第23話 お月見



「おぉ、これがオダンゴってやつか! うめーじゃねぇか!!」


 マックスが団子の串を片手に3本ほど掴み、それを一気にほうばる。


「ちょっとマックス、お行儀悪すぎ」


 ロッティがそれをたしなめるが、一気に詰め込みすぎて喉に団子を詰まらせたマックスを見て、慌ててお茶を差し出した。


 結衣と優馬はそれを見て笑う。周りには学校スタッフや訓練生が、思い思いにお月見を堪能している。


「しかし、お月見とは実に素敵な習慣ですなぁ」


 総務課課長のジーンが満月を見上げて呟く。


「こっちの世界にもお月さまがあって、よかった」


 結衣も月を見上げている。


「鏡面世界っていうのは、物理的には似たような世界なんだよ。何かがほんの少しだけ違って、その結果、現在は違う世界になっているけど、根本的には似た世界なの」


 隣にいたフィーネが解説してくれた。結衣はフィーネの横顔を見て、そっと微笑んだ。


 数日前、結衣たちはゴブリンの襲撃によってほぼ全滅しかかっていた。その時、フィーネにもらったスクロールの存在を思い出した結衣が、その力を開放した。


 スクロールには「パーティ全回復」の魔法がこめられており、まばゆい光の閃光が走った後、マックス、ロッティ、優馬の負傷はあっけないほど簡単に回復した。


 残りのゴブリンを殲滅するのにさほど時間はかからず、何匹かのゴブリンは取り逃がしたものの、結衣たちは無事に翌日には王都へと帰還することができたのだった。


「なぁに? 結衣ちゃん。私の顔に何か付いてる?」


 フィーネがそう言って、いたずらっぽく笑う。結衣の顔が一瞬赤くなったが、すぐに「何でもありません!」とそっぽをむく。そして小さな声で「ありがとうございました」と言った。


「また、その話?」


 フィーネは呆れ返った。学校に戻ってから、フィーネは結衣に何度も何度も同じ言葉を掛けられていた。フィーネはため息をつき、お返しにとばかりに、同じことを言って聞かせた。


「結衣ちゃん、確かにあのスクロールは確かに役に立ったのかもしれないけど、スクロールはスクロール。結局は、どのタイミングで使うのか。使う人の判断の結果なのよ」


「でも……」


 結衣はまだ納得がいっていない。フィーネに何度そう言われても、今回のクエストで自分が何をしたというのだろうか、という疑念が残っていた。


 「あのね、結衣」と隣で話を聞いていたロッティが割って入ってきた。


「スクロール以前の話なんだけど、なんだって私やマックスがあんたのクエストに付いていったと思ってんだい?」


「それは……」


 同じ課の後輩の頼みだから? 結衣はそう思っていた。


「違うってば。私もマックスも、そんなにお人好しじゃないよ。ただ、後輩だから同僚だからって、何の得にもならないものに協力するわけないじゃないか」


「そうだぜ、結衣。特にこのロッティは、そういうやつじゃない」


 マックスはそう言ってガハハと笑ったが、ロッティに睨まれて、気まずそうに団子に手を伸ばす。


「ま、頑張っているヤツには手を貸してやりたくなるわな」


 団子をほうばりながら、マックスがそう言う。


「そういうこった。今まで結衣が頑張って総務の仕事に取り組んできたのは、私らみんな知っている。だから結衣が困ってんなら、手伝ってやろうって思ったのさ」


 ロッティが結衣の頭を撫でた。


「なんだ、まだしょぼくれてんのか?」


 そこへ学校長であるオルランドがやってきて、結衣の隣にドカッと腰を下ろした。


「お前、このクエストの意味、分かってんのか?」


 結衣の目を見て、そう問いかける。フィーネやロッティの話を聞いて、結衣はなんとなく気が付き始めていた。オルランドは結衣の答えを待たずに口を開いた。


「人ってのは、一人じゃ結局大したことはできねぇ。風呂のボイラーが壊れりゃ施設課のもんの出番だし、空いた教室を使えるようにしたければ総務課だ。学校を増築する時には設計課が必要だし、モンスターが近隣に湧けば警備課の出番だろ」


 オルランドの言うとおり、この学校には様々なスタッフが働いている。それ以外にも訓練を担当する教官であったり、事務作業を黙々とこなすスタッフもいる。


「学校ひとつとっても、これだけの人がいて、それぞれの働きで成り立っている。それにここで育成されて、他の世界に転生していく勇者だってそうだ。勇者が他の世界でどうやって戦ってるのか知っているか?」


 結衣は想像も出来ずに、首を横に振る。


「一人でバッタバッタと敵をなぎ倒し……なんて奴はひとりもいねーぞ。みんな仲間を集って、それらの力を借りて任務を達成しているんだ。たまーに勘違い野郎が出てきてひとりでなんでもやろうとするが、そんな奴は使えねぇ」


 結衣は自分のことを言われているようで、心が痛んだ。しかし、オルランドの言っていることは間違っていない。


「お前は今回のクエストで学んだはずだ。一人では何もできやしない。結局のところ、勇者ってのは、どれだけ他人の協力を得られるのかっていうところが、肝心要なんだぜ」


 オルランドは結衣の心を見透かすかのように、そう言った。結衣はようやく理解できるようになってきていた。何でも自分がやらないと意味がないと思っていたこと。それは間違いだった。


 肝心なのは、自分のできること、できないことを理解すること。できないことは、できる人に助けてもらうこと。それができるのは、普段からの行動、その人との関係が大切なこと。


 そして協力の元、目的を達成できたのなら、一緒に喜べばいい。自分だけの手柄じゃない。でも、自分以外だけのものでもない。それは、自分も含めてのみんなのものなのだ。


 だから、今回のことも「自分が何もできなかった」などと思うことはない。自分が学校長に直訴し、マックスやロッティ、優馬の力を借りて、皆の力で達成したのだ。もっと誇ってもいいのだ。


 オルランドは「ま、そういうこった」と言うと立ち上がった。立ち去ろうとするオルランドに結衣は訊きたいことがあった。


「それじゃ、私のクエストは……」


 オルランドは結衣を見下ろして、少し考えていたがニヤッと笑うとこう言った。


「合格、と言いたいところだが、そんなことでクヨクヨしているようじゃ、まだまだだな。もうちょっと総務課で修行してから出直してこい!」


 結衣は「えぇぇ? そんな!?」とガッカリしたが、少しホッとした部分もあった。オルランドの言うように、まだまだ自分には足りていないことがある。やらなくてはならないことは多い。


「よかった、もうちょっと一緒にいられるわね」


 フィーネが結衣に抱きついた。結衣は真っ赤になって、慌てふためいた。


「そんじゃ、学校長のお許しも出たことだし、明日からまたガンガン働いてもらわないとね」


 ロッティがそう言って、マックスが豪快に笑う。隣で優馬が「よかったら、剣術の訓練一緒にやろうね」と言ってくれた。


 やることは多い。まずは総務課の仕事を一生懸命頑張ろう。時間がある時は優馬と訓練に励もう。出来る限り、他の課の仕事も手伝おう。


 そしてたまには、こうしてみんなで騒ごう。


 この世界にきてまだ日は浅いのだ。まだまだ時間はたっぷりとある。それを無駄にしないように頑張っていけば、きっといつか道は開けるはずだ。


 結衣はそう決意した。そして、まずはみんなとのお月見の続きを、しっかりと堪能することにした。

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王立勇者育成専門学校総務課 しろもじ @shiromoji

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