第45話:四丁目の豆腐

第45話:四丁目の豆腐



「……増えてますね」

「うん、増やした」


 翌日、いつもの時間に豆腐の楽園とうふパラダイスへ来たアレクは寝不足でふらふらのトワを支えながら、それ・・を見ていた。


 豆腐倉庫リポジトリのとなりに一回りちいさな建物とうふが出来ていた。

 豆腐ハウス、豆腐工房スタジオ、豆腐倉庫リポジトリに続く四丁目の豆腐。その名も。


共有シェア豆腐倉庫リポジトリ


 豆腐倉庫リポジトリ共有シェアをつけただけであった。


「豆腐倉庫リポジトリと何が違うんですか?」

「まぁ、後で中見せるけど。その前に、『多重メガ設置ビルド』!」


 足元に所持品保管箱ストレージボックスに似た箱が設置された。所持品保管箱ストレージボックスとの違いは、神秘の文字ミスティックルーンが彫られた石版が前面に貼り付けられているところだ。

 両方共に・・・・


「今、同時に?」

「どうも、開放アンロックされてなかっただけで、砂の箱サンドボックス自体に応用の能力としてあったみたいやねん。変換クラッシュでも出来るで。まぁ、それは今はおいといて、と」


 トワは片方の箱を開けると、自分の指輪を外してその中にいれた。その行為に狼狽しているアレクを尻目に一度蓋を閉じると、今度は両方の蓋を同時に開ける。

 指輪はどちらの箱の中にもあった。


「これは?」

「どっちかとってみて」


 聞いても悪戯っぽい笑みを浮かべて説明しない伴侶に、アレクは諦めて片方の箱から指輪を取り出す。楕円形で乳白色の石の指輪。間違いなくトワのものだ。そして、もう片方の箱を見ると、指輪がなくなっていた。


それゆびわ、戻してみ」


 言われて、元の箱に戻すと空であったもう片方の箱に指輪が現れる。アレクはトワの表情から次に促される行動を察して、もう片方の箱から指輪を取り出す。両方の箱が空になった。


「これはいったい……」

「この箱は共有シェア所持品保管箱ストレージボックスいうんやけどな。まぁ、種明かしはするから、それゆびわはどっちかの箱に戻して」


 アレクが指輪を箱に戻すと、トワは箱を閉め。


「『多重メガ変換クラッシュ』!」


 両方の共有シェア所持品保管箱ストレージボックスを消し去った。


「さて、じゃぁご開帳」


 トワは共有シェア豆腐倉庫リポジトリと名付けた建物とうふの両開きドアを開けた。

 トワに促されるまま中にはいったアレクは周囲を見渡す。


 木材置き場、石材置き場、土砂置き場。一見すると所持品保管箱ストレージボックスで埋め尽くされている豆腐倉庫リポジトリより、よっぽど倉庫らしかった。

 そして、アレクの視線があるものに釘付けになった。


 トワの指輪だった。床に置かれていた。

 トワはそれを拾い、改めて指にはめる。


「種明かしするとさっきの共有シェア所持品保管箱ストレージボックスは、共有シェア豆腐倉庫リポジトリから、物を出し入れアクセスするもんなんや。より正確には、共有シェア領域エリアっていうんを指定して、その内側の物を――やねんけどな。

 どっちに入れてもここに入るし、取り出したらここから無くなるから両方空になったわけや」

「ここにあるものを、遠隔で取り寄せる事が出来ると?」

「まぁ、その解釈でええと思うで。あ、そこの木材置き場みたいなんとかは、見かけはともかく実態は共有シェア領域エリア専用の所持品保管箱ストレージボックスやねん。それぞれ対応するものしか入れられへんかわりに、共有シェア所持品保管箱ストレージボックスから、直接中身を取り出すことが出来るねん」

