宴の終わり

松戸待尽

冒険者の今

残されたとある冒険者の手記より


 十数年前、世界は危険ではあれど祝福に満ちていた。

 各地に出現した地下迷宮ダンジョンには豊富な資源と財宝が眠っていた。それらを探り当てることが出来れば、一瞬で億万長者になれた。その分危険も多いが……いかに貧しかろうと、いかに力がなかろうと、大量の金を稼げるというのは大きかった。

 征服と略奪ハックアンドスラッシュ

 歴史学者は、かの時代をそう呼んでいる。

 多くの者が一獲千金の夢を見て、地下迷宮へと潜っていった。迷宮の周辺はそういった冒険者で賑わい、一つの都市になっていた。かの悪名高い死都ハールーンも、そんな迷宮都市の一つだったのだ。今でもハールーンに行けば、ダンジョンギルドやクエスト受付所、冒険者の交流の場となったル・イーダの酒場といったかつての熱狂を伝える様々な遺物を見ることができるだろう。……無事にそこまでたどり着ければ、の話だが。

 世界が冒険者で溢れかえった熱狂の時代は唐突に幕を閉じた。

 地下迷宮の資源が枯渇したからではない。

 探検されつくされて、人類が冒険に飽きたからではない。

 迷宮の奥の奥に眠る秘宝はまやかしだったと分かったからでもない。

 地下迷宮の主が、目を覚ましたからだ。


 地下迷宮最奥のベースキャンプであるカダニ・キャンプが全滅したという一報がその始まりだった。

 カダニ・キャンプは迷宮攻略の最先端を行くキャンプで、だから大陸でもきっての強者揃いとして知られていた。

 そんなカダニ・キャンプが突然壊滅?

 人々は信じなかった。冗談だと思っていた。

 それから数刻後に、迷宮深部で大量の魔物を目撃したという情報もいくつか寄せられるようになった。

 人々は楽観視していた。「モンスターハウス」と呼ばれる魔物の大量発生は過去何度もある話だし、そういうときは深部に行かなければいいのだと思っていた。

 ……振り返れば、ここでモンスターハウスに突入していれば状況は変わっていたかもしれない。

 でも、そうはならなかった。モンスターで溢れかえる階層にわざわざ突っ込むのは狂人しかいないからだ。

 人々が「何かが違う」と確信しだしたのは、カダニに続いてテンペスト・ストロングホールド・レギオン・スカージ・アライアンスの各キャンプの全滅情報が相次いで入ってきたときだ。

 キャンプ地はどれもすべてモンスターハウスになっていた。

 そこで王国は騎士団を投入し、モンスターハウスの拡大を阻止すべく作戦を開始した。

 騎士団はよく頑張ったと思う。途中から生き残った冒険者も戦列に加わった。

 でも防げなかった。

 地上に溢れかえった魔物は迷宮都市を襲撃し、略奪していった。

 都市を燃えたぎる炎で征服ハックした。

 数々の財宝を、女を、略奪スラッシュした。

 あたかもその光景は、これまで冒険者がやってきたことを再現するかのようだった。

 各地の迷宮都市が魔物の手に落ちたとき、都市上空に巨大なドラゴンが――かの忌々しい指揮竜が姿を現した。

 魔物は各地に出現した指揮竜の指示で行動し、征服し、略奪を重ねていった。

 多くの人々が指揮竜を倒すべくパーティを組んで討伐に乗り出した。

 多くの人々が魔物に殺戮されていった。

 結果、人類の生存圏は徐々に狭まっていった。

 長閑な農村は今やゴブリンが暴れまわる廃墟と化している。

 船が行きかっていた港は今やシーサーペントが我が物顔で泳ぎ回っている。

 そこでようやく人類は、地下迷宮は財宝の眠る場所ではないことを思い知った。

 あれはそう、邪悪な侵略の一手にすぎなかったのだ。

 かくして一獲千金の夢は、征服と略奪の時代は、魔物の邪悪な炎によって灰燼と化した。

 

