最終話 午後五時を回った生き物たち
ギイは、ミナベが寄りかかる頭上の窓を開ける。鋭利な刃物のように鋭い風に、寒さを嫌う生き物たちは嫌がらせをされる。
「時間切れってどうゆうことだよ?」
エツラが、寒さに声を震わせながら問う。
「そのままさ、物語を語り終えたってこと。 これからはカーテンコール……敵も味方も関係なく、手を握り合って、笑いながら一礼するのさ」
さぁ、といってエツラへ手を伸ばすが、強く叩き払われる。
カーテンコールでも役柄と関係性を大切にして演じ続けてしまうのは、どこかコメディーになってしまう。観客は、もう、物語の世界にはいない。現実世界へきてしまったのだ。自分は、キツネではなく人間であり、エツラシュウもカエルではなくなった。
と、言葉にしようと思い溜息に変えた。他人の演技論を笑うのは馬鹿馬鹿しい。
「さぁ、ヒロインの登場だ」
ギイは、目を閉じて血の水溜まりに座り込みミナベへ手を差し出した。
だが、手を取るどころか目を開けることもない。
それもそのはずだ――ミナベアオイは死んでいる。
「ギイ、もうよせ。 お前の遊びも終わりだよ。 お前の考えに乗った俺が馬鹿だった」
アマガは、背を向けた。全てがどうでもよくなった。
ギイの言った「ゲーム」という言葉を鵜呑みにして、誰だかわからない犯人と戦った。人の死を弄ぶような「ゲーム」と言う表現までは認めないが、犯人を捜すという目的だけは飲み込みたかった。
アマガは、心から好きだといえる人を自分の手で救ってやりたかったのだ。警察に任せて、家の中で涙を流しているよりは、誰かを疑っている方が幸せだった。
美術室の引き戸へと向かう――だが、それをたった一言で止められた。久々に聞いたその声は、どこまでも真っすぐで素直だった。
「ナオ」
アマガは、振り返り、彼女と対面する。血で汚れた制服で、綺麗な黒髪を風で揺らす<ミナベ アオイ>と。
「どうして……アオイが。 死んだんじゃないのかよ」
状況が飲み込めないでいた。
確かに、ミナベアオイは死んでいた。胸を何かで突かれ、血を大量に流し死んだはずだ。だが、アマガを含む、美術室の生き物たちの目には、小さく微笑む彼女の姿が映っている。
それは、アマガにとって好都合だった。
<アマガ ナオ>は、限りなく重要な部分を、まだ明かしていない。
「ごめんね、みんな。 私さ、いつまでも皆に仲良しでいて欲しいの。 でもさ、互いの不満を言い合えずに溜めていたんじゃ、気持ち悪いでしょ?」
ミナベは、ギイへ目をやり、先の説明を促す。
「やれやれ、サプライズさ。 やり過ぎたドッキリだよ。 彼女は死んでいないし、誰からも殺されていない。 君たちがお互いの不満を言い合う場所を望んだから、俺は協力しただけだ。 どうせ退学するんだ、最後に売れない作者の物語を残したかった。」
そう言って、ギイは並んでいる机の引き出しから銃を一丁取り出し、片手で遊んでみせる。
「一応、分かりやすく証拠になりそうな凶器を置いておいたんだ。 それに、ラジオでも、それっぽいニュースを流していたんだけど……まぁ、結果は、そこそこだ」
美術室にいる全員が、安堵して笑っていた。
ミクサは、目に涙を浮かべ「本当によかった」とその場に崩れ落ちている。
エツラだって、ギイの側により「悪かったな……疑って」と言いにくそうに謝り、手を握り合っている。
誰も犯人ではない。ミナベアオイは、誰からも殺されていない。と全員が安心した。
「でもさ、銃で殺されるって非現実すぎない?」
ミナベが言った。
「そんなことない。 包丁で刺されたよりも説得力がある。 ほら」
ギイは、銃をミナベへと投げる。それを、あたふたとしながら受け取り、ミナベは、引き金に指を掛けた。
「危ないよ、ミナベさん」
ミクサは、やはり怯えている。
それを見て、銃口を向けながらミナベが笑った。
「大丈夫だよ。 これは、もでるがん?ってやつだから。 ユウくんは、臆病なんだから~ ほら、バーン!」
ミナベの声は、最後まで聞き取れなかった。
