if②山吹
山吹…キミはどこにいる?
私よりもきっと神とやらにも受けが良いだろうキミだ
もしかしたら私よりも生まれ変わるまでに時間が掛かってるんだろうか…
最近色々と再会したり慌ただしかったせいかあまり眠れなくなってきた。
元々過去の私がとにかく睡眠障害でも持っているのかと思う程山吹の傍以外では眠れない男だった。
警戒心が強すぎ、一人では警戒を解けない。一人では常に浅い眠りに落ちるかどうか程度。単独忍務の時には辛かったものだ。忍としては忍務中どんな時も警戒を続けられる事は優秀な証拠とされたが眠らなければ体力も精神も摩耗する。
山吹に会えなくとも記憶の彼が笑ってくれるから平気だと思っていたがやっぱり私は駄目だな。数日あまり眠れない日が続き、限界を感じた体に強制的に眠らされ泥のように眠る日々だ。
お陰でみかねた煤竹や薄鈍には合鍵を奪われ世話を焼かれている。
記憶を取り戻した幼少期も多少有ったが当時は子供だったからこれ程では無かったし次第に戻った。
その後は少しばかり寝付きが悪かったり、人の気配があると眠れない程度だったが最近は仮眠程度に眠れるかどうかだ。仕事が有るから睡眠薬も躊躇ってしまう。最悪誰かに起こしてもらう事も考えたし煤竹なんかは勝手に起こしに来るが微妙だった。起こされるなら山吹の柔らかい声で起こされたい。
「先輩、これ何部印刷でしたっけ?」
「十部だよぉ。あと、ごめぇんホッチキスもお願い!」
「普通のホッチキスですか?機械の方が良いですか?」
とりあえず出勤しているが常に私がデザインする訳じゃないから普段は雑用している事も多い。
これも少し前に追加で頼まれた分だが他の仕事をしている間に何部だったか忘れてしまった。
眠れなくなって記憶力にも支障が出ている感が否めない。結局ホッチキスは通常ので良いと言われた為印刷に取り掛かり印刷された分をまとめて行く。
「音羽、俺なんか手伝おうか?今暇だよー」
「雑用だから平気だ。まだ何かしてる方がマシだしな」
「じゃあ、追加で仕事要る?」
「暇なんじゃないのか、お前」
「人の仕事取れば幾らだって仕事はあるもの」
それもどうなんだろうか。まぁ、事実私は雑用仕事を奪っている訳ではあるけども。
今はデザインなんかは受けられそうにないから別の社員に回してもらっている。今納得の行く物が描けるとは到底思えない。梔子さんに内面ダダ漏れと言われた通り隠しておきたいあれやこれやまで出てしまうに違いない。
…と思っていたのに急な指名依頼が入ってしまって辛い。しかも描きたいようにって何だ。今好きに描けと言われてもとても困る。
里の風景でも描けば良いのか。それとも山吹か?勘弁して欲しい。定期的にうちに依頼をくれる建築系の会社だが今まではある程度指示があった。
なのに今回は自然の風景を描きたいように描いてほしいと担当に言われたそうだ。梔子さんが取ってきた仕事だから警戒したが受けて来てしまった物は仕方ない。だが、梔子さんには別途夕飯を奢ってもらう約束を取り付けさせてもらった。
「部長、ちょっと空いている部屋借りますよ」
「個人依頼はストップしてたのに悪いね」
「まぁ、指名じゃ仕方ないです」
あの会社は最近宣伝担当が変わったという話だったが一体私を指名するなんてどんな変わり者だ。
任せると言ったのはあっちだから諦めて里を隠すように抱えてくれた森でも描こうかと思う。
大体描く時は私一人だ。人が居ては気が散って良いものは描けない。此処が続いているのもこのお陰だ。個人依頼の仕事の場合うちの部長は作業についても口を出さずに好きにさせてくれる。
部長からの評価は高確率でどこかもの悲しさを抱える良いデザインだと言う。さり気に見る目はある人だ。
『ううー、やっぱり高いなぁ。慣れても真下を見ちゃうと怖いや』
『ははっ、動かなければ早々落ちる事はないさ。下を見なければ気にもならなくなるよ』
『それはそうだけど…音羽はなんでそうも楽しそうなのさ』
『だって山吹とただ見張りをするだけだもの。こんな簡単な任務まるで逢引みたいじゃないか』
とある城の動向を見張れ、という任務だった。動きがなければ朝まで平穏に城を眺めて終わり、動きが有ったとしてもそれを伝えに戻るだけで良かった。そんな物私にとっては簡単なお使いに過ぎず、山吹と過ごせる事に喜んでいた。
