最終回『はじめまして』

イリエが操る無数のセルリアン軍団、イリエワニとキンメフクロウ、そしてセルリアンの力を身に宿した彼女と、はかせ、じょしゅ、コツメカワウソ、ジャガー、ハシビロコウ、ヘラジカ、パンサーカメレオン、アフリカタテガミヤマアラシ、シロサイ、オオアルマジロ、リカオン、ヒグマ、キンシコウの13のフレンズ! 総当たりの戦いが幕を開けた!


「いくでござる〜! 必殺、火遁のじゅつ〜!」


パンサーカメレオンは懐から小さな筒状のものをいくつか取り出し、それの栓を抜く、すると途端に火花が走り、それを空高く投げる。ババババ!!と騒音が鳴り響き、辺りを閃光が包んだ。


「ひいぃう!」


「ひゃあぁ!」


使った本人が1番びっくりしてるうえ、ついでにオオアルマジロもびっくりしてるが、これは花火。ヒトの遊び道具の1つのようで、ここぞというときのためにとっていたようだ。その花火に注目してセルリアンの視線は空へ一点集中! そこにリカオンがアフリカタテガミヤマアラシ、ハシビロコウを先導して突撃する。


「ハシビロちゃんはあのでかいやつの足元、ヤマアラシは小さいやつを針で攻撃して!」


「はい、ですぅ〜!」


「うん! はあっ!」


リカオンの指揮通り、ヤマアラシが針で攻撃すると小さいセルリアンは慌てて逃げ出そうとする、しかしハシビロコウが槍で転ばせた大きなセルリアンの下敷きになり、身動きが取れなくなってしまった。


「今だ! おりゃー!」


転んだ大きいセルリアンが立ち上がろうともがく隙に、リカオンが確実に飛び蹴りで石を破壊! 下敷きになったセルリアンは難なくハシビロコウの槍とヤマアラシの針が撃退する。


「やった!」


「リカオン、すごいね。あっという間に倒せちゃった…」


「すごく戦いやすかった、ですぅ〜!」


「え、へへへ、そうかな?」


思いもよらぬリカオンの指揮の力が発揮され、ハシビロコウもヤマアラシも感動して尊敬の視線をリカオンに浴びせる。慕われるなんて初めてなものだから、リカオンは頰を掻いて照れを表していた。


「うわ!?」


直後、振動とともに四つ足の巨大セルリアンがリカオン達に迫る。流線型を活かしたスピード突進に、皆の反応が追いつかなかった!


「しまった……!」


「うおりゃあああああぁぁぁ!!」


リカオンから漏れた絶望の声を掻き消すが如く、辺りに気合いのこもった叫びが辺りに響き渡る! 同時に、リカオン達に走り迫ってたはずのセルリアンは強い力に正面から押され転倒していた。その叫びと攻撃の主はヘラジカ、双刃の槍と怪力で百人力を生み出す。相手も突撃しか能の無いセルリアン風情ならばパワーでヘラジカが負けるわけもない。


「見ていたぞハシビロコウ! ハンターとして一流になりつつあるな! 私としても鼻が高いぞ! はあっ!」


そうハシビロコウに激励をかけると一気にセルリアンへ追撃。跡形もなく砕くが、後方からセルリアンはまだまだ迫ってくる。それでも尚ヘラジカは笑みの表情を崩さない。ハシビロコウはヘラジカに深く一礼して即座にヘラジカの横へと並ぶ。


「ありがとう、私、ヘラジカと出会えてから幸せ。あなただけは私に怖いって言わなかった、あなたと仲間になれて、幸せ!」


「フフ、そうか! 私は嬉しいぞ、頼もしいお前がハンターとして活躍してくれることも、今まで私と一緒にライオンと戦ってくれたことも、全て!」


両者勢いに乗った前進でセルリアンどもを蹴散らす。ハシビロコウの脳裏には、初めてヘラジカと出会った日のことが鮮明に思い起こされていた。生まれつきの表情の鋭さ、仮面のように変わらぬ自身の表情から『怖い』と恐怖心とともにフレンズから距離をおかれていたあの日までを。


「どうしたんだ。こんなところで1人でジャパリまん食べて! みんなで食べた方が楽しいぞ!」


「え? あなた、誰……ていうか、私の顔、怖くないの?」


「私はヘラジカだ! お前なんか怖くはないぞ? 私はな、もっとずっとお前なんかより怖くて強いやつと戦ってみたくてウズウズしてるんだ、そうだ! お前、私の仲間にならないか!? 作戦を考えて、ライオンってやつの城に攻め込んで……」


それから熱くライオンとの戦いを心待ちにしてる彼女の言葉を掻き消す感動がハシビロコウの中にあふれた。臆せず話しかけてくれる彼女に惚れ、涙が溢れた。


「あ!? なんだ、なんで泣いてるんだ!? 私なにかしたか? ほ、ほら、怖くないぞ! ほら!」


そんなことを言いながら変顔を見せてストイックに笑いを取りに行く彼女にハシビロコウはくすくすと笑みが零れた。


「ふふ……あはは、私、ハシビロコウ。よろしくね」


「なんだ! 笑ってるじゃないか! 可愛いやつだ。私の平原に案内してやる、今はカメレオンとシロサイという仲間が居てな? こいつらがなかなか不器用で……」


そんな思い出を思い起こし笑みを浮かべながら、武器を振るうハシビロコウ。出会いが、仲間が、自分に勇気と力をくれることを確信しながらセルリアンをなぎ倒して行く。


「シロサイ! 私たちが守りだけじゃないってとこ見せるよ!」


「ええ! たぁーっ!」


そう言うとアルマジロとシロサイは一気に突撃。アルマジロの全速力をのせた頭突き、シロサイの巨大槍、一気にセルリアン軍団にぶつけ、弾き飛ばす。そして上方を見れば最大の敵、イリエがフレンズ達を見下していた。


「ふん、なかなかやるじゃない、でもその抵抗もいつまで続けられるかな?」


「その言葉、そっくりそのままお返ししますわよ! 私たちフレンズの群れの力の前に、セルリアンなんて相手にならないですわ!」


「そうだよ! シロサイ、いくよ!」


「ええ!」


するとアルマジロはシロサイの手に足を乗せ、そのままバックアップを受けて高く飛び立つ。と共に体をぐるりと丸めて全面硬質状態となりイリエへと縦回転アタック突進!


