鈴珀七音さん(77nana0720)とのうちよそ

「ウイーンフィルに招待された!?」

「うん。正確には吹奏楽部が、だけど……」

年の暮れも迫ったある冬の日、俺は霞の言葉に耳を疑った。まさか、あの三大オーケストラのウイーンフィルに、あの世界最高峰のウイーンフィルに、有名なプレイヤーを数多と輩出しているウイーンフィルに、我が高校が招待されるなんて!なんて羨ましいんだ!

「でもね、何が問題ってあたしたちを除いた部員が誰も行きたがらないってことなの。何せ言葉も通じない海外でしょ?みんな怖いんだって」

明先輩ははぁと溜息をついた。

「そこで提案なんだけど、うちらと一緒にウイーン行かない?」

……。一瞬頭が点になる。しかし、その言葉をかみしめてよく考えてみると、自ずと答えは一つに決まった。

「行く!絶対行く!珀もいいよな!?」

「うん!」

その後、話はとんとん拍子に進み、俺らは2週間後オーストリアへ発つことになった。

……だけど、それがこんなことになるなんて、この時は誰も想像していなかったんだ……。






オーストリア、ウィーン。山に囲まれたこの都市は冬になると氷点下10℃は当たり前、厚いコートは絶対に手放せない。南国生まれのアルメリコにとってここの気温は身体に辛いものがあった。しかし、そうも言っていられない。

彼は気を引き締め、ウイーン学友協会の建物にはいり事前に教えられた会長室へ向かう。内部はきらびやかに飾り立てられ、至る所に音楽に関連するレリーフや像が飾られていて、ここがとてもウイーンであるとは信じられなかった。どちらかといえばギリシャのような雰囲気である。

目的の部屋は、建物の一番奥まったところにあった。黒樫でできた威圧感のある扉は、古いながらもツヤツヤしていて200年近く世界の楽団のトップに君臨するに相応しいものであることを示しているようだ。

コツンコツン、深みのある音の後に「どうぞ」という深い声が応える。

入室すると、歴代の会長だろうか、沢山の肖像画がかけられた部屋の中心に男が座っていた。彼の後ろにはとびきり大きな肖像画もかけられている。

「あぁ、アルメリコ刑事。寒い中、よくいらっしゃいました。ココの冬はイタリアとは違って凄く冷えるでしょう?」

「えぇ、南国生まれの私には少々キツいですな。しかし、スクーロがいる限り私はどこでも行きます」

「ほほ、それはいいことですな。ささ、立ち話もなんですからお座りくださいな」

会長はにっこりとして、彼にソファをすすめる。

「では早速本題に入りますが、スクーロが予告を出してきたとうかがいましたが」

「えぇ、その通りです。スクーロはとある宝石を狙っているのです」

ロジーナ・シュトラウス。その名が示す様にシュトラウス一族の子孫に当たる人物であるが、彼女の身に着けている宝石を狙っているのだという。それはシュトラウス一族に代々伝わっている由緒あるもので、大粒の美しいルビー。当時、これを時の皇帝であるアルブレヒト二世から賜ったのだと伝えられている。

「これがその予告状であります」

会長は懐から真っ白な封筒を取り出すと、アルメリコに渡す。中には相変わらず気取った字で「〝音楽メロディアス宝玉ジュエル〟はいただく」とあった。しかし、何かがおかしい、とアルメリコは変なうなり声を上げる。

「〝ニューイヤーコンサートの間にいただく〟?」




2週間後、私たちは羽田空港にいた。ロビーは海外でお正月を過ごす人でごった返している。みんな、それぞれに行った先での楽しみを語り合っているみたい。それは私たちも例外ではないけれど……。

「今年の注目はなんといっても指揮者だ。名をロジーナ・シュトラウスというんだ!」

「ん?シュトラウスってあの……」

普段は落ち着いている筈の珀がこればかりは息を荒げている。私がツッコミを入れると、更に息まいて返してきた。

「そう!ウイーンが誇る大作曲家、ヨハンシュトラウスの子孫!彼女の演奏は、女性らしいしなやかで美しく繊細、だけど力強さがあって綺麗な音色を響かせるんだ!1度聴くと2度と忘れられないね!」

