決死の説得

少女の警戒が解け、なんとか窮地を脱したと胸を撫で下ろしたその時だった。


俺達の立っている地面が大きく揺れる。思わず足を取られた俺は情けなく倒れるが、少女は僅かにバランスを崩しただけでその場に留まる。


「な、なんだぁ!?」


「警告。大型の魔獣を洞窟の入り口に確認。先程の衝撃は、この個体の体当たりによるものと思われます」


魔術的な何かでも使っているのか、目の前に近未来的なコンソールの様なものを開きながら少女は淡々と話す。


大型の魔獣。その言葉を聞き、俺の中には一つの嫌な予感が生じていた。


「な、なあ! その魔獣って、もしかしてハーミットじゃないか!?」


「確認。……個体の特徴を照合した所、一般的な『ハーミット』と九十八%一致。そう考えても間違いないと思います」


「ああくそ、やっぱりかよ……最悪だ」


ハーミットの鑑定結果にあった『執念深く追い続け』という文の通りである。恐らく豚骨ラーメンのショックから立ち直った後、何らかの方法で俺の痕跡を追って来たのだろう。


「この洞窟に裏口とか無いか? 早くここから脱出しねぇと!」


「解答。この空間に出入り口は一つしか存在しません。付け加えると、ハーミットは非常に五感が発達しています。仮に裏口が存在していても、振り切るのは不可能かと」


「はぁ、だよなぁ……」


その場凌ぎの方法では、いつまでもハーミットに追い回される事になる。つまり、俺はこの限られた選択肢の中からどうにかして奴を打ち倒さなければならないという事だ。


考えろ。今俺に取れる手段は何だ? 持ち物はコンビニ袋に食料、炭酸水。それに電池が切れかけたスマートフォン。辺りには聖剣に、謎の少女……


……ん? 意外と何とかなるか?


「なあ、物は相談なんだがーー」


「予測。その相談には応じられません。聖剣は限られた担い手でなければ十全に能力を発揮出来ず、貴方が使用したとしても期待通りの性能は出ませんよ」


一瞬感じた期待は直ぐに圧し折られた。まあ、薄々予想はついていたが。


そうこうしている間にも、ハーミットの幾度にも渡る体当たりのせいで洞窟の壁面には徐々にヒビが入って来ている。このままでは長くは持たない。


「じゃあ、恥を忍んでお願いしたい。君ならハーミットを倒すことが出来るんじゃ無いか?」


「肯定。あの程度の個体であれば、激昂状態でも御することが可能でしょう。ですがーー」


そこで一度言葉を切る少女。何があったかと首を傾げたのも束の間、次の瞬間には俺の首筋に先程の剣がピタリと当てられていた。


「警告。あの個体を呼び込んで来たのは紛れもなく貴方です。対処が終われば、次は貴方の番となる事をお忘れなきよう」


一難去ってまた一難。酷薄たる彼女の瞳に見据えられ、冷や汗が背中を伝う。


考えろ、考えるんだ。彼女に任せればあのハーミットは倒せるだろうが、その後に殺されてしまえば身も蓋も無い。死ぬのが早くなるか遅くなるか、その僅かな違いでしか無いのだ。


ならば、彼女に殺されないためにはどうすればいい? いや、そんなのは分かりきっている。自身がハーミットを呼び込んで来たというデメリットを上回るよう、俺という存在がメリットとなる理由を提示するしか無い。