「フレンズも超えた私にそんな技、無駄だぁ!」


その攻撃を真正面から両腕で受け止めるイリエ。それでもなお回転は止まらない! やがてイリエの黒ずんだ方の右手がミシミシと音を鳴らしていた。


「ち……セルリアンをもっと取り込んだのに、なんで治らないんだこの、右手! オラァ!」


するとイリエは両翼をドリル状に変化させアルマジロの装甲を攻撃。その威力にアルマジロは丸まった体勢を崩してしまい、力無く落下してしまう。


「そんなッ……うあぁ!」


真下にはセルリアン達が待ち構えている、青赤紫黒、どの色のセルリアンが捕食するかは分からないがアルマジロに避けるすべは存在しない。


「おっと!」


そこへキンシコウが飛んできてアルマジロをキャッチ、セルリアンを踏み台にして更にジャンプ。


「うわぁ! た、助かりました!」


「ハンターですから助けるのは慣れてます、しっかり掴まって!」


その様子を睨み、イリエは羽根の弾丸を構える。


「2人仲良く、動物に戻れ!」


「そうはいかないのですよ!」


「なにっ!?」


はかせ、じょしゅがすかさずイリエの両翼に攻撃、羽根の弾丸は全て下に落ち、セルリアンどもにぷすぷすと刺さる。


「さっきは遅れをとりましたが、長としての力、みせてやるのです!」


「はかせの言う通り、もう遅れはとらないのですよ、長なので!」


「ほざきな! 私の力がフレンズ何人力だと思ってんの!」


イリエは体を捻って、先ほどまでより更に巨大化した棘々な尻尾を振り回しはかせを狙う。


「速い!」


「はかせ! こっちなのです!」


戦いを少しは得意とするはかせでも見きれぬスピード、じょしゅが咄嗟にはかせの足を掴んで引っ張る。おかげでしっぽの一撃は回避できた。


「無駄だっての!」


するとイリエの尻尾は膨張、そのまま炸裂音と共に尻尾の棘々を全方に勢いよく吐き出す! 空中での全方位攻撃に、はかせとじょしゅはまともにそれを食らってしまう。


「ぐはっ! しっぽから針を飛ばしてくるワニなんて聞いたことがないのです……」


「じょしゅ……知識の範疇で考えてはこいつに勝てないのです、よ」


そのまま力無く落下するはかせ、じょしゅ。このまま地面に激突してもお陀仏だろうが、他のフレンズが介入できる距離にいない一瞬に確実なるトドメを刺すため超速で降下して追いかけるイリエ。


「地面に落ちたと同時に私の尻尾で叩きつけてサンドイッチだ! あんたらの好きだっていうりょうりだよ、最期にふさわしいね、アハハハハ!」


「群れで生きていくことを放棄した者が、りょうりを語るなです……!」


はかせとじょしゅは地面に激突する寸前に翼を広げ、一気に滑空。突然の方向転換についていけず、イリエは地面に着地。あまりの衝撃に地面にはヒビが入るが、イリエは無傷だ。


「はぁっ!」


その瞬間に背後からキンシコウとヒグマが武器を携えて一気に迫る。


「ちっ……! 速いね!」


イリエは1番近いセルリアンを操ってキンシコウへとぶつける。


「なんの!」


そのセルリアンの突進を棒で防ぐが、その威力のまま押し出されてキンシコウはイリエから離れてしまう。


「ヒグマ、お前もセルリアンと遊んでなよ!」


同じくセルリアンを操りヒグマへとぶつける。


「悪いが今の討伐対象はセルリアンよりも、お前だ!」


「なっ!?」


武器を渾身の力で振り回し、飛んで来たセルリアンを一撃で破壊する。その勢いに乗ったままイリエへと突進。咄嗟に尻尾で身を守るイリエだが……!


「動物に戻るのは、お前の方だ……!」


咄嗟でどうにかなるほどヒグマの一撃は軽くない! あまりの攻撃力にイリエの尻尾は破壊されて千切れ飛んだ。


「グアアア!」


「というか、倒したら動物に戻るんだろうな? じゃないと困るぞ!」


すかさず追撃しにヒグマは攻撃を繰り返す。イリエは必死にそれを避け続けるのみ。百戦錬磨のセルリアンハンターは伊達じゃない!


「そんなこと私が知るか……! ヒグマ、お前もカロ・セルリアンにして実験してやろうか! ハアッ!」


すると突然イリエはヒグマに背中を向けてニヤリと笑みを浮かべる。チャンスとばかりに距離を詰めるヒグマだが、イリエの尻尾の切断面から一気に新たな尻尾が生えて来て、そのまま槍の如くヒグマの体を攻撃!


