宰相

Dr.ペルパー

羊皮紙の七頁

月が住む場所は星々の世界、まるい円月、果てしないミルキーウェー、電気のない中世でも珍しい、賑やかな夜空。変なことに、一人地上の青年は今、森の中に走っている。美しい空を放置して、詩もない、歌もない、ロマンチストの、神経質さえとも言える青年を、ここまで追い詰めたのは刀持の賊徒三名。昼は傭兵をやっているものの、夜は旅人を殺める盗賊と化し、神への信仰を早々諦めた人たち。

「何故今宵の空はこんなにも綺麗なのか?……愛おしい恋人たちと逢瀬のためじゃない……というのか……これも神が私を課せられた試練?……私が波瀾万丈の人生を相応しいとでも?」

夜の森は鋭い、青年の柔弱な肌はたちまち傷だらけになる、華麗な服も汚れまみれに。精神と体力が遠く谷底まで落ちていたというのに、足の速さはまったく緩める様子は見えない。

「もうこんなにへとへと……だというのに……なぜ私はまだ走っている?……まさか、これが死の予感……死の恐怖……死の奇跡……神が私を召されるつもりとでも?……一体どうすれば?……諦めるのか……愛おしい恋人たちと別れの挨拶もなしに……諦めるのか?」


街中に狂人、夜人、マッド詩人と讃えられ、一日中優しい夢の世界に住んでいたルシ・デナーレでも今、現実に向き合うしかなかった。死はドーピングよりも強烈な特効薬。死にたくないのも、人の情、いいえ、生物の情です。

「もはや転機はないのか……神は本当に私を諦めたのか……そんなはずがない!……嫉妬?じゃないのか……そうか、神は私を嫉妬しているのだ!私の才能を!私の美貌を!……醜い、嫉妬はこんなにも醜い感情とは……はっはっは、ははははっははは!」

青年は狂ってしまった、哄笑しながら、ひたすら走る、なんの姿勢もなく、なんの尊厳もなく、ただ生きるために動く……心を失ってから間もなく、木の根に引かれて、転んだ、起きる気力がなく、死の時は訪れました。


迫ってくる、罪深く刃が、振り下ろす前に、銀色な閃光が盗賊の胸を貫く……一瞬の出来事に気を取られ、二人の仲間が動きを止まった。目の前に立っていたのは、鎧を纏った騎士、凛々しい姿、仮面つけ、人を殺した時の表情は見えない。

騎士は名乗るつもりはないらしい、二人の盗賊も逃げるつもりはない。傭兵は自分の腕に結構自信を持つ、すぐ冷静さを取り戻し、挟み撃ちの陣形を取る。騎士は剣を下し、防御態勢を取る。両方には言葉一切ない、これはジェントルマンの戦いです。

盗賊たちが合図とともに攻撃を始める。騎士は構えを取って待っています、正面の敵だけを目掛けて。前からの斬撃を最大限の動きで躱して、背後の剣は狙った場所をなくなって、鎧を掠った程度で終わる。この程度の攻撃に対し、騎士は一切構うことなく、正面の敵の太ももを目掛けて白鉄の剣を振り下ろす、致命傷を負わせた。最後の盗賊は距離を取って、舌打ちし、騎士の剣を認めたのか、潔く逃げ出した。

逃げる敵に深追いなく、目の前の、虫の息の敵に、裁きの剣を持って、無情の一撃を打つ、心臓を貫いた、命乞いの暇すら与えていない……


正義の外見と似合わない行動を見て、吟遊詩人のルシは正気を取り戻した。ただし、血まみれの光景、小説にしか読んだことのない武闘シンを前に、怖くて言葉が出なかった。

騎士は兜を脱ぎ、ルシの所へ来て、勇ましい声で切り出した。

「大丈夫か?傭兵はもう討ち取ったぞ。お前は何者だ?」

煌めく銀河は背後から、鎧の銀色を照らし出す、剣の持ち主は強い意志を宿る目と決して折れない鼻を兼ね持っている。ああ、何という立派なお方だ!詩人のルシは盛り上がった。

「貴方様はきっと神の使者なのですね!何という強さ、英雄アキレウスもその程度のものでしょう……その手ですね、その半神なみの手が私を救てくれた……ああ!貴方様を守ってくださった白鉄の鎧が、私にとって壁になるとは!この壁が無ければ、私のキスは既に貴方様の手の甲を覆いつくしたというのに……」

「……お前、吟遊詩人か?」

「いかにも、この辺りに少々名声があってね。ルシ・デナーレと申します」

「良いことだ、神を感謝すべきか。わたしは鋼鉄のナイトを名乗る者だ、世界に旅をし、賊人を根絶す。私の功績を歌え、街中の人々に知らしめろ。そうすれば私は将軍の座を手に入れ、祖国を守る日がくる」

「謙遜の欠片もない、その野望、実に美しい……心配はご無用、私の両足が千切れになっても、きっと世界の隅々まで貴方様の勇名をお伝えいたしましょう……ですが、こうてつとは一体何物であろうか?」

見慣れた鉄と比べて明らかに異様な質を感じる装備と斬新の言葉を前に、吟遊詩人の好奇心は沈黙を保たない。

「錬金術の一種は、鉄より遥かにまさる金属を生み出す、それが鋼鉄だ。私は、最強の盾と最強の剣を持って、神への信仰を貫く!」

「なんと!これはアキレウスの鎧ではないか?何という夢幻の運命……」

口笛を鳴らし、白い駿馬はマスターを迎えにきた……別れの時だ、騎士の従者は彼を載せて森の奥へ向かっていく。

「待っておくれー!貴方様のお名前を教えてくれませんか!?」

「母がくれた名は遠くに捨てた、人を殺めるためになぁ。さらばだ、吟遊詩人よ!私の英勇の姿を忘れるな、町中に伝えろ!」


騎士は去った、名もなきのまま……残った詩人は疲弊な体を呼び起こし、森から逃げていく。狼狽な姿で歩いたまま、ルシの意識は夢の中へ戻った、夢こそが彼の日常。

早く一番優しい恋人の所へ行き、手当させあげましょう、他に何ができるというのです?でも彼女の家へ向かいながら、ルシの頭の中に嵐が起こった。

(私は今まで一体何をしているのか?女性のハートを掴み取るため?それではもう十分じゃないのか?私の力はもう十二分証明された……もっと大きなものを目指すと、私の才能を引き出す何かを探すと……あの方のような、英雄になる……には無理でも、英雄のそばに立つ、彼の相方になるとでも、だめでしょうか?……私には、その資格がないでしょうか?)


