第一章

新たな邂逅(旅には出れない模様)&嘘っぱちの交流





「疑問。それで、いつになったらあの時の言葉を果たしてくれるんですか?」


「うぐっ――」


 所変わって、ここは宿酒場。向かいに座ってスープを飲んでいたフェルメスから、唐突に放たれた容赦ない言葉に俺は思わず喉にパンを詰まらせてしまう。ドンドンと胸を叩きつつ、水を流し込むことで何とか気道を確保すると、息絶え絶えの状態のまま彼女に反論する。


「いや、いくら俺が鑑定スキルを持ってるっていっても、そんな特定の一人を見つけることはそうそう出来ないって。果報は寝て待てって言うし、もう少し気長にさ……」


「反論。あの日から合計で百九十三日が経過しました。にもかかわらず初めに訪れた街から移動していないのは、明らかな怠慢では?」


「うぐっ……」


 確かに彼女の言うとおりである。ただ、一つ言い訳させてほしい。ここまでゆっくりしていたのは、偏に異世界の事情をよく知るためであると。


 異世界だろうと地球だろうと人間は人間、感性の点においてそう違いはない。異世界だからと言って『異世界から来た』などという文言が通用する世界では無いのである。良くて頭の弱い子扱い、悪くて病院行きだろう。その為、人を探し回るにしても事前の準備が必要だったのだ。


 ちなみに、フェルメスには自分は異世界から来た存在であると話した。話したのだが、その直後の『こいつは何を言っているんだろうか』という馬鹿を見るような目に俺は説得を諦めた。本当なのに……。


 まあ俺だって地球にいた頃にそんな話をされても多分同じような反応をしていただろうし、仕方のないことかもしれない。当事者だけが分かる悩みというやつである。


「まあ、うん。あれだよ、この町の居心地がいいのが悪い。うん、そうだ。そうに違いない。だから俺は悪くない」


「ガハハ、兄ちゃん良いこと言ってくれるじゃねぇか! ほれ、パンもう一個おまけだ!」


 と、ここで話に入ってきたのが、この宿酒場を営んでいる主人である。陽気な声、蓄えられた口髭につるつるの禿げ頭と、まあ驚くほどに宿屋の主人顔をしている男性だ。この町に来た時から面倒を見てくれたありがたい存在であり、なんだかんだで世話になってしまっている。


 その世話になっている負い目を感じさせないような、人のいい笑みも彼の利点か。体格こそ筋骨隆々としているが、一度話せばそんな威圧感など全くと言っていいほど感じなくなるだろう。


「お、サンキューおっちゃん。でも個人的にはハンバーグのほうが欲しかったかな」


「バカ言え! そんぐらいオマケして欲しかったらもうちょっと家に金を落としていくんだな!」


 ガッハッハと豪放な笑い声を上げるおっちゃん。ちなみに彼の名前はオーサ・グリエル。常連の客は親愛を込め、『オーサ』を改変して『おっちゃん』と呼んでいる。むしろ長くなってるじゃんとか言う突っ込みは無しな。


「でもよ兄ちゃん、女の子の要望は素直に聞いとくもんだぜ? 特にコレ・・が相手ならなぁ」


 そういいながら小指だけ立てて見せてくるこのおっさん臭さは何とも言い難い。未だ食いかけのハンバーグにナイフを入れながら、俺は呆れたような顔をして見せる。


「別に彼女じゃないですよ……少し長い付き合いってだけです」


「回答。女性の代名詞という意味ならば間違っていませんが、男女の関係という意味においては否定します」


「……ね? 可愛げが無いでしょ?」


「お、おう……なんか複雑な関係なんだな……」


 戸惑ったような表情で口ごもるおっちゃんは、そう言い残して厨房の方へと去って行ってしまう。まあ確かに、これだけ長い間同室を男女のペアが借りてるんだからそういう詮索をしてみたい気になるのも間違ってはいないだろう。


 だが、いくらフェルメスが美人でもこいつだけとは恋仲にならない自信がある。なれないの間違いだろ、所詮童貞の僻みだろと言われればぐうの音も出ないが、一度立ち止まってよく考えてほしい。


 自分よりも圧倒的に強くて、それでいて少しも笑わず、淡々と自身の欠点を付き、おまけになんか格好いい女性。どうだ? 恋仲になる未来が想像できないだろう?