「あう!? ぐあっ!」


不意を突かれて背後に吹き飛び、それをイリエは間髪入れずに飛んで追いかける。次は両腕の爪を輝かせてヒグマの顔面を狙う。


「おっとそこまでー!」


すかさずジャガーがイリエとヒグマの間に割って入り、爪で攻撃して対抗。


「ジャガー、邪魔だ!」


「悪いけど、あんたの邪魔ならみんながするよ!」


イリエは全身を光らせて攻撃体勢に。すると背後からコツメカワウソが飛びついて抱きつき、イリエの行動を邪魔する。


「これ以上誰かを傷つけちゃダメだよ、全然、楽しくないし!」


「だまれ! 何も知らないばか動物!」


必死にしがみつくカワウソを振り払おうともがくイリエ、ジャガーは隙をついてイリエの顔に爪の一撃をヒットさせる。


「ぐあ!」


「カワウソ!」


そしてコツメカワウソを抱き上げて、イリエの近くから離脱。お次はヒグマの重い一撃がイリエの体に撃ち込まれた。


「ぐはぁ!」


しかし寸前で武器はイリエの両腕に受け止められた。武器を引っ張っても押してもビクともしない、余りある怪力。


「あっ、うわあ!」


やがて武器ごと持ち上げられ、地面へと叩きつけられるヒグマ。背中全体が地面にぶち当たり呼吸が数秒止まる。


「や、ば……」


力一杯空気を吸い込み体を動かすも、イリエの怪力、攻撃速度で考えれば避ける事も攻撃を受け止める事も確実に間に合わない。ヒグマはかすれる視界の中で「死」を覚悟した。


「なんで、治らないのよ、なんで……なんで!」


「え?」


しかし当のイリエは右手を睨みつけ歯を食いしばり、何かを呟いていた。見ればイリエの右手は未だに黒ずんだまま……他のフレンズに攻撃された箇所はセルリアンの力で瞬時に治ってるのに、そこだけが。


「ヒグマさん! 一旦離れましょう!」


「立てる?」


すぐさまリカオンとキンシコウがやって来る。リカオンは蹴りでイリエの右手を攻撃。キンシコウはヒグマに肩を貸して、3人ともすぐにその場を離れる。


「ぐ、うぅ、キンメちゃん、なの? 邪魔、してるの? 私の……!」


イリエの頭部のキンメフクロウ部分の羽根、それらもみるみる黒ずみ、ヒビが生える。右手も同様だ。イリエの右手が黒ずんだのはアードウルフがキンメフクロウの羽根を突き刺したからだ。もし、精神の深層にキンメフクロウの意思があってのことだというなら、今のイリエに何かしらのメッセージを届けてる末の現象かもしれない。


「よっし! みんな、生きてる!?」


イリエがセルリアンの操作を休めてる今の隙に、13人のフレンズはひとつに集まった。ジャガーの言葉に、皆は頷く。


「大丈夫そうだね、でも、いい加減疲れてきたよ」


「大丈夫だジャガー、このヘラジカがついている! その太い首と腕! がっしりした腹! まだまだやれるだろう!?」


「あの、一応私も女の子なんだけど」


皆が息を飲んでイリエ、セルリアンの攻撃を待ち構えていると、セルリアン達の様子がおかしくなった。


「は、はかせ、何やらセルリアン達がのたうち回っているのですよ!」


「今は様子を見るのです! イリエ、まさかまだ奥の手を隠しているのですか……!?」


「待った! イリエの方も様子がおかしいでござるよ!?」


「頭を抱えて苦しんでいますわ!」


パンサーカメレオン、シロサイが指差して言う通り、イリエは生半可な苦しみでは無い事が予想できる絶叫をあげていた。そして、右腕は巨大なワニの頭部のように変貌し、左腕はトゲだらけになる。眼球は真っ黒に染まり、黒目は虹色に輝きを放つ。


「ア、ググギ、ググ、ウ、アァァ!」


イリエは口からバケツ一杯はあろうかという血と胃の内容物を吐き出す。普通の動物ならすぐに死んでしまうほどの出血量、それでもなおイリエは鬼の形相で叫び続けていた。


「まさか……セルリアンと融合し過ぎたせいで」


その様子を見て、はかせの顔は青ざめる。震える体で言葉を続けた。


「セルリアンと融合しすぎて、脳や内臓までセルリアンの構造になってしまったのかもしれないです。思考も意思も無いようなあの顔つきが全てを物語っているのですよ」


「なに、それ……そんなことって、ひどい……!」


「ひどすぎ、ですぅ」


ハシビロコウとヤマアラシは身を寄せ合って震え上がった。肉体の武器となる部分だけじゃなく、動物としての内臓、脳までがセルリアンのような無機物に変換されていき、動物として生きていく身体構造はとっくに消えていた。脳みそも既に、何かものを考えられるようなものではなくなっているのだろう。考えられるとしたら、目の前にいるフレンズを……。


「ミンナ、食ベテ、ヤル、ウゥ、ウアァァァ!」


その叫びが発破となり、セルリアン、そしてイリエ『だったもの』がまとめて突撃してくる! フレンズは皆一斉に身構え、そしてヘラジカが叫ぶ。


「みんな……必ず生き延びるぞ!!」


フレンズ達も一斉に突撃。もはや誰がいつやられてもおかしくない乱戦となった! その乱戦の場に、ふらふらとひとりのフレンズがやってくる。


「うぅ、み、みんな……」


それはアードウルフだった。気絶していたところを助っ人にやってきたヘラジカ達に介抱され、ショックを抱えた彼女を戦いの場に駆り出すわけにはいかないと、あんいん橋の近くに安静に眠らされていたのだ。目覚めた時にジャガー達の住処にあった一枚だけの毛布を被らされているのを見て、アードウルフは全てを察した。


「セルリアンの体の私を、みんなはフレンズと同じように接してくれたんだ。ただ死ぬなんて言ってられない、みんなを、助けなくちゃ……!」


果実に触れれば果実は萎んで色は小助る、木の実を踏めば抉れて無くなる。アードウルフの体にとまった虫は瞬間的に栄養失調状態になり即死する。ただ自然を歩くだけで自分の異形さを突きつけられる。そんな彼女はせめて最期に、フレンズとして消えたいと心から願った。


