始まりの教会 前編
半年前のあの日を境に、教会は変わりました。
教団のトップからは今だなんの連絡もなく、騎士団も、謎の人たちも出入りが無くなり……
――代わりに、多くのケガ人や病人が訪れるようになりました。
「シスター! 表に並んでる連中を入れてもいいかい?」
「はい! あ、あのっ、ロジャーさん達も休んでください。
今入った人たちの治療は終わりましたし…… これが済んだら、あたし達も休息に入りますから」
「しかしなあ…… 何度見ても不思議な光景だな。
どんなケガも病も、この部屋で祈りを捧げるだけで、たちまち治っちまうんだから」
ロジャーさんが新しく神殿に入った人達を見て、驚いています。
病に苦しむ幼い子供や、戦で大ケガをした兵士、ギックリ腰を苦しむ老人までもが……
神殿に入って、一度祈りを捧げるだけで、たちまち回復してしまうのですから。
――あたしも不思議でなりません。
そう、これは今話題になってるカエルの勇者様の再来と呼ばれる方達が、各地でおこされた奇跡のひとつ。
街では『奇跡の教会』と呼ばれ始め、最近では遠方の街からも噂を聞き付け、この教会へ足を運ぶ人も増えてきました。
「こんだけ人が集まってんだ。多少でも寄付金をとったらどうだい?
教会の財政難も、なんとかなるんじゃねーか」
「しかしそんなことをしたら、きっとあの方に叱られてしまいます。
ご厚意で働いていただいているロジャーさん達には、申し訳ありませんが……」
「俺達はかまわねーよ。
けど、シスターさん達の生活もあるだろ? 相変わらず教団からは連絡はねーのか」
確かに残った3人のシスターの生活費は底をつき初め、今日の食事ですら不安でなりません。
今はなんとか近隣の住民や、神殿のおかげで元気になった方々の支援で食べてゆくことは叶うのですが。
「アレから全く連絡が無くて…… 教団からの指示が無いと、どうしたら良いか」
「だからいっそ、独立しちまえばいーのさ。
そもそもここはカエルの勇者様を祀った神殿で、教団とはあんまり縁がなかった場所だろ。
マザーにも言ったけど、そろそろ考え時だぜ」
最年長のシスター『マザー・ルテア』は、一向に連絡の来ない教団に対して不信感を抱いてましたし、もともと残ったシスターは全て『カエルの勇者様』の信者でもあります。
あたしが悩んでると。
「俺達も、教団より勇者様の信者なんだ。
地元の連中はみんなそうなんじゃねーか? シスターさん達が独立するってんなら、後は任せてくれてもいい」
そう言って下さるのは嬉しいのですが…… マザーのお話では、政治的にそれをすると、いろいろ問題もあるようでして。
「あたしの一存では何とも」
笑って、お茶を濁すのが精一杯です。
……いったい、どうなっちゃうんでしょう?
■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■
「領主のバリオッデ様が今帝都に出向いて、今後の方針を皇帝陛下にご相談申し上げているそうだよ。その際にこの教会のこともお話になるそうよ」
マザーはあたし達に2人にお茶を入れてくださりながら、そっとため息をこぼされました。
お茶と言っても、コレは近所に生えてる草を湯で煎じただけのモノ。
……苦味しかありません。
贅沢は敵ですが、どうしても甘いモノが食べたくなります。
隣のシスター・アンジェも、顔をしかめながらカップを口に運びました。
「マザー・ルテア様、そのお話が出てから既に2月。帝都まで馬で半月の道のりとは言え…… お帰りが少々遅いのでは」
アンジェの言う通りです。
しかも帝都では革命の噂があって、不穏な空気が漂っているとか。
「そうですね、シスター・アンジェ。新たな勇者様とうたわれる『あのお方』が、魔族を平定したそうですが…… その余波が、こんな形で出るなんて」
なんでもレコンキャスタという魔族の軍を『あのお方』が制圧して、それに抵抗した残党が帝都で新たな革命を狙っているそうです。
「この領も、その影響でしょうか? 衛兵がまた変な動きをしてますよね。
ロジャーさん達が追い払ってくれるから何とかなってますが。
教会を解放しろと、毎日のように来てるそうです」
あたしの言葉に、マザーはため息をつく。
「まったく、どうしたら良いのでしょう」
マザーが祈りを捧げると、あたしとアンジェも同じように祈った。
もちろんそれは教団があがめる神ではなく、神殿に祀られている『カエルの勇者様』だ。
あたし達が腕を組み首を垂れていると、慌ただしく礼拝堂のドアが叩かれる音がして。
「シスター、領主城に火の手がまわった!