一時間後、ルシは隣町の貴族の家に辿り着く、でも場所は分からなくなってきた、空は暗いすぎだから、夜遊びを慣れたルシでも27:00に人の家を行く経験が少ない。ようやく裏ドアを叩くと、幸い、すぐ門は開かれた、駆けつけたのは領主の奥さんです。傷だらけの思い人を見つけ、びっくりしましたが、何も言わなかった。

奥さんはルシを部屋の中へ支えて、座らせ、温い水を用意し、静かに傷と土を拭いた。ルシはすぐ眠気になって、頭の中の嵐も止んで、襲ってきたのは虚しい気分……まだ結論は出していないけれど、今は鋼鉄のナイトとの約束を果たすことだけ…………


サーディンは王国の中でも有力な町、今日も賑やかな大通りで人の川が絶たない、町中心部に位置する酒場の中もいつも通り、政治の話題が論議されている、まずは白ひげを蓄えるおっさんが切り出す。

「聞いたか?うちの領主はまたやらかしたようだ、ラーム村一の美男子とはよぉ……ここの繁栄もおしまいだろよぉ」

「ふん、貴様ごとぎに何が分かる!あのお方は卑怯な兄弟たちを屠る、サーディンの秩序と栄光を取り戻す英雄なんだぞ。敵の侵攻を何度も挫け、騎士の中の騎士!その英雄譚は三日三晩をかけても歌え切れない程に……」

暗褐色の口ひげを特徴としたジェントルマンは情熱な反論をする。

「阿呆を抜かせ、いつも昔話しおって。今のことを言っているのだ。男の尻を追ってばかり、政はどうしたぁ?今のサーディンはひとたまりもないわ!だいたい、男を好きとはどういうことだ?何故山ほどの美女を放置しておる?わからねぇ」

「笑止!あの方ほどの英雄の考えが貴様のような貧乏野郎にわかるものか。見ろ!今日のサーディンもこんなに繁栄している、昨日のように、明日のように。サーディンは英雄の町だ、我らの英雄を侮辱することは許さんぞ!」

「笑止千万!何が繁栄だ、表の見世物にすぎん。ここはもうパラサイトの天国になるんだよ」

「ばかばかしい。あんな小物たちはバルハート様の相手になるものか」

「ふん、昔はそうかもなぁ。ただし68歳のバルハートはどうだろうなぁ。そもそもこの歳に一人の跡継ぎも無いとはなぁ」

「そ……それは……貧乏野郎めぇ!私の一番の心配事を話しおって……でも英雄の血縁は決して絶たない、私は神を信じる」

(狂信者ばかりの町か……滅びのも避けない運命だろうなぁ)

実はサーディンの町はもう白髭の言う通り穴だらけになった、ただ英雄の領主が、象徴として、人々の注目を集めただけで……


そこで、一人の青年が入ってきて、客人の視線を惹きつけていく。大都会の中でも華麗すぎる衣装、秀麗な顔たち、風流な雰囲気、ルシ・デナーレです。

「女将さん、緑溢れのカクテルをお願いします」

「すまないね、そんな綺麗なものはないわ。ビールは良いかい?」

「ははは、冗談をおっしゃる。これほど美人の女将さんに会ったことは初めてです、さすが大都会というところ」

言ってそばから緑のグラスカップを持ち出し、カウンターの方へ送る。女将さんはカップの中へビールを注ぐ。

「面白いね、君。田舎のアクセントを持ってくせに、こんなにおしゃれな服を着て……一体どこに手に入れたんだい?」

「恐れ入ります。実は大都会のレディと知り合いがあって、彼女たちが凄い裁縫を紹介くれたのです」

「はっはっは。良い色男じゃないか、このビールは奢るよぅ」

「ありがとう。その豪放な気概はいかにもサーディン中央の店に相応しい……実は一つ英雄譚があってね、聞いてくれませんか?」

ルシは孔雀の羽をついた帽子を脱ぎ、興味津々にカウンターの方へ体を乗り出す、女将さんが彼をしみじみと眺める。

「良いタイミングね、今の客人はあなただけよ」

「こう見えても、わざわざこの時間を狙って来たのですよ……もし面白い話と思うのなら、今夜、ここで一曲を、歌えられませんか?」

「あら、水臭いね。つまらない歌も大丈夫よ、歌は大抵面白くないじゃない」

「ええ、その通りです……実は、今サーディンの周辺に鋼鉄のナイトを名乗る人物が悪しき盗賊を討ち滅ぼし、力なき民を守っていますよ。ご存知でしょうか?」

「こうてつ?聞いたことのない鉄ねぇ……どのようなお方?」

「幸い、私はこの目で見たことがあります……彼は全身の鎧を纏った戦士、白い駿馬に乗って、森の中に自在に走る。白い鎧は鉄より遥かに強靭な、かつ繊細な生地で出来ていて。その広い大剣は敵の胸を貫く、その美しい鎧は敵の剣をへし折れ、その仮面の下には神への信仰を揺るぎない目……ひと目を見た時、恋に落ちったのです」

情熱に語ったルシへ、女将さんは会心の笑みを見せる。

「残念だけど、その話を知ってたみたい」

「……それはどういう?」

「多分彼は白鉄騎士団のメンバー」

「白、鉄、というのは?」

「そんなに珍しいものじゃないわ。ほら、街の向こうに丁度いたよ、挨拶に行かない?」

たしかに、先ルシが描かれた騎士がリンゴ屋の前に立っていた、町の中でもフルアーマーのまま、兜さえ脱いでいない。

「!なんと?これは鋼鉄騎士さまではないか、彼もサーディンに来たとは……でも先は騎士団、とおっしゃったのですね?」

「そうよ。会ってみたら?」

「ええ……そうしましょう」

「夜の歌は、忘れないでね」

「貴女の意のままに、マイレディ」


ルシは早い足取りで騎士の方へ追った、騎士はりんご屋から離れ、大通りに沿って東の方向へ移動し始め、意外と早い速度で。

(間違いありません、たしかにあの方と同じ鎧……だとしたら、女将さんが言っていた白鉄騎士団は一体……)

ルシは騎士と接触するつもりはない、彼の行動に興味をいだき、一定の距離を保って、尾行の体勢を取る。

やがて騎士は裏道をつき、貧しいブロックに潜り込んだ。道はとても狭い、二人並行すらままならないほどに、ラビリンスのような場所。騎士はただひたすら左へ曲がっていく、目的地はないかもしれない。とうとう一人の女を見つけ、話かけた。

女は農婦の外見しながら、ファッションの服を着ている、ちちも半分表している、が、服はあんまり清潔に洗濯されていない。左手が花かごを提げて、中には死にかけた花がばらばらに枯れていく。背後の壁に“一束の花、銀貨十枚”と書いている。

騎士が女と揉め事を始めたようで、遠く見守っていたルシは疑問を思い始めた。

(銀貨十枚?高級宿に一晩過ごせる値段ではないか?こんなところで花を買ったとでも?どういうこと……)

間もなく二人が話を纏まったようで、近くの小部屋に入った。とてもボロな木部屋、窓ガラスの大半はもう朽ち果てに。おかけで中に起こったことはすぐ判明できる、騎士は女を求めている途中……ルシは相当のショックを受けた。

(……!こんなに汚い場所とこんなにブサい女というのか!?……たとえ村一番のダメ男でもこんなことには……鋼鉄騎士、あの方も同じことをするとでも?……それとも今、中にいたのはあの方そのものというのか……)

ルシはその場から去った、寂しい後ろ姿、破れた夢の泡、また虚しい気分になる。二度目でも全然慣れない、今までの人生が充実すぎたから、来る日も来る日も可愛い恋人たちが傍に伴ってく……まさか初めて殿方への思いはこんなに苦しい気分に味わうとは、夢でも思わなかった。


頭がふらふらして、二時間を掛けて、やっとスラムから脱出成功、それでも行き場がなく。足の疲れを感じたのか、一軒のバーを入り、ワインを注文した。オシャレな帽子はもう無くしたことさえ、気付きなかったルシは一人酒を悶え始めた。

店が満員だとしても、せいぜい十人程度、小さな酒場です。中にはやはり政治の話題を盛り上がった男たちがいる、言い争いの中心人物はやはり領主さまである。ルシは上の空で口だけの戦争を聞いて過ごす。気がつけば、もうすっかり日が暮れた。

(本当、よく喋るひとたち……飽きない爺さんたちよ)

