第2話 用務員水戸さん、警備員佐藤さん

 真犯人を探す。それはもちろん、学生では難しい。でもどんなに難しくたってやるしかない。なにせ、この疑いが晴れなければローラは撃ち殺されてしまうかもしれないのだ。それは絶対に阻止しなくてはならない。

 まず私は用務員さんたちに話を聞くことにした。ローラにご飯をあげるために、私は毎朝用務員さんや事務員さんに会う。顔はお互いわかっているし、雑談だってする。私がローラをどんなに大事に思っているか、ここの人たちなら知っているはずだ。だからきっと協力もしてもらえる。その読みは外れなかった。

「美咲ちゃん(注:私の名前)はローラと仲が良かったから」と言って、用務員の水戸さんは私の調査に協力してくれた。

「俺もローラがやるわけはないと思う。ローラが人を攻撃するとしたら、人間が先に攻撃を仕掛けたときだけだ」

 もちろん、その可能性はある。誰かに攻撃されて怯えたローラが反撃してしまうケース。ゴリラの力は強いから、ちょっとした抵抗のつもりで怪我をさせてしまうというのはありえる。

「でも、三階の化学室でそれはありえないんです」

「そうだね。だいたい、警備員だって巡回していたのに、ローラが三階まで上がる間に誰も気が付かないなんてことはありえない」

 そう。ローラの身長は百五十センチ近くあり、体重は百三十キロほど。普通に考えれば、ううんどう考えても目立つ。いくら体が黒っぽい体毛に覆われていたからって、気が付かないはずはない。警備員だけじゃない、宇部先生だってそうだ。ローラが化学室に入ってきて(いやそれがもうありえないんだけど)、尚それを気にせず実験準備を進めるなんておかしい。そこまでを考えて、私はふと疑問にぶつかる。

「水戸さん、当日の夜学校に居た警備員さんってどの人かわかります?」

「俺は把握していないけど、わかるはずだ。警察だって事情を聞いているはずだし、警備会社の方で管理もしている。何か気がついたことが?」

「朝の八時半まで宇部先生の遺体が見つからなかったのはおかしいと思うんです。それこそ、化学室に電気がついていたなら警備員さんが気が付かないわけはない。電気をつけないで実験の準備をするはずがない」

 そうだ。普通ならもっと早く警備員さんが気がついていなくてはいけない。死亡推定時刻は二十時半。もっと早い時間だったならまだしも、その時間に化学室で作業をしていて、電気がついていないなんてありえない。

「宇部先生を殺した誰かが電気を消した?」

「きっとそうです」

「何のために?」

「隠すために。――宇部先生の遺体は、翌朝まで見つかってはいけなかった」

 真犯人は宇部先生の遺体を翌朝まで隠したかったし、翌朝には見つかっても構わなかった。なぜか?

「ローラが関係しているのかな」

 水戸さんがぽつりと呟く。

 そうだ、ローラ。もしもローラを外に出したのが犯人だったなら?

 そもそもローラは自分から外に出たりはたぶんしない。野生のゴリラは食料を求め、あるいは敵を避けて毎日寝床を移動させるけれど、ローラにそれは不必要だ。ローラはきっと、外に出る必要があった。

「何かから、逃げてた」

 私はそう結論付ける。ローラは何かから逃げて外に出た。そしてまだ帰ってこられずにいる。

「きっとどこかで怯えてる……」

 ゴリラはストレスに弱い。それはもちろんローラにとっても同じことだ。なのに、今もどこかでひとりぼっちで隠れている。それがどんなに恐ろしいことか。

「早く、見つけてあげなきゃ」

「そのために、事件を解決しないとね。この状態でローラだけ見つけても分が悪い」

 そうだ。今は一刻も早く、事件の犯人を捕まえなくちゃならない。


 事件があった日に見回りをしていた警備員さんには、割と簡単に会えた。状況的に言えば相当怪しまれて然るべき人なのだけど、動機が無いこと、同じように犯行可能だった教職員および事務員が十数人居たことで、特別に怪しまれるということは無かったようだ。指紋を取られ、衣服や毛髪を調査され、任意聴取を受けて一旦保留、ということらしい。

「佐藤さんが見回りをした時には、何も気が付かなかったんですよね」

「気がついたなら通報します。それが仕事ですから」

 仕事で見回っていたのに異常に気が付かなかったのはあまり良くないんじゃないだろうかとちょっと思うけど、今は一旦いい。それは気にしない。

「ということは、化学室に明かりはついていなかったということですか?」

「明かりはついていなかったし、ドアには鍵がかかっていました」

「え?」

 想定外だった。いや、考えてみれば当然だ。化学室には重大な薬品も保管されている。戸締まりはきちんとしているはずだし、鍵がかかっていなければおかしい。警備員が見回るときにドアの施錠くらいは確認されているはずだ。

 となるとまたおかしなところが見えてくる。翌朝八時半、宇部先生を探して化学室に入った生徒は「わざわざ鍵を開けて」「密室だった化学室内に宇部先生がいるかどうか」を確認したことになる。それは明らかに不自然だ。

「何時頃の話ですか?」

「あまり正確な時間はわかりません。見回りを開始したのは二十一時頃ですが」

 二十一時。宇部先生の死亡推定時刻から三十分ほどが経過している。ということは、犯人は宇部先生を殺害した後で化学室を施錠し、朝一番に鍵を開けたことになる。

「その他に、何かありませんか? ローラのことも、何かあれば聞きたいんです」

「ローラ?」

「ローラは東ローランドゴリラのローラです」

「ああ」警備員さんはほっとしたような(なぜ?)曖昧な笑みをちらっと浮かべて、それから残念そうに首を振った。

「そちらも心当たりはありません。申し訳ないです」

 警備員さんがしおしおと頭を下げるのでこちらまで申し訳なくなって私は「いえ」とか「こちらこそすみません」とかもごもご言いながら同じく頭を下げる。


 ここまでの話を総括するとこうだ。犯人は八時半頃、宇部先生を殺害した。犯人は宇部先生を殺害した後、化学室の電気を消し、施錠してその場を離れた。犯人は翌朝、化学室の鍵を開けた。なぜか?

 そして私はどこまでもローラの味方なので、ローラがいなくなったことをこじつけずにはいられない。犯人はローラを外に出す必要があった。なぜか?

 ローラは例えば部屋のドアを開けっ放しにしたって、何も言わずに出ていくような子じゃない。ローラが出ていくとすれば、その必要があったからだ。例えば、襲撃されたとか。

 ローラは東ローランドゴリラの女の子で、身長は百五十センチほど。でもそれはナックルウォーク(ゴリラは手を支えに使って歩く)(ゆえにゴリラの身長は四足獣と同じように測る)時の身長だから、背中を伸ばして腕を振り上げれば、相手が男の人だったところで、体格として見劣りはしない。それどころか、百三十キロもあるマッスル美Bodyのローラに勝てるやつなんてそうそう存在しない。襲撃なんてすればそこそこ危険な目にも遭いかねない。でも犯人はそれをする必要があった。なぜか。


 ローラに罪をなすりつけるつもりだったのでは?


 それが思い浮かんだ瞬間、私の中で何かが何かを突破した。主語も目的語も大きくてちょっと自分でも何が起きたのかよくわからないけど、視界が急にクリアになる感じがあった。

 犯人にとって、殺人罪よりもゴリラに襲われる方がマシだったのだ。それどころか、ローラを部屋から出しさえすれば、襲われたことも殺人もどっちもローラのせいにできる。


 誰かがローラに罪をなすりつけようとしている。ローラはその誰かに追われて逃げている。今も。

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