結局この日から数日何事もなく過ぎ数日後予想外の城に攻め入ろうとしていて情報を伝える為、必死で走る羽目になったんだったか。
だから私は見張りじゃなく潜入の方が早くないかと言ったのに、と不満を漏らした気がする。
「見事にあの樹だな。よくこんな高さまで登ったもんだ…」
つらつら昔の事を思い出していたら、見事に転写したかのように記憶の中の樹がパソコンの画面に映されていた。まぁこうなるとは分かっていたから個人依頼は断ってたんだが予想通りだ。
だがまぁ、懐かしかったもんだから消す事はせず周りの木々も描き込み、指定のレイアウトに整えチラシ用のデータを作り上げた。この建築会社は自然との共存を謳い文句にしているからこういった自然の風景は受けが良い。
全て終わるともう夕方だった為、部長に提出し定時になると欠伸を耐えながら帰る事にする。
煤竹が送りたそうにしていたが、急ぎの仕事が入り残業だそうだ。人手が要るなら残るかと部長に言ったが問題ないと言われた為に遠慮なく帰らせてもらった。
今は気合いで五連勤を乗り切った金曜の夕方だ。もうとっくに限界を迎えている体は電車や歩く自分の揺れさえ眠気を呼び寝てしまいたいくらいだったが外で私が眠れる筈も無く、マンションのエントランスまでどうにか戻って来た。そして、見慣れた筈のエントランスで私を見た。
「私…?」
「勝手に僕を君のドッペルゲンガーにしないでよ。もう僕の顔忘れちゃったの?音羽」
「…やま、ぶき…」
「全く、本当はまだ出て来るつもりはなかったのに…ほんとお前はどうしようもない…っ」
どこか昔の私のように不貞腐れたような顔をしていた彼は私の言葉に、仕方無いとでも言うように苦笑した。悪さをして叱られたり、任務帰りで眠りこける私を見下ろしていた顔だ。
私が山吹を忘れる訳がないんだ。
「もう、僕は怒ってるんだよ。またそんなボロボロになっちゃって。どうしてお前は僕以外受け入れてくれないのさ」
「君の居ない世界なんて私は知りたくなかった…」
「うん、それはごめん。もう良いよ、僕は帰って来たから。あとは僕に任せてお眠り、音羽」
たまらず抱き着いた私を叱っていた君が私の不満を聞いて抱き返してくれる。いつものようにあとは任せてと触れてくれる。それだけであれ程解けなかった警戒心は泡のように溶けていった。
side山吹
「全く、相変わらずなんだから…」
僕に抱き着いたまま、ことりと眠ってしまった音羽の体が重い。重いのに軽い華奢で頼りない体だ。一ヶ月ほどであっという間に痩せて弱っていった。読み間違えた、僕のせい。そして、今抱えるこの重みも耐えきれなかった僕のせいだった。
「よいしょ。音羽鍵借りるからね」
抱き留めた体をそのままに勝手に鞄を漁って音羽の部屋の鍵を取り、抱き上げてエレベーターに乗った。煤竹や薄鈍が外で呼ぶから部屋だってとっくに知っていた。それでも会いに行かなかったのは僕のエゴ。僕以外にも皆音羽を大切に思っていたと知って欲しくて、僕以外にも大切な物を増やして欲しくて会いたいのをずっと我慢して傍で見守るに留めていたのに。
結局は耐え切れず出て来てしまった僕もやっぱり未熟者だ。
あの時あれ程泣きながら繰り返さないと決めたのに全う出来なかった。
『この人数じゃいくら音羽でも撒ききれないよ。だから……』
『山吹、私の代わりにこれを里まで…』
『僕の足じゃ無理だって音羽なら分かるでしょ。運の良いことにまだ僕は見つかってない。だから、僕を身代わりにして走って!音羽』
『そんな事っ!』
『絶対に後で追いかけるから。任せたよ!』
そんな大切な約束を音羽としたのに、僕は追う事が出来なかった。どうにか逃げおおせたけれど、追跡を逃れる為に入った川で流された僕はとある村の近くに流れつき助けてもらったものの何日も生死の境を彷徨いやっと目覚めた時には既に絶望は始まっていた。
『山吹!良かった、無事だったんだ!すぐ寝床用意してあげるから待ってて』
『煤竹、音羽は?』
『動いちゃ駄目だって、お前まだボロボロじゃない』
『煤竹!音羽は何処に行ったの!?アイツがすぐ来ないなんて無かったのに!煤竹、教えてっ』
