第6話

 夕(ゆう)闇(やみ)に包まれる教室。レリンはジェーンと並んで、椅(い)子(す)に座っていた。

(今日は、満月だな)

 いつの間にか夜になっていた。夕食を食べ損(そこ)ねてしまったが、それほど空腹は感じない。

 並んで腰(こし)掛(か)ける二人の脇(わき)では、ジオドールとフォルスがしゃがんでいた。何をしているのかというと、先ほどジオドールがレリンを引きずり倒(たお)した際にぐしゃぐしゃに潰(つぶ)してしまった端(は)切(ぎ)れの皺(しわ)を、一(いつ)生(しよう)懸(けん)命(めい)伸(の)ばしているところだった。

「ジオドールとフォルスは、私の専属騎(き)士(し)よ。空き教室を探して、皆(みな)が食事に出ている間に呼んで、定期連(れん)絡(らく)を取り合っていたの」

「でも、ここは男子禁制でしょう? 入ってくるのも困難なんじゃ……」

「いーえ、このジェーンの手に掛かればちょろいものよ」

 やけに自信満々に胸を張るジェーン。なにがちょろいのか、気にはなるが聞いてはいけないような気がした。代わりに、別のことを尋(たず)ねてみる。

「そういえば……ジェーンって、王女編入の日よりも前にここに来ていたわよね?」

 ジェーンが編入してきたのは、今から約十五日前。王女編入の日、ジェーンは「興味がない」と言っていて、中庭で一緒にお喋りをしたではないか。

(そう、その時に「王子様」とも出会って……)

 自然と、レリンの視線は床(ゆか)にしゃがむ青年に注がれる。

 ジオドールと一緒に布の皺伸ばし作業をする青年の名は、フォルス。裁縫教室のクラスメートが黄色い声を上げて褒(ほ)め称(たた)える貴公子。

 今は宵(よい)闇(やみ)に紛(まぎ)れるためか、「黒騎士団」の豪(ごう)奢(しや)な制服ではなくシンプルな黒の装束姿だが、決して見(み)劣(おと)りすることはない。額に落ちてきた髪(かみ)を搔(か)き上げる動作さえ、洗練されている。

 彼はレリンの視線に気づいたのだろうか。作業の手を止めてこちらを向き、微笑(ほほえ)んできた。

「私の顔に何か付いていますか、レリン嬢(じよう)?」

 優(やさ)しく囁(ささや)かれ、ぞくぞくと背筋に痺(しび)れが走る。だがそれは決して、不快な感情ではない。

(嬢! 嬢って呼ばれるなんて!)

「い、いえ! 何でも!」

 顔に熱が上り、慌(あわ)ててフォルスからジェーンへと視線を戻(もど)す。

 フォルスを見てケタケタ笑っていたジェーンはレリンに見つめられ、表情を改めた。

「えーっと……何だっけ?……ああ、編入のことね。ルディア王女編入の日に来たのは、私の影(かげ)武(む)者(しや)。正確に言うと、その日に私の装いで編入したのが本物のジェーン。私と彼女は時々他(ほか)の授業中に入れ替(か)わっているのよ」

「そ、そんな重要なことを言ってもいいの!?」

「他の人ならともかく、レリンを騙(だま)しきるのはちょっと難しいとは思っていたから。他にも理由はあるけど……まあ、それはおいおいね。いずれ、裁縫の授業に本物のジェーンって子が行くと思うけど、いつも通り接してくれればいいわ。ジェーンの変装は、かなりの腕(うで)前(まえ)だから」

 ジェーンの説明を受け、なるほどとレリンは頷(うなず)く。

 ルディアはジェーンとして、先に学校に編入した。王女編入の日にやって来たのは、ルディアのふりをした本物のジェーン。架(か)空(くう)の人物を立てているのではなくルディアとジェーン、二人の人間が実存するのならば、入れ替わり作戦も通じる。

(どうして王女様が平民のふりまでして編入したのか、それは分からない──ううん、きっと私に知らされることはない)

 レリンにできるのは、ジェーンの友として彼女の学校生活のサポートを行うこと。よき友として、隣(となり)に立つこと。

(それが、私の願いでもあるから)

 ジェーンと離(はな)ればなれになりたくない。

 せっかく手にした光を、失いたくなかった。




※カクヨム連載版はここまでです。お読みいただきありがとうございました。続きは製品版でお楽しみください!

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王家の裁縫師レリン 藤咲実佳/角川ビーンズ文庫 @beans

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