第3話 秋元くん
ローラに罪をなすりつけたやつがいる。私は怒りに肩を持ち上げて廊下をずんずん歩く。私はローラの味方だ。だからその誰かは私の敵だ。ローラはひとりぼっちでどこかに隠れているのに、その誰かは今ものうのうと学校内にいるはずで、それがますます私の肩を
校内は親ローラ派と反ローラ派、というか反ローラ派のやつらはローラのことを知りもしないでただ毛嫌いしているだけなので正確には親ゴリラ派と反ゴリラ派に分かれていて、飼育係は親ゴリラ派だ。そもそも、ローラのことをちゃんと知れば、みんなちゃんとローラを好きになると私は確信している。それくらい、ローラは聡明で、キュートで、優しいからだ。
ローラは一日に何度も身だしなみを整えるから、ほとんどいつ会いに行ってもサラサラの毛並みをしている。ときどきは頭に葉っぱがついていたりすることもあるけど、それは趣味の良い髪飾りみたいにも見えたし、それを取ってあげると恥ずかしそうに笑うローラはやっぱりとても可愛いのだ。何の話だっけ。そう、飼育委員のこと。
私は当日夕方に施錠した飼育委員、つまり当日の夕飯係に話を聞きに行くことにした。火曜夕方のごはん係は幸運にも同じ学年の秋元くんだ。緊急事態とは言え、他学年の教室に押しかけるのは微妙にハードルが高い。無駄な体力を使わずに済むのはいいことだ。
「鍵は閉めた、全員で確認した、ローラに挨拶もした。ローラに聞けばわかる」
秋元くんは表情の変化に乏しい。ついでに足音もあんまり無くて存在感全体が薄い。仕事は淡々と確実にこなすから嫌いではないのだけど「ローラに聞けばわかる」ってだってそのローラがいないから困ってるのに何を言っているのかこの秋元は。秋元コラ秋元真面目に考えろバカ!!! と思ってたら秋元くんは割と真面目にローラのことを考えていたらしく、「犯人がローラを逃したとしてだよ。どうやってローラの部屋の鍵を開けたと思う?」なんてことを言う。
「どうやってって、そりゃ、鍵で開けられるでしょ」
「ローラの部屋の鍵は事務室で管理されてる。そりゃあ、タイミングを見て盗み出すことはできるだろうけど、取りに行くときも戻すときも、それどころか『鍵がない』って状態すらもできるかぎり見られちゃいけないわけじゃん。事務員さんもいた、警備員さんもいた、そんな状況で鍵を取ってくるリスクを犯せると思う? ましてや、鍵を取りに行ったり戻しに行ったりする姿を見られたりしたらどうなると思う?」
「どういうこと?」
「合鍵があるんじゃないかって、思ってる」
秋元くんの目が眼鏡の奥できらりと光る。合鍵。確かに、合鍵があれば犯行は楽だ。
「でも、合鍵って、そんな簡単に作れるものなの? 鍵一本持っていけば作ってくれるみたいな? ちょっとガバガバ過ぎない?」
「学校の先生が――先生っていうのは仮説だけど、学校で働く人が学校設備の合鍵を作るっていうのは、そんなに怪しまれるものでもないんじゃないかな」
そうかもしれない。本物の鍵があり、身分証明を求められたって学校勤めなら提出できる。まして、ローラの部屋の鍵は他の教室みたいに複雑な鍵ではない。なんというか、古き良きシンプルな、南京錠的なアレだ。セキュリティ面でもあんまり怪しまれるわけじゃなさそうな気してくる。
「調べたら十分十五分でも作れるらしいけど、さっき言ったリスクの件を考えると、夜に盗んで朝に戻すっていう方がリスクは低いと思う」
「当日、宇部先生が殺害された日、二十一時過ぎに警備員さんが学校中を見回ってる。化学室は電気が消えていたし、ドアも施錠されてたって言ってた」
「鍵が閉まってたなら、三原たちはなんで化学室の中に宇部先生がいると思ったんだ? 別の場所を探さないか?」
「あの朝、犯人が鍵を開けたんだよ。宇部先生の死体を見つけさせるために。化学室の鍵を開けたのも犯人なら、犯人は朝早くから夜遅くまで仕事をしていたってことになる。いつかの夜に鍵を盗み、当日の朝は鍵を開けなきゃならない」
学校教員が通常いつからいつまで学校にいるのかはよく知らない。事務員や用務員についてもそうだし、警備員も避けなくてはならない。その全てを避けて、朝早く、夜遅く動く。
「犯行当日だけそういう動きをしたら不審がられるかもしれない。もしかしたら一週間、一ヶ月、同じように朝早く学校に来ていたかも。それに、今だって」
「今も?」
「事件直後急に行動を変えるのは怪しいから。しばらくはリズムを崩さないと思う」
確かにそうだ。なんだ秋元、やる気無さそうに見えて(←失礼)ちゃんと考えてるんじゃないか!