『アイツは……壊れちゃった。俺達だって居るのに、お前が居ない世界なら要らないって一人で…』
あんな状況で音羽の手を離してその後待たせてしまえば、音羽の心はもたないと知っていたのに。生きていたならなんとしても早く音羽の元に戻ってやらなきゃいけなかったのに戻れなかった。せめてあと少し耐えてくれれば戻って『僕はもうどこへも行かないからお前もお眠り』と言ってやれたのに間に合わなかった。
『煤竹、駄目だアイツ…山吹!良かった、無事だったか』
『薄鈍…アイツが何、音羽どこに居るか知ってるの!?』
『…今は、 城に。多分もうすぐ移動する。俺の代わりに今は烏羽が見張ってくれてるけど』
壊れてしまった音羽は手始めに僕と最後に行った城に舞い戻り奇襲を掛け、僕の所在を聞き出す事にしたらしい。それでも誰も僕がどこへ行ったかなんて知らないものだから、結局たった一人で城を落とし次には密書を取ってくるように依頼をした城へ憎悪を向けた。そこで蹂躙を繰り返す彼は嗤っていた。もう、あれでは戻らない。理性はとっくに焼き切れ心を壊してしまった、ただの獣だと。
薄鈍の声もまったく届かなかったって。
『僕のせいだ。僕がアイツにちゃんと教えてやれなかったから…』
『違うよ、アイツが馬鹿でわからず屋だったんだ。それに俺達もそんな馬鹿を怒れなかった』
薄鈍はそう言ってくれたけど、そうじゃないんだ。誰より傍に居た僕だからこそ、突き放してでも音羽に教えなきゃいけなかった。仕方ないと言いながらそう出来ず、結局今回も失敗してしまった僕が駄目なんだ。
それでも今生で会わない選択肢は無かったんだから僕もどうしようもない。
僕達四人と脅威となってしまった音羽を始末せよ、と密命を受けた梔子さんや鉄紺さん達。みんなで挑んでも音羽は強かった。優秀だとよく嘯いていたけどこんな実力を隠してたなんて酷い。そもそも僕達に音羽を無意味に傷付けるつもりなんてなかった。
一人で城落としなんて無茶をしていた音羽だから既に至る所に傷を作り、ボロボロだったから。それでも殺す為だけに頭は動いているようで見失ったかと思えば死体に擬態していてどこからか奇襲を掛けてくる。あれでは音羽が成りたくないと言っていた全ての感情を排除し目的を全うする忍そのものだ。鉄紺さんが鎖鎌の鎖で拘束してもあっという間に抜けて来て忍刀で斬りかかって来る。
『とうに暗器の類いは使い果たしているようだな』
『はい。でもここの忍衆の死体からとか調達してる可能性はあるので油断はしないで下さい』
『ごめん、山吹。城に入られて見失った!』
『大丈夫、多分僕達を殺すまで音羽はここを離れないよ。でしょう?朽葉さん』
『気付いてた?うん、今までの行動はそうだったよ。音羽は皆殺しにするまで赦さない』
僕以外も気付いてたみたいで城の影から出て来た朽葉さんに誰も驚かなかった。
でも本当にそうなら此処で止めなきゃいけない。里のみんなまで音羽に殺させる訳にいかない。きっと音羽は傷付くから。
『梔子さん、まだ煙幕か炮烙玉持ってますか?』
『あぁ、持っている』
『次音羽が出て来たら遠慮なく投げて下さい』
『それではアレが死ぬぞ』
『音羽は避けますよ。隙が一瞬出来れば良いんです。僕が止めます』
既に限界を超えた体だもの、此処が終われば次に行こうとするだろうけどもう次の城を落とせる程の体力は残ってない。今だってたまに反応が遅れていた。
絶対避けるだろう事は疑いようもないけれど、一瞬の隙が出来るだろう事も確信していた。
『来たぞ。数は五だ。巻き込まれるな!』
梔子さんの合図と共に一斉に散会する。残ったのは僕だけ。至近距離の炮烙玉を辛うじて避けて、ほんの一瞬土煙に瞬いた音羽を見落とさなかった僕は一気に彼との距離を詰めた。音羽を抱き締めるように伸ばした腕は届かないでと思ってしまう心に反し届いてしまった。そして、彼の心臓を狙った苦無も。
『音羽、もう良いんだよ。僕は、十分君に守って貰ったから…。こうなるって、分かっていて置いていってごめんね、もうお休み…』
『…やま、ぶき……ごめん』
ほんの一瞬の奇跡だったのか、ただ壊れた彼がずっと呟いていた言葉だったのかは分からないけれど、彼は最期にそんな言葉を遺して事切れた。
謝らなきゃいけなかったのは僕なのに、謝り返されてしまうなんて酷い。
