教国㊴

 一方的に通話を切られたサタンは、ゆっくりと瞳を開いた。

 目の前の男はやはり敵だ。サタンの放つ気配が変わり、ドス黒い殺気を体に纏い始めた。重力が増したように空気が重くなる。

 それだけである程度のことは理解できるが、アスターが険しい顔で確認を取る。視線はラファエルに固定したままだ。


「サタン様、アインス様は何と?」

「殺せと言われた。それと拠点は大聖堂の中にあるかもしれん。復活リスポーンするか、確認せよとのことだ」

「殺せ、ですか……。概ね予想通りとは言え、相手の素性が分からないのは少し怖いですね」

「今更だな。もとより分からない事だらけだ」

「確かに……。もし相手が本当にプレイヤーなら、他にも従者がいるはずです。それに先程のラファエルの言葉。目の前に居るのは、分身や分体の可能性もあります」


 サタンは言葉を吐き捨てた。


「構わん、全て叩き潰すまでだ」


 臨戦態勢は整っている。

 緊張感が漂う中で、ただひとりラファエルだけは違っていた。

 サタンたちの会話は聞こえていた。例え聞こえていなくとも、気配や殺気で相手の態度は手に取るように分かる。

 今から戦いの火蓋が切って落とされることも――

 それだけに残念でならない。


「困ったものだ。私は戦いを望まないと言うのに」


 上手くいかないものだと、ラファエルは青空を見上げた。同じ空の何処かにレオンがいるかと思うと、会いたい思いがより強くなる。

 感情のない顔から溜息が漏れた。


(仕方ない……)


 ラファエルの手に金属の杖が現れ、まるで長槍でも振り回すかのように回転させて構えた。

 宝玉の付いた杖の先端が、サタンと十二魔将を捉える。


「お前たちがレオンを呼んでくれないのであれば、レオンが来るように仕向けるまでだ。悪いがHPをレッドゲージまで削らせて貰うぞ」


 怒りを帯びたサタンの深紅の瞳孔が、縦に長く伸びた。


「面白い冗談だ。やれるものならやってみろ!」


 怒声を合図にメルが魔法を唱えていた。

 前方の十二魔将を避けるため横に飛び出る。可愛らしい靴が石畳の上を滑り、土煙を上げながら、メルは杖をラファエルに向けた。


「[暗黒星雲ダーク・ネビュラ]」


 ラファエルが居た座標を黒い球体が覆う。

 重力を放ちながら周囲を衝撃で押し潰した。重量で地面に貼り付けにする重力地雷グラビティマインとは違い、重力波は全方位に放たれている。

 木造の建物が木の葉のように吹き飛ばされ、石造りの大聖堂が、轟音を立てながら崩壊する。それでも崩れ落ちたのは大聖堂の一部だ。

 大聖堂そのものが、直径三キロと途方もない大きさのため、中央部分に損害は出ていない。

 崩落した石で土煙が舞い、視界を一瞬奪われた。

 手応えを感じたメルが、「ざまぁ!」と笑みを浮かべるが、上空から聞こえた声に、ハッと空を見上げた。


「まったく……。この巨大な大聖堂が、まさか一瞬で二割も消失するとは。この威力は覚醒した従者か。破壊不能オブジェクトがないこの世界では、範囲魔法を多用されるのは少し厄介だな。せっかく築いた街が台無しだ」


 ラファエルは法衣に付着した埃を手で払い、上空から崩壊した町並みを見下ろしていた。同時に魔法を放ったメルに杖を向けている。


「躱された?」


 驚きでメルが目を見開く中、ラファエルの声が空に響いた。


「お返しだ。[神罰ゴッド・パニッシュメント]」


 焼けるような眩い光が地上を照らす。

 光を浴びた肌が焼け、ジュウ! と音を立て、皮膚の色が茶色に変色する。地上を覆う光は、建物には影響を与えず、生物だけを焼き尽くしていた。

 神聖属性に惰弱なサタンや十二魔将にとって、これほど堪える攻撃はない。光を遮るように顔を手で覆うが、所詮は気休め程度だ。

 サタンは憎々しくラファエルを見上げ。


「アスター!」


 即座にアスターが防御魔法を唱えた。


「[闇の間仕切りブラックカーテン]」


 魔法で光が遮断される。

 周囲が黒い膜に覆われて光は届かないが、アスターの表情は冴えない。

 再詠唱時間リキャストタイムを考えると、闇の間仕切りブラックカーテンは連続使用が出来ないため、光と神聖属性に対する防御魔法を一つ失うことになる。

 出来れば温存しておきたい魔法の一つだが、まさか早々に使う嵌めになるとは、アスターにとっては大きな誤算だ。

 焼けるような光が止み、リリスが上空を見上げて屈んだ。いつもの巫山戯た感じは無く、焼けた肌を晒しながら標的を睨む。

 