繊細な外見と裏腹に、ルシはお酒が強いです。千杯を飲んでも酔うことはない、ただ女将さんとの約束を思い出して、杯を置いていく。

(いけない、レディとの約束を忘れたとは……私らしくない)

オーナーから道を聞いた後、お代を精算します、相当の大金、ルシの財布はほぼ空になった。残念なことに、もし帽子が無くされていないのなら、明日質に入れて、帰りの旅費と交換できるというのに。


夜道に歩いていても、迷う心配はない、さすが大都会の夜、消えない光が行人の姿を照らしていく。ただ地上に投射されたのは哀れな影ばかり、全部ホムレスの影です。

(ホムレス一名……ホムレス二名……ひょっとして私は今、サーディンの闇を目撃しているとでも?……いえ、私も同じではないか!?財布に一文銭なし、帰る場所もなく……私もホムレスの一員に……ああっ!なんということだ)

ルシはセンチメンタルの人です、すぐ都市の夜の、悲しい雰囲気に移された。でも悲しい事はそう長くない、女将さんの店に辿り着いた。近いな、やはり神は彼を愛している。


女将さんはカウンターに向けて何かを書いています、酒場には一人の酔っぱらいが寝っている、鼾の声は馬車の車輪がよく固定されていない時のように、滑稽な音だ。

「こんばんは、マイレディ。帳簿を書いていますか?」

「そうよ、もう二十日くらい書いてないかしら」

「それは随分と長い時間ですね」

「ええ。店を開きにはもう十年、金貨の一文や二文はもうどうでもいいかも」

「手伝いましょうか?こう見えても、数学は得意ですよ」

「知ってるよ、でも明日にしましょう、あなたを待つためにここに居ただもの」

「!私を……身に余る言葉」

「気にしないで。初めてでしょう、ついてきて」

蝋燭の光に追って、一階奥の部屋の前に到着、女将さんの寝室です。その場にいるのは弱い火の明かりと人だけ。

「どうしたの、入れないの?」

「それが……実は金を使い果たし、一夜の宿泊費も出せないのです……愚かな人だ、私は」

「大丈夫よ。将来偉い人物になるでしょう?そんな時に返すばいいさ」

「……旅をする前にも、そのつもりだったのですが……今は、どうすれば良いのかは、わからなくきたのです……」

ルシは涙を零し始め、女将さんの優しい言葉に聞きながら、弱い一面を晒し、迷い始めた。

「もう、しょうがないわね。大丈夫よ、あなたは経験が足りないだけだわ。さあ、中に入って」

ルシは彼女の優しさに身を委ね、部屋の中に、夜の約束を果たしました…………


気持ちを収めた後、ルシは質問を切り出した。

「マダム、白鉄騎士団は一体何なんだ?今日のやつはスラムの娼婦を探しにいくとは……」

「そうかい、ま、そのうち慣れるさ。今日見た野郎は農民にすぎない、売れる騎士団に入り出世を図る阿呆ね」

「一種の狂信の集団とでも?」

「似たようなもんさ。最初は落ちこぼれ貴族が国を守るかなんかのため成立したよ、鎧を鍛えた時に、特別な白い石の粉末を入れ込み、それが白鉄さ。後は鎧を売って、組織を拡大したけれど、結局見栄えだげの連中たち、中身は見た通りさ。笑えるよね?フフフ」

「はははっ……そういうことか、ならもっと特別な赤い石の粉末に入れたら、炎鉄の騎士じゃないか」

「そうよ、飲み込みが早いわ。私としては黒鉄の騎士を好みかしら。フフフ」


ルシは女将さんが智慧者だと認め、もっと深い話をした。

「それじゃ、私が見た英雄はやはり幻に過ぎないか……哀れなピエロだな、私は……」

「いいえ。英雄はいますわよ、私が知ってます。この町の領主、バルハート様」

「これは本物だそうですね。今日一日だけで三度目以上この方の名前を伺えました」

「疑う余地はないのよ。私が八歳の時、この目で見たわ。バルハート様はたった十騎の従者を連れって、反乱の町、サーディンへ駆けつけ。醜い内戦を広かった二人の兄を正義の戦を挑んたの。バルハート様は一人の敵を倒して、すぐ十人ほどの騎士が寝返る。たちまち大軍勢になって、城門の正面に押し寄せにいく。先陣を立ったバルハート様はまさしく英雄そのものだわ」

「聞いたのです。最後、バルハート様が二人の兄を根絶やしたのですね。でもどうしてそんな残酷なことを?」

「仕方ないわよ。戦を唆すのは奥方たち、殺さないと、禍根を残す」

「英雄には時に、非情になれなくてはならない、か……美しい話です」

「ええ。でも今は跡継ぎがない状況になるとはね、心配だわ……」

「それで、一体誰が領主の座を受け継ぐのかな?」

「十中八九遠い親戚のフラン公爵だろうねぇ。全く、あの田舎公爵ならねえ……サーディンの未来は真っ黒だわ」

「さてはこれも神の試練だろうか……果たしてサーディンの未来を照らしたのはこの僕かもしれないな」

「ふふふ、ありえるわ……もう寝ましょう、私の愛おしい人」

「ありがとう、マダム。明日の帳簿、ぜひ手伝って貰いたい」

(よくも騙されましたね、僕は道化のように踊らせる……ありがとうございます、充実な一日ですよ。ようやく真の英雄を見つかりました、ぜひ会いに行きたい……それにしても、奥方たちがそれほどの野心家とは、都市の女性に気をつけなくては……)


翌日、ルシは朝早く起きて、てきぱき帳簿のことを手伝い始めた。そしてお昼の時はもう二十日の商売をまとまりました、やはり彼は数学の天才である。昼飯を粗末に取った後、急ぐ町へ出て、バルハートさまの情報を集めに行く。

女将さんの話によると、毎日、いくつの酒場はきっと、同じ顔をした男たちが中央の席を占領し、朝から夜まで領主様の英雄譚を熱々と語る、その内容は年代記通りに詳細かつ精確し、もうこの町の風物詩の様な物。領主様を知るにはそこから始めるとよい。

ルシはブルホーンの看板を発見し、中へ入った。聞いた通り、講談のおっさんが取り込み中。ルシは彼のショーを聞きながら、他のファンたちからバルハートさまのことを探る。そして今日最大のニュースはバルハートさまがラーム村一の美男子と別れた後、行方不明、と。


夕方、ルシは女将さんの傍へ戻り、お土産として白鉄騎士が畑を働いている絵を披露した。

「マダム、ただいま戻りました。見てご覧、今日がたまたま見た光景ですよ。やはり白鉄騎士の中身は農民ですね」

「おかえり、ルシ。上手に描いたけれど、違うのよ。これは白鉄騎士団が弱き民の味方をアピールした演出よ、普通鎧を着て畑仕事をする人はいないじゃない」

「これは、これは、偽物ですか。だったら貴女に差し上げませんね」

「いいえ、貰うわ。私は偽物を嫌いじやないのよ」

鉛筆の絵は畑の風景と騎士の働き姿を生々しいと記録されていた。ただ、騎士の輪郭は曲がっている線を使ったせいで、整体からしては滑稽なピエロのように見える。

「ありがとう、気に入ってなによりです……それにしても今日は、バルハート様がラーム村一の美男子と別れ、行方不明の情報を耳に入った。それは本当のことでしょうか?」

「私も似たことを盗み聴きしたけれど。本当かどうかは情報商人の方に確かめないと分からないわね」

「……情報商人?信頼できるとでも?」

「ええ。でもお代は安くないわ。今のあなたにはきついかもよ」

「そうですか。ならば一曲を売らないといけないですね」

「ふふふ、ここを使っていいわよ」

「ありがとう、マダム。でも明日教会前の大通りに行くと決めました、あそこに神を讃える歌を歌えば、きっと貴族たちの好意を寄せるでしょう」

「!まあ、とんでもないことを、神を利用するつもり!?」

「滅相もない、神は僕の味方ですよ。全てはバルハート様を会うためです」

「大した自信ね……なら止はしないわ。早く中へ入って、詩を書くのだろう」

「はい。サーディンは素晴らしい町です、きっと良い歌を書けましょう」

批判の歌が苦手なのですが、情に流される賛歌はルシの本領というべきか。明日はきっと大儲けになる、そうしたら情報商人のところへ。今やるべきことは明確にある、昔と違って、ルシは夜中まで練習し続けた……