 まあ将来的に聖剣の『担い手』が見つかれば、彼女もそいつに付いていく筈。そしておそらく、その時が俺の異世界生活の本当の始まりになるだろう。


 ……そう考えたら、一刻も早く『担い手』を見つける必要がある気がしてきた。うん。


「よし、じゃあ思い立ったら即行動だ! 早速今日から担い手探しの旅に出発するぞ」


「……質疑。何か失礼なことを考えませんでしたか?」


「そ、そそそそんなことにゃいよ?」


 俺の華麗なごまかしで何とかなったのか、怪訝な目を向けつつも大人しくフェルメスはスープを飲み干す作業に入る。ふう、危ないところだった。とりあえず、俺も目の前にあるハンバーグを消費しなければな。


 そう考えて目の前の切り分けられた肉を口に運ぼうとした時、ハプニングは起きた。


 突如誰かを張り倒したような破裂音が店内に響く。その直後に、何かが倒れこむような鈍い音。


 俺は思わずフォークを下ろし、音の出所を見やる。するとどうしたことか、粗末なぼろ切れを着込んだ少女が床にうずくまっており、その前には恰幅のいい男性が腕を振りぬいた状態で立っていた。


「貴様、私の料理を零すとはどういう了見だ!!」


 信じられないくらいの声量をフル活用した罵声が店内に響き渡る。男性のそばには、おそらくテーブルから落ちたのであろう料理の残骸が転がっていた。


 ということは、目の前の少女がこの男性の料理を零したということか? ちらりと少女の方を見ると、伸びきったボサボサの髪で少々見づらいが微かに口元が動いていた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 ……なるほど、これは非常に胸糞の悪くなる光景だ。飯時に見るような物じゃない。


 ちらりと店主の方を見やると、厨房から顔をのぞかせていた彼はわかっているという風に頷く。おっちゃんはその男性の元へ向かうと、極力刺激しないよう柔らかな声で彼を窘めた。


「お客様、どうされました? 当店での揉め事は遠慮していただけると助かるのですが……」


「ふん、こやつは『首輪付き』、私の奴隷だぞ!! 奴隷をどう扱おうと私の勝手だろう!!」


 確かに少女の首には鉄製の黒い首輪がかかっている。奴隷という身分を象徴する首輪だ。


「ええ、ですが周りのお客様の迷惑となります。代わりの料理を持ってくるということでお納めいただけませんか?」


「なんだと、私を誰だと思っている!! こんな田舎の宿酒場の連中ごときに気を使うなど――」


 そこで言葉を切る男性。どうやら自身に向けられている冷たい視線にようやく気付いたらしい。仕切りなおすようにゴホンと咳ばらいを一つ。


「わかった。ならば可及的速やかに持ってこい。直ぐにだ」


「承知しました」


 そういって厨房へと戻るおっちゃん。周りの客は興味を失ったかのように各々のテーブルへと視線を戻す。ちなみにフェルメスは初めから見ていなかった。強い。


 そんな中、俺はこっそりと鑑定スキルを使い、少女らのステータスを探っていた。それが面倒ごとに首を突っ込むきっかけになるというのは、後々に分かったことである。


(……これは見ちゃいけないもん見ちゃったかな)