「うあっ!」


「痛いですぅ!」


コツメカワウソがセルリアンに吹き飛ばされ、ヤマアラシがセルリアンの群れに押し潰される。


「くそっ! やっぱり戦いに慣れてないやつは離れさせないとまずい! キンシコウ! リカオン! 避難させられないか!?」


「ごめんなさい! こっちも手一杯で、きゃあ!」


「オーダーきつすぎますよ! 助けに行きたいけど、セルリアンが、さっきより強くなってる!」


思わぬセルリアンの凶暴化によりヒグマが叫び、戦いに向かないフレンズを離脱させようとするが、手の空いてるフレンズなどここに居ない。


「カワウソ!! くそ、セルリアン! 邪魔だよ、どいて!!」


ジャガーがカワウソを助けようともがき、手荒に攻撃を振り回すが、セルリアンに容赦はない、荒っぽくなったことで生まれた隙を小突いて小型セルリアンが攻撃してくる。


「がはっ! ああ……そんな!」


ジャガーから漏れる悲痛な叫び、尻餅をついて動けないカワウソにセルリアンが迫り来る。


「うあぁ!」


「きゃあ!」


「よよよ……」


パンサーカメレオン、シロサイ、オオアルマジロもセルリアンに押され気味だ。武器もへし折られ、3人まとめて完全に囲まれ、完全に為すすべは無くなっていた。


「やばい、助けないと!」


ハシビロコウが空から救出に向かうも、同じく飛行可能なイリエが掴みかかってくる。


「嫌ッ、離して!」


「ウゥウグウゥゥ……!」


キバを光らせ大口を開けるイリエ。鋭利なそれに噛みつかれれば肉をえぐり取られて戦闘不能は確実。恐怖におののき、ハシビロコウからは叫び声が漏れた。


「いやっ……やだぁ!!」


そこにはかせとじょしゅが駆け付け、イリエを背後から羽交い締めにする。


「やめるのです……! イリエ、おまえはうめいてつばをたらしてものを食べるほど、あほじゃないはずなのです……!」


「キンメフクロウも、いまのやばんなおまえを見たくはないはずなのですよ、少しでもおまえの意思があるなら聞くのです、大人しく石を壊させるのです、今ならまだ辛うじてフレンズの形をしてる、どうぶつからやり直せる可能性もあるのです、だから!」


はかせとじょしゅは今までにないような切羽詰まった表情を浮かべ、イリエにしがみつく。誰かを殺めてしまえばもうそれは、喧嘩してすっちゃかめっちゃかしても仲良し、というわけにはいかない。憎しみが、悲しみが、このジャパリパークに生まれて循環することになる。


「みんな! 戦えない子は私が助けるから! もう大丈夫だよ!」


直後、辺りには力一杯の大声が響き渡る。皆は一斉に顔を向けた先、そこにはアードウルフが居た。押し潰されつつあったヤマアラシを突進でセルリアンを転ばせて助け、コツメカワウソも庇うように立っている。震える脚で、声で、必死で仲間を守ろうと奮闘している。


「ばか、おまえ1人じゃ……!」


アードウルフにも逃げるように言おうとするヒグマだが、アードウルフのまわりに居るセルリアンは混乱してキョロキョロしていた。そしてアードウルフと、その近くにいるフレンズには見向きもしない。


「まさか、アードウルフのことをセルリアンが仲間だと錯覚してる……!?」


リカオンから漏れたその言葉に、ヒグマは頷いた。


「たぶん、それだろう。アードウルフにくっついてるフレンズはそのセルリアンが体に取り込んで食べてる最中だと思ってるんだ、だから狙わない。どんなに腹を空かせたフレンズも、人の胃袋にあるジャパリまんを求めてこないのと一緒だ」


この場はもう彼女に託すしかないと、皆は思った。そしてリカオンは声を張り上げる。


「ありがとう! 任せたよ、アードウルフちゃんにしかできないことなんだ、みんなを助けてあげて!」


「……うん!」


アードウルフは深く頷き、そしてコツメカワウソとヤマアラシと手を繋ぎながら戦場を走る。助けるべきフレンズのもとにやってくると、オオアルマジロがヤマアラシと、シロサイがコツメカワウソと手を繋いで走り出す。


「だ、大丈夫なんですの? セルリアンこっち見てますわ!」


「よよよよ、アードウルフに直接さわらなきゃだめなんじゃ……」


「……大丈夫、きっと……!」


アードウルフは強く願う、それが通じてかセルリアン達はアードウルフはもとより、カワウソ、ヤマアラシ、シロサイ、アルマジロに見向きもせず他のフレンズに襲いかかっている。この数珠繋ぎ作戦は成功だ!


「良かった……あれならみんな無事に……それに私達だってヤバくなったらセルリアンから逃げきれますよヒグマさん」


「いいや、そうでもないみたいだ」


「え?」


すると空からアードウルフ達目掛けて急降下してくるイリエの姿が、金切り声をあげて鋭利な爪を光らせてアードウルフの顔面を狙う!


「グォアアアアァァ!」


「きゃあっ!」


思わぬ奇襲に立ちすくむことしか出来ないアードウルフ。しかし目の前にキンシコウが現れ、イリエの攻撃を受け止めた!


