第4話 小宮山先生
鍵屋の三件目。ここがヒットだった。運が悪い。最初に学校の裏に行かないで表に出ていれば一発だったのに。まあいい。鍵屋のおじさんは、最初は私たちに話をするのを渋ったけれど、学校のゴリラがわざと逃されたことや冤罪によって銃殺されそうになっていることを涙ながら怒涛の勢いで十分くらい喋ったら根負けしてくれた。
「心当たりは?」
「……ある」
その人の名前が出たとき、ひとつ思い出したことがあった。卒業文集だ。
卒業文集に掲載する写真。人のいない校舎、朝練、生徒たちの様子、学校施設。名前の上がったその人は卒業文集に載せる写真の撮影担当で、朝となく夕方となく、授業中も色んな所を歩き回っては写真を撮っている。
「何度も見てたのに、もう忘れてた」
「忘れられることが目的だったんだ。一週間、一ヶ月、同じ行動を取ればそれは日常になる。日常は気に留められない。――確かに今思えば、変だったんだ」
「変?」
「委員会の集合写真がさ」
翌朝、私は朝一番に学校へ行く。朝早く登校したってローラはいない。空っぽの部屋を外から眺め、踵を返して校内へ向かう。水戸さんと警備員さんには予め連絡してあり、二人に協力してもらって、犯人は事務室でのんびりお茶を飲んでいる。
「小宮山先生」
私が声を掛けると、小宮山先生はぱっと顔を上げて「おお、望月。随分早いな」と相好を崩した。先生の膝にはカメラが乗っている。
「卒業文集の写真撮影。なぜ先生が担当なんですか」
「うん? ああまあ、私はカメラが好きだから」
先生はニコニコ笑う。でもそんなの嘘だ。
「部活だけでも朝練と夕練の両方を撮影していますね。それに加えて無人の校舎の撮影、クラスの日常風景の撮影、それらのデータのまとめ。本来一人では多すぎる量の作業になるはずです。なのに、先生はそれを強弁した」
裏付けは学年主任から取った。小宮山先生はプロの撮影も、データ整理の手伝いすらも断って、朝早くから夜遅くまで作業に没頭している。
「先生、飼育委員の集合写真が教室内での撮影だったのはなぜですか。ローラの写真が一枚も無いのはどうしてですか」
小宮山先生が困ったように首を傾げる。普段はニコニコして、感じが良くて、でもどこか気弱で頼りない、普通にいい先生だった。でも今は違う。今の先生の顔は、ただ厄介な問題をどうにかなあなあにしようとする顔だ。
「先生は、宇部先生が殺害される数日前にローラの部屋の鍵を複製しています。鍵屋さんに確認は取っています。先生にしか、あの偽装はできないはずです。先生はあの日、実験準備の様子を撮ると言って宇部先生と一緒に化学室へ行き、宇部先生を殺した。ローラの部屋の鍵を開け、ローラを追い出した。自分の犯行を、ローラのせいにするために。ローラを学校から追い出すために」
小宮山先生は異論を口にしない。
「先生は、ローラが邪魔だった。ローラの味方をしている宇部先生も」
そこまでを言って、やっと小宮山先生は諦めたようにうなだれた。もしも暴れだしたら困るから、警備員をやっていて体格もいい佐藤さんに入ってもらったのだけど、その必要はなかった。
「……ローラの人徳、いや、ゴリラ徳だな……」
「先生、……自首、してください」
「私は」小宮山先生はまだ何か話すようだった。私は一刻も早くローラを探しに行きたいのに。「私は、ローラを嫌いだったわけではないよ」
そんなの、知ったことじゃない。こうしている今もローラは追われていて、逃げているのだ。
「それでも、先生はローラと私たちの敵です」
これ以上話なんてしていられない。後のことは水戸さんと警備員さんに任せて、私は学校を出る。ローラを、探さなくちゃ。
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