第5話 ローラ

 どれくらい歩いたかはわからない。萎えそうになる足を引きずって山道近くに出たとき、「足跡がある」と声がした。私は驚いて立ち止まる。木の陰からそっと覗くと、猟銃らしきものを持った三人組が固まって何かを見ている。

 ローラが近くにいるんだ。固唾を呑んだ私の目の前にデカめの虫が飛んできてうわっと思って避けたら足元がガサッ! って音を立てて「物音がした!」「ゴリラか?!」っておじさんたちが一斉にこっちを向く。

 向こうは銃を持っている。やばい。撃たれる前に人間だって示さなきゃいけないのに、喉が震えて声の出し方がわからない。だって、銃がこっちを向いてる。

 瞬間、咆哮が聞こえた。私はローラがこんな声で叫ぶところを聞いたことが無い。けれど、きっとローラだ。

「ゴリラの声だ!」

「気をつけろ、近くにいるぞ!」

 おじさんたちの声が聞こえて、私の体はやっと動くようになる。

「ローラ!」

 私が木陰から飛び出て叫ぶと、やっぱりそこにはローラがいて、(美咲、危ないから下がっていて)とゴリラ・テレパシーで語りかけてくる。おじさんたちはローラのテレパシーが伝わっていないから「なんで子供がこんなところに」「危ないから下がっていなさい!」とか言って私に掴みかかってくるし手の空いている二人はローラに猟銃を向けている。

「待って、ローラは」私は全身全霊で暴れるのだけど、大人の男の力に勝てるわけがない。うつ伏せに倒されてしまったので腕も足もうまく動かない。どうにかしないと、せっかく犯人が捕まったのに、今わたしがどうにかしないと、ローラが撃たれてしまう。

「撃て!!!!」

「やめて!!!!」

 その時、また咆哮が聞こえた。今度はローラではない。声のした方を見ると、数頭のゴリラが駆け寄ってくるところだった。

 木の上で威嚇しているシルバーバックが美しいマウンテンゴリラは西高の、ローラを庇うようにすぐ前に立った大きな東ローランドゴリラは聖ジョル高の、ローラに駆け寄って立っている西ローランドゴリラの姉妹は宮工業の、あと一頭は見知らぬゴリラだ。たぶん、クロスリバー。さすがにクロスリバーのシルバーバックは初めて見た。

「うわ、何だ!」

「なんでこんなにゴリラが?!」

「待て、どれがどれだ?!」

 おじさんたちは猟銃を八の字にぶんぶん振り回す。木の上のマウンテンゴリラが枝をがっさがっさと揺らし、地上にいる東ローランドゴリラとクロスリバーがそのへんの石や木の枝を拾ってはおじさんに向けて投げる。おじさんたちが怯み、私を掴んでいた腕も緩んだ。私は身を捩って腕を振り払い、ローラとおじさんたちの間に立つ。ゴリラの見分けもつかない人たちなんかにローラは渡さない。

「ローラを撃たないで!」

「君、危ないからこちらに来なさい!」

「殺人犯は捕まったの! ローラは犯人じゃない! 撃たないで!」

 私の主張に、おじさんの一人が「そんなの聞いてないぞ!」と怒鳴り返してくるけれど、言いながらポケットを探ったら携帯がチカチカ光っていて、おじさんは急に静かになって電話を掛け始める。ゴリラ六頭とわたしとおじさん二人が黙ってそれを見る。おじさんははいとかいいえとかモゴモゴ言ったあと、電話を切って、私に向けて頷いた。

「君の話は本当だった。犯人は捕まった。ゴリラの射殺命令も取り消された」


 終わった。全部終わった。


 私が感極まってぼろぼろ泣きながらローラに向かって「ローラ~~~~~~!!!!!」って叫びながら駆け寄ったらローラも「美咲~~~!!!!」って腕を広げて待ってくれていて(ゴリラが走ると時速50kmくらいの速度が出る)(人間とゴリラがお互いに走り寄ってぶつかったら大事故が起きる)私はローラの胸にそのまま飛び込む。ローラは私を抱き潰さないように慎重に抱き返してくれる。

