第24話
再び全ての照明が消えた。
ここで本当なら退場のSEが流れ、客電が上がり、ライブは終わるはずだ。
しかしなかなか音も光も動かない。
アニメは状況が掴めず真っ暗な中じっとしていると、近くにいたスタッフが懐中電灯片手にそっと近づいて来た。
「停電です、すぐ予備電源で復旧するので動かないでください」と告げて、今度はジャズさんの方にゆっくり近づいて行ったようだ。恐らく全員にそう告げるのだろう。
闇の中、微かに客のざわめきが聞こえる。
まるで波のさざめきのようだ。
その中でアニメはしゃがんだままヘッドドレスを取り外し握りしめる。
懐中電灯片手のスタッフが再びアニメのそばを通り抜けた時、ふわっとステージと客席、両方の照明がついた。
スリーはまだ目の前に倒れたまま。
そしてスタッフの声で場内にアナウンスが流れる。
「現在、千葉の○○地区と都内の○○地区が宇宙人の攻撃を受けました、その影響による停電です。スタッフの誘導に従い、ここから歩いて○キロのところにある国際展示場に順次避難してください・・・」
アニメ達、バンドのメンバーもスタッフに急かされステージを降りた。
倒れたままのスリーはどうするのかと思ったが、ふと振り返ると袖から出てきた社長が客の目も気にせず悲しそうにゾンビの体を撫でて居た。
ジャズさんも少し名残惜しそうにしていたが、アニメの視線に気がつくと困ったような笑顔を見せて小走りで追いついてきた。
「貴重品と最低限の荷物だけ持って、急いで裏口に。エースが待ってるから。マネージャーとか他のスタッフは客の誘導の目途がついたら追うって言ってたからとりあえず私達だけ先に避難所に行くよ」
楽屋から裏口への避難経路をクイーンがてきぱきと誘導してくれた。
大きな月がお約束のように不安な夜に燦然と輝いている。まるで映画だ。
アニメ、オシャレ、パンク、メタル、オタク、ジャズさん、エース、クイーンの8人は避難場所の展示場に向かってぞろぞろと歩き出した。
先頭にいるパンクとエースが懐中電灯を手にしている。二人は危機感もなく呑気に喋っている。この二人はいつもこうだ。だけどずっとこのふたりののんびりした空気に皆救われてきたような、そんな気がしていた。
湾岸近くはきっと、停電さえしていなければ夜景がとても綺麗なのだろう。
高層マンション、商業施設、工場、そして車のテールランプ。
だけれど今は暗い。
明かりがついていないわけではない。
しかし恐らく予備電源の準備がきちんと整っている比較的新しい建物だけがほんのりと明るいのだろう。そびえ立つビル、窓の光が欠けたモザイクのように金色に輝いている。その傍らで少し古いと思われるビルはうんともすんとも言わないように見える。
今夜はきっと本来の夜の半分にも満たない弱い光だ。
アンデッド・ブースターのステージと同じだ。
主役のスリーに気を使い、ずっと最低限の照明だけでずっとライブをしていたのだから。
本当は今、世界滅亡の危機なのかもしれない。
だけれど八人はどこか呑気だった。
なるようにしかならない。
それが真理なのだ、なんだって動くようにしか動かない。
終わる時はきっとあのスリーのようにぷつっと終わる。
そして運良く生き残ったらまた始めればいいだけの話なのだと思ってる。
ほのかに赤い夜空を見上げると、沢山の星が落ちて行くように見えた。多分気のせい。8人もいると、幾ら男性が多いとはいえ歩みは少しゆっくりになる。
その時一行の横を自転車に乗った3人組が通り過ぎようとして止まり、ベルを鳴らした。
立ち止まりふとその3人組を見ると、3人共色違いでアンデッド・ブースターのTシャツを着ている。
そして彼らは「ああやっぱりバンドの人だ」「ラッキー」と口々に言い合う。それはとても晴れやかで嬉しそうな顔をしている。
オシャレがなんとなくTシャツを確認して相手の素性がなんとなくわかった上で敢えて「どうかしましたか」と声を掛ける。確信犯だ。
真っ白いマウンテンバイクに乗ったメガネの男が軽く頭を下げて来た。
「俺達今日のアンデッドのライブ行きました、凄い良かったです」
もう1人の痩せた男が「俺達も今から避難所に行くんですよ」と言い、3人目の髪の長い男は「自転車パクられてなくてよかったな、歩いてたら会えなかったよな」と2人の仲間に同意を求める。
「それじゃ、また後で避難所で会えたら」とメガネ、痩せた男、髪の長い男の自転車3人組は再び頭を下げた。
「この先の街灯、昨日の地震で全部ぶっ壊れてまだ復旧してないんで多分予備電源回ってても駄目だと思います」
その言葉と自転車である事から察するに、この3人は恐らく近場に住んでいるのだろう。彼らは「じゃあ、かなり暗いから気をつけてくださいね」と、夜道を真っすぐと走り去って行った。
そこでようやく、ありがとうございます、とオシャレが言った。喉の痛みはとっくに治っていたから大きな声を出した。しかしもう彼らには聞こえていない。
「いや、ていうか今日のライブ楽しかったよ、めっちゃ楽しかったよ、自画自賛するくらい楽しかったよな、俺達事務所に騙された割にめっちゃ頑張ったよな今まで」
パンクがそう言って嬉しそうに小さく笑うと、その笑いは静かに全員に伝染した。
とりあえず、これからの事は避難所に到着してから考える。
避難所に近づくに連れて人が増えて来て、軽く人間渋滞のようになっている。
そしてそこはそこはかとなく騒がしく、微かに熱量があるのだった。
アニメは喉飴を口に放り込んだ。メイクが汗で溶けて、今は自分がゾンビのようなデスメイクになっているのは鏡を見なくてもわかる。横を歩くパンクとクイーンも似たような物だった。
舌に触れる甘さは優しく、アニメを明るい気持ちにさせる。
例えこのまま世界が本当に滅亡するとしても。
それでも前に進まなくてはならない。
もし避難所で泣いている人がいたら、今度は私が私の声で歌ってその心を慰めてみせる。
きっと私達は一流のチンドン屋になれるはずだ。
それでいい。
怖くない。
<完>
嘲笑うファイター タチバナエレキ @t2bn_3
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