第2話 それでも日は昇る

一週間の内、私が睡眠を取って身体の回復を試みるのは日曜日に限る。 心の方面は身を強く鍛え、強さに昇華することで何とか保っている。


家から出る時、親と一悶着があった。 何故あんなに親は怒るものなのか不思議でならない。 思えば、両親の仲が良いのは生まれて見た覚えが無かった。


今日も教室の席へ着く。 昔は余裕があって早く来て教材の復習を済ませていたが、今はそんな余裕もない。 出来るだけ寝ていたいので、ギリギリのタイミングを見計らって学校へ来ていた。 それのお陰もあってか、絡まれる事があっても大したことは無い。 今日も自分の身体からは湿布の匂いがする。 それを隠す為にシャツの上に着るチョッキには、濃い柔軟剤を使用している。


背中は今日も温かった───。




───私はたまに、というかちょくちょく卓球場から下の体育館で活動する、ある部員を覗き見している。

これは良いことではない。 だが、努めて無視している間にどうしても気になって見てしまう。 下では男子・女子のバスケ部・バレーボール部が活動を行っていて、男女はそれぞれ時間で外練から中練へ入れ替わるみたいだ。

私と言う卑下された人が見たくて止まないと言うのだから、決して人前で話す事も出来ないし、そもそも彼女が私に気があるとも思えないが、私は心の中で尚生き続けるその想いは、紛れも無く惹かれている事を自覚している。


好きでは無いのだ。 話したのは、中学生になりたての初登校の際に、声を掛けられ、偶然班になり楽しくやっていたたった一日しか無かったのだから。 きっと相手は忘れているだろう、そんな些細なことなんて。


ましてや自分なんて存在に、向くはずは無いのだ。 そう心の何処かで切り捨てて、私は今日も卓球を打ち込む。 今日は球を8つも破裂させてしまった───。



■□



家に帰り、食卓で作業している母に『ただいま』と声をかけると、作業に目を向けたまま『おかえり』と言う。

因みに、私の住む家に私の部屋は設けられていない。

小さすぎる兄妹共同の、9畳ほどの部屋が一部屋。

だが、二つ分の勉強机とカラーボックスを置いて、座る場所ほどしか残っていない。 果たしてそれは自分の部屋と言えるのだろうか、自分には疑問が残る。


「夕飯出来るから寝ちゃダメよ───」


「───うん、分かってる」


着替えを済ませ、何とか気力で宿題を済ませると、私は突然、机に意識を奪われた───



「───〇〇! 〇〇!! 」


「ん...」


「ご飯出来たわよ! いつまでそこで寝てんの! ほら、片付けた片付けた」


急いで終わった宿題や、涎のついてしまったノートを整えて鞄にしまうと、目の前には色鮮やかな食べ物が並ぶ。


「ねえ...食べても良い?」


「ダ〜メ。 お父さんが帰ってから」


やはりそうなったか。 その後30分ほど待ったが父親の帰りが長くなりそうなので唯一空いてるソファーに座ると、そのまま身を任せて眠ってしまった。


「──〇〇!! 〇〇!!! いい加減にしなさいよ!!! お父さん帰ってきたよ!!!」


「ん───食欲ない。」


叩かれて起こされると、夢遊病のような現実味の無い怒りは放って、疲れ過ぎた事で食べ物を見たく無くなっていた。

『ご飯にするよ!』と念を押されて何とか喉に押し込めると、今度は些細なことで父親に怒られ、反発しては脅迫されて、自身の考えが間違っていた事を泣かされ、土下座させられながら謝罪を述べた後にフラフラな心で身体を壁に当てながら、歩くと洗面所まで来ていた。

一番風呂には入れないので、手短にシャワーで身体を洗って肉体疲労の回復を促す為にマッサージやストレッチをして、手早く着替え、重い体で寝る前の支度を済ませる。

睡魔と闘い勉強を終えたところで、床についた。



「この時間だけが、唯一自分の心を開放できる──」


布団に潜る。 久しぶりに言葉を発したと錯覚するほどに安らかな心持ちになると同時に、私を守る布団を丁寧に頭まで被せて、眠りに就く──



───突如、言葉にならない痛みが、全身を襲う。


───...く、、、今日も、、、来たか。


それはふくら脛から始まり、全身の筋肉が順番に、固まるように異常な収縮を繰り返す。

痛い、痛い痛い痛い痛いイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタい...クッソ...


「・・・痛いつってんだろーが!」


何とか身体を太刀魚のようにピンと伸ばして痙攣を治しにかかる。 数10分後、それは収まった───


「───はぁ、はぁ...。 クッソ痛てぇ......」


それにしても、今日の攣りは長かった。 そして、これから全く油断は出来ない。 また少しでも身体を動かせば痛みに襲われるし、仰向けになりながら、動かずに、じっくりと、寝ている間痙攣が起こらない事を祈りながら回復して明日になる事を待つしかない。


「はぁ、はぁ、はぁ...。」


目から熱い目薬のようなものが無機質なベッドにポタリと滴り落ちかけ、口から血を含む咳が噎せる。

しかし泣けない。 弱音は吐けない。

泣いたら何もかもが無駄になる。


『こうするしか無いんだ...』


そうボヤいて、私はまた意識を遮断した。



■□



私は私の心が誰かに殺されるなら、誰かに殺されてしまうのなら。


だったら。 それだったら。


私自身が私を殺した方が良い。 だが、それを自殺と言う簡単な方法で終わらせては、対価に合わない。

代償はいくらでも払う。 私が私で無いのなら、このまま朽ちて死んでしまうのならば。


誰にも認めてもらえず、自分の好きなようにも生きられず、行動を制限され、表から隠れ生き続ける事を狭まれるのであれば───。





───!!


勢い良く布団から飛び出る。


「はぁ、はぁ、はぁ...」


身体中に大量をかいている。 額にも汗をかいているようで、布団の中は蒸し暑い。


「嫌な夢でも見たのだろうか──」


その割には体調はすこぶる良い。

さぁ、今日も憂鬱な一日の始まりだ──。

その時から私は、打算的な行動を取るようになっていた。


















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