第13話 誰かを守るための研究

「魔法使いと愉快な仲間たち」1巻の発売記念SS

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アマリア視点


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 ある日、アマリアの下に商業ギルドから急ぎの連絡が入った。普段であれば後回しにされたかもしれない手紙を、執事が気に留めて持ってくる。

「もしや、お嬢様の人形に関する内容でしょうか」

 昨年、とうとう販売にまで漕ぎ着けた動く人形の件かもしれないと、執事は不安そうだ。すぐさま中を検めたアマリアは、首をゆるりと振った。

「シウ殿の提案で大掛かりな『融雪事業』が立ち上がるそうです。シアーナ街道の積雪に困っているようだわ」

「確かに、そうしたお話はございますね。物資が滞りがちだと報告がありました」

 アマリアは執事に軽く頷くと、手紙に視線を落とした。

「この事業に『ゴーレム』を投入したいと考えているそうよ。わたくしへの要請ですわ」

「お嬢様に、でございますか?」

 執事は不思議そうな面持ちだ。不快というよりも、商業ギルドの「要請」に対して驚いているのだろう。反対に、アマリアの侍女らは頬を上気させている。彼女たちはアマリアの思いを知っているから、嬉しさを隠さない。

「……わたくしがゴーレムの研究をして参りましたのは、人のためになると思ったからです。皆を守るための力が欲しかったの。動く人形はその第一歩でしたわ」

 小さな人形を販売することで研究費用を捻出する。その考えに導いてくれたのはシウだった。

 婚約者のキリクは、アマリアの「自分を守る人たちを傷付けたくない」という思いにも賛同してくれた。

「ギルドの担当者をすぐにお呼びして。話を聞きたいわ」

「ですが、お嬢様ご自身が事業に参加するのは――」

「技術提供の要請よ。でもそうね、わたくしの作ったゴーレムを確実に動かすのであれば、現地に足を運んだ方が良いかもしれません」

「お、お嬢様?」

「とにかく、担当のシェイラ殿をお呼びしてちょうだい。兄上はまだいらっしゃるかしら。父上にご相談する前に兄上と話がしたいわ」

 侍女たちが手分けして動き出す。執事はアマリアの毅然とした態度を見て、引き留めるのを諦めた。命じられたとおりに手紙をしたため、家僕に「至急」だと告げて商人ギルドへやる。あとは客人を迎え入れる準備だ。


 最初は渋っていた家族も、アマリアの揺るぎない思いを知って参加を認めた。

 商人ギルドのシェイラが語る内容にも納得したからだ。提案者がシウだったことも心配を和らげた。あの子なら大丈夫だろう、一緒に同行してくれるのなら間違いない、と誰もが思った。

 もちろんシェイラにも念を押す。シェイラは「シウ殿がいらっしゃれば全く問題ありません」と断言した。アマリアや家族もそう思う。なにしろ、キリクが養子にと望んだほどの実力者だ。

 その晩、アマリアは早速シウに連絡し、ゴーレムを一日で作り直すと宣言した。通信の向こうで「え」と、珍しくも驚く声が聞こえる。アマリアはそれが何やら楽しい。

「(任せてくださいませ。わたくし、必ず『誰もが簡単に動かせる』作業用ゴーレムを作り上げてみせます)」

 シウが常々語る「安全対策」も施すつもりだ。アマリアが自信満々に宣言すると、シウが通信の向こうで笑った。それから、

「(じゃあ、お任せします。頑張ってくださいね)」

 と、応援してくれた。シウはいつだってそうだ。アマリアの力を信じ、背中を押してくれる。キリクが可愛がるのも当然だった。


 そのキリクが、シウについて語ったことがある。

「あいつは他人の頑張る姿を見るのが好きだからな。一生懸命に生きている奴を助けようとする。アマリアは知らないかな。あいつの屋敷にいる、リュカという子供もそうだ。複雑な生い立ちだからと引き取って、皆で守り、子供の将来のためにと奔走する。俺の領地にいる部下もそうだった。そいつは最初『自分には何の能力もない』と思っていたそうだ。それなのに、本人よりもシウが先に『努力ができる能力』に気付いて手助けした。シウはな、頑張っている奴には報われてほしい、そう思える性格なんだ」

 だから、アマリアの不遇な状況を知って助けてくれた。そのおかげで、キリクとも出会えたのだ。

 キリクと出会い、アマリアは今までにない幸せを感じている。

 初めてだった。初めて、心の底からアマリアの研究に感動し、研究の目的を知った上で認めてくれた人だ。オスカリウス領にこそ一番必要なのだと、その「研究」を望んでくれた。

 もちろん、教授のレグロやアイデアを出してくれるシウもアマリアの研究を応援してくれる。ただ、本当の意味でアマリアのもどかしい思いや立場を理解していたわけではなかった。彼等の応援は、同じ物づくりの仲間としてのものだ。作るという行為だったり構造であったりに興味がある。

 キリクは、女性が土を弄って研究する姿を肯定した。大貴族であるのに、だ。特にアマリアのゴーレムに対する「考え方」に理解を示した。貴族としての目線で気持ちを共有してくれたのだ。

 貴族なのに自らの足で先頭に立ち、領民のために働く人だった。多くの人を守ろうと立ち続けている。

 アマリアの目指すその先に彼はいた。これからも一人で立ち続けるつもりなのだろう。

 その姿を見て、アマリアは初めて誰かを支えたいと思った。

 キリクが教えてくれたシウの話は、彼自身のことでもある。その時はまだ婚約者になったばかりの頃で恥ずかしく、アマリアは「あなたもですね」と言えなかった。

 今なら言えるだろうか。

 ほぼ毎晩のように通信する相手を思い浮かべ、アマリアは微笑んだ。

 忙しい人だ。時には一言だけになってしまうけれど、今日はどうだろう。

 アマリアはキリクにもらった最新式の魔道具を手にした。

 最初の挨拶はいつもドキドキする。アマリアは胸に手を当て、息を大きく吸った。

「(おう、なんだ。おっと、アマリアか。すまん。どうにも俺は口が悪いな)」

「(ふふ。いいえ。親しくなれたように思えて、嬉しく存じます)」

「(そうか、いや、だがな)」

 その後に小さく「シリルに叱られるんだよな」とぼやく声が聞こえる。

 アマリアはまた息をゆっくりと吸って、吐いた。

「(……キリク様、今日は少しだけお話を聞いてもらいたいことがあるのです)」

 通信の向こうで、居住まいを正す音が聞こえたような気がする。

 アマリアは胸に手を当てたまま、今日の出来事について語った。

 キリクはきっと、今回もアマリアの背中を押してくれるだろう。






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魔法使いシリーズ番外編-人間編- 小鳥屋エム @m_kotoriya

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