「アードウルフを狙おうったって、そうはいきません……さあアードウルフ、今のうちに逃げてください、みんなを連れて!」


「は、はい!」


「お、おぉお」


そんな中、コツメカワウソが力無い声を漏らす。同じくしてヤマアラシも俯いて元気が無くなってきた。


「あっ……そんな、私のせいで、みんなが!」


そう、アードウルフはセルリアンの特性を身に孕んでしまっている。触れたものの栄養を吸い取り、お腹を急激に空かせるその力。それによりカワウソとヤマアラシはどんどん空腹状態が加速しているのだ! アードウルフが目を潤ませ自分の身を呪っていると、コツメカワウソはにこりと微笑む。


「だいじょうぶ、こんなのなんともないよ。あとでまたたくさん食べればいいんだもん」


「そう、ですぅ……アードウルフが居なかったら私だって今ごろセルリアンに……落ち込まないで欲しい、ですぅ。でもちょっと急いで欲しい、ですぅ……」


「……うん!」


アードウルフの目つきは一転、強い眼差しへと変わった。そして再び走り始める。そしてキンシコウにヒグマ、リカオンが加勢。



「アードウルフちゃんを狙う脳は残ってるなんて、都合のいいやつ! ヒグマさん、キンシコウさん、いきますよ!」


「ふふ、なんかリカオン、一皮剥けたみたいね」


「えっ!?」


「ああ。リーダーは私なのに」


「ああっ! そんな、仕切るつもりとかは無くて!」


「いいや! 私は嬉しいと思ってるんだ」


そんなやりとりに水差すようにイリエが突っ込んでくる。3人は一斉にイリエを睨み、棒、槌、蹴りの一撃を同時に炸裂させてイリエをぶっ飛ばす。


「フゥ……え!? ヒグマさん、今なんて……!?」


「私はこういうのは一度しか言わん! 今は戦いに集中しろ!」


「うふふ……」


そんな和気あいあいとしつつも迫り来るセルリアンを蹴散らすハンター達を尻目に、巨大セルリアン達と相手をするヘラジカ、ジャガー。


「やるねぇヘラジカさん、百人力って感じで助かるよ!」


「お前こそ、やはり私が見込んだ強そうな腕だなぁ!」


地面が震撼するほどの威力、ジャガーの爪撃、ヘラジカの武器の一撃。その破壊力でセルリアンを蹴散らし、アードウルフ達が逃げ出す通路を作り出した。そこからアードウルフ率いるコツメカワウソ、ヤマアラシ、オオアルマジロ、シロサイ、カメレオンが逃げ出していく。一方のイリエはぶっ飛ばされて岩に激突、崩れた岩に埋もれていたが起き上がり、翼を広げて飛び立とうとしていた。


「ごめんね……!」


しかし声が空から聞こえたと思うと、槍が降ってきてイリエの翼を貫いて地面へと突き刺さる。


「ギヤアァァァァー!」


地面へと磔にされたイリエのもとに、はかせ、じょしゅ、ハシビロコウが降り立った。


「石を、破壊させてもらうのですよ、イリエ」


「まだ間に合って、2人とも元の動物に戻ることを祈っているのですよ」


はかせとじょしゅの手には杖が握られていて、それを槌のように構えイリエに近づく。石、それは彼女の胸部真ん中にある。はかせがそれを容赦無く叩く。


「グェアッ!」


イリエから吐き出される呻き声、腕を振り回し、はかせたちを威嚇する。イリエの石は頑丈でヒビひとつついていない。


「はかせ、わたしが!」


次はじょしゅが一瞬の隙をついて石を殴りつける。しかし、やはり傷もつかない、暴れ出すイリエに振り払われじょしゅはしりもちをついて倒れてしまう。


「ううっ、こいつ、まだ抵抗するですよ」


「大丈夫ですか、じょしゅ。素直じゃない頓珍漢だとは思っていましたが、ここまで往生際が悪いと、見苦しいのですよ!」


じょしゅを庇いながら、はかせとハシビロコウは後ずさりする。当のイリエは槍の貫通した翼を無理やり引っ張って逃げ出そうとしている。ブチブチという音とともに血やセルリアンの結晶が辺りに飛び散り、ハシビロコウは思わず目を瞑った。


「大人しく、倒されるのですよ」


「そうなのです……」


ハシビロコウは、2人の声が微かに震えている事に気がつく。そっと目を開け2人を見ると手が震えている。イリエに悪口を言いながらも、仲間だった彼女を、フレンズの姿をした敵を殺めることに恐怖を覚えていたのだ。考える力をより持っている2人だからこそ「もしイリエを倒しても、動物に戻らずに消滅してしまったら」とは考えずにいられない、不安が身を包み込み手が震える。


「ヴアアアアァァ!!」


叫び、イリエは頭部の羽根を引き裂いて槍の張り付けから無理やり脱出。そしてはかせへと飛びかかってきた。


「うあっ!」


咄嗟に抵抗もできずはかせの両肩を掴み、そのまま一気に押し倒すイリエ。ハシビロコウは地面に刺さった槍を引き抜いてイリエへと向ける。


「や、やめて! じゃなきゃ、攻撃するよ!」


「ハシビロコウ! そいつはもう言葉は通じないのです、石を狙って倒すのですよ!」


「はぁーっ、はぁーっ、でき、ない……できないよ」


ハシビロコウは槍を持つ両手をブルブルと震わせて歯を食いしばって涙を流していた。例え異形になろうとも同じフレンズだったものを殺すなんてできるわけがない、弱肉強食の世界で動物の肉を食らって生きていたものも、食らわれていた動物も、全てがフレンズの姿になり手を取り合って言葉と心を通わせて平和に暮らせるこのジャパリパークで、そんなむごいことができる者がどこに居ようか。


「ぐ、うぅ、イリエ」


「ググァァァ……」


はかせは牙を光らせて噛み付こうとしてくるイリエの攻撃を必死に避け抵抗、するとそこへ大型セルリアンが転がってやってきた。


「あっ!?」


セルリアンに触れてもなんともないイリエは弾かれ、はかせはセルリアンに飲み込まれてしまった。


「はかせ! うあぁーっ!」


ハシビロコウが慌てて飛行しての突きをセルリアンにぶつける。まだ石が見えていない、すぐに削ってはかせをとく解放しなければ。じょしゅも攻撃しようと翼を広げるが、背後でイリエが立ち上がった。


「ちっ、イリエ……私の邪魔をしようっていうのですね。ハシビロコウ! はかせは必ず助けるのですよ!!」


「わかった……!」


じょしゅは手を構え、イリエと向き合う。面と向かって1人で敵う相手とも思えないが、イリエは今翼、右手の負傷、そして凶暴化状態で体力の消費はかなり激しいはず。じょしゅは瞳孔を開ききりイリエの動きを睨みつける。