翌日、光を感じたルシは、静かに起きて、勤勉な女将さんさえまだ起きていない時間。服には微熱の鉄塊かけ、平らにさせる、髪を風流に結び上げ、準備完了。

カテドラル前の広場に到着、噴水の縁に腰をかけ、楽器を構え、目を閉じる。良い空気だ、ここなら思い存分発揮できよう。

信者たちはもう広場に集め始めた、彼らは全部ステータスのある市民だ、入場はもうすぐ。みんな噴水前の美男子をまじまじ見つめているのですが、まだ彼らと対話する時じゃない、今は妄想の練習を集中すべき。

やがてミサが始め、広場には誰もいなくなる。ルシはオルガンの荘厳の音を聞き、心は水のように静かで、まるで背後の水面と一体化したように、落下した水滴が心を触れて、漣を産み、頭の中の音符に命を与えていく。

何という素晴らしい場所、今までの演奏歴の中でも、滅多にないステージ、今日はきっと良いことが起こる……


ミサが終えて、人々はまた広場へ戻った。弦は震えはじめ、綺麗な音を奏でる。

「歌え、ここは世界の中心地、サーディン」

人の足は止まった。

「踊れ、黄金の町、緑の庭園、ここは夢の大地」

人の注目を集めていく。

「讃え、英雄の町、欲望の劫火から解放された土。神の記憶の中でも忘れたことのない場所、サーディン」

人の心は打たれた。

「英雄の血はここに、民の夢もここに。耳を澄ませ、神の声を、最後の栄光はサーディンに!忘れはしない、これは神との約束……」

真摯な歌声は涙を誘う、良い演出だった、やはり神はルシの味方だ。人の好意と挨拶を満喫した後、町一番有名な情報商人の所へ訪れにいく。


情報商人と言っても、闇商売ではありません、普通茶屋をやっています、町一の情報商人でも例外しません。どんな重要なことを聞いても、お茶一杯とタバコ一服、冷静に考えばよいのです。

入り口のガラス障子を撥ねて、入場料を門番に渡す、奥の部屋へと招待された、店主は中で待っている、異国の方です。

「こんにちは、もみじさん、すごく綺麗な名前ですよ。僕は今日、何人目の客人ですか?」

「丁度十人目でございます、ルシ様、よろしくお願いします」

「それは驚いた、僕の様な小物の名まで知ってるとは。さすがです」

「いえいえ。今知ったばかりですよ。今朝の演出は大盛況のようで、おめでとうございます」

「ありがとうございます……では質問させて頂きたい、バルハート様は今何処にいらっしゃるのですか?」

「よくある質問です。先にお茶はどうですか、僭越ながら、わしの故郷のお茶を試してください」

ルシは頭を縦に振る、ではお言葉甘えて、と微笑む。持ち出されたのはセラミックの茶器が淹れたお茶、緑の色、混濁した水、草の香り、異国のものです。

「これは異国のお茶ではないか、さぞお金はかかるでしょう……もったいないですよ、ご亭主」

「遠慮しないでほしい、気に入った客人を招待時だけ出した安物でございます……さて、先の質問は銀貨五百枚を必要とします」

「これは、これは、金をもらったと知ったばかりに、このような値段とは……悲しいです」

「いえ、ここの商売は正札付きでございます。なにとぞご了承してください」

「そうか、なら仕方がない……ここは丁度、銀貨五百枚です、差し上げましょう」

手元のポーチから五封の銀貨を取り出し、毎封ずつ銀貨百枚入り。

「随分と周到な準備ですな、ありがとうございます」

「百銀貨単位の正札だと思って、用意したのです」

「やはりですな。ルシさまの手は以後金貨五万枚を管理するお手になると思います」

「ありがとう、ご冗談でも嬉しいですよ」

「いいえ、真に受けっても構わないと存じます。では、明後日、バルハート様はサーディンへ戻る、ということでございます」

「なんと!?具体的に何時でしょうか?」

「そこまでは知りません」


ルシは自分の慌て様を気づき、一旦言葉を切って、お茶を啜る。気持ちを整理した後、また質問を出す。

「それは文字通りの意味、それともお金が足りないとでも?……」

「参ったね、わしもバルハート様のファンですなぁ。ペラペラ喋って、暗殺のようなことを招いたには考えられません」

「なんと!おっしゃった通りです。ただし、もし明後日、バルハート様が帰って来なかったとしたら?」

「簡単な話、ここへ来て銀貨五百枚をそのまま返していただく」

「そうか、では……」

残ったお茶を一気に飲み干し、離別の意を示す。

「次が来たら常連さんに成ったのですな、ルシさま、おまけにするよ」

「ありがとう、ご亭主、それでは……」


茶屋と別れた後、ルシは珠玉宝石の店に入って、お土産を買ってから女将さんの店へと戻った、今日は日が暮れた直前の時です。

「ただいま戻りました、マダム」

「お帰り、今日は相当な大盛況と聞いたわ、すごいじゃない」

「ええ。おかげで土産を買って来ました、どうかお受け取りを」

土産はルビーのピアスです、貴重な素材で出来ていないのですが、精緻なデザインはきっと工夫にされたのでしょう、若手職人の理想を溢れる作品です。

「もう、お金が出来てすぐこうだから。私だって少しずつ貯金し、今日の居場所をもらったのですよ」

「はい、貴女のおっしゃった通りです。でもバルハート様のことを聞いてから、心の鼓動を抑えきれません、どうかお許しください」

「仕方ないわね、じゃ貰っとく……で、バルハート様がどうしたんだい?」

「明後日、サーディンへ帰った模様」

「そりゃよかったわ。なら、謁見の準備をするね」

「いいえ。城門外で会いに行きます」

「おや!どうして?」

「城へ戻ったら、バルハート様はきっと政に追われ、私のことを構う余裕がないはずです」

「そうだね、ま、仕方ないわね」

「はい。それに、バルハート様の性格なら、きっと正門から戻りますよね?」

「ええ、その通りだわ。でも一日中待つつもり?すれ違いかも知れないよ」

「いいえ。そう長く待つ必要はありません」

「そう、なら好きのようにやりなさい」

「ありがと、ではマダムの手料理をいただきましょう」

「来て、今日は新しい食器を調達したのよ」

…………


英雄帰還の日が来た。でもルシが起きた時にはもう昼過ぎ、張り切っていないとでも?実は昨日他人の筆跡を真似し、ラブレターを書き続けて、夜遅くまでやっと成功したところでした。

