第3話 佳人薄命

頭脳明晰、聖人君子、眉目秀麗、英俊豪傑。 後弱点は...何だ? 私は部活を引退した後の3年の夏終わりに、何かしらの覚醒を見せた。

嬉しくもなく、しかし何処と無く実力の備わった自身を見返ると、誇らしく思える。

きっとここまでやってこれたという事実が私にとっての本当の誇りなのだろう。

痛みは数多く残る。 しかし、それを克服したのならば、現状問題は無いが、現実は何も解決していないのと同義になっているだろう。


夏の間、夏期講習という名の外交は、多くの変化を私にもたらせ、また自身のみに費やせる時間が大幅に持てたことにより、研ぎ澄まし続けていた才能は一気に開花を見せた。


『俺』なんて言う一人称も合わない。 自分はもっと小心者で、弱い存在なのだから。


しかし、『僕』と言う名の一人称には弊害が存在する。 ここは便利上、『俺』と表現するしかない。


憂鬱だ──しかし、それ以上に今の自分を知らしめてやりたいと言う気持ちと、ちっぽけな虐めを受け入れる気持ちになった。

そんな事は絶対にしないが。



■□



まるで見える世界が違う。 上空には初めて見る鳶が飛んでいて、秋の穏やかな風や、揺れる草木、花は祝福してくれているように私を撫でる。

その日はとても明るい日だった。


通勤途中に隠れるなんて事、する必要は無い。 堂々と胸を張れ、そして歩け。

すると私に体する一切の目線が変わった事に気付く。

どうやら心持ちも違うようだ。 さて、今日も学習しなくては。


途中、何人かに名前を呼ばれ、無意識でそれを無視していると、揃えて「何かやった? 」 とか「変わったね」と声を掛けられた。

その時、『やはり変わっていたんだ』と確信を得て、歓喜の渦に巻かれた事は言うまでもない。

少し緊張しながら、変わったクラスの自分の席を探す。

例の奴らはクラスは違えど、ちょっかいを掛けてくる厄介な奴らだが、もうそんな小さな者など、知った事では無い。


「お〜、むた! おはよう! 」

「・・おはよう」


少しだけ驚いた。 間を埋めるように挨拶を返して、自分の席についた。

途中夏休み前まじかに席替えをして自分の席で無かった事に気付き、恥ずかしく思いながら急いで席を変えた。


──しかし、誰も気に止めない。 嫌な目線すら、、、こない。


外見だけで、外見なんてもんだけで、、人は、こうも待遇を変えるのか。


私は達成した嬉しさの裏に、大きな喪失感を抱えた。

そんな人間に振り回された自分...それを考えかけて、頭を振った。


こうしてきたから今の自分がある訳で、自分が後ろめたくなる事なんて一つもないのだ。

眠気が増してきて陽の光を浴びた暖かそうな机にうつ伏せになると、誰かが声を掛けてきた。


教室は今日も騒がしい。


「なあムタ、模試の偏差値幾つだった? 」


『何でそんなことを?』 不可解だが、そう言えば、目指す公立高校が安定して受かるくらいは、既に済ませた確信があった。


「ん〜...あんまり話したくは無いな」

「ちょっとだけで良いから、ね? ちょっとだけ」

「あー...67くらい? 」


『ゲッ、マジ? 』と信じて無さそうに言われた。 これでも抑えた挙句他のレベルと合わせて低く見積もったに過ぎない。 それでも信れないらしく、『RINEで写真見せてよ〜』とせがまれた。