ならばどうする? 彼女が求める物とは一体何だ? なぜ彼女はここに居た? 明らかに人ならざる存在、そんな彼女が俺を警戒した理由とはーー。


「……待ってくれ!」


俺に背を向け、ハーミットを排除しようとしていた少女がこちらを振り向く。その顔にはいかなる表情も貼り付けられていないが、どこか鬱陶しそうにも見えた。


「疑問。何の要件でしょうか? 貴方に出来ることは何一つとしてありませんがーー」


「取り引きをしよう。聖剣の担い手、そいつを俺に探させてくれ!」


ピクリ、と少女の美しい眉が動く。僅かな表情の変化だったが、俺はそれを見逃さなかった。


「……質疑。何故その条件を提示してきたのでしょうか」


「別に難しい話じゃない。担い手とやら、探すことは出来ないんだろう?」


「解答。私には担い手を探索する機能が存在します。手助けなど必要ありません」


「なら、何故こんな所に引き篭もってるんだ? 探知出来るのならば直接出向けばいい話だろう」


どうやら図星だったようで、俺の言葉に口を噤んでしまう少女。自身の予想が当たったことに、思わず内心でガッツポーズを取る。


俺の予想によると、少女はこの聖剣を守護する為の存在であり、同時に担い手たる者にこの聖剣を与える役割を持っているのだと思う。


物語やゲームにおいて、聖剣は一方的に相手を待つ存在だが、現実にはこの少女という存在がいる以上、こちらから出向くのが一番効率的だと言えるだろう。


しかしそれをしないということは、その担い手を捜索する機能は所持していない、或いは限られた範囲・空間においてしか機能しないと考えることが出来る。


「ここに仰々しく『裁定の間』なんて名前がついてる以上、多分君の権能はこの空間においてしか機能しないんじゃないか? だったら、俺の能力が役に立つ筈だ」


さあ、乗ってくれ。この提案に頷いてくれ。


「……質疑。それでもこの空間が破壊されるという事実は消えませんが」


「ああ、わかってる。だから命を救われた見返りに、残りの人生全てを賭けてやる。俺の全てを掛けて、君の目的を果たすと誓おう。聖剣の担い手を、なんとしてでも探し出す!」


「……」


完全に黙り込んでしまう少女。そうしてる間にも、ハーミットの攻撃は苛烈さを増してきており、遂には何かが崩れる音とともに、洞窟内に咆哮が響く。


「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」


俺が入ってきた隠し扉をぶち破り、洞窟へと侵入して来たのだ。だが、少女は未だ無言で俯いている。絶望的な状況だが、ここで諦めるわけにはいかない。


「くそっ、『鑑定』!!」


せめてもの足掻きとして、鑑定スキルを再び発動させる俺。するとどうしたことか、場違いなファンファーレ音と共に、目の前に不可思議な文が浮かび上がる。


《『鑑定』スキルがレベル2へと上昇しました!》


「お、おお?」


レベル2? 主人公に良くありそうな、絶対的窮地でのレベルアップだ。ということは、もしや秘められたる新たな力でも目覚めたのかーー


『Name:ハーミット

Condition:激昂

ability:『暴食』『殺戮者』『索敵』『鋼鉄』『剛力』

草原に生息する『灰色の暴君』。一度狙った獲物は執念深く追い続け、疲弊したところを自慢の牙で磨り潰す。非常に五感が発達している』


『STR:823(+30)

DEF:500(−30)

SPD:622(+30)

INT:232(−30)』


「って見れる情報増えただけ!?」


なんというショボさ。なんという弱さ。やはり所詮鑑定スキルは鑑定スキルだったということか。


グッと奥歯を噛み締め、来るであろう衝撃に備えて目を瞑る。俺の人生もここで終わりかーー。


「……承諾。貴方の意志に答えましょう」


そんなか細い声が聞こえたかと思うと、次の瞬間洞窟内に一陣の風が吹く。


いつまで経っても来ない衝撃。まさか、と思いつつ目を開けると、そこには。


「……GU、ooooo……」


「笑止。その程度の速度では、私には追いつけません」


呻き声を上げながら中途半端な体勢で固まるハーミットと、それに向かって冷たい視線を浴びせる少女。


彼女が右腕の剣を払うように振ると、ハーミットは全身から血を吹き出しながら地に倒れ伏した。


そんな結末にも頓着せず、少女はこちらを振り向くと、相変わらず無機質な瞳で俺を見てくる。どこまでも見透かされるような、真っ直ぐなアメジストの瞳。


そんな彼女から、なんだか俺は目を離せなくなってしまっていた。


「ーー問四。貴方は私を導いてくれますか?」


『Name:フェルメス・ハートガード

Age:《閲覧不能》

Condition:平静

Ability:『守護』『剣鬼』『剣製』『探知』『無尽』『《閲覧不能》』

聖剣を守護する少女。剣に特化した能力を持ち、己の役目を妨害する者を全て斬り伏せる。《閲覧不能》。』

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