<3>
有料会員用のゲートを抜けて自動ドアを通り過ぎると、輝安はすぐに知った顔を見つけた。空港の出迎え口であっても、立ち姿は凛としている。改めて輝安は彼の装いを眺めた。赤みのあるグレーを基調としたレジメンタルストライプのシャツは、上までボタンを留めた高衿と袖口だけが白い。ジョッパーズは黒に近い紫色の天鵞絨だ。
腰周りよりだいぶぶかぶかで、黒いシンプルなサスペンダーで吊っている。足元は光沢があるシルバーの、先の尖ったウィングチップ。彼が履いているのだから男物なのだろうが、かかとがほんの少しだけ高い。頭には灰色のフェルトのワーク帽をかぶっていた。浅いつばに銀色に輝く小さな星型のピンバッジをひとつだけつけている。
なるほど、と輝安は昨晩のことを思い起こした。ホテル・アリストクラタにいた連中もそれなりに研究している、とひとり心の中で納得した。
でも、全然違う。それがどうしようもない現実で、事実だった。
彼が気づいたのよりわずかに遅れて向こうも輝安に気がついた。
「翠憐」
輝安が口を開く前に、彼の背後にいた稲妻がその名前を呼んだ。
「稲妻、輝安」
翠憐が相好を崩して彼らに近づく。唇を引き結び、カメラレンズに向かって一点を見つめていると冷たさすら感じさせる顔立ちだが、普段の顔はそれこそ真逆だ。翠憐の背後にいた荷運びが近づくと、輝安と稲妻の手からスーツケースを受け取った。
稲妻は空いた両腕を広げかけたが、翠憐が最初に軽く抱擁したのは輝安とだった。
「翠憐、久しぶり」
「輝安、髪型変わってる」
身体を離しながら輝安を見上げて、翠憐が笑いながら言った。
「似合ってるだろ」軽く髪に触れながら、彼は冗談めかして訊ねる。
「うん、かっこいい」
「ちょっ」稲妻はやり場のなくなった腕を広げたまま、。
「なんで輝安? 先に俺だろ?」
輝安と離れた翠憐に向かって、稲妻が不服そうに声を上げる。
「え、だって」彼は拍子抜けしたように稲妻を見上げた。
「輝安の方が先に出てきたし」
翠憐が言い終わる前に、稲妻は彼の肩に両腕を回していた。首に顔を埋めている。
「ちょっと稲妻」
翠憐は身じろぎしたが、稲妻は離れない。翠憐は動じることもなく視線だけ動かすと、
「嫌なことでもあったの?」と、輝安に訊ねた。
「口にするのも恐ろしいことが…」と、彼は言葉を濁したが堪え切れずに笑ってしまった。
翠憐は「なに? 怖いこと?」と、眉を顰める。
稲妻は彼から身体を離し、
「やっぱり本物に勝るものなし」と、呟いてひとり頷く。
「稲妻様、車を回しています」警備のひとりが背後から声を掛けた。
「今日はウチに泊まるでしょ?」翠憐は傍らの輝安を見上げて訊ねる。
「お世話になります」
「いえいえ、たいしたおもてなしもできませんが、くつろいでください」
「棒読みすぎるぞ」
そう言いながら輝安と笑いあった翠憐の肩を抱き寄せて、先を行く警備の後をついて稲妻が歩き出す。
「やきもちを焼くな」
一緒に横を歩きながら輝安が言った。
「仕事、上手くいった? 輝安と羽目はずさなかった?」
ふたりを交互に見ながら、翠憐が訊ねる。
顔を見合わせた彼らは束の間黙って歩いていたが、
「なあ、いっこ教えて」と、稲妻が翠憐に向かって口を開いた。
「なに?」
「白いセーラー服持ってた?」
その質問にきょとんとして稲妻を見上げた翠憐に、輝安はたまらずに吹き出した。
<了>
◆星座盤(プラニスフィア) 挿絵 @fairgroundbee
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