まっこと見せたくも見たくも無いが、変な噂を払拭するためだ、見せよう。



その時の私は全く、外見だけの中身の無い世界を私自身綺麗だなどと、生きているのに楽だから勘違いして忘れようとしていた──。




■□


帰りに、「ムタって...変わったよね」と言われたりしたが、以前として心持ちが変わることは無かった。

大きな目的の一つは女子バレー部の、学園一のマドンナの気を引くことであって、またそれも叶わない願いなのだから。 何故なら、彼女には既に彼氏がいる。

やる事はいたして無いようだが、そんな事で考える自分は自分ではない。 きっと好きだと言う感情もここに至る過程で歪んでいる。

私は何処か孤独さを感じられずには居られなかった。


帰ってうつ伏せになる。 このベッドは、私が色々な方面から上手く誘導して得た、プライベート。

今持つ携帯の重要性も分かっていないようだったが、塾の帰りにこっそりとバイトをさせてもらってワイファイさえ繋がれば使えるものを買った。

元々あるのは分かっていたから接続するのは簡単だった。

私は、この心にできた少しばかりのゆとりと、隙間を馳せる想いで埋め尽くした。


学も得た、力も得た、徳も得て、心も鍛えた。 なのに、頂上に立った上から眺める私の目に、人は映らなかった。

自分を全て管理出来ても、それで出来た友人に、罪悪感にも似た違和感を感じた。

本心である。 嘘も付いていない。 だが、何かが足りない。 しかし、信頼は厚い。


私はここまで力を得て、それは間違いだったのだろうか? ...いや、そんなことは無い。

払拭の悲願は達成されたのだから、この位置を優越として楽しむ権利が与えられたとでも言おうか。


──こうして、私の日々は過ぎて行った。





ある日の朝、私の周りは多くの良き友人たちに囲まれていた。

彼ら・彼女らは私のように虐められ気質であったり、身体の何処かが悪くなりやすかったりするが、頭の切れ者や運動に秀でた者たちだ。

私たちは何処か互いに欠けていて、それを無意識に補おうとしている。 小説に良く見る『神から力を与えられて』とか『ある日突然超能力を発現して』なんて主人公の感情の暴露で急に覚醒したり、他を圧倒する力を手に入れたりしているがそれは主観的に読むには楽しくあれど、現実に──なんて決して起こらないし、それをまっことご都合主義のつまらないものだと思う。


私たちは努力して手に入れ無かったものなどないし、努力の成果は頭の理解度で変わって来る。 それはこれからも変わらないのだから。


「〇〇〜、何とか言ってよこいつに〜、気持ち悪い」

「は?」


陸上部の『橋本』と空手部の『片井』が何か言い争っている。 こんな会話をしているが、雰囲気は朗らかだ。周りもそれを何処か愉しんでいる様子。 そんな安息の中に、突如、教室の扉が『ガララッ』と荒い音を立てて開いた。


「はっ...はっ...はぁ...はぁ、はぁ、はぁ」


息を切らした後に、整えるような声が聞こえる。 そして、あざといかと一瞬疑ったその顔からは、タイミングの計られたような涙が零れた。

私は顔がそちらへ固定され、目が離せなくなっていた。


やや...」


そのまま私のいる教室から走り去った。 ここで私にはそれがわざとらしいてして見つめていた目を、少しばかり悔いた。

彼女の目線の先を辿ると、冷ややかに見つめる彼氏の姿が目に焼き付く。 今日の教室はいつもに増して、冷たかった。


□■



───青春と言う名の日々を送る彼らと比べて、私と言う存在は何て惨めなのだろうか。 考える余裕など無かったその考えは、再びぶり返して私の身を侵す。


寂しさだけが、私の心を静かにさせた。




───「ただいま」


「おかえり、何かあった? 」


「いや、何も...」


「そう...」


この家にいると、私は私で無くなりそうな気がした。 本当はこんな家に縛られずに、彼女の元へ駆けつけたい。

けれど、私が彼女が振られたと分かった。

涙を流す前に感じた一瞬の安堵が、許せなかった。

今も尚も私の身体を縛る家が鬱陶しい。 けれど、私は彼女と名前で呼び合った事は、無い。

そして降られた彼女に媚を売るようで嫌だ。 抜け駆けは私自身が許さない。


もしも、私がもっと早く連絡できる手段を持っていれば───


そう悔やまずには居られなかった。




■□


本格的に学業しか無くなっていた頃、当の父親が仕事が楽だったからと言って日中帰りしては、夕方に戻る事に黒に染まりきった殺意さえも湧いていた。

それは、夏休みの時に発覚した。


新作で出たオンラインゲームに嵌っているそうだ。





─────その時、私の心は芯がポキッと折れた。



























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カタルシスは崩落と共に @kakuyokuyokuyomu

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