うちのゴリラ知りませんか?

豆崎豆太

第1話 ローラ

 私の朝はローラにご飯をあげるところから始まる。ローラは学校で飼育している東ローランドゴリラの女の子で、ローランドゴリラだからローラ。割りと安直だけどオッケー。うふふ。ローラのご飯係は本当は飼育委員全員の交代制なのだけど、電車で遠くから通学してる子に負担がかかるのも避けたいよねってことになって朝だけは学校最寄り(徒歩10分!)に住む私の仕事になっている。私はローラが大好きだし、たかがちょっと早く学校に来るだけのことなので、別に嫌々やってるわけではない。朝ちょっとだけ早く来て(それだって電車通学の子たちよりは遅くに家を出ているはずだ)、ローラにご飯をあげて、ちょっと雑談して、あとは学生の本分としての学業に戻る。それが私の毎朝の日課。

 ローラの主な食事はバナナとかりんごとかのフルーツ(季節ごとに変わる)、葉物野菜(これも季節ごとに変わる)、ゆで卵にヨーグルト。今の時期は傷がついたり大量に取れすぎたりして売り物にならなくなったりんごやキャベツをまとめて仕入れて、それがもっぱらローラのご飯になっている。ローラはそんな風に、ダイエットとしてもちょっとやりすぎじゃない? ってくらいの食生活をしているのに、健康的な美Bodyを保っていて羨ましい。

 そんなローラが私は大好きだから今日も今日とて「ローラ、おはよう〜。朝ご飯だよ〜!!」ってテンションMAX付近で校舎横に備え付けられているローラの部屋(通気と水はけがとてもいい)(音楽とかは流れない)に入っていくのだけどそこにローラが居なくてうん? ってなる。普段なら私が来る時間にはローラはすっかり起きていて、毛繕いをしているのがだいたいのパターンなのだけど。

 私はローラが体調を崩して寝込んでいるのかと思って「ローラ?」とか言いながら寝床を見に行くんだけどそもそもローラの体が全部隠れるほどの死角なんてこの部屋には無いのでこの時点でちょっと様子がおかしい。ローラがいない。ローラがいない!

 私は取り敢えず誰か情報を持ってる人! と思って用務員室に駆け込んで話を聞こうとするのだけど用務員さんたちも何も知らない感じだし事務員さんたちも教職員も何も知らないっぽくてこれはもう警察を呼ばなくては! って感じの大騒ぎになってっていうか事務室からローラのご飯を持っていったのになぜ私は事務室にローラの行方を聞きに行ったのだろうか? 知ってたらその時点で言うはずじゃん。馬鹿か。でもまあ警察にも伝わったしこれできっと見つけてもらえると思って一瞬安心したんだけど校内で撲殺死体が見つかったあたりで流れが変わった。

 殺されていたのは三年の化学担当、宇部勝頼。凶器は化学室の椅子。翌日の授業の実験準備をしていたところを、後ろから殴られて死んでいた。死亡時刻は前日の二十時半ころ。遺体の発見は翌朝八時半。ホームルームに現れない宇部先生を、生徒が探していたときだった。飼育委員会が最後にローラを見たのは、前日の十八時過ぎ。


 ゴリラじゃね? って空気が学校中に流れた。


 もちろんローラはそんなことはしない。そもそもする必要がない。ゴリラはもともと温厚な生き物で、発情期のオス同士がメスを取り合って戦うことはあっても、ローラが宇部先生を襲う理由なんてまず無い。そもそも動物が異種族と戦うのは、捕食か、防衛くらいだ。ゴリラは人間を食べない。第一、化学室は三階だ。部屋から出たローラがわざわざ校舎の三階まで上って理由もなく宇部先生を殴り殺すなんてありえない。

 ありえないのに、学校も警察も周辺住民もニュースもゴリラじゃね? って方向にガンガン流れて行っちゃって、私がいくら違うと主張してもその空気は消えてくれない。ついに見つけ次第銃殺の話まで持ち上がってきてしまって、こうなったら私が真犯人を見つけてローラの冤罪を晴らしてやる。

 だからそれまでどこかで無事に待っていて、ローラ。

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