「ヴァァ……キ、キンメ……」


「え? こ、こいつ」


イリエは口をあんぐりと空けて、はかせを飲み込んだセルリアンの方をじっと見つめていた。凶暴そうな顔つきは無くなり、ぼーっとしたような、そんな顔で、じっとセルリアンを見つめ続けていた。


「ヴァァァァ!」


「ふあっ!」


今にも泣き出しそうな顔に変わり、一気に踏み込み突っ込む。じょしゅはあまりの速度に驚き声をあげるが、じょしゅに飛んできたわけではない。後ろのセルリアンに爪を立て、そして斬りかかっていた。


「え! な……え!?」


思わぬ加勢に驚くハシビロコウが唖然としてる間に、イリエは両腕の爪を縦横無尽に狂ったように振るい続けた。じょしゅもただ見ていることしかできない、わけがわからない。


「ア゛……イアッア゛ァ……!」


やがてセルリアンはバラバラに砕かれ、はかせが飛び出してきた。気を失い、そのまま地面へと落ちる、そしてじょしゅは叫ぶ。


「そういうことですか、憎っくきはかせにとどめをさすのは自分だとでもいった感じですね! ハシビロコウ! はかせを守るのです!」


「うん!」


しかしイリエは、地面に落ちたはかせに寄り添い、爪もボロボロに砕け散った手で抱きかかえる。


「え!?」


じょしゅもハシビロコウも思わず立ち止まる。はかせを抱き寄せ、そして眼からパラパラと砂状のきらきら光るサンドスターが漏れ出していた。もう涙を流すこともできない身体構造に変わってしまった彼女は、泣いているのだろう、そして笑顔を浮かべていた。


「ア、アァ……やっ……タァ……」


「え? イリエ、さん、喋ってる……!?」


「意識が戻ったのですか? わ、わけがわからないのです」


そこにヒグマ、リカオン、キンシコウが駆け付ける。ひとまずの余裕ができる程度にはセルリアンを片付けたということだ。


「ハシビロちゃん! じょしゅ! 大丈夫!?」


「大丈夫ですか? って、はかせ!?」


リカオン、キンシコウ、そしてヒグマもその光景に驚愕する。はかせが気を失い、イリエの手の中に収まっている。ヒグマは目を光らせて突進する。


「こいつ……はかせを! ハシビロコウ、どけ! うおおお!」


「ま、まって! まって!」


しかしヒグマの言う事を聞かずハシビロコウは立ちふさがる。じょしゅも、怪訝な表情を浮かべて立ち止まったヒグマを見て静かに頷き、イリエに視線を戻す。


「まにあったぁ……良かったぁぁ……あははは、キンメちゃん……」


首を前後に揺らしながら、口をだらんとあけたままそんなことを呟き続けるイリエ。そしてじょしゅは、なんとなくこの状況を理解する。


「……はかせをキンメだと思ってるのですね、あのときセルリアンから助けることができなかった過去を、変えられたと、そう思ってるのですか、イリエ。いや、もう話しかけても聞こえてないかもしれないのです」


「キンメ……って、誰? じょしゅ」


「リカオン、キンメはキンメフクロウ、我々と同じ鳥のフレンズでイリエの親友だった子なのですよ、セルリアンに食べられて、記憶が無くなって、そのショックでイリエは」


「きいてよキンメ、わたし、キンメちゃんの羽根でとべたんだ。キンメちゃんは私を運んでとべたんだよ、だから、こんどはお話しよう、また、としょかんで……」


イリエの体についた鋭利な棘や爪、尻尾はガラスのようにバラバラと少しずつ壊れ、塵になっていく。もうイリエの肉体は限界だった。セルリアンの石も亀裂が入っている。もう、放っておいても崩壊して消えるだろう。彼女が騒動を起こした動機、それはパークを救う種族の進化という革命を成し遂げる『偉人』のような事をしたい……わけではない、キンメを救えなかった自分自身の後悔に押し潰されそうになる心を救う為の逃避だったのだ。


「イリエ……」


「アードウルフちゃん!」


ハシビロコウはアードウルフが駆け寄ってきたことに気がつく。イリエの名を呼び、アードウルフは静かに近づいた。


「感謝してる。私、セルリアンだけど、ハシビロコウとリカオンちゃんとお友達になれた。はかせとじょしゅも優しくて、みんな、私を受け入れてくれた。私に新しい思い出をつくるきっかけをくれて、ありがとう」


イリエに言葉を投げかけるアードウルフ。イリエは既に耳がガラスのように砕け落ちていて、もう聴覚は働いてないのだろう。何も反応しないまま、石に亀裂が増える音だけが辺りに響く。それに呼応してか、辺りのセルリアンも石が砕け、勝手に自壊していく。


「周りのセルリアンが……消えていきます、ヒグマ、これは……」


「あいつらはイリエから力を借りて凶暴化してたからな、イリエが壊れるならあいつらも消えるわけだ」


ヒグマはそう冷静に言うが、ハシビロコウとリカオンの顔を見て表情を険しくする。アードウルフもイリエの力で姿を現した存在、当然、彼女も……。2人は絶望の表情を浮かべていた。


「お、おお? セルリアンが勝手に消えていく……」


「何が起こったか全然わからん! イリエを倒したのかな?」


「よし、あっちの様子も見にいくぞ、ついて来……」


セルリアンの消失に戸惑うヘラジカ、ジャガー。ハシビロコウやハンター達、はかせじょしゅの居る方へと行こうとするところに、遠くから声が。


「ヘラジカ様ぁ〜助けてでござる〜」


「よよよよよよよよ〜〜」


「え!? なんだ! みんなゲッソリしてどうした!」


ヘラジカの手下たち、あとカワウソが地面に這いつくばってダウンしていた。アードウルフに長く触れてたおかげで空腹もピークというわけだ。事を察したヘラジカとジャガーはジャパリまんを届けにみんなのもとへと駆けていく。


