四
犯人佐村義治は留置所の灰色の壁にも、愛螺の肌を想うがままに描けた。
愛螺の肉体に出会ってから二年、いつしか如何なる風景の上にも彼女を見ることが出来るようになった。そして今ではその死体も描ける。
愛螺の乳房に包丁を刺した時の、底なし沼に刃を入れたようなやわらかい感触を佐村は掌に思い出して、その瞬間に味わった極限の愉楽と絶望も蘇ってきた。殺人の瞬間にも彼の精神に倒錯はなかったから、その行動が自分の人生を滅ぼすものであることはよく分かっていた。その恐怖や躊躇いもないではなかった。そして滅亡は他ならぬ喜悦でもあった。女神の恍惚に我が身を捧げ破滅するのは、全身の溶け崩れるような天にも昇る悦びであった。しかしそのせいで、二度と女神は舞い踊ってはくれぬのだという絶望が魂を覆った。彼は背負いきれぬほど巨大な二つの感情が衝突する中で、愛螺の生温かい血を顔いっぱいに浴び、死に溺れ決してこちらを見ない彼女の美しい眼差しを見つめ、そして哀しく慟哭したのであった。
しかし自分の行為は間違えてはいなかったのだと、佐村は今では思えた。なぜなら、愛螺の肉体が燦然たる死によって美しく凍結したように、自分の献身も死によって揺るがざるものとなると発見したからであった。それは愛螺の死の瞬間を思い描くうちに発見した光であった。女神から与えられた最後にして永遠の恵みであった。
生き長らえていれば、いつか愛螺の肉体も消え失せてしまうだろう。ならば幻影を抱いて死に絶えることが何よりの悦びだと佐村には思えた。そして愛螺の肉体への崇拝のために死ぬことによって、自分の崇拝は凍結されて絶対となる。死の瞬間に自分の献身が完成する。
死が訪れる時、全てが終わる。全てが捧げられる。自分の全てが愛螺の肉体の餌となる。その一瞬の悦びを夢見るだけで佐村は冷たい留置所の中で震えながら、自死の好機を今か今かと待ち構えていた。
曽根崎ストリップ劇場殺人事件 しゃくさんしん @tanibayashi
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