疲弊しきりボロボロになった傍に居た頃と違い痩せ細ってしまった体を貫いた苦無の感触はきっと永遠に忘れられない。
だから、もし次があれば…音羽に大切な物が増えるまで会わないと決めたのに。
「またこんなに隈作って痩せちゃって…」
流石に今の音羽が慣れない布団で落ち着いて眠ってくれるのか分からなかったから音羽の部屋の方に運び込んだ。
初めて入る彼の部屋は昔と違って少し散らかっている。料理が億劫で積み上げられた惣菜のパックや出しっぱなしになったマグカップ。眠れず描いただろうシャーペンで描きなぐった人物画や風景画。
「相変わらず観察眼が凄いなぁ。ふふ、煤竹これ何食べてるんだろう。凄い顔」
人物画は多分最近あった事を切り取った物。煤竹や薄鈍、梔子さんと藍染さんや香染まで。出会えて無かったから僕だけ昔のままの姿だった。風景画は懐かしんでたんだろう、里や任務地、懇意にしていた城まであった。
「まだ里残ってたっけ?」
資料を見て描いたのかと思う程細かく描き込まれた里の風景に僕まで懐かしくなる。最終的に里すら恨んだ筈の音羽なのに、それでも一緒に過ごしたこの場所を愛しく思ってくれたのかな。
そんな事を思って何枚もの絵を長い時間を掛けて眺め、暇を持て余し部屋の片付けを初めてしばらく経った頃、布団に沈んでいた彼が動いた。
「ん……煤竹か薄鈍かどっちだ。今日は寝るとあれ程…」
「僕でごめんね、音羽。もうちょっと寝てても良いよ?」
「山吹?」
「うん、さっきエントランスでも抱き着いて来たじゃない」
目覚めて開口一番まだ寝惚けている彼が言った言葉に嬉しくなる。
寝惚けて呼べるくらいには二人を受け入れていたらしい。仮眠程度にしか寝てないし頭がまだぼやけている音羽は傍に寄った僕の手を握り締めた。
「まだ信じられない?」
「ずっと探していたのに、一体山吹どこに居たんだ…」
「お前は本当に自分の周りに無関心だよね。僕ね、このマンションの一階に住んでたんだよ?」
「このマンション…は?稲荷マンション?」
「そう。ポストに表札出して無いしお前に会わないようにしてたけどね」
そう告げると情報を処理し切れなかったのか固まってしまった。多分昔の事も含めてぐるぐる考えてるんだろうから放置して掃除を再開する。と言ってもゴミを袋に突っ込んで、出しっぱなしだった食器を洗ったくらいだけど。
終わってしまって傍に戻るとまた手を握られる。その手はさっきよりも優しくてどこか緊張してるみたいでおかしかった。
「えーと、つまりどういう事だ……君はずっと私を見守ってくれていた?」
「そうなるかな。出来ればストーカーだとかは思わないでほしいんだけど、君に大切な人や物が増える迄は会わないようにしようと思って」
「私に怒ってるか?」
「怒ってる訳じゃないよ。ほら、そんな顔しない。でもお前には世界はお前が思うよりも優しいと気付いて欲しかったんだ」
特に今の時代なら昔のように生きる事さえ難しいような事はなく、平和に暮らせる。昔は人間不信もあったし音羽はありのまま生きる事さえ難しかったけど、もうそんな必要はどこにもないのだから世界も周りの人達も信じてありのまま生きて欲しかった。僕以外にも大切な物をいっぱい作って欲しかった。
「でも私は……」
「煤竹達や藍染さん達は嫌い?」
「嫌いって訳では…」
「今も信頼する事は出来ない?」
信用が出来ないって程拒絶してなかったとは思うけど、それでも音羽は絶対僕以外には素顔は見せなかった。
「煤竹達はちょっとな。人が買い込んでおいた備蓄は食い尽くすし、勝手に自分の私物置いてくんだぞ」
「音羽。今回は誤魔化されてあげないよ?」
「いやまぁ、あのな…そうであれば私は髪も目も昔の君の色にしていたさ。でも、変わらず君は私の唯一だし君が傍に居ないという事実だけで私は苦しい。だってあの時から会えて無かったんだから……」
どうやら完全に読み違いをしていたのは僕だったらしい。布団から這い出て来て僕の膝枕で寝転ぶ彼が言うには、色んな人との再会でより呼び起こされた記憶の中僕を失った音羽が反乱を起こしたような物らしい。どれだけ再会を果たしてもその中に僕が居ない。それなのに何故世界は回り自分を生かそうとするのか、と夢の中慟哭を上げる。再び世界壊さんとする。過去実際にした事ではあってもその時の感情まで思い出してしまった音羽は過去に取り残されたかのように無防備に眠る事を許さずこの有様だと苦笑した。