「さばんなには帰れなかったけど、次にまたフレンズになれたら、今度こそ帰る。みんなのことは忘れてても、また友達になれるかもしれない。みんな素敵で、優しい人ばかりだから」


アードウルフは振り返り、ハシビロコウとリカオンに笑顔を向けた。涙こそ流れていたが、素敵な笑顔を見せて、そして胸の石はヒビだらけだった。


「やだ……せっかく友だちになれたのに、こんなのって、ひどいよ」


「まだ、サバンナに行ってないよ、私のハンターの仕事、まだ、終わってないよぉ!」


ハシビロコウとリカオンはアードウルフに駆け寄って抱きつき、涙を流してわんわんと泣いた。


「だめだよ、私に触ったら……」


「関係ない! サバンナまで付き合ってもらうからね、こんなところで、居なくなっちゃダメ!」


リカオンがそう言うと、アードウルフは2人を突き放す。


「えっ!?」


ハシビロコウとリカオンは驚き、呆然とアードウルフを見つめる。


「だめだよ、もう沢山触れ合った。リカオンちゃんもハシビロちゃんもすっごくあたたかくて、すき。でも、もういいの、それが分かるから。だから、次は」


石の一部が欠けて地面に音を立てて落ちた。


「フレンズになった私と、友達になってあげて? 私、寂しがりだけど、気弱で、緊張しやすくて、でも、女の子に触られたり、仲良くお喋りするの、好きだから」


そう言い、アードウルフの体は光に包まれ、その強い光が消えた時、彼女はもう消えて居なくなっていた。小さな動物がそこに居て、その子もあっという間に走り去ってしまう。ハシビロコウとリカオンはその場にへたり込み、泣いた。


「イリエ……!」


一方はかせは目を覚ましイリエの温和な表情に驚きを見せ、そしてじょしゅと目が合う。目を瞑り首を縦に振るじょしゅに、事が終結に向かって居る事を察した。


「怒った顔より、笑ってる方がずっと素敵なのですよ、イリエ……いや、イリエちゃん……」


はかせのその声は聞こえていないが、口の動きで自分の名前を呼ばれた事を理解し、目を細めて笑みを浮かべるイリエ、彼女にひび割れの眼球からは、キンメフクロウの姿がはっきりと見えていて、夢にまで見たキンメフクロウの笑顔がまた、手元に帰ってきていた、イリエの中では。


「ウゥ、ウ……」


イリエが最後に見たキンメフクロウは押し迫る自身に怯え、怖がった表情だった。挙句、崖から落として殺めてしまう、最悪の親友との最後の思い出、それは今更新された、彼女の笑顔を最期に見届け、イリエは石が砕けてバラバラになって消えた。


「最後までごめんなさいのひとつも言えないなんて、ほんと、迷惑なやつだったのです」


はかせは目に涙を浮かべながら、しずかに彼女を見送った。砕けてバラバラになった結晶からはきらきらに輝くふたつの球体が現れ、それは寄り添うように彼方へと飛んで消えていく。生物としての生命は消えていなかったのだ。あの光もやがてまた、イリエワニとキンメフクロウになってこのパークで生きていくだろう。


「はかせ、立てるのですか? 手を貸すのです」


「しばらくこのままでいいのです、もう、疲れ果てて、何もしたく無いのです」


「そうですね、私もなのです」


全ては終わった。清々しい……とは決して言えないが、皆は肩の力が抜け、ため息をつく。ヒグマは武器を担ぎ、くるりと振り返る。


「リカオン、落ち着いたら戻ってこい。私たちは川で休んでるから……」


「ふふ、優しいヒグマ」


「……ふんっ」


去っていくヒグマとキンシコウを横目にリカオンはうずくまり、アードウルフを助けてやれなかったことを悲しんでいた。


「アードウルフちゃんはセルリアンなんかじゃなかった、フレンズだったよ……なのに、うぅ」


「アードウルフちゃん、言ってたね。フレンズになった私とお友達になってあげて……って、私、必ず友達になる、はは、また怖いって言われちゃう」


「……ぷっ、だって、寝起きなんか怖かったもん、あはは」


「あぁっ、ひどーい。リカオンせんぱい!」


「いぅ!? 急に先輩って呼ばないでよっ」


「ふふっ」


「はははっ」


2人は涙で赤く腫らした目で見つめ合いながら笑いあった。アードウルフは消えても、思い出があったという事実は変わらない。一期一会の連続だとしても合縁奇縁の日々を過ごしていこうとその心に誓った。


「あれっ、ぼく、なんでこんなところに」


「ヴォハァァッ!」


一方遺跡。スナネコはハッとしたように目覚め、ツチノコは驚く。


「ツチノコ、ぼく寝てたみたいです、ふわぁ」


「ぼ、ぼく!? お、お前ェ、戻ったのか! 元に!」


「元に……? ぼ、ぼく、どうにかなってたのですかぁ!?」


「あ、あぁ! それがな、凄い姿をしたフレンズがお前をセルリアンから守ってくれたと思ったらなんと! お前が『スナネコはぁ〜みんなのアイドルなんですぅ〜』みたいな性格に変わっててッ! それからそれから!」


「はぁ」


「はい飽きたァ゛〜! おかえり゛!」


ジャパリカフェ、そこではトキとショウジョウトキが一服していた。


「ララ〜♪ うん、やっぱりお茶を飲んだら歌いやすくなったわ、ありがとうアルパカ」


「お安い御用だンよぉ、それよりトキちゃん無理しちゃダメなんだからぁ、落っこちて大変だったンでしょぉ?」


「そうそう! 急にお腹すいた〜なんて言い出して! 本格的に歌手になるにはやっぱりもっと体力つけなきゃダメだと思うんですけど! そうだ、ペパプのところに言ってボーカル? の練習させてもらえば良いとおもう! あとで行きましょ!」