「〈三重加速トリプルアクセル〉」


 地面を蹴ると、翼を羽ばたかせてリリスの姿が、ヒュンと消えた。

 闇の間仕切りブラックカーテンから飛び出し、ラファエルに一気に接近すると、手に持った鞭をしならせた。


「〈見えない鞭ステルスウィップ〉」


 超高速の不意打ち。

 目に見えない鞭が伸びて、一瞬でラファエルを捉える。伸びた鞭がラファエルの体に巻き付き、リリスは目一杯、力の限り鞭を引いた。

 身動きが取れないラファエルの体が、真っ逆さまに崩落した大聖堂に突き刺さる。

 石を砕く鈍い音が、ドゴン! と鳴り響き、地面が揺らいだ。

 砕けた石の破片が周囲に飛び散り、リリスの鞭がラファエルの体を離れて元の長さに戻る。

 地面に降り立ったリリスに他の十二魔将が歩み寄るが、リリスの視線は瓦礫の山から離れない。


ったんですか?」


 アスターは瓦礫に埋もれたラファエルを見て尋ねるが、リリスは瓦礫の一点を見つめて視線を外さない。


「まだだよ、アスター君。私はあいつの体を切断するつもりだった。でも出来なかった。強いよ、あいつ」


 リリスの言葉を裏付けるように、ラファエルは瓦礫を簡単に押しのけて立ち上がっていた。

 パンパンと埃を叩いて落とし、サタンと十二魔将にゆっくり視線を移す。その行動には、まだ余裕が窺える。


「僕ら全員覚醒済みなんですけどね。何なんです、アレ? ちょっと僕の予想の範疇を超えるんですけど……」


 アスターの言葉はもっともだ

 レベル百十のステータスを考えれば、今のリリスの一撃は、相手に致命傷を与えている。それがケロッとしているのだから、驚くのも無理はない。

 だが、驚いているのはラファエルも同じだ。


「呆れるばかりだな。神罰ゴッド・パニッシュメントを受けても予想以上にダメージが少ない。それに今の攻撃力。もしかしてお前たちは、全員覚醒しているのか?」


 ラファエルが注目したのは、サタンと十二魔将の焼かれた肌。

 ただれていたはずの皮膚が、僅かな時間の自然治癒でほぼ全快していた。

 自身が使える最強の魔法、神罰ゴッド・パニッシュメントでも、肌の表面にしかダメージが入らない。そして回復力の速さ。今まで戦ってきたどのプレイヤーより、明らかにステータスが上だ。

 互いに相手の実力を計りかねていた。

 問いに答えるべく、サタンの瞳がラファエルを睨んだ。


「そうだ。力を授かった我々は、例え相手が誰であろうと、絶対に負けることは許されない。敗北はレオン様――ひいては戦いの庭園バトルガーデンの名に泥を塗ることになる。理解したのなら、我々のためにさっさと死ね」


 身に纏う殺気が増し、初めてサタンが身構えた。

 ラファエルは仮面の奥で、「そうか」と瞳を閉じた。


「……私の考えが甘かったようだ。他の三体も使わせて貰うぞ」


 ダメージが無いように見えて、その実、ラファエルの受けているダメージは大きい。外見からでは分からないが、もう既に八割近いHPが削られていた。

 直ぐにでも回復を必要としたが、ラファエルに回復魔法は使用できない。

 だから使う、回復魔法を使える体を。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――


サラマンダー「やっぱり他にも天使出るのか。分かってたけど……」

粗茶「四大天は全員出るね。だって名前がラファエルだし。ちなみに天使は倒しちゃ駄目な奴だよ」

サラマンダー「ダメなの?」

粗茶「レイドボスのギミックだからね。倒した天使の数だけ、レイドボスに凶悪なバフが入るんだよ。四大天を全部倒したら、レイドボスは最強になるよ」

サラマンダー「えぇぇ、大丈夫かな?」

粗茶「大丈夫だよ」

サラマンダー「何で?」

粗茶「戦うのはお前だから」

サラマンダー「え?」

粗茶「主人公がレイドボスにトカゲを投げ込むから」

サラマンダー「え? え?」

粗茶「頑張れ!」

サラマンダー「なぜ急に僕が…… ガタガタ(((゚Д゚)))ガタガタ」


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