 生き残った冒険者の多くは、人類の生存圏を守るべく連合を組んで魔物と戦っている。

 征服と略奪の時代から、戦術は大きく変わった。

 かつては回復者ヒーラー、前衛、後衛などいくつかの役割ロールに分かれて戦っていたが、今では一人が回復者も前衛も後衛も、つまりはなんでもこなせなければお話にならない。

 役割にこだわれるほど戦力はいないのだ。昨日の回復者が今日の前衛、ということは少なくない。

 だから、剣術も回復魔法もこなせる人材が求められるようになった。

 「攻め」の戦術から「守り」の戦術へと姿を変えたことも大きい。

 かつてはひたすら迷宮に潜り、敵を薙ぎ払い、ときにはやり過ごせばよかった。

 でも今は、残された人類の文明を――絶対防衛線を魔物に越えさせないように守らなければならない。

 敵を倒しに行くなんて出来ないのだ。

 逃げるなんてもってのほか。

 それでもやはり戦況は厳しいと言わざるを得ない。

 人員不足はどうしたって響く。

 食料は当然、ポーションですら配給制だ。

 病院には回復者の回復魔法を待つ負傷者がゴロゴロいる。

 最近では回復魔法が追い付かなくて包帯やギプスを巻いて哨戒する元冒険者の姿も見かける。

 街頭では終末論者が日夜演説している。

 指揮竜は神がつかわせた裁きの化身だと彼らは言う。

 魔物は略奪を繰り返した人類への罰だと彼らは言う。

 終末は必定で、どうしたって避けられないと彼らは言う。

 誰も口にはしないが、みんな分かっているのだ。

 世界は終わらない。けれど、人類は終わる。

 我々は人類の黄昏に立ち会っているのだ……。

 

 もし、地下迷宮が現れなければ。

 もし、征服と略奪を行っていなければ。

 もし、魔物が地上に現れなければ。

 最近ではそういうもし、ばかり考えてしまう。

 考えたところで状況が好転するわけではないことなんて分かっている。

 人類の生存圏は日に日に狭まっていく。

 度重なる魔物の進撃によって人類は疲弊し、最終防衛線は破られようとしている。

 昨日、あの輝ける時代に――冒険が満ち満ちていた時代に一緒にパーティを組んでいた仲間達と宴を開いた。

 密造酒と配給品を持ち寄って、人類の終わりに乾杯した。

 もう本当にやけくそのノリだったからかもしれないが、宴は盛り上がった。

 人類文明が終わろうとするそのときに、こうして宴を開いて盛り上がれる気力なんてよく残っていたなと我ながら感心する。

 酒精ばかり強い密造酒を、ちびちび口にしてあの頃の思い出に浸った。

 吟遊詩人とともに未開の迷宮の階層を探検して財宝を見つけた記憶。

 命からがら一つ目巨人から逃げ出した記憶。

 危険で美しい蛍の峡谷の風景に見とれた記憶。

 でも、そんな時代はもう戻らないのだ。

 冒険のときは終わった。

 残ったのは、僅かな領土だけである。

 それも、ひと月も立たないうちに奪われるだろう。

 魔物どもの略奪の嵐に飲み込まれるだろう。

 せめてそれまでは、楽しく生きたい。

 ただでさえ困窮したこの世界で、明日の命もわからない未来を憂いて死ぬよりは幾ほどかマシだろう……。



 氷の洞窟の宝箱に収まっていたその手記を、青年は手にした。

 この世を支配する魔物に一対一の勝負を挑み、そのことごとくに勝つその青年は、世間から酔狂だと思われていた。

 青年は手記をパラパラとめくり、カバンに無造作に突っ込んだ。

 つまらない話だ。でも、史料価値はある。

 正直、武器とか金とかじゃなくてがっかりした。

 学者にでも売りつければ多少の金にはなるだろう。

 その金で強固な装備品を買えば、さらに強くなれる。

 青年は強くなることレベルアップと強者と手合わせすることだけに興味があった。

 ――彼が魔物の頭目である魔王を倒し、酔狂な剣豪から一転、人類を救済した「勇者」と呼ばれるようになるよりも前の話であった。

 

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宴の終わり 松戸待尽 @madma10

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