第21話 襲撃


 再びモンスターに襲われることを警戒しながら歩いたせいで、戻りの道は少し時間がかかってしまった。


 なんとかマックスとロッティの元へとたどり着いた結衣と優馬は、2人に事情を説明した。マックスは「よくやったな」と労を労った。


「マックスさんに稽古付けてもらったお陰です」


「いや、たった2日間の稽古で、それを実戦に応用できるのはなかなかのもんだぞ」


 マックスは優馬を褒めるが、優馬の表情は今ひとつ冴えない。マックスとロッティは顔を見合わせ「まだ昨日のことを引きずってんのか、この2人は」とひそひそ話をした。


「それにしても、取り逃がしたゴブリンが気になるね」


 ロッティが言う。


「不味かったでしょうか?」


 優馬が心配そうな顔になる。


「いや、まずは身の安全が第一だから、優馬の判断は悪くない。でも……」


 ロッティが言葉を選ぶように考え込む。


「ゴブリンはあんまり頭の良いヤツじゃないが、コミュニティはある。だから、取り逃がしたりすると、後で仲間を引き連れて戻ってくることがあったりしてな」


「おい、マックス。あんまり結衣や優馬を怖がらせるんじゃないよ」


 ロッティがマックスをたしなめる。


「ま、そういうこともないわけじゃない、って程度だから気にしないことだね」


 ロッティがそう言うと、マックスも「わりーわりー。ロッティの言うとおりだ。滅多にないことだから、気にするなよ」とフォローする。そして胸を張ってこう付け足した。


「ま、ゴブリンどもが束になって掛かってきても、俺がまとめて相手してやるから」


「調子に乗ってると、足元すくわれるわよ」


 ロッティによると、ゴブリンたちは複雑な武器は持たないが、人間から奪った武器などを器用に操ったりすることもあるらしい。あまり数は多くないが、弓矢を操る個体もいるらしいのだ。


 4人は少し休んだ後、カヤック山を目指して出発した。少し進むと森を抜けて、広い草原へと出た。なだらかな丘陵になっていて、その向こうには小高い山が見えた。


「あれがカヤック山だ」


 マックスが指差しながらそう言った。そしてその指を下の方へと少し傾けて、草原の一角を指し示すと「そしてあれがギルミナート」と補足した。


 草原は膝の高さほどの草で覆われていたが、マックスの指差した所には、それよりも少し背の高い草が覆い茂っていた。草の先端には白いフワフワした花とも実とも言えないようなものが付いている。


「なんかススキみたい」


 結衣が呟いた。


「ススキ? 何それ?」


 ロッティがいぶかしげに聞く。


「私たちの元いた世界の植物なんですよ。秋にはそれを見ながらお月見するのが風習なんです」


「オツキミ? なんか変わった風習だな。見るだけかよ、食ったり飲んだりはないのか?」


 マックスがそう言うと、ロッティが呆れたように返した。


「あんたねぇ。食うか飲むか剣術しか話題ないの?」


「なにぃ? そんなわけないだろ。俺だって……」


「言ってみな?」


「うーむ……」


「ほらね」


 ロッティが笑うと、それにつられるように結衣と優馬も笑った。そう言えば、クエストに出発して以来、こんなに楽しいことなどなかった。もう少し気を緩めていいという気持ちと、それでも心がスッキリ晴れないという思いで、結衣の心は揺れ動いていた。


「それじゃ、王都に帰ったらお月見しましょうか」


 優馬が提案した。


「おっ、いいねぇ」


 ロッティが乗ってくる。マックスは「食いもんがねえんなら、俺はパス」と言っていたが、結衣が「お団子なら」と言うと「オダンゴ! なんか知らねーが、しょうがねぇな」と乗り気になった。


 結衣は皆の気遣いに感謝した。今は色々考えていても仕方がない。まずはこのクエストを無事に終えることだと思った。


 4人は準備を整えると、すぐにギルミナートの収穫に取り掛かった。


「一体どれだけ依頼されてんだ?」


 マックスの問いに結衣は「できるだけたくさん」と学校長のリクエストを伝えた。


「できるだけって、どれだけなんだよ。あのクソ学校長め。ちゃんと分かるように言えって」


「まぁ、愚痴ってもしょうがないよ。あの男は、本当にいい加減だから」


 結衣は特に否定も出来ず、苦笑いする。


 4人はバックパックにパンパンになるほどギルミナートを押し込むと、少しの休憩を挟んで帰路に付く。草原を歩いていると、川の方から何かが歩いて来るのが見えた。


 それはゴブリンの集団だった。


「こいつは驚いたな」


 マックスが剣を抜きながら言う。


「どうやら、予感が悪い方に当たったみたいだね」


 ロッティも腰にぶら下げていた魔導書を手に持ち、ページをめくる。


 結衣と優馬もそれぞれダガーと剣を構えた。


「20匹……くらいか」


 マックスが目算でそう言った。


「マックスが10匹。アタシが5匹。後は結衣と優馬担当ね」


「おい、俺の担当多すぎねぇか?」


「何言ってんの。こんな時くらいしか役に立たないんだから、せめてそのくらいは当然でしょ?」


「しゃーねーな。分かったよ。おい、優馬! 俺と前に出るぞ!! ロッティは後方から魔法で援護。結衣はゴブリンをロッティに近づけるな!」


 そう叫ぶと、マックスは全速力でゴブリンの集団へと向かっていく。それに付いていくように、優馬も飛び出した。ロッティは魔導書のページをめくり、詠唱を唱え始めた。


 結衣はそのロッティを守る役割だ。魔法詠唱の間は無防備になるし、何よりロッティは足に怪我を負っている。普段はある程度の短剣による戦闘も可能であるが、今の状況では厳しい。


 結衣は責任重大だと思った。


 マックスがゴブリンの先頭集団へと突撃する。マックスの剣は優馬の持っている細身の剣の5倍ほどの幅広のものだった。長さも立てると結衣の背丈ほどあり、一度結衣が持たせてもらった時は、とても重くて支えることすら困難なほどだった。


 マックスはその剣を両手で持ち、先頭のゴブリン数匹をまとめて一気になぎ払う。鈍い骨の折れるような音がして、そのまま後方にいたゴブリン達を巻き込んで吹っ飛んでいく。


「強い……!!」


 結衣は当然マックスが手だれの剣士であることは知っている。総務課に勤務しながらも、剣術指南教官をやっていることも、学校にその分野で信頼されているからだ。


 だが、実戦でマックスの実力を見るのは初めてのことだった。

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