『Name:バロール・ハスター

age:16

ability:『獣人』『王女』『暴走』『隠匿』

過去に滅んだ獣人王国の王女。通称『血染めの獣ブラッディービースト』その力は一般的な獣人を凌駕し、人間程度ならば大抵の相手は排除出来る。』


そこはかとなく漂う厄介事の匂い。このまま見なかった事にして目の前のハンバーグと再び向き合えば、俺はこの場を平穏無事に切り抜ける事が出来るだろう。


だが、厄介事と冒険は同義。必死に止めようとする理性を呆気なく本能が打ち倒していき、気づけば俺は自らの席を立っていた。



「やあやあどうも、少し宜しいでしょうか?」


「うむ? 一体なんだね」


未だ目の前のスープ(二杯目)と格闘しているフェルメスを差し置き、俺は先程の恰幅のいい男へと話し掛ける。


周りの客からひっそりと向けられる奇異の視線。先程の直後で敬遠されている人物と積極的に関わるというのは流石に珍しいのだろう。まあ、こんな事をいちいち気にしてもしょうがない。そもそも、そういった類のものはフェルメスと一緒にいる時にもう慣れた。


「帝都一流のクリスト商会で仕立てられたその背広。立派なエメラルドがあしらわれたそのブローチ。さぞ高名な貴族様か、成功を収めた大商人かとお見受けいたしました。私も商人の端くれとしてそのようなお方に挨拶もないのは失礼かと思い、こうして伺ったまでです」


「ほ、ほほう。この品の価値が分かるのか。うむ、大商人などと呼ばれるのはこそばゆいが、たしかに私は帝都にて奴隷業を営んでいるカールス・ポンパイエである」


俺の世辞に気を良くしたのか、満更でもない笑みを浮かべて応対する男、カールス。無論、この情報を俺が知っていた訳では無い。てか正直、成金感凄過ぎて嫌味しか感じない。


こうもペラペラと浮つく台詞が出て来たのは、今も視界の端に浮かんでいるステータスのお陰である。本人の戦闘力だけでなく、情報まで出てくれるのが功を奏した形だ。


『Name:カールス・ポンパイエ

Age:52

Ability:『商人』『契約』『付与』

帝都の貿易商。奴隷を専門に扱っている。向上心、自尊心が非常に高い』


『Name:背広

帝都のクリスト商会で仕立てられた背広。オーダーメイド』


『Name:エメラルドのブローチ

宝石店《ラ・シャリテ》で作られたブローチ。エメラルドの大きさは平均的だが、周囲の銀細工には目を見張るものがある』


とまあ、こんな感じに大体の情報は簡単に手に入る。手に入れたときはびっくりするくらい役に立たないと思っていたが、中々どうして使い勝手がいいスキルだ。


「ほう、奴隷ですか! 私も店の人手が足りないときは思わずそう言った存在が欲しくなるものですが、如何せん手が出ませんで……」


「ははは、そう構えずとも労働用の奴隷であれば比較的安価で済ませることが可能ですよ。無論算術などといった教養を身に付けている者は別口となりますが」


 将来の顧客になりそうな人物にはこの柔らかな対応。まあある意味商人としては流石の切り替え方だろう。俺個人としてはあまり好きな人種ではないが。


「では、そちらの方も『商品』でして?」


 俺は少女の方をちらりと見ながら男に尋ねる。相変わらず少女は俯いたままだ。


 首元に輝く黒金の首輪。留め具の部分は紫色の宝玉で固定されており、少女自身からは容易に外せないようになっている。これがこの国において奴隷である証であり、それを周りの者に証明する烙印のようなものである。


 この首輪には奴隷となる『契約』の魔術が掛かっており、その魔術がある限り奴隷は一定以上主人の元を離れることができない。距離こそその主人の裁量に任せられるが、カールスの様子を見るにあまり遠くに行けるような設定にはなっていないだろう。


 だが、気になっているのはそこではない。最も俺が聞きたいのは、少女を鑑定したときなぜか『奴隷』のアビリティがなかったという点だ


 道行く奴隷を鑑定すると、漏れなくアビリティの欄には『奴隷』が追加される。だが、この獣人の少女にはそれがない。ならば首輪が偽物なのかと鑑定してみると……


『Name:契約の首輪

Ability:『隷属』『付与』

身に着けたものを奴隷とする首輪。帝国にてよく利用される』


 この通り、首輪は確実にモノホンだ。これを身に着けている以上奴隷化は免れない筈なのに、一体どういうことなのだろうか?