夜更かしの疲れを取れないまま、身支度を終わて、女将さんと出かけの挨拶にいく。

「お早う、マダム」

「!何をやってるんだい、ルシ、もう昼過ぎだよ」

「大丈夫ですよ、マダム、今から行けばもうすぐ会えます」

「どうして?」

「紅葉さんは明後日と言った、情報商人は午後から営業します、彼が言っていた明後日も午後から始まるでしょう」

「そうかい、夕方には城門は閉じる、なら午後しかない」

「いかにも、では行きます」

「昼ごはんを食べたら?」

「いいえ。今日の昼ごはんは城門外の花びらで十分」

「血がのぼったわね、ルシ、気をつけるのよ」

「はい、行ってきます」

穏やかな足取りを踏んで、ルシは南門から町入りの商人の隊列と擦れ違って進、城門を後にしたからすぐ、石の道を外し、草地の真ん中に座りました。背負ったのは紙と鉛筆、ここ数日バルハート様の物語を頭の中に甦って、彼の似顔絵を描く、花を食べながら。時には食べられない花があっても、稀に気づく、心には絵にあらず、通り過ぎた旅人たちの方にあった。


一人また一人、さすが大都会への道、人は河のように流れていく。目を閉じれば、バルハート様とすれ違うかも知れない……いいえ、心配はいらないみたい。ほら、来たのです、白い駿馬を跨がる、一人の騎士。先も何人の騎士が通り過ぎたのけれど、この方は違う、鎧はない、フート付きのマントを被って、腰には宝石を嵌った剣をぶら下げて、覗かれる肌はもうすっかり老けて、病弱になって、でもその姿は真っ直ぐって、全然死を恐れているとは見えない、ノーブルの血筋が然らしめることです。

ルシは鉛筆を捨て、楽器を拾い、彼のところへ近づき、領主のことを奏でる。

「旅に疲れた騎士様、僕の憧れ、僕の夢……一言、聞いてくれませんか」

騎士は馬の下の邪魔者に一目を置いてから、道傍へ移動し、地上へ降りる。ルシは彼の傍に近づき、恋愛中の少女のようにはにかむ。

「畏まることはない、君、用事を話したまえ」

「ありがとうございます。4日前、貴方様の事を初めて聞きましてから、どうしても忘れなくって、結局こんな形で邪魔しに来たのです。怪しいのは百も承知……お許し、くれませんか?」

「……すまない、青年よ、君は美しい。でも私は身分の高い少年が良いのです」

「……いいえ、覚悟はあります。ただし貴方様にそうさせた理由を教えてくれませんか?」

「本の中に記された極東の領主は、容姿端麗の少年を傍に置き、愛人をすることが多いという。私は、彼らを真似するだけかも知れない……笑えばよい、愚かな私を」

「!どうしてそのような事をおっしゃいますか、貴方様?極東はただの弾丸の地ではありませんか?」

「人には時間を勝てない。私も年をとってから酔狂な真似は抑えきれん……もう君が想像した英雄じゃない……すまない、今の私はみっともない気持ちを話しただけで、精一杯なのだ」

ルシは泣いた、憧れの理想は真実の姿を晒し、拒否の意を示した。計画通りでも悲しい現実が目の前にいると、涙が出る。現実の涙は嫌なものだ、口の中に広がるしょっぱい味、心の中に溢れる切ない思い、理想を成就させためには最大の難関かもしれない。

「……もし、僕は情けをかける価値がある人だと思うのなら……このラブレターを、受け取れませんか?」

「……文字は嫌いじゃない。帰った後読むことを約束しよう」

「ありがとうございます。では先に帰ってください、僕はまだ絵が残っていますから」

「ああ、さらばだ。気にすることはない、今日の出会いは神の意思だ、君のせいじゃない」

領主様が馬を登り、小走りで去った。彼の真っ白な背中を見送った後、ルシは絵のところへ戻った。

彼は動揺した、手紙の封筒を見た時、懐かしい面影を窺える、陰謀は順調かもしれない……でも振られた現実もまた、辛い……鉛筆の下の騎士はますます凛々しい姿になっていく。

(バルハート様、英雄の絵は僕が書き続けよう。英雄の血は、そのためのものです……)


次は旅立ちの日、策略の道はもう開かれた。

袖振り合うも他生の縁、来る日があったらきっと会いに来ます、その時はきっとマダムの力になるでしょう、と女将さんに別れの言葉を告げた。

暗黒の道を選んだのね、ルシ。気をつけなさい、自分の命を守って。翼を折れた時は何時でも来て、構わないわ、と、女将さんは励む言葉を返した。


サーディンから出発し、最初は活動資金を集めるために動く。ファイナンシャルルートはもう最短距離で描かれた、後は言葉次第。募金相手は金持ち家の令嬢、これまでのない規模の募金活動でも、やはりうまくいてくれた、ルシは演説の才能があった。彼の情熱な約束を聞いて、みんな信じてくれる。

三日後、予定の額に達成し、故郷も目の前に迫る。栄光と富とともにルシは村へ凱旋したのですが、彼に相手をする人はあんまりいなかった、ここの人に対しルシは宇宙人に等しい、認識できる存在ではない。

それでもルシは返事のない挨拶を繰り返している、ここは最低限の礼儀を尽くし、追い出されたことがないと、十分なんです。彼女だけに会うため、来たのですから、他の人はどうでも良いのです。

村の大商人の長姉、フレンカルトは、三十近いながらまだ結婚していません。決して顔が悪いわけじゃない、ただ頭が切れすぎて、プロポーズしに来た青年たちを嘲笑って、みんな頭が来て、来訪の途中で帰ってしまった。家の中でも、いつも商売のことにちょっかいを出し、ビジネスを学びたいのですが。困ったことだ、女の人がビジネスをやるとは、こんな辺縁の村には聞いたことがない。

ただ、フレンカルトさまはルシの愛のささやきが好きです、他の人と違って、彼はいつも外の世界から戻り、外の人と出会い、外の物語を連れてくる、だから彼の事を気に入ったのです。


今日は半年ぶりの再会、グラスの中に香ばしい葡萄酒を注ぎ、かちんと弾ける。

「ごきげんよう、フレン様、ルシは戻ってくれました……この花を受け取ってください」

「ごきげんよう、ルシ。見たことのない花ね、嬉しいわ」

「はい、サーディンの花です、萎えないため、一睡もなしに馬を走り続けて戻りました、お気に入れてなによりです」

「サーディン、また遠いところに……残念だけど、サーディンのことをゆっくり聞いた暇はなさそうですね」

フレンカルトさまはルシが連れて来た小さな箱を指差した、宝箱です。

「もしかしてこの中には全部金貨じゃないよね?」

「はい、その通りです」

「……どうやら大変よろしくないことを頼みにきたようですね……話してちょうだい」

「さすが女神並みの美貌と知恵の持ち主、感服致しました……では単刀直入に話します。僕のために、子供を産んであげませんか?」

フレン様でも一瞬疑惑の表情を示したのですが、やがてルシの真意を気づいた。

「……そうね、もしルシの子ならお断りよ」

「貴方様の考えた通りです、僕ではありません」

「相手は?」 

「七十近いお爺さんです」

「…………」


一歩、また一歩、フレン様は優雅のステップを踏んでルシの方へ近づき、手が届く範囲に入ったばかり、ピンタを見舞いした。沈黙な空気が襲ってくる、呼吸の音さえ聞こえない、人の心臓が停止したような。