この教会も、正面に反旗を翻した騎士達が押しかけてる。
まだ間に合うはずだ! 囲まれる前に、あんた達だけでも逃げるんだ」
そう叫びながら、ロジャーさんが転がるように駆け込んできました。
「シスターが教会を捨てて逃げる訳には行きません。
私はここに残ります。
――あなたたちは、裏口から逃げなさい!」
マザーはそう仰ると、震える手でほうきを握りしめ立ち上がりました。
「シスター・クラリス! 急いで」
アンジェは裏口に向かって走りながら、あたしを呼びました。
「アンジェ、やっぱりマザーだけおいて逃げられません!
あたしも残るから…… アンジェはロジャーさん達と行って」
騎士団相手にほうき1本では、さすがにマザーでも太刀打ちできないでしょう。
神殿に祀られている勇者様の神器『聖なる箱』を探しに、あたしは逆方向へ駆け出しました。
伝説でその箱は、悪を封印し聖なる力で弱者を守ったと言う。
もちろんそれが今なお動き、あたし達を導いてくれるとは思わなかったけど。
マザーの心の支えになればと……
ワラをもつかむ気持ちで、神殿の最奥部にある宝物庫の扉を開けました。
そして、その中から現れたのは。
「やあ、久しぶり」
神秘的に整ったお顔立ちの、しかしどこか優し気な笑顔の。
――ひとりの少年でした。
「ああ、勇者様」
あたしはそのお姿に…… 腕を組み、深く深く首を垂れました。
■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■
「ババア! 俺は年寄りを切るほど酔狂じゃねーんだ。
剣が汚れるだろ……
前にも話したが、とっとと何処かへ失せてくんねーか。
この神殿のおかしな力は金になるのさ」
「ブルード、あんたかい? お城に火を付けたのは。
そんな事をして…… バリオッデ様がお帰りになったら、ただじゃ済まないよ!」
「はん! バリオッデなら帝都でとっくに殺されたさ。
今もレコンキャスタと帝国の革命軍がこの街を囲んでる。
逃げてもどうせ奴らに捕まるだろうが…… 俺は自分の手間をできるだけ少なくする主義なんだよ」
正門の陰に勇者様と2人で隠れ、それを伺っていたら。
「ちょっと遅かったかな?
サーチしたら、とんでもないことになってたから……
僕だけ急いで来たんだけどね」
勇者様は、なにかを悩むように首を傾げました。
そして震えるあたしの肩にそっと手を置いて、シスター服の上から胸をチラ見すると。
「でも、これならなんとかなるかも」
そう仰いました。
肩はこるし、エロい目で見られるし。
同性からは…… 宝の持ち腐れとまで言われた、この胸ですが!
生れて初めて大きくてよかったと、心から思った瞬間です。
「えーっと、シスター?」
「はい。クラリスといいます」
「クラリスさん、ちょっと協力して」
そしてあたしの耳元まで美しいお顔をよせて、小声で話しかけてきました。
――もう、ドキドキです。
「分かった?」
あたしが頷くと、勇者様はまるで散歩に出かけるような足取りで、マザーと騎士団が睨み合う正門まで歩いて行きました。
■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■
「ブルース、久しぶりだね!」
「ああ? 俺の名前はブルートだ! 誰だお前」
「ゴメン、男の名前はできるだけ覚えないようにしてるんだ」
勇者様は、怪しげな会話を騎士と始められました。
「お前…… 偽勇者だな! そのふざけた顔に見覚えがある。
レコンキャスタからの情報で、お前はひとりだけなら好きな場所に移転できるって聞いてたが…… どうやらホントのようだな。
――しかし、飛んで火にいる夏の虫だ。
奴らの情報じゃ、移転後のお前はしばらく龍力がつかえねーらしいし。
周りに魔力が無きゃ、赤子同然だって話じゃねーか」
そして、その騎士がいやらしくニタニタと笑いだし。
「魔道兵は魔力をひっこめろ、返り討ちに合うからな!
魔道具もダメだ! 全部仕舞え、利用されちまうぞ!
弓兵は魔力標準を切って前に出ろ、剣兵は突撃に備えてその後ろだ!
いいな魔力さえ使わなきゃ、相手はただのガキだ」
指示を出し始めました。
「ちゃんと研究してるみたいだね、感心だよ」
しかし勇者様は、余裕の態度です。
「口が達者だってのも聞いてるが…… 俺にハッタリは通じねえぞ!」
ずらりと並んだ弓兵が、勇者様とマザーに狙いを定めます。
マザーが震えていると。それを守るように引き寄せ、勇者様が呟きました。
「安心して、この状況は既にハックしたから。
こっからは全部僕たちのターンだ」
その勇敢でカッコいいお姿に、あたしはちょっとイラっときました。
ああ、勇者様……
――あなたは誰の肩でもお抱きになってしまうんですね!
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