検証など必要ない」
アスターはそうだろうか? と、難色を示した。
殺しても相手が
検証の方法はあるが、メルの持つスキル、
三分間は全ての攻撃魔法を使用できるが、スキルが切れたとき、今度は反動で二時間魔法が使えなくなる。検証で使うには効果時間が短すぎるし、スキルが切れた瞬間、メルは何の役にも立たなくなる。
結果的に仕方ないと割り切るしかなく、アスターは話を続けた。
「それと彼には行動パターンがあるようです。攻撃を盾で防いだ後に、盾を攻撃した者、もしくは最も近くにいた者に反撃を行うようです。もし僕の考えが正しいのであれば、彼を殺すのは簡単です。正面から攻撃を行い敢えて盾を使わせる。彼が反撃をした瞬間、そのタイミングで背後から攻撃魔法を放つだけでいい。これなら仮に盾が魔法攻撃を無効化できたとしても、防がれることは無いはずです」
「そうか、よく見ていたな」
サタンが感心して頷くと、不意に瓦礫を退ける音が、遠くでガコン! と聞こえた。
大聖堂の通路を塞ぐ瓦礫が前に倒れて土煙を上げる。真っ暗な通路の奥から三人の男が姿を現わし、サタンは声を上げた。
距離があるとは言え、その姿は見覚えがある。間違いようが無い。
「ラファエル!」
ラファエルは悠然と歩いて騎士の男と合流していた。
アスターは納得する。騎士の男がなぜ攻撃をせず、その場に留まっていたのか?
不信に思っていた理由が明らかになったからだ。
「そう言うことですか。先程から彼が動かなかったのは、他の仲間と合流するため。僕たちを攻撃する時間はあったはずなのに、だから攻撃をしてこなかった」
同じように、サタンの周りにも十二魔将が集まっていた。
パチパチパチ! 急にラファエルが手を叩き出す。
「先程の会話は聞いていたぞ? 見事な推理だ。この体には四大天使の名が付けられているが、お前たちが先程戦ったのはガブリエルだ。お前の推察通り、ガブリエルに物理攻撃はほぼ効かない。盾に至っては全攻撃無効化だ。そして攻撃パターンも当たっているぞ。私が操れる体は一つだけ、他の体はオートで動いている。大まかな指示は与えることが出来るが、細かな動作を指定することは出来ない。だから特定の動作を繰り返してしまう。そこが少し不便な点だ」
ラファエルの言動には余裕がある。でなければ自ら弱点を暴露したりしないはずだ。アスターの読みが当たって自暴自棄になったのかも知れないが、それだと落ち着き払っているのは違和感がある。
「自ら弱点をさらけ出すとはいい度胸だ」
サタンは油断なくラファエルの動向を窺う。
「ついでに私の弱点も教えてやろう。私は魔法に対する高い耐性を持っている。魔法でのダメージはほぼ皆無だ。だから最初に
それを証明するかのように、法衣を着た銀色の長い髪の男が、ガブリエルの首に手を翳した。優しい光が傷口を覆い、斬られた首の傷が見る間に消える。
「いま傷を回復させたのがウリエル。この体と同じで魔法は効かず、物理に脆弱だ。そして、赤い髪の体はミカエルだ。こちらはガブリエルと同様、物理耐性が高く、魔法に脆弱だ。この体と、他の三体の視覚と聴覚は繋がっている。だからガブリエルとの戦いも見ていたぞ?」
ラファエルが語った二人にサタンは視線を移す。
ウリエルはラファエルに似ていた。顔立ちは少し違うが、体型は同じで身に付けている法衣も同じに見える。
ミカエルの方は短めの赤い髪で、手には長い槍を持っていた。重装備とまでは行かないが、胸当てや小手をしっかり身に付けている。
体格はガブリエルより一回り小さいが、背が高いのは一緒だ。四人とも共通して、目元を同じ仮面で覆い隠していた。
「わざわざ弱点を晒すとはどう言うつもりだ?」
「馬鹿にしているのか!」と、サタンが声を荒げる。
「別に馬鹿にしているわけではない。私はお前たちのことを知っている。だが、お前たちは私のことを知らないようだ。だから条件を揃えたに過ぎない。これで公正に戦えるというものだ」
同じ条件で戦うため。
ラファエルはサタンを馬鹿にしているわけではないし、ましてや手加減をしようなどと思っているわけではない。純粋に戦いに望む覚悟の表れだ。
しかし、それがサタンの怒りを頂点まで高めた。
サタンの白目の部分が黒く染まる。
「それが馬鹿にしていると言うのだ!!」
深紅の瞳孔が縦に割け、同時にスキルが発動していた。
大気が小刻みに振動する。
【破壊衝動】
【連鎖ダメージ】
【全ステータス二倍】
【スキル使用不可】
サタンのステータスに、強制バフとデバフが付与されていた。
レジェンド・オブ・ダーク 粗茶 @hsd5s63
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