山間を走る列車

馬田ふらい

山間を走る列車

 夕方に母が危篤状態にあると急報を受けた。

 都市部から隣県の実家に近い病院までは電車を三度乗り継ぎ、合計三時間かかる。夫と合流した私は、暖房の効かない列車に揺られて県境の山の中を進む。

 山間を走る列車は車輪の唸り以外静かだった。


 末期ガンを申告された母に回復の目処が立たず、この彼岸を越えられるか怪しいとのことだった。私はみるみる衰弱していく姿を見るのに耐えられず、実家までが遠いこともあってなかなか見舞いに行く気にならなかった。


(もっと親孝行するべきだった)

 俯いた私の口の中に夫が何かを突っ込んだ。果肉がプチプチっと弾けて、優しい酸味と甘味が溢れ出す。

「何これ」

「りさ、晩御飯、まだなんだろう?急いでいて、大したものは買えなかったから」

「……ありがと」

 夫もまたオレンジ色を口に放り込んだ。


 列車を下りると闇の中を走って病院に急いだ。案内された部屋に入ると、座った父が首が上がって横たわった母の手を握っていた。棚に両親の結婚式の時の写真が置いていて、震える父と美しく着飾った母がいた。写真の脇にあるのは、彼岸のときにいつも母と作っていたものだ。とっさに名前が出てこない。


「母さん、棚にあるアレ、なんて言うんだっけ」

「母さん?」

「父さん、母さんは寝てるんだよね?」

「……」


 〜15年後〜


 毎年の秋の彼岸は祖母の命日なので、山間を走る列車に乗って家族で祖父の家に行くことになっている。ところが、両親は仕事で今回はわたし一人が先に行く。

 やがて列車が山に入ると、すっと車内の温度が下がり、外には靄が見えた。


(それにしても、今日は特別冷えるなあ)


 木々をくぐる列車に日が零れて、車内をストロボのように照らす。

 このとき、わたしは向かいに座る和装の女性に気が付いた。まるで結婚式にでも行くかのように、おしろいをして深紅の口紅を付けている。


(さっきまで、こんな人いたっけ?)


「こんにちは」

 突然話しかけられて、私は震えた。

「あなた、名前は?」

「的場、です」

「うふふ、私と同じ名前」

 目の前の女性は美しく微笑んだ。なんとなく母の面影を感じた。

「私、あなたをずうっと、いつでも見守っていたのよ。あなたの産まれた15年前から。本当に大きく育ったわねえ。私も、あなたと一緒に生きたかったわ」



 山を抜けた時には、もう太陽は顔を隠し、和服姿も見えなくなった。

(なんだろう、この気持ち)

 山間を抜けた列車から見える秋の宵は、わたしをしんみりとさせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

山間を走る列車 馬田ふらい @marghery

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る