珀は一息にいうとはぁと息を吐く。よっぽど楽しみなのだろう、目をキラキラと輝かせて、さながら子供に戻ったみたい。興奮しすぎるとウイーンについたら疲れてしまうと明先輩に窘められるも、だってといって未だ興奮している。子供に戻ったんじゃない、珀は子供なんだ。私はそう実感し、苦笑する。

「全日空611便、ウイーン行きに搭乗されるお客様はお早目にご搭乗願います」

場内アナウンスに急かされるように、私たちは急ぎ足で機内に乗り込んだ。ここから14時間の空の旅だ。



「起きて、焔。もうウイーンにつく」

私はみんなより一足先に起き、隣で眠っている焔を揺り起こす。しかし何度やっても目覚めないのだ。それどころか、もう1時間とせがむ始末。仕方ない、こうなりゃ実力行使だ。

「ほ・む・ら・くん、起きないとキツイお仕置きだよ……?」

焔の耳にそっと囁くと、優しく頬にキスを落とした。彼の頬は柔らかくて、温かくて、私も全身がホカホカしてきた。

と、ガバリと目覚める焔。そして、頬を昂揚させてこういった。

「か、霞?お前、今なにを……?」

「……気のせいじゃない?ほ、ほら、そんなこと気にしてないで、早く降りる支度をして!」

その声は震えていた。けして怖いという感情から来ているのではない。私も、(幸い乗客に見られていなかったとはいえ)恥ずかしくて頬が紅くなっていたのだろう。それを知ってか知らずか、彼は黙って支度を始めたので私はそっと胸をなでおろした。




ニューイヤーコンサートを翌日に控えた楽友協会は、大量の警察官と警備員に囲まれた物々しい雰囲気に代わっていた。出入りする関係者全員にその都度ボディチェックが行われ、不審物を持っていないかなどを事細かに確認していく。しかし、観客のなかに怪しい人物は見当たらない。

そうこうしているうちに、翌日に向けたコンサートのリハーサルが始まった。一寸ほど開いている扉から、フィナーレの〝ラデツキー行進曲〟を演奏しているのがわかる。ヴァイオリンの美しい音色と息の合った演奏が耳で融合する。彼の身体は自然にリズムにのせて動いてしまうのだ。これではいけないと気を引き締め警備にあたるのだが、意識をしていなくとも自然と揺れる。これこそ、ある種の魔法なのではないか。

そんなことを考えながら、関係者ひとりひとりに目を配る。




現在午後3時30分。うちらは無事に(といっても、みんな咄嗟に英語が出てこなくて多少手間取ってしまったけれど)入国審査を抜け、ロビーの一角でどこへ行こうかとマップを広げて話し合っていた。冬とはいえ、日没まではまだ暫く時間がある。

ウイーンの名所といえば、800年以上の歴史を持つこの街の象徴シュテファン大聖堂、モーツァルトやベートーヴェン、シュトラウス父子などの著名な作曲家が眠る中央墓地、外観だけでも見る価値がある国立歌劇場など見どころは沢山あるが……。

焔と珀は前々から行きたがっていた中央墓地に、うちと明先輩はザッハトルテを食べにこの近くのカフェに行きたいと言って互いに譲らない。

「……とりあえずホテル。荷物を置かないことには何も始まらないから」

今までだんまりを決め込んでいた霞がはっきりと一言そういうと、すくっと荷物を持って立ち上がりスタスタと歩いて行ってしまう。うちらはあっけにとられてしまったが、置いていかれるわけにはいかない。

「おおぃ、待って」

うちら四人は慌てて荷物を持って霞についていった。




私は楽しい気持ちを壊す無益な言い争いをしている4人を置いて、ゲートを出た。外は全身が凍るような冷たい風が吹きつけ、人々はコートを首元まで引き上げてなおも全身を小刻みに震わせている。電光掲示板は氷点下0℃と示されているから、無理もない。私だって寒い。ジーンズよりも厚い生地のパンツを履いてくるんだった。足元から凍ってくる。とにかく寒い。慌てて出てきた4人も同じように全身をぶるぶると震わせた。

偶然、ミニバン型のタクシーを見つけた。運転手は寒いとコーヒーで手を温めている。

「あっちにタクシーが止まってるよ!」

さっきの怒りはどこへやら。私は指をさしながらそういうとタクシーにすぐ駆け寄って窓ガラスをノックし、拙い英語でウイーングランドホテルへ行きたい旨を伝える。運転手は気前よく一つ返事で私たちを乗せてくれた。走っていると、至る所にパトカーと警官が立っている。

