ひとくち

道半駒子

ひとくち

 「ただいま! ね、聞いて! 今度古民家を改築したカフェができたんだって! 『あかねや』ってお店! 母屋がカフェで、離れがケーキ屋さんなの! あの、国道をちょっと山の方まで行ったとこ。近くに森林公園あったじゃない。それで昔ながらの和の家っていいなあって思って。縁側の席がすごく雰囲気いいって智子が教えてくれてね。離れの方は今月限定でモンブラン売ってるんだって! あ、智子、覚えてる? 高校の友達で結婚式にも来てくれた子よ。今日一緒に行ったの。そうそう、上の子もう二歳なんだって。早いよねえ」


 妻は話をすることが大好きで、口を開けば止まらない。いわゆるマシンガントークというやつだ。この季節らしい、鮮やかな山吹色のハーフコートは彼女のお気に入り。僕はうん、うんといつものようにうなずきながら買い物袋を受け取ってキッチンへ運び、フォークを手に冷蔵庫を開けた。


「智子の妹も今年結婚するらしいんだけど、歳聞いてびっくりよ。まだ二十三だって! 若いよねえ。自分が二十三だった頃考えたらさ、本当すごいと思う。だってまだ浩介にも出会ってなかったんだから。社会人一年目だよ? どんな男に出会うっての。合コンも行ったことなかったよ、私は」

 そっかあ、と応じながら、目当てのものを取り出す。

 ふーん、とか、はあ、はダメだ。とにかく相槌は抑揚が大事。


「あ、映画はね、なんかいまいちだった。だって主人公ってのが売りのコメディなのにさ、演技下手なんだもん。動きも表情も中途半端。大体アイドル上がりの俳優なんて使う方が間違ってるよ。いくら売れるからって話になんない。作品の質に関わる話なんだからさ。迫力もないし、かと言って面白くもないし。結局最後まで一回も笑わなかった。すごくない? 私も智子もだよ。やっぱ、」


「あーん」


 彼女の鼻先に、フォークを差し出す。そこには『あかねや』のモンブランが一口。店のチラシは先週ポストに入っていたのに、やっぱり見ていなかったのか。

 妻はほとんど条件反射でそれを口にする。


「…………」


 その瞳がみるみる輝き出した。


 さて、一服するか。

 おいしーい! 背後から妻の声が聞こえる。ありがとうー! 浩介大好きー!


 ベランダへ出ると、いつの間にか外はすっかり暗くなっていた。

 冷たい風に煙が飛んでいく。かさかさと小さな音が、落ち葉かゴミか、何かをさらっていく。そんな季節の移り変わりが少し寂しい。


 僕は秋の宵、という言葉を知っているのだ。

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ひとくち 道半駒子 @comma05

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