始まりの教会 後編
勇者様のお話は、こうです。
「クラリスさんは魔力が使えるんでしょ。
あのシスターさんを助けるために、僕が近くまで行って騎士と話をするから。
注目が集まってるうちに、詠唱の準備をして。
魔法は…… なんでもいいよ。得意なやつで。
合図したら、僕めがけてそれを放って」
そして、親指をクイッと上げました。
勇者様を見てると、マザー・ルテアにまわした手が微かに動きました。
あれは、合図ですね。
あたしはマザーごと焼き払うつもりで、火魔法を放ちました。
もちろんそこには嫉妬心などありません。
なんなら、教団の神に誓っても良いぐらいです。
――そんなモノ、一度も信じたことはないですが。
あたしの魔術が届くと同時に、勇者様とマザーが金色の輝きに包まれました。
「くそっ! なんだ、この光は」
一斉に放たれた矢は、その輝きを通り抜けて。
「なかなかの魔力だね。これならもう一回いけそうだ」
突然勇者様の声が後ろから聞こえてきました。
あたしが驚いていると。
「クラリスさん、つかまって!」
勇者様に抱きかかえられました。
残念なことに、マザーと一緒でしたが……
■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■
「あの騎士はああ言ったけど、近距離なら触れた人を移転できるんだ」
あたし達は今、教会の屋根の上にいます。
マザーは年甲斐もなく、顔を赤らめて勇者様のお顔を見詰めていて。
――大丈夫でしょうか、このババア?
いろいろ心配でなりません。
「しかし勇者様、この後どうすれば……」
騎士達は教会に押し入り始め、街のあちこちでは火の手が上がっています。
「そろそろ来るんじゃないかな?」
勇者様が空を見上げると、天空を駆ける2台の馬車が現れました。
「えっ? ……飛んでる?」
あたしは自分の目を疑いました。
勇者様がその馬車に手を振ると、中から2人の女性が飛び降りて近付いてきます。
ひとりは黒髪の20代中半ほど。もうひとりは、赤髪の10代後半ぐらい。
あれは、以前教会に来た『ハンドレッド・ローラ』と呼ばれる……
女剣士様でしょうか?
「あんたねー! 少しは作戦とか周りのこととか考えてよ!
急に『先に行くから』って移転するから、びっくりするじゃない」
「ゴメン、でもなんとか間に合ったみたい」
勇者様と赤髪の女剣士様が、あたし達を見ました。
「そう、良かったわね…… で、また女が増えたの?」
「ローラ、もう諦めな! 英雄色を好むってね。
それよりダーリン! あの下の騎士達はあたいらに任せて、領主城の方へ行ってくんない?
革命軍の中に腕の良い魔術師がいるみたいでルビーが苦戦してるって、姉御から連絡があったわ」
「アンナさんホント? 分かった、急ぐよ。
街を囲んでたレコンキャスタの残党はどうしました」
「それならヒグルス将軍が張り切ってたから大丈夫よ。
『この不殺の惨殺剣を受けてみよー!』って……
ねえ、やっぱり不殺の惨殺剣っておかしくない?」
アンナと呼ばれた黒髪の女性が苦笑いすると。
「ヒグルスさんらしいよ。
――まあ、彼達が出張ったんなら2千程度のレコンキャスタは問題ないか」
勇者様も同じように笑いました。
やっぱり笑顔がセクシーです。
「それで、バリオッデ様は?」
赤髪の女剣士様がその問いに答えました。
「ルビーと一緒よ。
領主城で、革命軍に対する反撃の指揮をとってる。
それより、あんた『箱』と『鍵』は見つかったの?」
勇者様が『宝物庫』に安置されていた箱を懐から取り出しました。
それは、手のひらに乗るほどの小さな木箱です。
――本物は初めて見ましたが、伝説のとおりの形状でした。
「鍵は多分……」
そう言って、またあたしにお顔を近づけてきます。
ちょっと、心臓のドキドキが大きくなってしまいました。
「ねえ、クラリスさん。領主城まで移動するからまた魔力を貸してくれない?
詠唱は必要ないよ、僕の手に『力』を流し込んでほしい」
そして、手のひらを差し出しました。
あたしがその手を取ると。
「クラリスさん、暴力や権力や運命に逆らっても……
自分のするべき事、したい事をする。そんな勇気はありますか」
勇者様は、その眼差しを真っ直ぐにあたしに向けました。
孤児として教会に引き取られた事。マザーや他のシスターと、貧しいながらも楽しく暮らしてきた事。そして『カエルの勇者様』への信仰。
いろいろな事が頭の中をめぐり……
ふとマザーの顔を見ると、彼女は優し気な笑顔で頷いてくれました。
どうやら年増の色ボケはおさまったようで、ちょっと安心です。
「はい。勇者様」
あたしは手を取ったまま片膝をついて、首を深々と下げました。
「やっぱり…… 彼女が『鍵』だよ。
『魔女』の血統を継いでるんじゃないかな? 波動が感じられる。
――ねえ、帰ってきたら僕の話を聞いてくれない?」
あたしの魔力が勇者様に流れ込むのが分かりました。
身体が徐々に火照ってきて……
その、なんと言うか、 ――微妙な感じです。
勇者様がまた黄金に輝き初め。
「ローラさんアンナさん、後は頼んだよ。
ちょっと領主城まで行ってくる」
そう言って、お姿が消え……
後ろから、赤髪の女剣士様の大きなため息が聞こえてきました。
「やっぱり…… また女の子が増えるのね」
■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■
教会を襲撃した騎士団は、瞬く間に無力化されました。
ローラさんの剣術に剣士たちはまったく歯が立ちませんでしたし。
アンナさんの操る複数の木偶は、どんな攻撃もはねのけ、作業のように騎士達を拘束してゆきました。
戦いが終わっても、死人はおろか大きなゲガ人すら出ていません。
まさに圧勝とは、この事でしょう。
領主城から上がっていた火も治まり、街のあちこちの被害もあっという間に消えてしまいました。
燃えていた建物は自然と回復し、木々や草花は溢れるような実りを始めています。
「これ、けっこう美味しいのよ」
教会の隅に自生する、苦いお茶の元…… いちおう薬草らしいのですが。
その雑草に大きな花が咲き、中に丸い色鮮やかな実が付いていて。
赤髪の女剣士がそれを2つとって、片方を自分の口に。
もう片方を、あたしに差し出しました。
「甘い…… 砂糖菓子のようですね」
「あいつはキャンディーって呼んでた。
修復魔法の副産物らしくって、すぐ消えちゃうから良いけど。
あのバカ、木々や建物を一時的にお菓子に変えちゃう癖があるのよ」
「消えちゃうんですか?」
「摘んでおけば大丈夫よ。
――それより、これからどうするの?
