カタルシスは崩落と共に

@kakuyokuyokuyomu

序章 第1話 虐め、虐められ


今日もこれから、憂鬱な一日が始まる。

身を気にしている暇も無いと言うのに髪の寝癖を整えて、冷めたご飯と父親の不愉快な声を聞いて家を出る。

通学途中、ご近所の人たちに挨拶をすると笑顔で返される。

学校への一本道を歩いていると、後方にいた女同級生2人組はわざわざ反対車線の横断歩道へと移動し、手を顔の横に立てては何やら話して、馬鹿笑いを繰り返す。 こちらの目線に気付くと鼻を摘み、臭いものでも触るかのようにして追い払う。


──はぁ。


絶え間ない怒りは朝から沸騰寸前。 しかしそれよりも、呆れの方が上回って沈黙する。

まだ自身をいかがわしく思う輩がいるとは、思いもしなかった──。



私は小学生の頃から、虐められていた。

だが入学当時友人作りに転けたと言う事でも無い。 些細なことから疎遠になり、気が付いたら変な噂が飛び交って、そのまま現在へ至ると言う形。

現在自分は中学二年生。 自分の事を暴露出来るというのも、これは自分の中だからだ。


心までは誰もが領域に踏み込むことは出来ない。 外からいくら突っつかれようと、ここだけは守れる。

だからこそ、自分は小学校の頃の絶え間ない虐めの中で、心だけは洗い続けた。

お陰で、今ここにいる自分と言うのは毎日くるその虐めを弄りとして上手く躱し、印象を緩和するにまで至った。

しかし。何処まで行っても虐める方は虐める方のまま。

人を嘲笑って、忌避して、死んでも誰も庇ってはくれない。 そんな輩に対して私は日々を追われるようにして生きている。 私の落ち着いて腰を下ろす席は睡眠以外、何処にも存在しない。


今日は廊下で何度か似た経験を繰り返し、緊張感を殺して教室へ入った。


ざわざわ...と声の飛び交う騒がしい教室が待っていた。 この頃は皆がみな学校規定のコートを制服の上に着て通学している。

耳に入れたくもないその声を努めて無視して教室の一席に座ると、即座に滑らかな手付きで鞄から教材を取り出して机に置いた。

コートを脱ぎ、居心地の悪い制服を椅子にかける。

運良く今回はあみだくじで窓奥の一番端に座れた私は結露した冷たい窓に手を添え、その後少しだけ隙間を作り外を確認すると、朝練を行う陸上部が走って校舎へ走っていく姿が映る。


その後部活用のサブバックを後ろのロッカーに入れ込み、自宅で復習した英語の確認を行う。 因みに、部活動は強制で何か一つに入らなければならない。


そんなこんな自然に背景と同化していると、嫌な予感が今日も自分から迫ってくる。


「おいブタ。 ...ブ〜タ。 ...あっ、牟田ムタだったな。 名前が似てるから間違えちゃったよ〜」


下卑た嗤い声を聞いて、私の耳や眦を鋭利に反応する。

此処で視線を合わせては負けだ。

何か言えば『お前に言ったんじゃない、被害者妄想』なんて言われかねないからだ。

何度も無視をし続け、やがて横へ目線を寄せると、相手が一瞬怖気づいたかのように硬直する。 そこで何か言おうか考えていると、脇からはまた一人、誰かが私の肩に腕を乗せた。


「おい、光輝、名前間違えてやんなよ。 ブタだろ? ...あ。」


『牟田だったわ』と言って威勢の良い、見下した笑いが教室の騒音を消して自分の耳へ響く。


「ガハハハハ!!! すまんすまん! にー君だったっね、根暗ニート君」


いちいち細々とした事に否定することが山々あって返って話す気にもならない。 反応が無いのを見てしつこく何度も同じことを繰り返すと、やがて私の肩に手を押し付けられる。

