落ち葉と夏服

無月弟(無月蒼)

落ち葉と夏服

 紅葉の見ごろもピークを過ぎ、色づいた葉っぱが散る頃になると、毎年のように思い出します。

 高校卒業まであと数か月にせまった秋、最後に夏の制服に袖を通したあの日のことを。




 当時自分は地元熊本の高校に通っていました。

 いくら日本の南の方にあるとはいっても、もう11月下旬です。衣替えもとっくに終わっていて、めっきり寒くなっていました。

 ではなぜそんな時期に、わざわざ夏服なんて着たのか。話は春頃まで遡ります。



 卒業アルバムに載せるクラスの個人写真を、冬服で撮るか夏服で撮るかという話になったのです。

 クラスで話し合った結果爽やかな感じがするという理由で、夏服で撮ることが決まりました。ブレザーも良いけど、白い半袖シャツの方が人気があったのです。

 さて、ここまでは良かったのですが、問題はこの後です。


 6月に入り、冬服から夏服に移行しました。あとは写真屋の都合が良い日に撮影してもらうだけです。だけなのですが……

 何故か中々都合が合いませんでした。先に予約が入っているからできなかったり、写真屋が大丈夫な日はあってもその日がテスト期間中だったり。さまざまな偶然が重なり、撮影はどんどん延期されて行きました。


 そして気がつけば夏が終わり、再度衣替えの時期がやってきました。

 さらば夏服、もう二度と君に袖を通す事は無いんだな。そう思うと流石に名残惜しかったです。

 というわけで制服は再び冬服のブレザーになりました。でもこの頃になってもまだ写真屋の都合は合いません。

 こんな事で卒業アルバムは本当に完成するのか。そんな不安もよぎってきました。

 そして迎えた11月。ついにというか、やっと撮影の日が決定したのです。


 来週のホームルームの時間に撮影を行うと、担任の先生から告げられました。ですがここで問題となったのが、夏服と冬服のどちらで撮るかという事です。

 春に一度話し合った時に、夏服で撮るという事は決まっていました。だけどもうとっくに衣替えも終わっていますし、普通に考えたら予定を変更して冬服で撮るべきです。だってすっかり寒くなっていて、夏服を着るには少々キツイですから。

 ですがうちのクラスは違いました。初志貫徹という事で、夏服で撮ることを強行したのです。


 もちろん当初は反対意見もありました。

「寒いよ。別に冬服でも良いんじゃないか」

「夏服なんてもう燃やしたよ」

 そんな声が上がります。夏服にするか冬服にするかは個人の判断に任せるで良いんじゃないかという意見もありました。

 ですがやはり統一感があった方が良いからと、全員夏服で撮るという事で落ち着きました。夏服を燃やしてしまった人は、誰かから借りてくればいいのです。


 そうして迎えた撮影の日。さすがに朝から夏服で登校なんてことはしませんでした。風邪を引いてしまいます。

 夏服は鞄に入れて持って来て、撮影の時だけ着替えれば良いのです。

 やがてホームルームの時間になり、皆それぞれ夏服に着替えます。少し前に「こいつを着るのもこれで最後か」と、少し寂しい思いをした事を思い出しながら、白いシャツに袖を通します。まさかまたこれを着ることになろうとは。あの時の感傷は何だったのでしょうか。


 着替えた後、撮影場所であるグラウンドに向かいます。途中すれ違った他のクラスの人達は、驚いたように自分達を見てきます。

「お前ら何やってんだ?」

「寒くはないのか?」

 寒いに決まってます。露出した腕を擦って暖めながらグラウンドに出ると、木枯らしが吹いています。


「やっぱり寒いよな」

「だけど紅葉の中で夏服っていうのも何か良くない?」

 紅葉と夏服ですか、その組み合わせは本当に良いのでしょうか?

 そもそも紅葉ももう半分以上散っちゃってますし。11月下旬はもう半分くらい冬と言ってもいいかもしれません。


 そんな事を考えながらも、撮影は始まります。寒くても写真を撮られる時は笑顔で。中には色付いた落ち葉を手にポーズをとる人もいました。

 けどやっぱり寒いことに変わりはありません。撮影が終わった女子はそろって夏服の上からコートを羽織り、暖まっています。

 一方男子はというと、誰もコートを持って来て無かったので、寒さでガタガタと震えていました。もちろん自分もです。


 ともかくそう言うわけで、自分達のクラス写真は紅葉の中で夏服という、少々変わったものとなりました。

 寒がりな自分は正直、冬服でもよかったんじゃないかと思いながら撮影に臨んでいました。


 ですが時が経った今なら言えます。夏服で撮影して良かったと。


 だってそのお陰で毎年紅葉が散る頃になると、最後に夏服に袖を通したあの日の事を思い出せるからです。


 寒さでガタガタ震えた事も、今となっては良い思い出です。

 やはりバカな事をしていたとは思いますが、それでも良いのです。昔やったバカの数だけ、歳をとってからの思い出話が増えるのですから。どんどんやっていきましょう。


 今年もまた紅葉の季節がやってきます。それが散る頃になれば、あの時一緒に夏服を着たクラスの皆は元気かなと思いながら、落ち葉を眺める事でしょう。

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