それよりも先に、蛍光灯よりも明るい火花が散り、耳を
アマガは、聞いたことのない爆音に聴力を一瞬奪われ、反射的に目を閉じてしまった。そのせいで視力が奪われる。ゆっくりと時間をかけて戻ってくる聴力と共に、目を開けた――そして、笑うギイとその場に倒れ、血の水溜まりを作るミクサをみた。
聴力が、ほとんど正常に戻るとミナベとエツラの怒号に近い悲鳴が聞こえてきた。
アマガには、それが、早すぎるカーテンコールの拍手に聞こえた。
その場に座り込み、怯え、小さく震えるミナベから銃を奪う。怯える女性から銃を取るのは容易かった。
そして、無防備なカエルを殺すことは、もっと容易かった。
次は、片耳を開いている手で塞ぎ、引き金を引く。間際まで、カエルは何かを言っていたが、トリにとっては餌に過ぎない。話の内容は聞き取れなかった。
引き金を引いた右腕にもの凄い激痛が走る。それに顔を歪めていると、ギイが笑った。
「脱臼しているね。 君は、もう飛べないよ。 それも、君の言う計画の内なのか?」
「いや、銃なんてアクション映画くらいでしか見ないからね。 あいつらは頭おかしいのか、耳を塞がずに、容易く銃を撃つ」
「聞いた話だが、戦争とかで銃を扱う人たちは耳栓をするそうだ。 それから、痛みを感じなくするために違法な薬を……あくまで、聞いた話だ」
ミナベの聴力は、ほとんど無に等しいだろう。だから、無音の中で、仲良しでいて欲しいと願った人たちが殺されていくのだ。
アマガは、それを想像して、どこまでも恐ろしくなり、愛おしく思った。
「アオイは、優しすぎるんだよ。 優しすぎるから、誰からでも利用されてしまう。 こいつらだって、君を殺したい動機があるんだ。 だから、俺が守ってあげるからね」
アマガは、ミナベを抱きしめる。彼女は、抵抗しない。
恐怖のあまり、何も見えていないのだ。ただ、側に縋る物があるから縋っただけの話だ。
「じゃ、俺は、帰るとするよ。 聴きたいラジオがあるからね」
「待てよ」
ラジオを拾おうとしたところで、銃口に動きを止められる。
アマガの握る銃口が、真っすぐギイを捉えていた。
「お前も殺す。 ミナベと美術室で二人っきりになったのは死罪だ。 悪は、俺が罰する!」
「撃てばいい。 だが、君の唯一の翼は駄目になるよ? 彼女を守れないだろ?」
「黙れ!」
物語の間を楽しみこともなく、アマガは雑に引き金を引いた。冷たい風が、黒い鉛の塊に吹き付け、体温を一気に持っていかれたような気がした。
だが、アマガは、体を摩って寒さを和らげるための手が残っていた。
銃のハンマーが、カチリと軽い音を鳴らす。
ギイは、笑っていた。
「俺は、ピエロであり、エンターテイナーであり、作者なんだよ。 エンターテイナーは、観客を楽しませる義務がある。 作者は、物語を最後まで語る義務がある。 ピエロは、お道化て見せながら失敗して観客を笑わせる義務がある」
ギイは、手の平から銃弾を3発、床に落として、1発をアマガの足元へ投げた。
「ごんぎつねって知ってるか? 俺は、あれをハッピーエンドにしたいと思っている。 協力してくれよ? キツネは、いつだって善人だ」
それだけ告げ、ラジオを拾うと美術室を出て、引き戸を閉める。西階段を降りて、誰もいない静まり返った校舎を出ると、美術室で感じた寒さとは違う寒さにくしゃみをした。
その直後に、銃声が1発なる。
ギイは振り返り、どのページにも何も書かれていない文庫本を開いて「最終話」と口を開いた。
「翼を失ったトリは、やはり飛ぶことを諦められず、森で一番高い木の上からジャンプしました。 すると北風さんが、ふーっと吹いた息でもう一度、空を飛ぶことができ――」
暗い闇のずっと後ろの方で、鈍い音が聞こえてきた。
「ませんでした」
ギイは、文庫本を閉じ闇の中を歩いて行った。
ポケットの中では、ラジオパーソナリティーが笑っていた。
午後五時の生き物たち 成瀬なる @naruse
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