「左様。ただ、入荷したばかりなのであまり教育が済んでませんで……まあ、一か月もあれば立派な奴隷に仕立て上げて見せますよ」


ハッハッハと高笑いして見せるカールスの様子からは、彼女が実際は奴隷でないと気付いている様子は欠片も伺えない。


 では、人間をも軽々と凌駕するこの少女が諾々と男の命令に従っているのは一体何故なのか?


「……なるほど、それは楽しみです! おっと、申し遅れましたね。私、帝都でしがない雑貨屋を営んでおりますカルロス・メリジューヌと申します。どうかお見知り置きを」


「おお、これはどうもご丁寧に。奴隷が入り用な時は是非とも我がカルロ商会へどうぞ。きっと満足の行く商品が見つかる事でしょう」


勿論、名前も経歴も真っ赤な嘘だ。商売などしたことは無いし、ましてや店を持つことなど夢のまた夢。彼が帝都に帰って少し調べれば分かる程度の物である。


とはいえ、そこまで彼と関わるつもりも無い俺からすれば、この場が一先ず凌げれば問題ないのだ。丁寧に一礼し、俺は自分の席へと戻る。それを合図にしたかのように、感じていた視線は霧散していった。


「……なあフェルメス。獣人の国が滅びたのっていつ頃だ?」


「検索……検索完了。獣人王国の崩壊は、今からおよそ十二年前に起こった出来事です。帝国の一方的な統治に反発した彼らは長年抵抗していましたが、帝国の物量の前に崩れました。王族の関係者は皆処刑。残された一般市民は統治下となった森林で細々とした暮らしを送っている様です」


「聞いた俺が言うのもなんだが、よく知ってるな……」


「当然。この世の出来事、物事はすべて私のデータベースに保存されますから」


 自慢するでもなく淡々と言い放つのが何とも凄いと言うべきか。嫌味ではなく純然たる事実というのがもう、ね。やっぱ鑑定よりフェルメスの方が高機能なんじゃね? 戦えるし。


「うーん、じゃあ生き残りっていたりすると思う? 物語とかではよくある展開だけど」


「回答。帝国の公式発表においては存在しません。ですが、監視の目を逃れて存在する可能性は残っています」


「なるほどねぇ……」


 俺がちらりとそこで先ほどの少女を見やると、何かを察したのかフェルメスが呆れたような声で文句を言ってくる。


「非難。もしかして、また面倒事に首を突っ込むおつもりですか? 私との契約を放って現を抜かすとはいい度胸ですね」


「お前感情豊かになりすぎじゃない? いや、いい事なんだろうけどさ」


 それにしても俺を言葉で叩く時だけ感情込めすぎではないだろうか。他人に応対するときは大抵淡々としてるのに。


 ちなみにこれは余談だが、フェルメスは俗にいうナンパを受けたとき、その態度だけで相手を追っ払ったことがある。まあ確かに、この表情に口調で来られたら俺でも心折れるか。


「まあ、今回はいつものよりちょっと一癖ありそうな事情だからな。町のいざこざレベルじゃ収まらない、そんな気がするんだ」


「疑問。気……ですか。随分と不確定な物に頼るのですね」


「まあそう疑うなって。俺の気はよく当たるんだ。そうだろう?」


 俺がそう言って肩を竦めると、フェルメスはそんな俺を無視してスープの皿から匙を掬い上げる。


 コロン、と鈍い音を立てて匙が空の皿とぶつかり合った。

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