ゴリラを愛する者はまたゴリラに愛されるのだ

「今作品は話をミステリーとして上手に成立させながら、ゴリラを絡めることにより強力なフックを与え、なおかつゴリラの存在に必然性を与えた名作」

 カタカタと打ち込んだ画面を眺めて微笑む。
 午前八時の自室。

「こら、しぃる君! 早くでてきなさい!」

 半年前から来た新人の飼育員が大きな声で俺を急かしている。
 挨拶代わりにKUSOを投げた。
 此処は本物川動物園、俺はゴリラのしぃる君。
 世にも珍しい絵を描くゴリラだ。
 
「もう……ちゃんとやってよね?」

 何を言っているか分からないのでもう一度KUSOを投げた。
 新人飼育員の眼鏡が割れた。ナイスシュー。
 
「うほっ、ほっほっほ」
「もう……何言っているのかわからないよ……馬鹿なんだからしぃる君は……」

 お気持ちだけは立派だが、結局この女に俺の気持ちなど分からない。
 何故俺が絵を書くのか、何故俺がインターネットを与えられているのか、この女には分からない。
 こいつはゴリラがバナナを与えられれば幸せだと思っているし、俺を只の気難しいゴリラだと思っている。何時か思いが通い、何時か仲良くなって(自分の言うことを聞くの意味)くれると思っている。
 そういう自分だけの物語の中に閉じこもり、頭花畑牧場でお気持ち劇場を展開する幸せで馬鹿な女なのだこの新人は。
 だから俺はKUSOを投げた。
 結果、園に出勤した時点で俺を見る周囲の飼育員の目は冷たくなる。

「いえ、でも、私もっと頑張ってみます!」

 またなんか言って他の飼育員の点数とってるぞあの馬鹿新人。
 もう一度KUSOを投げてやろうか。
 いや、今は客が居る。やめておこう。俺が投げるべき相手は他に居る。

「それではしぃる君のお絵かきショーです!」

 そうやって今日もまたショーが始まる。
 白いキャンバスに絵筆を使って俺は俺の絵を描く。
 雪の中に咲く華を、海の中で揺れる鳥を、空に歌うライオンを。
 観客は喜ぶ。俺はKUSOを投げる。今日は特大の奴だ。狙いは観客じゃない。キャンバスだ。
 あっけにとられる観客を前に俺はドラミングを繰り返す!
 見ろこれが俺だ! これが俺のKUSO創作だと!
 慌てた顔の新人が小気味良い。
 大混乱のお絵かきゴリラショーの中、群衆の中でたった一人、俺をまっすぐに見る美少女が居る。
 誰だ。
 あれは大澤さん。
 俺の元担当飼育員。
 あの人が俺にこのキャンバスをくれたんだ。
 俺は叫ぶ。俺は此処に居る。俺は此処に居ると。
 
「そこまでよ、しぃる君」

 そんな時、俺の肩を掴むゴリラが居た。

「ローラ……さん」

 高校に栄転した筈のローラさんだった。
 ローラさん……何故ここに? まさか、ゴリラ思念体!? 大澤さんの身体を通じてローラさんの思念がここに……!

「KUSO創作は憎しみを叩きつける場所じゃない。笑って、もっと楽しそうに。そうすれば貴方にだって大澤さんの教えてくれたKUSO創作はできる」

 ローラさん……ローラ姉さん……!
 
「そんなに泣くんじゃないわよ。じゃあそろそろ行くわ。これ以上妙なことをして、本物川動物園の看板にKUSOを塗っちゃ駄目よ……?」

 これが心か……凍りついていた筈の俺の心が融けていく……。

「ほほっ! ほっうほっ!」

 俺はありがとうと叫びつつ、キャンバスに塗りつけたKUSOをかき集め、遠くで困ったように苦笑いをする大澤さんに投げつけた。

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