「あぁ、仲間の話じゃ大泥棒がとある宝石を狙ってウイーン楽友協会に予告を出したんだと。今時古風な……」

ドライバーは半ば呆れて笑い飛ばす。焔たちもつられて笑うが、私と凪は妙な胸騒ぎを覚え互いに見つめあった。何かある……。

そうこうしているうちに、目的のホテルへたどり着いた。中に入るとみんな思わず声をあげてしまう。それもそのはず、ここはウイーン市街で十本の指に入る高級ホテルだ。近代チックな外観も然る事乍ら、ロビーも開放感があって天井から綺麗なシャンデリアがいくつも吊り下がっている。お客さんもどこか気品があるようなひとたちばかりで、どうやら私たちは違う世界に迷い込んでしまったらしい。

フロントで受付を済ませると、私たちは部屋に案内された。楽友協会は私たち部員の為によほど奮発したらしい、スイートルームと同等の部屋を二部屋も特別に用意してくれた。

流石は音楽の都だ、クラシック音楽と長い伝統とが見事にマッチしたスイートルームは稀少なアンティーク家具がそこかしこに配置されている。更に家具ひとつひとつに繊細な装飾が施され、ウイーンの粋を一挙に集めたようだ。

私たちはぐうの音も出ない。それどころかぽかーんと口を開け、ただその場に立っていることしか出来ずにいた。

「……すごい……」

少しの沈黙の後、掠れ声で明先輩が呟いた。

「何かございましたら何なりとお申し付けください」

唖然とする私たちに向かい、にこやかに微笑みかけながら一礼をするコンシェルジュ。私は少ないながらもチップを支払った。




「すごい……」

僕と焔は見つめあった。僕たちの為にこんな豪華過ぎるくらいの部屋を用意してくれるなんて……。

数年前、両親とアムステルダムへロイヤル・コンセルトヘボウ楽団の演奏を聴きに行ったことがあった。その時でさえ並のホテルだったと言うのに。

焔はおもむろに窓に近づくと、カーテンをさっと開けた。眼下には中心街が広がり、どの建物も西陽が差して紅に染まっている。昼間とは異なった、また違った美しさが現れていて……そう、一枚の絵画だ。これにどんな名前をつけようか。ウイーンの夕暮れ……いや、紅の街並み……。

そんなたわいもないことを考えていると、焔はしゃっと閉めてしまった。そして、ちょっと出かけてくると声をかけそそくさと部屋を出ていった。




さっきまであそこ行こうここ行こうと話し合っていたはずの俺たち。しかし、珀も霞たちもこの施設に圧倒されて出かける気はないようだ。

フロントにひと声かけ、ふらりと外に出た。日はすっかり山の向こうに落ち、黒より暗い闇が街を覆っている。普段ならとても静かなのだろう。街灯がぽつりぽつりと設置されているだけの石畳の道は、人どころか猫1匹見当たらず闇と静寂が支配しているのだろうが、今日ばかりは静寂が身を潜め代わりに青い光がクルクルと点滅していた。気まぐれにそちらに歩を進める。確かこの先は楽友協会の建物だったはずだ。次第にパトカー、警官の数も増えていく。

大きな通りに面したところにその建物はあった。古代ギリシャ様式の建物を囲む道は、封鎖こそされていないが数多くの警官で埋め尽くされていた。警官の会話をそれとなく聞いていると、聞き慣れない言語の中に〝スクーロ〟の名が断片的に聞き取れる。

彼らの中央では、男が陣頭指揮を執っていた。堀の深い男だ。大柄の体躯、浅黒く焼けた肌に青い瞳をしている。外見に加えてアクセントやトーンから判断するに、多分イタリア人であろう。

しかしこれ以上ここにいても、異国の言語が飛び交っているだけで面白いことはない。ホテルに引き返すことにした。

「ねぇ、君。ちょっといいかい」

流暢な英語でにこやかに話しかけてきた若い警官。彼が言うには、ここの住人や旅行者一人一人に対し怪しいものを持っていないかどうかチェックしているのだという。ここでは出来ないからと彼に促されるまま、街の路地にやってきた。