あなたが『鍵』だとしたら付いてきてほしいけど……
無理強いはしたくないし」
あたしは後ろにいるマザーと、帰ってきたアンジェやロジャーさんを見ました。
「その…… やっぱり大変ですか?
あたしがついて行って、足手まといになったりしませんか」
勇者様に付き添って、この世界を変える。
そんなの今まで想像したことも無かったから、あたしは戸惑いました。
「大変って言えば、そうかもね。
でも、あたしは毎日楽しいわよ。ワクワクとドキドキが止まんない感じ。
足手まといにはならないんじゃないかな?
むしろ『鍵』の素質があるんなら、来てくれると助かりそうだし。
だから問題は、あいつが言ったみたいに『本人の意志』なんじゃない?」
「それでしたら……」
あたしが少し顔を赤らめると。
「あー、でもそっちの道は険しいかもね。
ライバルも多いし」
赤髪の女剣士様が、黒髪の魔術師様を見て微笑みました。
「えー、なになに?
あたいをのけ者にして、なに話してんのさ」
「アンナ姉さん、それは言えないかなー?
女の子の秘密だから」
「なによ! あたいだって女よ」
「もう、『子』はつかないでしょ」
笑いあう2人から離れて、あたしはアンジェの元まで行き。
「ねえ、アンジェ。コレとっても美味しいよ」
あたしが、足元の花から実を取り出して渡すと。
「ホント、美味しい!」
とても喜んでくれました。
そしてマザーやロジャーさんも混じって。
消えてしまう前にできるだけ沢山の実を摘み……
――勇者様から聞いた話や、あたしの考えを伝えました。
「クラリス、自分の信じることを成しなさい」
マザーの言葉に涙が出そうになったら。
「ほら、クラリス…… 手が止まってるじゃない。
子供たち全員に渡すには、まだ数が足りないもの。いそいで、いそいで!」
アンジェに怒られてしまいました。
気のせいでしょうか? そんなアンジェも、どこか涙ぐんで見えたのは。
■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■
「後は、バリオッデ様に任せる事にしたよ。
レコンキャスタの残党はどうだった?」
教会にお戻りになった勇者様の横には、森人と魔人の混血でしょうか?
ピンクのフリルが付いた可愛らしいドレスを着た少女と。
「真魔王陛下! 我ら真正魔王軍にとってあ奴等なぞ物の数ではありません。
この『不殺の惨殺剣』が、瞬時に蹴散らしてやりました」
ぽっちゃりとした中年の、ちょっと残念な感じの魔人さんがいました。
「あ、ありがとう…… ヒグルスさん。でもその、真魔王と言うのはちょっと」
勇者様は、なんとなく引き気味でした。
しかし、問題なのはピンクのフリフリドレスの女です。
勇者様にべったりくっ付いて離れません。
「3つの『箱』と『鍵』は、これで2組が僕たちの手に。
もう1組が奴等の手に。
――帝都に戻って…… 今度こそシンイチを捕まえなくちゃ」
そのお言葉に、皆が頷いて。
視線があたしに注目しました。
「ねえ、クラリスさん。帝都まで一緒に行かない?
街は完全に革命軍に乗っ取られてるし、近隣諸国もこのチャンスに便乗しようとしてる。
力を貸してくれてる魔人軍も、数は少ない。
おまけに後ろで糸を引いてるのは、本物の神様なんだ。
それでもその…… ついて来てくれない?」
ちょっと自信なさげなそのお言葉に、あたしが力強く頷くと。
「旅は道連れさーね。
あたしゃ、ドーバーってんだ。宜しくねえ、お嬢さん」
鳥族の女性が話しかけてきました。
「あたいは、アンナ。ドーバー団の若頭なんだ。
移動はあたい達の馬車に乗んな! 帝都までなら一晩で飛んでけるからね」
黒髪の女性が、にこやかに笑いました。
「じゃあ、行こう!」
勇者様のかけ声で、全員が席を立ちます。
ここは、伝説の勇者様が旅立った『始まりの教会』
言い伝えでは、人・魔・亜が混乱し、乱世となった時。
後にそれをおさめ、平和をもたらした偉人達が集い。
決意を固めた場所だったと。
勇者様が教会の扉を開けるお姿が、その伝説を描いた
あたしは、新たな伝説に付き添うように……
――彼らの後を、追い駆けて行きました。
【真正勇者伝:「序章 聖女クラリスの覚書」より抜粋】
Ending :Start A church
>Important memory complete.
>Emotion code complete.
>Debug mode complete.
>code Magic hacker
>Do you want to continue?
>Yes / No >■
魔法ハッカー 木野二九 @tec29
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