お仕事再開&初めての対話
「疑問。結局シュウヤさんはどうしたいのですか? その感じた疑問を追ったところで、時間の無駄になるかもしれませんよ」
「うん、まず真面目な話をする前にそのスプーンを運ぶ手を止めようか」
こいつ一体どれだけ食う気なんだ。これでスープ三杯目だぞ? しかも出費は俺持ちだぞ?
「拒否。エネルギーの補給は戦闘を終えてきた私にとって急務です……それに財布は貴方が管理しているとは言え、そもそもそのお金を稼いだのは私ですから」
「うぐっ」
確かにそれを言われるとどうしようもできない。俺の能力は一般的な生活には向いているが、戦闘にはからっきしだ。当然身体能力も大したことないので、この身一つでは唐突に来た異世界で金を稼ぐことなど出来ないのだ。
では、何故今俺たちが飯を食えているのか。その答えは簡単、様々な依頼を解決する事で、その礼金を貰い日々を暮らしているのである。有り体に言えば何でも屋だ。
宿酒場のおっちゃんの紹介もあって始めた仕事だが、まあ意外にも激務であった。細々とした雑用の依頼は勿論、近郊に出没した厄介な魔獣なんかの退治もやった事がある。因みにこの依頼、持ち込んで来たのはこの町の町長である。こういう時のための軍だろ。仕事させろ。
そして、そんな荒事を俺が解決出来るはずもなく、大抵はフェルメスが出張る案件となるのだ。彼女の戦闘能力ならば役に立たない筈がない。
え? 男なのに情けない? もっと戦え? ばっか、最近流行りの男女平等をこの身で体現しているだけだぞ。かの紀貫之も『男のすなる日記といふものを女もするなり』と書いてるんだから、男の仕事を女がやっても何もおかしくないだろ。
いや、実際のところ発奮して戦おうと考えたこともあった。ただ、威勢良く突っ込んで振り抜いた剣が「折れたァ!?」ってなったからもう自信無くしたね。何あれ、魔獣硬すぎ。
まあ要するに、俺はフェルメスが居なければこの仕事をやっていけない、引いては生命の危機に陥るという事だ。彼女に頭が上がらない理由の一つである。
「まあいい、そこは妥協しよう。話を戻すぞ、つまり俺が言いたいのは、彼女をこのまま放っておくことが出来ないってことなんだ」
「指摘。話を変えましたね……まあいいでしょう。貴方のスキルならば大抵の事は間違えないでしょうから」
「お、遂にデレ期突入か?」
「否定。デレ期というものが何かは分かりませんが、貴方の気持ち悪い顔からして恐らく違います。というか確実に違います」
ノータイムで否定された……しかもかなり強く……。
俺が落ち込んでいると、フェルメスは半分ほどまで飲み干したスープの皿を唐突に掴み、一気に飲み干す。
プハ、と可愛らしい吐息を一つ吐くと、彼女は小首を傾げてこちらを見てきた。
「疑問。しかし宜しいのですか? 確か現在、ネコ探しの依頼を受けている最中の筈でしたが」
……。
「……そうだ、忘れてたぁ……」
先程の騒ぎですっかり忘れていたが、そういえば俺たちは迷子になった猫を探していたのだった。朝からぶっ続けで探しているのだが、どうにも見つからなかった為先に昼食をとることにしたのだ。
まあ正確にいえば、忘れてたというより忘れたかったと言うべきか。だってこの町中全部が捜索範囲だよ? 幾ら首輪がついているからといって、そう易々と見つかる訳がない。しかも下手すれば町の外に出ている可能性すらあるのだから、今日中に見つかるという確証もないのだ。
因みにこの依頼を受けたのはフェルメスである。うん、これから依頼を受ける時は必ず俺が付き添うか。
「きっついよこれ……絶対見つかんねぇって……」
「忠告。愚痴を言う暇があるならば手を動かす事です。さあ、行きますよ」
「え、俺まだハンバーグ食ってない……」
「否定。安心してください、私が食べました」
「は? そんなバカな……本当だいつの間に!?」
食べた覚えもないのに空になっている俺のプレート。まさかカールスと話していた時に食い尽くしたとでも言うのだろうか?