それでどうすればいい、そう振り向こうと首を動かした時、頚椎に考えられないくらい強い衝撃が走った。痛みは衰えることを知らず、末端まで勢いよく駆け抜けていく。意識は段々と霧がかり……深い深いウイーンの闇に……ゆっくりと……溶けていく……。




12:00丁度、ウイーン楽友協会主催のニューイヤーコンサートがシュトラウス二世作曲の〝歌劇「こうもり」〟で華々しく幕を開けた。指揮者は勿論、ロジーナ・シュトラウスである。

珀は憧れの指揮者をキラキラした瞳で食いつくように見ている。確かに、彼女の指揮は目を見張るものがあった。女性らしくしなやかで繊細だが、聴いている者を圧倒させる力強さも持ち合わせている。彼女の指揮で奏でられる音は、ホール全体にまるで清水のせせらぎの如く豊かに流れていく。オーケストラはテレビよりも、やはり生で聴くに限る。

ふと見回してみると、座席は沢山の客で埋まっていた。どの客も礼装に身を包み、その場に相応しい態度で望んでいる。私たちも例外ではないが、この空気に制服というのはどうも浮いているように感じる。

二階席中央部、ここから世界へ向けて発信しているようで国内外の幾つものカメラがコンサートを映している。ここで録画したものを衛星を使って各国が共有しているのだと考えると、何ともなく嬉しくなってしまう。いい音楽を共有できる喜びというか……。

私はふと横に座っている焔の横顔を見た。機内での自分の行動を思い出してまた身体が熱くなる。不意打ちでのキスの反応、予想以上に可愛かったな……。でも、自分でやっておきながら恥ずかしかった……。顔だけでなく全身がお湯を沸かせそうなくらい熱くなった時、割れんばかりの拍手がホールに鳴り響いてふっと我に帰った。焔が視線に気がついたのかこちらに顔を向けている。

「な、なんでもないっ!」

私ははっと逸らした。でもやっぱり気になって彼を盗み見る。彼は演奏に夢中で私に気がついていない。

……あれ?気の所為だろうか、制服の胸ポケットが気持ち膨らんでいるように感じる。

彼に気づかれないよう、手を伸ばす。が、彼は気が付くと素早く手の甲を抓った。それの痛いこと。どうやら相当触れられたくないらしい。ちらりと彼を見ると表情に露骨に現れていないものの、ところどころに怒りが現れている。彼のこんな姿は一度も見たことがなかった。

そのうちに二曲目の「皇帝円舞曲」の演奏が終わり、会場は再び拍手の波に包まれる。

暫く拍手が鳴り響いた後、ホール内は再び静寂と緊張と楽しみとが支配した。三曲目、ロジーナの細く美しい腕が上がりまさに振り下ろさんとしたその瞬間……。




ニューイヤーコンサートは何事もなくプログラム通りに進んでいる。スクーロの影は見えないが、この観客の中に紛れ込んでいるのは確かであろう。いくら厳重な検査が入ろうと、奴の手にかかれば彼らを欺くことなぞ水を一杯飲むより容易いことなのだ。

アルメリコは管理室のモニターで会場の様子を見つめていた。場内では特に変わった変化はない。生では聴いたことがなかったウイーンのコンサート、まさかこんな形で叶うとは。世界最高のクラシックを聴きながらウインナーコーヒーを一口がぶりと飲む。その瞬間、ホール内の電気がふっと落ちた。

「いよいよホシの御出座か」

アルメリコは勢いよく立ち上がり、喚声響く真っ暗なホールへと駆け出した。




不意に電気が落ちたことで、当然のことながら場内は混乱に包まれていた。私たちは拙い英語ではあったが観客に落ち着いてと声をかける。だがそれでも騒ぎは収まるところを知らず、更に増しているように思えた。警察官だと名乗る男性の声も重なるが、収まる気配はない。

そのうちにふっと電気が復旧した。場内アナウンスによると非常用電源に切り替えたらしい。ほっと一安心……かと思いきや喚声は悲鳴に変わり、みなステージを指さしている。目線を向けるとステージ上に見上げるほど大きなヴァイオリンが一本、堂々と立っている。楽団員はみな、弦によって縛られ身動きが取れない。

私たちはアイコンタクトをし、心の中で呪文を唱える。が、向こうが1枚上手だったらしく詠唱している途中でもう身動きが取れないようにされてしまった。4人が揃って同様の状態である。

