第44話:友人

第44話:友人



 結婚をした翌日。二人は拠点セーフエリアに足を運んだ。


「『目印フラグ豆腐の楽園とうふパラダイス]』!」


 視覚的には何も変化がないが、柵の内側。拠点セーフエリア内が目印フラグに塗りつぶされていくのがわかる。


 トワはふと隣に立つアレクに尋ねた。


見える・・・?」

「ええ、はっきりと見えます・・・・


 指輪を通してトワが視認したものが、ちゃんと伝わっているようである。


「これが行っていなかった行為ですか?」

「やね。目印フラグの範囲指定。鉱石求めて掘り始めたら必要になるんじゃないかなーと思ってたんやけど、試してはなかったわ。感覚フィーリングで出来るってわかってたんやけど。――ってうっわ」

「トワ?」


 アレクはトワのげんなりした表情に声をかける。


「いや、なんか凄い量が開放アンロックされてるっぽい。体の中身が書き換えられてるようで、なんかもぞもぞするわ。範囲目印フラグボトルネックふんづまりになってたみたいで、開放アンロックの条件をクリアしてたのがたまってたんやろうなぁ、これ」

固有能力ギフトは本来、そういった応用の増やし方はしないのですが」

「やっぱり、権利ちから固有能力ギフトは本質的に別なんやろな」

「対外的には固有能力ギフトで通しましょう」

「そやね。いらんトラブル招きそうや」


 トワはアレクを見上げた。


「出発は明日やね?」

「その予定ですが……。延ばしましょうか? 砂の箱サンドボックスの応用が増えた事で調べる事も出来たのでは」


 アレクの気遣いに、トワは首を横に振る。


「それは道中でもある程度出来るから、ええよ。ただ、急ぎで作っておきたいもんが出来たから、今日一日突貫で作るから明日迎えに来てくれへん?」

「それはかまいませんが、私がついてなくて大丈夫ですか?」

拠点セーフエリア――いや、豆腐の楽園とうふパラダイス内での作業やから大丈夫やって。何かあったらこの指輪つかって連絡するし」


 見せびらかすように左手をかざすトワだが、伴侶相手では苦笑を誘うだけだ。


「では、明日はいつも来ている時間に迎えに来ます。旅用の荷物は忘れずにまとめておいて下さい」

「はいな。アレクもがんばって、皆の視線に耐えてね」


 悪戯っぽい笑みのトワに、アレクは苦虫を噛み潰したような顔になる。


「言っておきますが、あれはトワのせいですからね」

「でも、村の人も部下の人達も薄々気付いてたって雰囲気やん。私はただトドメを刺しただけであって――」

「いや、それが問題なのでは」


 アレクは情けなさそうな声を上げる。

 昨日、見事にアレクの性的嗜好へんたいが知れ渡ってしまったわけであるが、周囲の人々の視線はちょっと生暖かい程度で済んでいた。


「人望なんて足し算やって」

「足し算?」

「そや。マイナスへんたいな部分があっても、それ以上にプラスがあったらかまへんのや。それだけアレクの人柄や能力が認められてるって事や」

「それはありがたいのですがね」


 生暖かい視線も結構辛いものがあるのである。

 アレクはため息をついて、表情を普段のものに戻した。


「いまさら言っても詮無き事ですか。では、私は戻って手続きと準備をすすめておきます。本当に何かあったら知らせて下さいね。すぐにかけつけます」

「はいな」






 アレクが去ったのを確認してから、トワは所持品インベントリから『封書[取り急ぎのお知らせ]』を取り出した。二通目の封書だ。

 便箋はまだ封書に入れられたままで、それを取り出す前にトワは封書に向って話しかけた。



「なぁ、もしかしてハギもこっちテンパランスに来てるん?」


 便箋を取り出すと、かつての文章はそこにはなく、ただ一文だけが書かれていた。






 他の耕作者ドラマティストの情報は開示できません。






 トワは舌打ちして、封書を所持品インベントリに戻した。


 ハギとはトワの友人である。中学二年にしてカリスマ腐女子という重すぎる十字架を背負った少女で、一部の女子からは教祖扱い、男子からは「このままでは世界が」「どうしてこんなになるまで放っておいたんだ」「駄目だこいつ……早くなんとかしないと」などと恐れられていた。


 トワにとっては動画製作仲間であり、従姉妹が自殺し精神的に危うかったトワに寄り添ってくれた恩人でもある。

 トワが封書にハギという存在の確認をしたのは、封書の封をしていたシールの存在だ。


 そのシールに描かれた悠久山安慈のイラストが一通目も二通目も彼女の絵柄だったからだ。


 ハギの姉は血筋というか売れっ子BLボーイズラブ漫画家で同人誌まで精力的に手をだしていた。そして、ハギはその手伝い――というよりも共同著者に近い存在であった。未成年がBL作品に手を染めていいのかという倫理的な問題はこの際おいておこう。

 ハギがかかわった作品は商業誌、同人誌問わずトワは所有していた。原稿を書くのを直接見た事もあった。

 だからこそ、シールの絵柄がハギのものである事がわかった。



 耕作者ドラマティストとなる基準は不明だ。だからハギがこの世界テンパランスにいるかどうかわからないし、調べる術もない。万が一と思って封書に聞いてみたのだが、拒否られたわけである。



「よし」


 トワは頬を両手で叩いて意識を切り替えた。

 今、自分にはやらねばならない事がある。共に生きると誓った伴侶もいる。前を向いていかなければならない。


「まぁ、あいつの事やから、こっちに来ててもそうそう死なんやろ」


 トワは今も生きている。だから、彼女も例えこの世界テンパランス選ばれたらちされたとしても生き残れる。生きてさえいればいつか会える。


 そう信じて、トワは作業に入った。

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