「ちょっとちょっと〜今日はもうゆっくりしなきゃ駄目だってばぁ〜、ていうかぁ、ショウジョウトキちゃんすっごいトキちゃんの歌の練習に乗り気なんだぬぇ〜」


「ほんと……前はへんな歌なんて言ってたのに、むふ、嬉しい」


「と! とーぜんなんですけど! 同じトキ仲間を応援しないほど薄情じゃないし! ……トキ好きだし」


「にぇ〜」


「むふ」


イリエが起こした事件の解決、あれから数週間の月日が流れた。平穏な日々が過ぎていくパークのへいげん、そこでサッカーを楽しむヘラジカとライオン達。


「必殺! ライオンシュートー!」


「ぐげぁぁ!」


「アルマジロふっとばされたー! ですぅ〜」


白熱した遊びの中、ヘラジカはハシビロコウに話しかける。


「良いのかハシビロコウ、ハンターになるのをやめてまた私のところに居て……はかせ達に嫌みでも言われたか? まぁ、私は嬉しいが」


「うん、良いの。私ヘラジカのところに居たい、ずっと……大切なお友達、みんなと離れたくないなって思って、だから」


「ふふ、流石ハシビロコウ、まっすぐとした曲がらない芯をもっているなぁ!」


「ちがうよっ、ハンターの夢を曲げてここに残ったから芯は曲がってるよっ」


「えぇ? そうかぁ? ともあれ私は嬉しいぞー! あはははは!」


「ハシビロちゃーん!」


「え? あ!」


そんなやりとりをするハシビロコウを叫び呼び走り迫ってくる1人のフレンズが。それはハシビロコウがよく知る、リカオンだ。


「リカオンちゃん、どうしたの?」


「さ、さばんなに行こう! サンドスターで新しいフレンズが生まれたって、はかせ達が言ってたんだ。きっと……」


「それって……」


「行ってこいハシビロコウ」


「ヘラジカ……!」


ヘラジカはハシビロコウの肩を叩き、頷いて見送る。リカオンはハシビロコウの手を引いてさばんな目指して走り出した。(途中疲れたのでハシビロちゃんに運んでもらった)


「はかせ、サバンナであいつがフレンズになったって、本当なのですか」


「ええ、恐らくそうなのです、ヒグマに話しましたが今ごろリカオンに伝わって、てんやわんやなのでしょうね」


「また出会いからやり直しというのは悲しいのです、仕方のないことなのですが」


「さぁ、もしかすると奇跡の1つや2つ、起きるかもしれないのですよ? 前に悲しみを味わったぶん、今度はおいしい思いをするはずなのです、そういうものなのです、人生は」


「いいことを言うのです、さすがはかせ。ではここのそうじが終わったら次は外の掃き掃除をお願いするのですよ、はかせはじゃんけん3連敗で今日ぜんぶのそうじ当番なのですよ」


「ぎぎぎ……」


サバンナ地方。池で水を飲むひとりのフレンズのもとにハシビロコウとリカオンは降り立った。


「はじめまして!」


「ふぇ!? あ、あなた達、だれ……?」


気弱そうな彼女は怯える顔で2人を見上げる。リカオンとハシビロコウは笑顔でその子を見つめていた。


「私はリカオン」


「私、ハシビロコウ……あなたと、友達になりたくて」


「ともだち……わ、わたしと? なんで?」


「理由なんて無いよっ、私たちはフレンズ同士だもん」


アードウルフの手を取ると、彼女の顔は赤らめて、そして少し不思議そうな顔に変わる。


「ありがとう……でも、なんか私、あなた達と会った事、ある気がする」


「!……私達もだよ」


ハシビロコウはアードウルフに抱きつき、リカオンもそれにくっつく。3人かたまって、ここにまた新しい友情が生まれた。そう簡単にはなくならない、友情が。


「ジャガー! 見て見て〜、15つ葉のクローバー!」


「え゛えっ!? そんなのあるの!? って、だめだよ1人でどっか行ったら、いまここらへんで危険な生き物が出るって噂だしさ」


「え、そうなの? でーっかいやつ?」


「うん。なんて名前だったかな、口がデカくてさ、泳げるし、尻尾もでかくて。だからここいらの川には近寄るなーってハンターさん達が言ってたよ」


「それなら見たよ〜、ほら、あっち」


「え!」


コツメカワウソが指差す方向、あんいん橋の近くの水辺に、その大きな動物が休んでいた。ジャガーは慌ててコツメカワウソを抱き寄せて守り、その動物を見据える。


「どうしたの? 怖くないよ、あの子、口がギザギザでかっこいーっ」


「あぁ……あれなら、大丈夫かもね」


無邪気な笑い声をあげるコツメカワウソ、そして優しい笑みを浮かべるジャガー、見つめる動物は『イリエワニ』だった。そいつのひたいには1匹の『キンメフクロウ』がとまっている。時折キンメフクロウがぴょこぴょことイリエワニの方へ体を向けて首をフリフリとして見つめると、イリエワニは目をぱちくりと瞬きさせて鼻息をフンッと一息。そんな、ありえない動物同士の仲のいい光景が広がっていた。


いや、ありえないなんてことは無い、種族の垣根を超えて触れ合えるこのジャパリパークなら。一度幕を閉じた彼女たちの友情も、必ずまたどこかで出会いを果たすだろう。この優しい世界で、いつかの明日に『はじめまして』から始まる素敵な友達との出会いを。


けものフレンズがいでん『いじん』……おわり。

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けものフレンズがいでん『いじん』 真鍋棒 @manabeboo

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