ストリップを見るなんて初めてのことであるし、劇場に自分以外の女がいないことも居心地が悪くて、莉緒は隣席の浅井に帰りたいとねだろうとした。しかし舞台を熱心に見つめる浅井の眼を見てため息をつき諦めた。

 莉緒はガールズバーで働いているが、客である浅井とはほとんど友人のような気軽な間柄になっている。乞われるがままに身体も許してしまっている。

 そもそも彼女は、金銭的な事柄など生活の頼れる者のない身の上と万事なんとかなるだろうという暢気な性格からガールズバーで働いてはいるが、男女の間に交わされる手管などには疎いのが元来の性質で、幾人かの男に身体を食い物にされてしまっているような有様なのである。更には、それをほとんど一大事と思ってすらいない。

 だから浅井にストリップを見に行こうと誘われても、ストリップが何なのかすら知らないほどであった。そしてそれが何たるかを聞かされて、女の見るものではないと嫌がったが、誘いを振り切る力もなかった。

 莉緒が退屈でうつらうつらし始めた時に、他のダンサーたちよりも魅惑的な肉体の女が出てきた。若々しい潤いと円熟の豊満を併せ持った女に、莉緒は少し心惹かれた。彼女が自分自身の未だ未成熟の身体を日頃から憂いているためでもあった。まさか情欲を誘われるはずはないが、綺麗なものをみてつまらないということもないので、ぼうっと舞台上の女を彼女は眺めた。

 艶麗な肉体の躍動に、次第に莉緒の眼は開かれていった。莉緒の胸には憧れのような思いも滲んだ。いくらかいかがわしいことを生業にしているのは自分もこの人も同じなのに、こうも美醜の差があるかと、莉緒は嫉妬すらしないで見とれていた。

 もし今の仕事が駄目になったら、この人に教えを貰いながらダンサーにでもなろうかなどと莉緒が思い巡っていた時、突然舞台上に男が跳び上がった。

 そして一瞬のうちに、銀白に煌めく刃物を、女の胸に突き刺した。

 噴き出す血がネオンの光のように煌めいた。

 莉緒は目の前の絢爛たる惨劇に、驚愕やら恐怖やら様々な激情が入り混じって高い叫びを上げた。思いのまま叫んでいて、ふと気が付くと浅井に肩を抱かれながら外に連れ出されていた。

 今日は帰ろうと、浅井にいつになくやさしい声をかけられて、莉緒は呆然としたまま彼の車に乗った。浅井は何も言わず、車内にはラジオの音だけが流れていた。莉緒は、夜の空気を纏い始める窓の向こうの街をぼんやり眺めた。じんわりと美しいダンサーの姿が浮かんできた。しかしその姿というのが、扇をひらめかせるような肉体の舞いではなく、胸から血を噴き出しながらもがくことも叫ぶこともなく倒れてゆく姿なのは異常なことのようであったが、しかし莉緒には納得できることだった。その姿が最も美しいからだった。その姿が最も憧憬を抱かせるからだった。

 それからすぐ二人がホテルに入ったのは、莉緒から言い出したことだった。彼女から誘うなどというのは今までにないことであった。浅井は戸惑いながらも、いつも曖昧な面持ちの莉緒に強くせがまれ、流されるかのような格好で従った。莉緒自身も、どうしてそんなことをするのか分からなかった。ただ、身体の底に、熱く疼くものがあった。舞台をきらきらと彩った肌と血ばかりが脳裏を染めた。

 その夜の彼女の熱烈な肉体に、浅井は別人のようだと言った。初めて、莉緒が浅井の夜を支配した。莉緒は、汗を浮かべる浅井の顔を見つめながら、彼の内にこみ上げる、圧倒される怖れと屈辱と、そしてそれらすべてを超える巨大な悦びを見抜いていた。

 莉緒は浅井を見下ろして言った。

「わたしは今日から別の女になったの」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る