押し退け椅子から降ろそうとしたようだが、それは出来ないようだった。

『お前らのように私はやわく鍛えられてなどいない』 と言いたい事この上ないが、嘲笑するようで、それは自身を振り返って留まる。


「俺の名字はムタだ。 何度言えば良い。 名前はムタじゃない。 もう先生が来る、さっさと戻れ」


タイミング良く、廊下からカツカツと一際大きな足音が鳴っているのを聞き取って、私は気を逆なでし過ぎない程度にわざわざ言葉を抑えて、場を沈めようとした。

此処で他の味方でも無い奴らと私との、いや俺との戦力差を考えれば、騒ぎを起こして後々苦渋を飲まされるのはこちらの方だからだ。

私は民主主義を少しだけ恨んだ。


「チッ──」

「ばぁいばぁい、二ィーくん」


粘着質な声と、明らかに聞こえるように発した言葉が、尚も私の抑えつけている感情を何層にも膨らます。


先生が扉をスライドさせて入ってくる。

その後チャイムが成り中学校特有の朝読書の時間が終わる。 すると点呼の時間になる。 これも少しだけ憂鬱だ。

誰も見ている訳でも、聞きたい訳でも無いこの声を発して存在を確認しなければならないのだから。

目の前にいる女教師は担任の、『平内先生』。

歳が25の、若い教師である。

いち先生の事を色眼鏡などで見ては吐き気がするが、男子生徒や女子生徒からの人気はかなりあるようだ。

ルックスも良く、人当たりや心の良さが人気の原因なんだそうだ。

私とは大違いである。 私はそう言った人気を羨ましく思ったりはしないが、私の評価と言うのは少々、理不尽が極まる。


こないだやっと『ムタ君ってよく見ればカッコイイよね』なんてふと同級生の誰かに言われて周りから大批判を受けて沈められたのを覚えている。

その生徒は私の母校ではない小学校から入ってきた同級生で、だからこそ偏見度にかなりの差がある。

それこそ、私の批評は正当に行われていないという裏付けで、噂された飛躍された過去の話を持ち出されては否定もできず、暗黙するしかない自分がいる。

いくら払拭しようとしても、柵が、頑としててかつてのイメージ像を崩させてはくれない。


タイミングを見計らったのかのように出てきた先生は、席について持参した本を読み始める。

私は胃に毎日来る痛みを表情を努めて隠して手だけ腹部を抑えると、片手では平然を装い本を取って字を見ている。


やがて季節違いの汗をかいて何とか事態を収めると、平内先生はこちらの苦痛など露知らずそのまま点呼を終えて、教室を出ていく。 こうして、授業を淡々と終えて行った──。


──放課後。 これは私の唯一の趣味にして、人の目を眩ませて自由に身体を動かせる、唯一自身のみに没頭できるもの──部活動と言うものだ。

卓球部に所属している私はやる気に満ちている。 生憎部員はサッカー部ほどは多くないし、何故卓球部に人が集まったのだろうとは思うが、一番乗りは私である。

卓球部の活動場所である体育館の2階は夏はどの部よりも熱気が溜まり、冬も寒いと言う良いとこ無しであるが、逆境を超える為ならばそれくらいは問題無い。 寧ろ快適さすら覚える。

誰かのやる気に感化されたのか卓球部員に幽霊部員は居なく、また活動もしっかりと出ている。 何故だろうか。 卓球部の活動場所がだだっ広いからだろうか。

先輩である私はこの頃、卓球部の部室を借りて独りでにする事がある。


3日に一度の床磨きを済ませる。 所望、雑巾で濡れ拭きと乾拭きの2回。

釣りそうな太ももを解して直して、準備体操を済ませて校庭へ出る。

走ることは一部笑いの対象になる事を意味するが、それはそれとして、部活は部活だ。 笑われることは百も承知。 まずは陸上部のトラックの更に外周を走る。 走ること34分。 脂汗をかいて10kmを走りきると、続いて持参している縄跳びを取り出し、前回り、後ろ飛び、二重跳びを1分時間制限内に跳べる限り跳ねる。


──よし、記録更新した。


小さく達成感を得た私は汗は既に下着を通り体操服までビチョビチョである。 これでは風邪をひくので袋から替えの服と汗まみれの服を交換して着用する。


先ずは反復横跳び。 公式サイトで見たラインの幅に合わせて3本のテープを貼り、そこを踏む。 1分間が5セットに5分間が5セット。 体力に合わせて段々とセット数を増やし、現在では5セットが限界の模様。

その後端の2本を跳び越える──これが最もキツいのだが、これを5セットほど行った。 立っていると立ち眩んで、続いて瞼が落ち疲労で眠りそうになる。


もう既に揺れた頭や目線は朦朧としているが、自我と身体だけは熱く、決して倒れる事はしない。

虐め抜いた肢体のまだ使いきれていない腕を鍛える為に今度は腕立て伏せや、腹筋を行う。

そこそこ軽い、幅を縮めた腕立て伏せを200回ほど行った所で、力が尽きて床に身体が伏す。 何とかうつ伏せの身体を仰向けにすると、続いて腹筋を行う───。



ふぅ──まだやることがある。

少し扉の上にある取っ手に私は指を引っ掛けると、順手と逆手、両方のポジションで懸垂を行う。 生憎私には体重があるので、20回ほどが限界であるが、何とかノルマをクリアする。

解放された苦痛───。 ふぅ。 よし、卓球するか。

私は血が滲むほど沸騰した身体や喉から迫る血の味をどこか愉しみにながら、平常を保つように汗で濡れた髪をかきあげた。



















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