第22話 全滅の危機

 結衣は、マックスがゴブリンを次々となぎ倒していくのを見て驚いていた。これまでの学校での訓練とは全く違う、その荒々しさに、怖さも覚えたが頼もしくもあった。


 優馬はマックスの少し後ろに立ち、援助するようにゴブリンを倒していっていた。ロッティが呪文の詠唱を終えると、ゴブリンたちの頭上から火の玉が降り注いだ。


 あっという間にゴブリンは壊滅状態になった。結衣はロッティの前に立ち、ダガーを構えながらも少しホッとした。自分が何も出来ていないのは辛いことだが、流石にこの大群を目の前にしては、そんなことを言っていられない。


 ゴブリンがあと数匹になった時、結衣はマックスの右手にある草むらが、少し揺れたのを目にした。風はほとんど吹いていない。何かがいる!


 結衣がマックスに注意を促そうとした瞬間、草むらから一本の筒が姿を表し、そこから何かが発射されるのが見えた。


 数秒後、マックスが膝を付く。


「毒矢……だと?」


 太ももに刺さっている小さな針を抜きながら、マックスが唸る。結衣は思わず駆け出そうとしたが、ロッティが肩を掴んでそれを止める。ロッティはすでに次の詠唱に入っており、それはすぐに魔法の矢となって、その草むらに鋭く発射された。


 草むらから悲鳴が聞こえ、一匹のゴブリンが出てくる。すぐさま優馬がフォローに入り、それを剣で仕留めた。


 優馬はそのゴブリンが手に持っていた筒を拾った。


「吹き矢……?」


 竹のような植物で出来ており、ゴブリンは別の手に何本かの小さな針のようなものを持っていた。腰には陶器のビンが括りつけられていて、そこから何かの液体が溢れている。


「恐らく毒の吹き矢だ」


 マックスが片膝を付いたまま言う。


「大丈夫かい?」


 ロッティの問いに、マックスは右手を上げて答える。「多分、しびれ薬だろう。数時間は片足が不自由になる程度だ」そう言うと、ドカッと倒れ込んだ。


 残りのゴブリンは2匹になっていた。優馬がそれを撃退しようと前へ出て、そこで止まった。2匹のゴブリンの背後から、更に20匹ほどのゴブリンがこちらに向かってきていた。


「増援が来てる!」


 優馬が叫び、マックスはなんとか立とうともがく。しかし片膝は自由が効かないらしく、膝を付いた姿勢が精一杯だった。


「俺はここで迎撃する。優馬は側を離れるな。結衣は別の伏兵がいないか、注意してろ。ロッティ、まだ魔法はいけるか?」


「さっき程度のファイヤーボールくらいなら。でも恐らくそこでマナ切れ」


 そう言うとロッティは再び魔法の詠唱に入る。ゴブリンたちは、どんどんと近づいてきていた。そしてマックスの剣の射程に入る。


 マックスは片膝を付いたままでも、大きな剣を左右になぎ払いながら、何度かゴブリンたちを吹き飛ばした。優馬も一匹ずつではあるが、着実にゴブリンを倒している。


 結衣は近くの草むらを見回して、他に飛び道具などを使っているゴブリンがいないか探しながら、自分の無力さを感じていた。しかしそれも少しの間のことで、マックスと優馬が止められなかったゴブリン数匹が、結衣たちの方へと駆け寄ってきた。


「チッ! ロッティ、魔法でなんとかしろ!」


 マックスが叫ぶが、ロッティは詠唱を中断し「ダメだ、近すぎる」と言うと、腰に刺していたダガーを手に取った。そして結衣に「下がってな」というと、ゴブリンの前へ飛び出した。


 1匹めはあっという間にロッティのダガーの餌食になった。そのまま2匹めの攻撃を受けながらし、3匹目に対峙する。結衣の目に、更に2匹のゴブリンが走ってくるのが見えた。


 ロッティの右腕にゴブリンが持っていた折れかけの古い剣が突き刺さる。ロッティは小さく悲鳴を上げて、倒れ込んだ。しかし、すぐに立ち上がると再びゴブリンに向かってダガーを構える。


 それでもゴブリンは4匹。ロッティは足も負傷している。結衣はダガーを抜いて、ロッティをかばおうと前へ出ようとするが「来るな!」というロッティの声に動けなくなってしまった。


 前方ではマックスが善戦しているが、それでも体中に傷を負い、膝を付いたまま歩くことができない。ゴブリンはマックスの剣の射程から距離を取って、槍でマックスに攻撃している。


 優馬はすでに体力が尽きかけているのか、肩で息をしており、もはや動けないといった感じになっている。剣を振ることもできず、ただ構えたままゴブリンを威嚇することしかできない。


 どうしよう……。やっぱり自分も戦わなければ……。ロッティはきっと冷静な判断で、結衣が戦力にはならないことを知って、来るなと言ったのだろう。しかし、そうも言ってはいられない。何とかこの状況を打破しないと。


 結衣はどうしていいのか分からなくなってきていた。頭の中で色々な考えが入り混じって、整理ができない。


 どうしたら、どうしたらいいの……このままじゃ、みんなやられちゃう。誰も助けることができない。私のせいで、わたしのせいだ! 私がなんとかしなきゃいけないのに……でも、一体何ができるの……? 

 

 ……フィーネさん。


 その時フィーネが出発の時に言ってくれた一言を思い出した。




「困ったときは、これを使ってね」





 結衣はバックパックを地面に下ろすと、中に入っていたギルミナートを引っ張り出す。その下に入っている一本のスクロールを取り出した。


 フィーネは魔法を封印したものだと言っていた。それが何の魔法なのかは分からない。でも、今はそれを使うべき時だということだけは分かる。


 結衣はスクロールに巻かれていた紐を解き、勢い良く開いた。それと同時に、まばゆい光が辺りを覆い、結衣の視界は真っ白になる。とても目を開けておくことができず、結衣は思わずギュッと目を閉じた。


 1分ほど経っただろうか、ようやく光が収まり、結衣は恐る恐る目を開けた。そこには信じられない光景が広がっていた。

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