「ローラ! ローラ! やっと見つけた! 不安だったでしょう、ごめんね!」

「美咲こそ、不安だったでしょう? 何も言わずに出ていってしまってごめんね」

 ローラは私の頭を大きな手で優しく撫でながら言ってくれる。ローラが学校から逃げなきゃいけなかったのはローラのせいじゃない。全部小宮山が悪いんだ。でもそんなことはほとんど言葉にならない。ローラの広い胸に抱きかかえられながらしばらく泣いて、それから私はようやくローラの顔を見る。

「ローラ、どこか怪我はない? お腹は空いていない?」

「うーん、怪我はないけど、お腹はちょっと空いたかも」

 ローラがいたずらっぽく笑う。私はほっとしてローラの胸でまた少し泣いて、それからローラと二人でげらげら笑って、学校に戻って一緒にりんごをかじって食べた。ローラと一緒に食べるりんごはとてもおいしい。


 ローラの言うことには、あの日、眠る前の毛繕いをしていたところに小宮山が来たそうだ。夜に許可なく女の子の部屋に来るなんてその時点で言語道断なのだけど、言語道断の上に小宮山は校庭整備用の鉄のトンボ(なんであれトンボって言うの? 正式名称?)を振り回してローラをそこから追い出したのだという。

 ローラは心優しいゴリラだから、変に抵抗して怪我をさせてしまうよりはと思って学校を出た。その後は裏山に隠れながら、私が来てくれるのを待っていたらしい(誰かがじゃなく私が!)

 周辺校のゴリラが一斉に鍵を壊して脱走したことは、その後地元でささやかなニュースになった。ローラは山の中を逃げ回りながら、ゴリラ・テレパシーを使って周辺校のゴリラたちに助けを求めていたのだ。そのテレパシーを聞いたゴリラたちが、ローラを助けるために集まってくれたらしい。ゴリラたちは話が落ち着いた後、各々の学校へと戻っていった。

 ローラのゴリラ・テレパシーの有効範囲は半径1kmほどで、山の中を逃げ回っていたローラのゴリラ・テレパシーが私に届かなかったのはどうやらそのせいらしい。あ、ちなみにちなみに、少なくともうちの学校でローラのゴリラ・テレパシーが聞こえるのは私だけ。愛だね。


「あ、ローラ、見つかったんだ」

 ローラが見つかったというのに秋元くんのテンションは相変わらず下火で、ちっとも嬉しそうに見えない。私が「なんでもっと喜ばないの〜〜〜!!!!」と憤慨していると、ローラが「まあまあ」って笑って割り込んでくる。

「そんなに怒らなくてもいいじゃん」

「そうだよ。それに、俺はこれでも喜んでるんだ」

「見えないって」

「えー? 私はわかるよ。美咲のテンションに合わせろっていうのもちょっと無理でしょ」

 ローラが言って、秋元くんも「そうそう」とか言っちゃって私は釈然としないまま「ローラまで秋元くんの味方ぁ?」とか言ってみるんだけどローラはくすくす笑って「さあね」とか言うしそういうところがなんかもう大人の女って感じでやっぱり私は大好きなのでローラに免じて秋元までなんとなく許してしまう。まあ、今回のお手柄は大きいので、許す。

 とにかく犯人は捕まり、ローラは学校に戻ってきて、私たちの日常は日常に戻った。私は朝少し早く学校に来て、「ローラおはよう~~~!! 朝ごはんだよ~~~~!!!!」っつってテンションMAX付近でローラの部屋に行くしローラも「おはよう美咲~~!!」っつって笑顔で私を迎えてくれる。


 そんなローラが、私は大好きだ。

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うちのゴリラ知りませんか? 豆崎豆太 @qwerty_misp

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