「あとせめて一日耐えてくれれば、僕は君のところに帰れたのに」
「それは梔子さんから聞いた。あんな実力を持っていたなら一度本気の私とやり合っておくんだった、惜しい事をしたとも言われたよ」
「当時も言ってたよ。藍染さんと鉄紺さんも」
「でも良いんだ、やっと会えたから。君の居ない世界も悪くはなかったけれど、それでもやっぱり山吹の傍に居たかったんだ」
今度苦笑するのは僕の方だった。膝枕のまま腰に抱き着いて満足そうに笑う彼を見て苦笑が漏れてしまった。やっぱり僕以外駄目なのかと諦めにも似た感情で出て来たのに、それさえ音羽が張った罠だったんじゃないかと思えた。
「本当にお前はどうしようもないね」
「こんなどうしようもない私の傍にまた居てくれる?」
「一度見つけたらお前は絶対離れないじゃない」
一度見つけたらきっと取り餅のようにくっついて離れるつもりなんてない癖に。
僕が居ると知ったならもし行方をくらましたって追い掛けて来る癖に。
だってお前は元気で居るならそれで良いと思えるような性格じゃないもの。
「もちろん。煤竹達を使ってでも探すつもりだ」
「もう、そういう言い方しないの。散々心配掛けて世話焼いて貰ってるんだからちゃんとお礼言うんだよ?」
「アイツ等が勝手にやってるんだから良くないか?」
「山吹もっと言ってやって!俺高いケーキも買わされたんだよー」
「勝手に入ってくるな、今日は寝るから良いと言っただろう」
「だって今朝ゴミだらけだったから捨てて帰ってやろうかと思ってさー。でも要らなかったねー。山吹ひさしぶりー!」
いつから居たのか玄関のドアから顔を覗かせた煤竹が相変わらずのゆるーい感じで言ってくるのに思わず笑ってしまう。
僕が居なかった間、思っていた以上に煤竹にも気を許し面倒を見てもらっていたらしい。
「なんていうか煤竹って相変わらず煤竹だね」
「山吹、語彙溶け過ぎじゃない?」
「山吹にも相変わらず阿呆だと伝わったぞ、良かったな煤竹」
「アホじゃないってば、普通だよ普通。俺昔から平凡枠だったもーん」
昔と変わらないどこかズレた口論に懐かしいと同時にやっと帰って来たと実感する。あぁは言ったけど音羽の為とはいえ下手に過去世の皆から漏れても困るから誰とも接触しないようにしてたしこういう会話は久し振りだ。
「音羽もちょっと寝て元気そうだしせっかくだから薄鈍も呼んでご飯でも行く?音羽も煤竹もお腹減ったでしょ?ちなみに僕はお腹ペコペコだよ」
「知ってる。たまに控え目に腹の虫が鳴いてた」
「聞いてないで指摘してよ!」
「薄鈍なら多分香染の店に居るよー。まだ開いてるだろうし行こー」
膝から音羽を落として煤竹の誘いに頷き、もう少し山吹を充電していたかったと嘆く彼も引っ張ってマンションを出る。つい昨日まで一方的に識ってただけで関わっていなかったのにあっという間に昔通り馴染んでしまえるのが嬉しい。
やっぱり此処が僕の居場所だと笑った。
実際香染がオープンしたというカフェに行ってみれば薄鈍どころか烏羽や、先輩だった藍染さんや梔子さんまで居て急遽歓迎会みたいな感じになってしまった。香染はどうせ明日は休みだからと残っていた食材で次々料理を出してくれたしせっかくだから飲もうとお酒まで用意されてしまった。
「やっぱり山吹が居るとコイツ寝るな」
「さっきちょっと仮眠取ったくらいだったし大分眠かったのもあるよ」
「山吹が担いで帰れそうにないなら私担いでってやるぞ!」
「ありがとうございます。でも今音羽痩せてるんで大丈夫ですよ」
烏羽と藍染さんの言葉に苦笑し、肩に凭れて眠る音羽を眺めた。
多分これからはまた僕も色々と巻き込まれて行くんだろうと思うけど嬉しさの方が勝る。ほらね、世界はこんなにも音羽にも僕にも優しい。
ねぇ、音羽
君が拒絶した世界はこんなにもあたたかいんだよ
これからはまた優しいこの世界で一緒に笑い合えるね
記憶の中の君 Baum @Baum0909
★で称える
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