ディソナンスの狙いは最初から私のようで、睨めつけると弓を勢いよく振り下ろす。あまりの恐怖に両目を固く固く閉じた。


ーーーパァァン パァァン


ムチのような音が2回、そして何かの悲鳴。ゆっくり目を開けると目の前に焔の大きな背中が見えた。その手には見慣れないものが握られている。銀色に輝くそれは.紛れもない本物の拳銃だった。辺りに火薬の匂いが仄かに薫る。

「大丈夫か」

そういって手を伸ばす。目を白黒させながら、彼の手を取って起き上がった。声や言動、仕草は確かに彼そのものだ。だけど焔じゃない。じゃあ焔の皮を被ったあなたは、一体誰……?

そんな不安を抱えながら、私は呪文を唱え戦闘態勢に入る。その場に尻餅をついたディソナンスは、拳銃に怯んで動けない。私はここぞとばかりに剣で畳み掛け、消滅。その場に一本のヴァイオリンと真っ赤なルビー〝音楽の宝玉〟が転がっていた。

ディソナンスが倒されたことで束縛から解放されたロジーナが、タッタッタッと近づき取ろうとした時、一足先に掻っ攫うものがあった。

「〝音楽の宝玉〟は確かに頂いた」

勢いよくステージに駆け上がった焔は観客に不敵に笑みを浮かべると、胸元から煙玉を取り出し炸裂させる。会場は三度喚声と絶叫に包まれ、上を下の大騒ぎである。

「あいつがスクーロだ!何をボヤボヤしている!」

刑事の野太い声と煙が充満し、パニックに陥った会場に響く。

「あとはお願いします」

明先輩にそれだけを言うと、止めるのも聞かずみんなを残して一足先に、焔を追って会場の外に飛び出した。




オーストリア、ザルツブルク。ウイーンからほぼ真西に行ったドイツと国境を接する古都で、映画〝サウンド・オブ・ミュージック〟の舞台になったことでも知られている。

スクーロは市街を見下ろす山の中腹にベンツを止め、数時間ばかり前に盗んできたルビーを取り出した。そして、今にも西に沈みそうな満月に向かい宝石を翳す。

「焔くんはどこ、私たちの大切な仲間はどこ」

ぴたりと首筋に当てられた剣、その研ぎ澄まされた剣と声の鋭いことといったら枯葉が触れただけで切れてしまいそうだ。

「……トランクだ」

これには流石のスクーロもたまらず吐く。いつの間に乗っていたのだろうか……。

トランクを開くと、焔が力なく横たわっていた。霞は袋に涙を溜め、きっとスクーロを睨む。

「よくみろ、寝ているだけだ」

霞は首元にそっと手を当てる。よかった、脈は動いているようだ。ほっと胸をなで下ろす霞にスクーロは

私の代わりにこれを返しておいてくれ、と彼女の手に宝石を握らせる。

「心配するな、ミュンヘン空港までは送る。そこにアルメリコという刑事が待ち構えているはずだ。彼に渡しておいてくれ。」

相手はヨーロッパを股に掛ける怪盗。だけど何故だろうか、スクーロさんを自然と信じる気になった。

「わかった」

私はすっと右ポケットにしまいこんだ。




スクーロさんと共に山道を走ること数時間、私と焔はドイツ南部のミュンヘン国際空港の搭乗口にいた。空港にはたくさんの警察官が配備され、ひとりひとりに厳重なチェックが施されている。だけど私たちは知ってる、この中にもうスクーロさんはいないってこと。

空港に着くと、いの一番でそのアルメリコという刑事を探した。彼は忙しく動いているようで接触までにかなりの時間を要したが、無事に務めを果たすことが出来た(アルメリコ刑事に、スクーロさんの変装だと疑われて顔を引っ張られたことを除いて)。

様々な事があったウイーンフィル、ニューイヤーコンサートの視察だった。一番大きかったのはあの有名な怪盗に出会えたということだろう。

「あ、そう言えばお土産を買ってない……」

まぁいいか、焔と顔を見合わせてクスクスと笑みをこぼした。お土産以上にいいお土産話があるじゃない。帰ったら沢山聴かせてあげよう。

私たちはそう思い、羽田行きの飛行機に乗り込んだのだった。





鈴珀七音 Ensemble 本編はこちら: https://kakuyomu.jp/works/1177354054883523202


(2017.10.29 執筆)

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