襲撃




「それで、バロンはこんな所で何をしてたんだ? 路地裏なんて何もないだろうに」


「……迷子のネコがいて、寂しそうだったから相手してたの」


 そう言って彼女が振り返った方を見ると、そこには一匹の猫が。先ほどの一悶着にも動じず丸まっている所を見るに、ずいぶんと胆力が強いらしい。


 ……ん? よく見ると首の周りに赤いリングが巻かれている。それにバロールの『迷子の猫』という言葉。ということはもしや……。


「やっぱり依頼主のネコだったか。いやー、こんな所にいたなんてな。探したぞー?」


 外見の特徴は、捜索を依頼されていたネコと完全に一致している。ちなみに『猫』ではなく『ネコ』な。ワンワンと吠え、人に良く懐くのが特徴である。え? 犬じゃんって? 確かに。


 ネコは大した抵抗もなく持ち上げられると、何を思ったのか俺の顔をペロペロと舐めてくる。この仕草といい、外見以外は完璧に犬だ。地球の猫を見慣れた俺にとっては、どうにも未だギャップが拭えない。


「そのネコ、主人の匂いがするから落ち着くって」


「ああ、事前に依頼人と会ってきたからな、それだろ……って、こいつの思ってることがわかるのか?」


 そう言うとバロールはしまったとでも言うかのようにその顔をしかめ、俺の言葉を否定する。


「……そんな気がしただけ」


「ん、まあ確かにネコの言葉が分かるわけもないか」


 同意するようにバロールの言葉を流したが、実際は彼女が獣人である以上同じ動物の言葉が分からないとも限らない。さすがに先ほどの言葉は不用意が過ぎるのではないだろうか。下手をすれば自身が獣人であると喧伝する事態にもなりうる。


 幸いにして、この場には俺とフェルメスしか存在しない。彼女の失言は無事聞き流されることになるだろう。


「よし、そうと決まれば早速こいつを飼い主のとこまで届けてやらないとな。バロンもそろそろ帰らないといけないだろ? 送ろうか?」


「いえ、いいです。自分で帰れます」


「といっても、遅くなったならまたアイツに怒られるんじゃないか? そうなったら一人くらい事情を説明する必要が――」


「いいんです。慣れてますから」


 再三の申し出を固辞するバロール。だが、そう言った彼女の顔は、能面のように無表情だった。


 それがなんだか、出会った当初のフェルメスを思い出させる様で――。


「……まあそう言うなって! ほら、コイツだってお前が居なくなったら寂しいだろうし、一緒に付いてきてくれよ!」


グイ、とネコをバロールの目の前に押し出す。道端の迷いネコについ反応してしまうような性格なら、この押しに耐えるのは難しいだろう。


案の定、踵を返そうとしていた彼女の動きが止まる。元より動物好きならば、動物のつぶらな視線はかなり効くだろう。どうだ?


「……ワンッ!」


手の中のネコが一鳴き。それが最後の決め手になったのか、バロールは妙な唸りを上げて仰け反ると、やがて観念したかのように一つ溜息をついた。


「……わかりました。しょうがないので付いて行ってあげます。ただ、本当に見送りは結構ですからね」


「わかったわかったって。おーいフェルメス! もう行くぞ!」


適当に相槌を打たれた事に不満気なバロールだったが、元より帰りも付いて行くつもりだったので仕方ない。彼女には諦めてもらおう。






◆◇◆






ネコを送り届け、無事依頼主から依頼分の収入を頂いた。これでまた当分生活する事が出来ると、俺はホクホク顔で帰路に付いていた。


「……付いてこなくていいと言ったはずですが」


まあ、正確には俺たち・・だが。バロールの冷たい視線が突き刺さるが、そんなもの既にフェルメスで経験済みだ。生半可な視線では最早この俺が動じることはない。


ちなみにそのフェルメスは一歩離れた所でゲソの串焼きを頬張っている。ゲソとは地球で言うイカの様な生き物、つまりイカの串焼きである。まあ、足は十本と若干多いが。


一体何故ここまで食い意地が張っているのか。地上の一体何が彼女をここまで変えてしまったのか。尽きることの無い疑問である。


「まあ気にするなって。偶々帰り道が一緒なだけさ」


「……全く」


誰がどう見ても明らかな嘘だが、実際に俺たちが住んでいる所を知らない以上追求することも出来ない。バロールはこれ以上文句を言っても無駄だと判断したのか、そのまま口を噤んだ。


しばし無言の空間が続く。お互いにそこまで面識がある訳でもなく、会話を弾ませる様な間柄でもない為、時折串焼きの入った紙袋をフェルメスが持ち直す音とら石畳を踏みしめる心地よい音が響くのみだ。


ここは異世界であるからして、当然と言っていいのかはわからないが電灯などと言う近代的な物は設置されていない。その為町の中でも夜の闇は深く、明かりになる様な物は家から漏れる蝋燭の炎と、空から顔を覗かせる満月のみだ。


暗闇で視界が狭まると、相対的に他の感覚が鋭敏になる。背後から匂ってくる串焼きの香ばしい香りに、俺はそういえば夕飯がまだだったな、と思い出した。


「そうだ、バロンは腹減ってないか? 多分夕飯はまだ食ってないだろ?」


「いえ、私は元よりあまりお腹が減らない体質ですので。それにこれ以上遅くなるとどうなるか分かりませんし」


「あー、だからその件に関しては俺が何とか言っておくって言っただろ? あんまり気にすんなって」


「……あなたは」


何かを言おうとして口を開いたバロールだったが、直後思い直したかの様にかぶりを振る。


「優しいのですね、貴方は」


「え、そうか? 普通じゃない?」


「普通じゃないですよ。私は奴隷です。そんな奴隷に優しくして、ご飯もしっかり食べさせようとしてーー」



ーーそんな貴方に、吐き気がします。


「へ?」


彼女がなにを言ったのかは聞き取れなかった。暗闇の中では口の動きを見ることも出来ない。俺は彼女に再度聞き直そうとするーー


「……警告。周囲を警戒してください」


フェルメスの鋭い声が突き刺さる。慌てて辺りを確認すると、夜闇に紛れていたのか黒いローブを纏った人影が俺たちの周囲を取り囲んでいた。

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異世界に転移してチート無双出来ると思ったら鑑定スキルしか持ってなかったんだが 初柴シュリ @Syuri1484

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