「……痛い?かわいそうなひと。でもこうしないと、可哀想な人は私になるの、わかる?」

「わかるつもりです。かまわない、僕は一番かまわない人ですから」

思い切りの一撃、爪が頬っぺたを割って、血痕を残した。フレン様は脆くなった、女の人ですから。

「で、金貨何枚?」

「二百枚です、この村を買うには十分の額でした」

「そして百枚先払いのつもりね?」

「いかにも。貴方様はことなく金を愛し、良かった」

「人は情に流されて動きやすいの、ルシ。いまはあなたを追い出せたい気持ちが山々だわ、短く話してちょうだい」

「はい、相手は男性を好む、特別な方です」

「珍しいけど、厄介なこと?」

「いいえ、それはもう手を打ったのです。ただ、老人から子供を授けることについて、恐れています」

「大丈夫、方法があるわ。ただし約束の日を必要ね」

「安心しました、チャンスは一度きりですが、時間は何時でも出来よう」

「そう。じゃ帰りなさい、貴方の顔は見たくないの」

「大変失礼しました、では手紙で連絡いたします……」

(人は情に流されて動きやすい、か……僕にはそれが出来ませんかもしれない、フレン様、お許しください……)

(手を打った?……香りを使うつもりね。でも彼の身の上に香りの匂いはない……サーディンがルシを変えた……つまらない場所ね)


この後、二人は来月のとある日に約束を交わした、手紙に通じて。

その日、計画通り領主様は手紙に書いた場所へ赴く、成功に赤ん坊の種を手に入れた。バルハート様に対し、その夜の事は泡沫の夢のように、実感はない、朧な記憶だけが残る。

後はお嬢様が隠居し、十ヶ月を待つだけ。ちなみに、お嬢様一家は南の国へ出かけ、大商売を賭けた、三、五年以内帰れないという。結局、三人の使用人を買収だけで、ことを順調に進める。

妊娠した日々はちょっとつまらないのですが、慇懃なルシが傍にいて、少し楽になる。彼の歌を聞き、そろばんを弄る、彼の詩を聞き、絵を書く……もしかして彼の事を少しずつ許せるかもしれない。


時が流れ、運命の赤ん坊は生まれました、男の子です。その夜、フレン様は力を使い果たして、ぐっすり眠れましたので、ルシは悪知恵を働きました。彼は残った百枚の金貨を果たせないまま、赤ちゃんを連れて逃げた。

どうせもう百枚の金貨を手に入れて、この後の生活はきっと大丈夫したはず、残った百枚はもっと大事なことのために使うべき。そのはずだったのですが、二ヶ月後、フレン様の消息は村の中に途切れたという。


ルシは己の愛情と精力の大半をその子に分けた、豪華の屋敷に買い、綺麗なメイドを雇い、赤ん坊の世話を焼く。昼には自分の知恵と関係に頼って、大商売に通じて莫大の富を貯める。夜には赤ん坊の耳元、帝王の話を囁く、まだ赤ん坊が言葉を話さないでも、物語を聞くと、強烈な反応を示す。

一歳の時、やっとこの子の名前を決めました、アルサリュースという、愛称はアサー様。ファミリーネイムはいない、まだ受け継ぐ時は来ていません。これまではアサーは貴族同然の履歴を持つ、これからも続くでしょう、人の望みが止まらない限り。そもそも彼は王者になるため生まれたのだから。


四歳になった時、アサーはもう格別の子供に成長しました、その姿を見て、感極まったルシは、自分の真意を彼に告げたと決めた、少し早めになったのですが。

「アサー様、自分のご家族へ興味を示したと、聞いたのですが?」

「そうだよ、ルシ。私が知ってたのは、母上が四年前から行方不明、それだけです」

「残念ですが、今も時々彼女の事を探るのですが、行方不明のままでした」

「そうじゃないんだ、ルシ。君は何人の女性を探し、母役を務めさせた、そうよね?」

「やはり偽物ではだめですか、もうし訳ありません」

「そうじゃないんだよ、ルシ、私が気になるのは君のことなんだ。君は私と血縁の関係を皆無と言ったのですね。それなのにどうしてこれほどの金と時間を私に費やした?子供の私に見てもおかしいですよ?」


ルシは片膝をつき、アサー様の目の高さまで姿を降りて、右手は胸を当たる、君臣の礼をした。

「僕のことを信用できないですか?アサー様」

「君は私を余計な金をくれましたせいで、周りの人から偽りの親切を募る。君の真意は分からないのだ」

「申し訳ありません、アサー様。これからも多くの人が貴方様の周りに押し寄せてくるでしょう、貴方は彼らの下心を見抜いてしなくてはなりません」

「そうですか、では君の心は?知りたい」

「簡単です、僕を信じてほしい……幸い、僕は時間があります。これから五年、十年の間、僕の忠誠心を見続けてほしい……」

アサー様はルシに近づき、彼の顔を持ち上げて、見つめていく。

「よく見せてくれ、ルシ……また老けた、この四年間、老け続けたね。私はいつも見ていたよ、見た後は悲しい気分になる」

「……ありがたきお言葉」

「信じますよ、ルシ。私に何か期待することがありますね、応えてみせましょう」


ルシは感動の他、迷い始めた、どう応えてよいでしょうか……とりあえず、自分の真意を打ち上げた。

「今年、東の大都市、サーディンの領主は無くなりました……珍しいことに、一族は跡継ぎが一人もいない、結局遠い親戚のフラン公爵が領主の座をつきました。しかし、元領主の名声は高すぎるため、フラン公爵の器にはサーディンをまとまることは困難でしょう。せいぜい十年、反乱の戦火はサーディンの町を焼くことにあります」

「……分かったよ、ルシ、そこで私の出番ですね?」

「その通りでございます。革命の暁には貴方さまが先代領主の継承者として、サーディンの町を守り、君臨するのです。これは僕の考えです」

「……その言葉、まことなことですか?」

「神の名にかけて、誓います。貴方様の父は、サーディンの元領主、バルハート・アーシェルペインご本人。これは揺るぎのない真実です」

「バル、ハート……絵の中の騎士?」

「はい、何度も見せてくれた英雄騎士」

「そうか、とっくに父のことを知ってたんだな……英雄か……きっと簡単な道じゃないな」

「申し訳ありません、僕は途方もない愚者でした。ただ貴方様の凛々しい姿を見たいだけで、一生懸命に……お許しください」

「応えていくと言ったですよ、ルシ。そういえば、なんか熱く感じますね」

「それは英雄の血というものです、アサー様」

「そうか、今夜は眠れないかも……先に休憩してね、ルシ。私はもう一度父の絵を見に行きます」

「はい、では下がりさせていただきます」

……


あの夜以来、ルシは一流の家庭教師を集め、アルサリュースにエリート教育を施した。アサーは厳しい授業を耐え、反発ことなく、良い生徒にいてくれた。彼の成長は順調だった。

サーディンの局面もルシの読み通り、フラン公爵が就任から三年間、なんと新しい法令を次々と頒布し、ここを彼の田舎城のように変わろうとした。町の有力者たちはもう不満の頂点に達し、密かに兵士を集め、戦争の準備をしていた。

ルシも次の手を打った。まずは港町ナルブレス商会会長の一人娘と結婚し、商會の地位を強化した。それだけじゃない、ナルブレスの港口を自由にアクセス出来れば、外の世界の技術と材料を一網打尽できる。

意外なことに、ルシはまた鋼鉄の騎士を求め始めた。きっかけは交易品の中に見つかった金属、さほど貴重ではない、名もなき金属。この金属の強度はとても低い、農具に制作しても、使ったらすぐ変形し、壊れる。そこで、ルシが気に入ったのはその抜群の延性と展性、加熱するとすぐ粘土のように自由に操れる。この金属を鉄の表面に広げ、冷却した後、天衣無縫に鉄と付着し、融合する。さらに油を塗ると、表面は鏡のように光を反射する。鉄は硬いけど、脆い。名も無き金属は脆いけど、粘り強い。鏡面化を受けた鎧を攻撃すると、武器の攻撃点を滑って、弾けるやすい。