そのままドナドナと襟首を掴まれフェルメスに連れて行かれる俺。心なしか、客の目線が憐れみの色に染まっているような気がした。
◆◇◆
……そして、時は飛んで夕暮れ頃。
「やっぱり見つからねぇじゃねぇか!」
「問題点。範囲が広すぎましたね」
真っ赤に染まった町の大通りで文句を叫ぶ俺と、淡々と問題点を指摘するフェルメス。いや、この依頼受けたのお前じゃん。もっと悔しがれよ。
カァカァと鳴きながら、カラスのような何かが空を飛んでいる。因みにこれは余談だが、この世界の生き物は魔獣を除き大体地球準拠だ。家畜には豚がいるし、町にはハトが跋扈している。
ただし、全員言葉尻に『のような何か』という一言が付け加えられるが。
なぜかって? だってあいつら、耳が無かったり鳴き声が変だったり色々とちょっとだけ違うんだもん。あのカラスっぽい奴にしても、何故か足が一本多いのだ。やだそれなんて
「はあ、依頼主落ち込むだろうなぁ……今回の人は一等美人だったから、伝えるのも気が重いよ」
「軽蔑。欲まみれですね」
うるせぇほっとけ。
と、俺たちが大通りをとぼとぼと歩いていると、ふと視界の端に見覚えのある布切れが映り込む。
(……あれは)
大通りから少し裏路地に入った辺り。そこに居たのは、昼に見た例の少女であった。見覚えのある布切れの正体は、彼女が身につけているボロ切れだったのだ。
俺の視線を追った先を見て何かを察したのか、フェルメスは一歩距離を取る。
「……軽蔑。人の好みに文句をつけるつもりはありませんが、今後は私の半径三十メートル以内に近づかないで貰えますか? 知り合いだと思われたく無いので」
「ちょ、誤解だ! 別に変な意味であの子を見てた訳じゃ無いって! てかもうそれ手遅れだし! 知り合いどころか彼女だと思われちゃってるよ!?」
「消沈。私の生涯における最大の汚点ですね。このような性魔轟がパートナーだと思われるなど」
「そこまで言うか! もう今更お前を女だと見れる程の気力も無いわ! 夜な夜な処理するのもお前がいると余計に気を遣ってーー」
「……忠告。今のやり取り、全て聞かれていますよ?」
「あ」
恐る恐ると振り返ると、そこにはこちらを見て肩をビクつかせる少女の姿が。
どうやら、お相手からのファーストコンタクトは最悪の印象で始まってしまったようだ。
若干怯えた様子でこちらから距離をとる少女を宥めようと、俺は出来るだけ柔らかい声で説得に努める。
「ほ、ほーら怖くないよー? お兄さん何もしないから、心配しなくていいんだよー?」
じりじりと距離を詰めようとするも、同じ分だけじりじりと後退していく少女。懸命の猫撫で声と笑顔も空しく、少女に安心を抱かせるには至らないようだ。こらそこ、気持ち悪いから逆効果とか言わない。
どうするべきか考えあぐねていると、その隙を好機と見たのか少女が一気に駆け出す。それも、なぜか壁面の方角へ。
「なっ!?」
ぶつかる、と危惧したのもつかの間、少女は華麗に壁を蹴ると、そのままくるりと身を翻してこちらの頭上を跳んでいく。俗にいう三角跳びだ。
創作ぐらいでしか見たことのない、まさに猫の如き身のこなし。人間一人分を超えるほどの跳躍力と、空中で姿勢を制御する見事なバランス感覚があってこその技だろう。さすがは獣人というべきか。
だが彼女にとって不運だったのは――こちらには
頭上を抜けていこうとする少女の落下地点を先読みし、瞬時にそこまで移動。思わぬ妨害に意表を突かれた少女は咄嗟に足を出してフェルメスを蹴り倒そうとするが、その程度の抵抗はフェルメスも織り込み済み。身をわずかにずらすことで、紙一重の段階で攻撃を躱す。
そのまま上手く着地し、どこかへと走り去ろうとする少女だったがそうは問屋が卸さない。フェルメスが走り出そうとした少女の足を引っ掛けた為、さすがの彼女もバランスを崩し地面へと転がる。そうして無防備になったところを、フェルメスが首根っこを掴み上げジ・エンドだ。
ちなみにこの一連の行動、時間にして三秒もかかっていない。俺はというと、彼女らの攻防に何をするでもなく呆然と突っ立っていただけである。ま、フェルメス一人で何とかなるし是非もないよね。
「報告。あまり気は乗りませんでしたが、貴方が捕まえてほしそうにしていたので一応捕まえました」
「ねえ、お願いだからこれ以上俺の印象悪くするのやめない? 彼女の顔がどんどん青くなってるんだけど」