「なるほど」


 アレクには、なぜトワはこれだけを急いで作ったのか理解出来た。


「旅先で資材が必要になった場合、ここから確保するわけですね」

「そや。商人さん達が今まで何度も行き来してるんやから、何かあると思ってるわけやないんやけど。『思ってもみない事に備える』やろ?」

「その通りです」


 トワが言っているのは戦闘術の考え方だ。今までが大丈夫というのは、次の大丈夫の保証にはけっしてならない。タンクからそう戒められていた。


「あ、そうそう。アレクにお願いがあんねんけど」

「なんですか?」


 それまで得意気だったトワの顔つきが急にしおらしくなり、アレクは内心で首を傾げながらも『お願い』を聞く。


「ダメやったらええねんけど」

「それは……まぁ、可能です。どの道、こことうふパラダイスは定期的に状態を部下に確認させるよう指示するつもりでしたので。しかし、何の意味があるんですか?」

「万が一の保険かな? 出来るんやったら、お願い」

「わかりました。部下に伝えておきます」


 そして、豆腐ハウスの玄関にまとめてあったトワの荷物を回収して、二人はスピアーズに向った。






「うわー、馬がいっぱい」



 村では、隊商の出立の準備がほぼ整っているようで、最後の確認らしき声があちこちで飛び交っていた。


「おお、アレク様、トワ様」

「あ、師匠もいくんやってな。道中よろしく」

「師匠?」


 トワの呼びかけにタンクは首を傾げた。


「いや、私って師匠の弟子なんやから、やっぱ名前で呼ぶのはまずいかなと思たんやけど」


 アレクが思わず拭き出していた。タンクも照れたように笑いながら。


「トワ様に言われると何かこそばゆいですな。が、良い心がけです」

「様はいらんよ、師匠」

「まぁ、そこはアレク様も同じなので、気になさらないで下され」

「むー」


 今度はアレクが話しかける。


「師匠。クラウドが今どこにいるかご存知ですか? 戻った事を伝えたいのですが」

「荷のチェックをすると言っていましたが。――いや、あそこにいますな」


 タンクの視線を追えば、丁度向こうもこちらに気付いたようで部下の商人達に指示を出して一人でこちらへと歩いてきた。


「すみません、クラウド。出立の忙しい時に」

「かまいやしませんよ。まだもうちょい時間がかかりますしね。気にするこたぁありません。それより、こちらのお嬢さんに挨拶をさせてもらっても?」

「ええ、どうぞ」


 クラウドはトワに向き直り、子供相手とは思えないようなスキのない一礼をする。


「初めまして、トワ様。私はこの隊商の主で名をクラウディウスと申します。どうぞ、クラウドと呼んで下さい」

「こちらこそ初めまして、クラウドさん。今回はお世話になります」


 トワの挨拶にクラウドは小さく首を横に振って。


「いえいえ。お会いするのは初めてですが、今までこちらがさんざんお世話になりましたので」

「へ?」


 クラウドは身をかがめてトワに耳打ちする。


「相談なんですが。オオネズミの尻尾を今までより多く確保する事は可能ですか? もちろんスピアーズに戻ってからの話になりますが。顧客の薬剤師が新薬を開発したとかで大口でもっていくので品薄でして。まぁ、買っていただけるのはありがたい話で愚痴るのもぜいたくなのは承知しておりますがね。

 後、ゴムを衣類に使っていらっしゃるとかで。恥ずかしながら、そのような使い方は耳にした事はございませんでして。もし、良ければそのアイデアを使わせて頂けないでしょうか? もちろんタダとはいいません。売り上げのいくらかはトワ様のとり分として――」


 トワがアレクを一瞬見ると、彼女は困った顔で彼を見ていた。

 どうやら、アレクを通して注文をしていた商人が彼だったようだ。


「オオネズミの尻尾やったら在庫まだまだあるで。まだ時間があるんやったら取ってこよか?」

「本当ですか!?」

「それにゴムの件は別に私のアイデアちゃうし、クラウドさんの思うとおりにしてくれたらええよ。分け前もいらんし。なんやったら他のゴムの利用方法とか教えよか?」

「ぜひ!!」

「クラウド」


 アレクの呼びかけに熱くなりかけたクラウドは我に返る。


「はははっ。すみませんでした。ですが、オオネズミの尻尾はできればお願いできますか。ゴムの件については道中においおい」

「了解!」

「では、これで失礼します」


 ごまかすように足早に去っていくクラウド。

 その背を見てアレクが嘆息する。


「悪い男ではないのですが、商売がからむと周りが見えなくなるのです」

「王都にいた時は、起こしたトラブルを度々アレク様がとりなしてましたな」

「悪人なら放っておいたのですが、あれで信義に厚い男ですので」

「面白い人やなー」

「笑い事ではありませんよ、トワ。また豆腐の楽園とうふパラダイスに戻る事になったじゃないですか」

「ええやん。王都まで結構あるんやろ? 恩売っといて損ない相手やん」

「まぁ、間違ってはいませんな」

「師匠っ。はぁ、もう。仕方ありませんから急いで戻りますよ、トワ」

「了解。じゃ、師匠また後で」

「いってらっしゃいませ、お二人とも」



 トワとアレクは荷物番をタンクにまかせて、足早に来た道を戻っていった。



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三章はこれで終了です。



四章開始は年が明けてからになりますが、

開始日はまだ未定です。

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サンドボックスな私は豆腐作りに励む 赤砂多菜 @sisyo

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