こうして、新しい鎧は鋼鉄と名付けた。それは名もなき金属の外見はわりといける、白くて、なめらかくって、昔鋼鉄の騎士と名乗る人物の鎧に連想させる、だから鋼鉄と呼ぶ。この材料の最大の特質は、近距離の弓と弩の矢をうけても、貫かないところ。鋼鉄の鎧を、量産する価値がある、と判断した。

…………


時が来た、アサー様が十歳になった頃、二年を渡ったサーディンの内戦も決定の場面へ迎えた。領主フラン公爵はすでに殺され、今城を占拠したのはブロウワー伯爵、防御の体勢をとって籠城中、これまでフラン公爵との激突で消耗過ぎて、一時サーディンを占拠しても、守る余力がなく、陥落は時間の問題だ。

攻め側のリーダーはドロシー伯爵、彼は絶対の優勢を握っていたはず。しかし必勝の攻城戦の最中、彼は逃げた。逃げる原因に質問されて、敵の弓の射程は想像以上、自分の命を心配したと答えた。あまりの失望に、半分くらいの兵士が戦をやめ、出奔した。このまま士気を下がり続ければ、敗戦に決す。ドロシー伯爵は電光石火の決戦に追い込まれた。


ただしドロシー伯爵が気になったのはあくまで一人、彼のスポンサー、サーディン商會の会長、マルウィンさんです。決戦前、彼はマルウィン会長を誘って、二人きりの密談を行った。

「マルウィン会長、まさかここまでの局面になるとは……実に面目ない」

「気にしないてくれたまえ、伯爵。戦には負ける時もあろう」

「しかし明日の決戦が敗北だとしたら……死ぬ光景を考えると、私、怖くてなりません」

「大丈夫さ、こっちはまだ有利ではないか。それに、死を恐れることは恥じるべきことじゃないだと思うがね」

「ありがとう……でも明日、また逃げたらどうしましょう」

「後方に居て、指揮を執ればよいのでは?そもそも貴方は指揮官さま、前線を出る必要がないのでは?」

「そうですね、やはり私が勝ちを焦ったのですね。それでは、マルウィン会長の隣に居てもよろしいですか?その方が心強い」

「良いとも、きっと力になりましょう」

「ありがとう……それにしても私に付いてきた兵士が私を見捨てたのね、悲しいことです」

「確かにとても残念なこと、でもまだわしが雇った傭兵たちがいる、戦力には負けませんぞ」

「はい、幸いなことに傭兵さんたちは殆ど脱出した人はいませんね」

「はははっ、彼らは報酬のために戦っている輩ぞ。他のことに見ても、動揺することはない」

「良かった、これなら安心できます。では明日、よろしくお願いします」

こうしてドロシー伯爵は安心して眠りに付きました、明日新しいサーディンを見ることが出来たと思ったら、ワクワクする。

(普通、間抜けの指揮官を見たら、真っ先に裏切るのは傭兵のはず、今殆ど抜け出す傭兵がいない事態こそが異常……会長さん、戦を分からない人が戦場を出たね、無駄死になるよ)


翌朝、士気を高めるため、ドロシー伯爵は全軍を集め、出陣の演説を発表した。

「諸君!君たちを集め、伝いたいことはたった一つ……今日、私は、ここで、きっと敵大将の首を刎ねてみせます……私を信じるか!?」

おおおおおおお!掲げた剣とともに正規軍がお雄叫びを上げた。可怪しい、昨日まで士気が谷底まで落ちた兵士たちが急に元気になった、何が起こった?

「では、よく見てやれ!」

まだ不思議と思っていたマルウィン会長は、斬られた、首を狙って精確な一閃。自分の死について質問する機会もなく、彼は馬から落ちて、死んだ。

「たった今、サーディン最大の裏切り者、マルウィンを討ち取った!」

おおおおおおおおおおおおおお!また正規軍がさわぐ。傭兵たちは一瞬、気圧された。

「傭兵の諸君、今、マルウィンの財産は全て私のものになる。今日の作戦を忘れ、これから私のために戦うのだ、そうすれば、報酬は元通り!」

少しの間に黙り込み後、傭兵たちは高々に武器を掲げ、服従の意を示す。傭兵は頭の回転が早いやつだ、裏切りなど日常茶飯事にすぎない。

「よーし!では出陣、目標は森の中の伏兵、進めえ!」

ドロシー伯爵の軍勢は回頭して、城の反対側へ進軍した。


この頃、森の中にはあちこち黒い煙が見えてくる。ドロシー伯爵の脱走兵たちは予定通り、ルシのところに集め、彼の指揮元に入った。今、アルサリュス様の軍勢が森の伏兵の背後を奇襲し、火の矢を浴びさせる。ここでドロシー伯爵が正面から挟み撃ち、あっという間に伏兵の勢力が潰走しました。

この伏兵たちは隣国の兵士です、マルウィン会長は他国と結託し、消耗戦の末を待ち、一気にドロシー伯爵とブロウワー伯爵を消滅して、サーディンを掌握すると算盤を弾く。その情報を掴みとったルシたちは会長の計略を利用し、隣国の戦力を削り、サーディンの力を示した。そして、ドロシー伯爵とアルサリュス様の軍勢が合流した後には、英雄帰来の日がくる。

ちなみに、伏兵をこうも早く撃退したのもう一つの原因は、鋼鉄騎士団にいる。敵軍が反撃を始めた頃、鋼鉄騎士が常識を越えた突進力を発揮し、矢を弾け、敵の指揮官を倒した。矢を防げる能力は、強い。


後はサーディンへ進軍しただけ、城内はすでに市民の暴走が始まったでしょう、バルハート様の跡継ぎが帰ったという伝言はもう町の隅々に届いた、今頃城門はもう開かれたかもしれません。

ルシとドロシー伯爵は肩を並べ、騎兵と一緒に先行した。今思えば、彼と接触したことはやはり正解だった。ドロシー伯爵は有能の他、バルハート様の崇拝者でもあった。アルサリュス様を初めてあった時、彼は先代領主の血筋をひく者と信じ、忠誠を誓ったのです。

大軍勢が城下に辿り、旗を揚げ、使者を発遣した。背が高い馬を乗って、白いカプリパンツの下には白いストッキング、白いシャツの上には白いマント、白いボーラーの中に降伏の知らせを隠れる。目立つすぎる使者を見た後ブロウワー伯爵はすぐ分かった、彼は降伏を受け入れ以外の選択はない。こうして、二年を渡った内戦が終わり、サーディンは新たな若領主を迎えた、バルハート様の血を継ぐもの、それだけを知って民たちの心は踊る。

あの日、アルサリュスは自分のファミリーネーム、アーシェルペインを継承しました。新しいサーディーを作るため新しい勉強を始めた。ここはサーディン、英雄の始まりの地である。

…………


五年後、生まれ変わったサーディンは昔の栄光を取り戻した。いいえ、軍事にしてはもう空前の強さに誇っている。今こそ、天下を目指す時です。しかし、大臣のルシは迷っていた。心配事は一つだけ、アサー様はまだ幼いすぎたではないか?十五歳……後三年間待った方が良いではないか?でも大軍勢を保有した今、時を過ごせば、資金の負担も大きい。一体如何したらよいのです?