まったく失礼な奴である。確かにあんまり『担い手』探しには力を入れて無かったかもしれないけど、そこまで辛辣に当たらずとも良かろうに。え、俺が悪い? 返す言葉もございません。
「……私をどうするつもりですか」
「あーいや、本当に何をするつもりでも無かったんだよ。ただ、見知った顔を見つけたからつい」
「でも、貴方は昼の時に……」
「っと、そういえばそうだったな……」
確かに昼の時の対応を見れば、俺がカールスの商談相手と思われても、というかそう思われるように立ち回ったのだから無理はない。こんなところで油を売っているのを見られるのは確かに不都合だろう。
「心配すんなって。あの男に告げ口するつもりなんてサラサラ無いし、第一あいつの居場所なんて俺は知らないからな」
「じゃあなんで私を捕まえるんですか?」
「それはまあ……不幸な偶然が重なっただけというか。フェルメス、離してやってくれ」
「警告。良いのですか? すぐに逃げ出すかもしれませんが」
「まあ、本当に逃げたいのならばそれでもいいさ。俺はただ、この娘と話がしたかっただけだからな」
フェルメスは指示通り少女の襟首から手を放す。少女はやや警戒しフェルメスから距離をとるも、すぐに逃げ出すことは無かった。むしろ、今の心情は警戒より疑問が強いといったところか。
「どうやら話は聞いてくれるみたいだな。うん、何よりだよ。っと、そういえば君の名前を聞いていなかったな……教えてくれるかい?」
「……バロン」
彼女の本名――バロール・ハスターという名前は既に知っているのだが、それとは違う名前を口にする少女。やはり付け込まれたくない何かがあるのか……?
とはいえ、それをここで追及する訳にもいかない。おとなしく彼女の言葉を飲み込み、話を合わせることにしよう。
「オーケー、バロンか。じゃあ、改めて自己紹介と行こう。俺の名前は――」
「カルロス、でしょ?」
「っと、先に言われちまったか。ハハ、どうやら随分と物覚えは良いみたいだな」
あの場でとっさに考え付いた偽名。俺はやや忘れかけていたが、バロールのほうは完璧に覚えていたらしい。腰ほどにある彼女の頭を撫でると、戸惑いつつも目を細めてその手を大人しく受け入れる。
それにしても、彼女は背が低い。俺の身長は大体百七十センチ後半なのだが、バロールはその腰ほどまでしか無いのだ。ステータスに書かれた年齢を信じるに、彼女は十六歳のはず。それにしては、あまりに小さすぎやしないだろうか。
地球基準でいえば幼女である少女の頭を撫でる男(十八歳)。事案ですねこれは……。
「で、こっちがフェルメス・ハートガード。特徴としてはとにかく強い」
「反論。貴方が弱すぎるだけではないかと」
「それは否定しないが、お前が強いのだって事実だろうに」
大体の魔獣を一発で沈める奴が強くないなんて、俺は認めません。
「……確かに、フェルメスさんが強いのは実感できました。私の攻撃を読み切られて、その上返り討ちにされるなんて今までありませんでしたから」
「だろ? いい加減認めろよ」
「……」
「って、そこで黙り込むんかい。なんか言ったらどうなんだ……ってお前」
いきなり黙り込んだフェルメスの前に回り込み様子を伺うと、なんとどうしたことか白磁の様だった頬がわずかに紅潮しているではないか。
これはもしかして……
「……恥ずかしがってる?」
「っ、し、申告。発熱によるオーバーヒートが起こってしまった為、クールダウンを実行します。しばし席を外します」
言うが早いか、フェルメスは思い切り跳躍すると手近な民家の上へと飛び乗り、そのままどこかへと去ってしまった。引き留める暇もない、一瞬の早業である。
しかし、あいつが恥ずかしがるとは驚きだ。初めに会ったときは機械のごとく淡々と物事を処理するだけの存在だったのに、今では随分と人間らしくなっている。実にいい変化だ。
「えっと、何か悪いことを言ってしまったのでしょうか?」
「あー、気にすんな気にすんな。むしろ大喜びだろうよ」
戸惑うバロールに対し、鷹揚に手を振って問題ないということをアピールしておく。むしろ会うたびに彼女のことを褒めていただきたいくらいだ。そうすれば、彼女の俺に対する当たりも弱くなってくれるだろう。
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