「警察はもうローラのせいって決めて捜査してる。山狩りも始まってる、殺処分の話まで出てる。でもローラのせいなわけない。そんなの、俺らは最初から知ってる」
思い出せ。
思い出せ思い出せ思い出せ! 朝早く学校に来ていたのはわたしだ! 誰がいたのか、誰がいなかったのか、誰がローラに友好的で、誰がそうでなかったのか!
私はローラが好きだ。ローラが大好きだ。なのに、ローラのピンチなのに、それが全然思い出せない。悔しい。
「近くの鍵屋を当たってみよう。学校の近くでなければお手上げだけど、それでもやる価値はある」
泣きそうになっていたところに秋元くんの声が割って入って、私は落ち着きを取り戻す。
「秋元くんも来てくれるの?」
「ローラを殺人犯になんかさせない」
秋元くんの目から感情は読み取れない。けれど、声には確かに怒りが含まれていた。
どこに鍵屋があるかなんて知らなかったのでスマホの地図で「鍵屋」って検索したら学校の周りに三件あった。え? 三件? 結構多くない? 鍵屋ってそんなに需要あるもの?
「あった?」
「えっと、みっつあった。取り敢えず近いところから行こう。こっち」
放課後を待って、私と秋元くんは鍵屋へ捜査に行く。一軒目は学校の裏手、住宅街の中。はずれ。二件目はもうちょっと離れて、川のそば。はずれ。最後ひとつは学校を挟んで反対側だったので、私たちは来た道をとぼとぼ歩く。
「犯人、誰だと思う」
「極悪人」
「いやまあ、極悪人だろうとは思うけど。殺人犯だよ?」
「私にとっては殺人よりもローラの方が大事」
不安と苛立ちに任せて半ば怒鳴るように言っても、秋元くんは特に狼狽えなかった。
「犯人は周到だ。ローラの部屋の鍵だって、壊せばそれで済む話だった。でも犯人はわざわざ鍵で開けてる。飼育委員のミスをでっち上げるために。――飼育委員がミスをして、学校のゴリラが脱走して、先生が殺される。いいシナリオだよ」
「よくない」
「もちろんよくない。でも世論はまんまとローラを疑ってる」
世論。それは多分、学校とか周辺地域とか、ニュースとか警察とか空気とか、そういうもの。
「もしかしたら、ローラを銃殺するって話が出たところまで犯人の思う壺かもね」
「……反ローラ派」
「あるいは、反ローラ派の攻撃を浴びる人」
何を言っているかがよくわからなくて、私は立ち止まる。秋元くんも立ち止まって私を見る。
「そうだろ? 反ローラ派は苦情を言う。それなりに偉い人に。でも勝手に殺すわけにいかないし、学校で飼うのをやめるって話になれば今度はローラ派の僕達が反対する。板挟みに遭ってる誰かはいるんだ」
「宇部先生は、ローラ派だった」
「邪魔だったのかもな、宇部先生も、ローラも」
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