今日のルシもその問題を困っていた最中……なんと、意外の人物が訪ねて来た、アサー様の生母、フレンカルトさん、十五年ぶりの方でした。

「これは、これは、フレン様、本当に久しぶりでございます。十五年くらいでしょう」

「こんにちは、ルシ……どうしたの、近くに来てくれないの?」

「失礼いたしました、今は大臣の身の故、客との接触は謹んでいるので」

「はっはっは。そうね、今は私が農婦、貴方が大貴族ですね……失礼しました、では単刀直入に行きます……あの時、お父様に隠し子のことを教えたのは、貴方ですね?」

「いかにも」

「で、私が死んだと思って?」

「はい、行方不明と聞き、てっきりマロン様が怒りにあまり、自分の娘を殺めったと思いました」

「まぁ、ほぼ貴方の予想通り。ただ私が地獄から舞い上がったのは誤算かな?」

「いいえ。こうしてまたフレン様と言葉を交わすことが出来って嬉しいですよ。昔の事を思い出します」

「私もよ、ルシ……一つ願いがあるの、聞いていい?」


フレンカルトのお父さん、マロン様が隠し子のことを知って、非常に怒ったのですが、到底娘を殺害することはなく、彼女を辺境の村へ嫁に行かせました。もちろん、百枚の金貨を没収します、丁度金を困った時です。しかし、百枚の金貨も無に等しい。彼のような田舎商人は南の国に成功するはずがありません、行く先には破滅の運命しかないのです。

辺境の村には女の地位がとても低い、フレンカルトは最初抵抗を試みたが、得たのは暴力だけ。彼女は冷静さに取り戻し、地元の風習を習い、とうとう今日の地位を得て、町への馬車に二つの席を分けられた。


「何なりと。今日は金貨百枚か、千枚か、すべて差し上げましょう」

「私は結婚したの。相手はごみ男、顔だけがなんとなく。こうして十二歳の娘は私譲りの美人、また今の私の唯一の財産なの。だからこの娘をアサー様に捧げたい」

「!何という悪辣な計略。お二人は同じ母の兄弟ですよ?」

さすがにルシも驚いた、持ち上げたばかりの盃は床へ落ちた。

「大丈夫だわ、どうせアサー様の王妃は一人じゃないもの、子供のことは心配ないわ」

ルシは少し思案した後、微笑んだ。

「そうですね、ただしアサー様が農婦の娘に興味ないかもしれません」

「大丈夫だわ、血縁は神秘なもの、見えない絆が繋げているの。ただし、余計な言葉は不要よ、ルシ」

「そうか!フレン様は秘密の過去を知ってたですね」

「そうそう。私を殺そうとも無駄よ、大変のことになるから」

「……分かりました。では案内役は私が勤めさせていただきましょう。何なら今でもいいですよ、そうすれば余計なことを話す機会もないじゃない?」

(今から?怪しいねぇ……でもレンとアサー様に合わせるのが最優先。ここは……)

「ありがとう、ルシ。ではお言葉に甘えるわ」


少し準備した後、親子二人がルシの馬車に乗せ、領主の屋敷へ向かった。建て直した屋敷は宮殿のように煌びやか、王宮の使者でも気圧されるでしょう。赤い絨毯を踏んで、フレンカルトは甘美な夢の幻覚を見えた。

(これから、ここに住んだのね……悪夢はようやく、終わるわ)

玉座の上、アサー様はルシのことを待っていた。

「こんばんは、ルシ」

「こんばんは、アサー様。レディ二人を連れて参りました」

「なんのために?」

「この娘が、王妃の座を志願しに来たのです」

「王妃の座を志願する女性が多い。この者の出身がよくないと見えますが」

「おっしゃった通りです、アサー様。ただしこの娘を見た時、なんとなく貴方様が気に入ると思いまして……そこで、五分だけでいい、このものと言葉を交わすことができませんか?」

「ルシの頼みなら、仕方ない。前へ来て、君」


アサー様が手を動いただけで、側近たちがすぐ酒を用意してくれた。娘は盃を受け取って、アサー様へ一礼した。少ないけど、二人は言葉を交わした。

「面白いね、ルシ。確かに気に入ったぞ……そこの婦人は母ですか、近くに来て、良く見せてくれ」

「はい、領主様」

フレンカルトを見て、アサー様が喜びにあふれて、話した。

「いいですよ、王妃のはなし、二人を気に入ったのです。今から城外の大木の下に行こう。そこで婚約の約束をかわしましょう。立ち合い人はルシ」

「はぁ、すぐ馬車を用意いたします」


また馬車を乗りました、何といういい気分だろう、これからはきっと上手くいく、このフレンカルトの惨めな日常は遂に終わりの時が来た。

約束の地に着いた、巨大な柏の木が一つの丘を占領している。空に聳える姿になるまで一体何年を必要でしょう?もう月と同じ歳かもしれません。

アサー様が先に馬車から降りて、手を差し伸べた。彼の手を掴んで、レンは馬車から飛び降りる。二人は木の下に行って参りました。

「ルシ……伯母さん……来てくれ、私の決意を見届けて欲しい」

ルシとフレンさんが近くに来て、優しく二人を見守る。これで役者が揃った。

アサー様が腰にぶら下がった剣を抜き、夜空へ掲げる。

「これは唯一神から授げられた宝剣。今、この剣に向けて誓いを行います。レン、君のフルネームを教えてください」

「……ありません。レンだけです……私は貧しい生まれですから」

「よい。名もなき人よ、君、他の美女ではない、私の心を乱す……よって、君を死者にする」


死神の剣を振り下ろし、少女の胸を切り裂く、少年王は返り血を浴びながら、冷静な表情を保っている。フレンさんが一瞬、何が起こっているのかを理解出来なかった。ルシはハンカチを取り出し、アサーの顔を拭く。

「…………アサー、様…………な、なにを?」

「実に悪辣な計略ですね、伯母さん。いいえ、母上」

「な!?」

「私が一介の田舎娘に好意を抱くには、きっと理由があるでしょう。君の顔を見て、すぐ気づいたよ。私、母上と似てますね」

「でも…………レンを殺す、だ…………だなんて!」

「そうだね、本来、君を殺すべきだ。でも、私は自分の生まれ母を殺めることは出来ないんだ」

「はっはっはっは!あっはっはっは!そうだよ!アサー様!私がお母さんだよ」

「さよなら、母上。貴女は追放されました。もうサーディンに入れないでしょう」

「そうね!私は適当に野垂れ死ぬには相応しい!アサー様!急いで天下に取りに行きましょう!あっはっはっはっはっはっはっは!」


フレンさんは森の奥へ姿を消した、残されたのはアサーとルシ君臣二人。

「アサー様、実に無情の判断ですね」

「うむ。今は肝心の時だ、女のために気が散るにはいかないからね」

「はい……フレンさまも可哀想に、唯一の頼りであった娘も、お無くなりました」

「敵を倒すため一番効率よくのは敵の精神を潰すこと。そうだろ、ルシ」

「おっしゃる通りです、アサー様」

「では、レンを埋葬しましょうか、ルシ、手伝う?」

「もちろんです、マイロード」

木の根の下に、一人人間の少女が埋葬された。長年生きてきた柏の木でも、人の血を吸う機会はそう多くはないはず。これで、少しだけ高く伸びるかもしれません。

三日後、ルシはアサー様に出撃の指示を請求した。遂に、帝国を築くための戦争が、始まります。

後ほど、ルシ・デナーレは大陸に名高い帝国の宰相の名として、歴史のメモ帳の中に記された。


……おわり

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