殺伐とした邂逅





「復唱。貴方は何者ですか? 十秒以内に返答が無ければ、侵入者として処断します。十、九……」


「ま、待った待った! 俺は怪しいものじゃないって! ほら、何にも持ってないだろ!?」


必死に両手を上げて、自身が武器を持っていない事をアピール。背中に何が当たっているのかは分からないが、少なくとも物騒な物だという事は雰囲気から理解出来る。


「……質疑。その半透明の袋は何でしょうか。私の知識には無い物質ですが」


「あっ……」


掲げた右手にはしっかりとコンビニ袋が握られている。確かに異世界の人からしてみれば、ポリ袋は理解の外にある物体だろう。


「いや、別に危ないものじゃないって! 何なら触って見てくれてもいい!」


「推定。物質自体に危険性は無いと予測。ですが、形状は何らかの物体を収める容器に酷似。危険性は排除されていません」


背後の女性は淡々と喋る。話し方は特徴的だが、その台詞には一切の感情が篭っていない。振り向いて彼女の御尊顔を一度拝んでみたいが、そんな事をすれば躊躇なく彼女は俺を害しに掛かるだろう。恐らく致命傷は避けられない。


冗談どころか、僅かな軽口さえ許されない雰囲気にゴクリと固唾を飲む。自身への疑いが晴れなかった時が、俺の死ぬ時だろう。


「命令。袋の開帳を要求します。私から見えるよう、ゆっくり行うように」


彼女の言う通りにビニール袋を動かし、ひっくり返す。中から出てきたのは、最早お馴染みカップ麺(醤油)とポテトチップス二袋。そして唯一の水分である炭酸飲料のペットボトルだ。


「……自問。やはりこれらも見たことのない材質。要警戒」


だが、俺にとっては見慣れた食料でも少女にとっては怪しさマックスの謎物質。それを何処とも知れない男が持ち込んできたのだから、警戒しないはずがない。


地面に転がったそれらを、俺の手が届かないよう脚で遠くに飛ばす少女。自分の飯が蹴飛ばされる光景はお世辞にも気持ちのいいものではないが、そこに口を挟むと殺されそうなので我慢する。何? ヘタレ? なんとでも言え、俺はまだ死にたくない。


問一といいち。ここに来た目的は?」


「え? いや、そんな大した目的なんて無いぞ。強いて言えば、迷い込んだんだよ俺は」


「問二。手段は?」


「洞窟に入ったら、冷風の流れ込んでくる場所があってな。詳しく調べたら、いきなり壁が回転したんだよ。気付いたらこの場所だ」


「……問三。先の言葉に一切の虚偽はありませんね?」


「ああ勿論! こんな状況で嘘なんてつかねぇよ!」


特徴的な話し方に若干戸惑いつつも、詰まることなく彼女の質問に答えていく。するとようやく納得してくれたのか、少女は少し俺から距離を取ったようだ。背中に突きつけられていた固いものがゆっくりと離れていく。


「命令。その体勢のまま、ゆっくりとこちらに振り向いて下さい」


彼女の言葉に諾々と従う。ゆっくりと足を運びつつ、彼女の方を振り向くーー。


「……うわ」


最初に浮かんだ感想は、『美しい』だった。


腰元まで流れ、青を反射して煌めく銀髪。アメジストの瞳は深淵のように昏く、しかし怪しい輝きを放っており、見れば見るほど吸い込まれそうになる。


その身には簡素な貫頭衣一つしか纏っておらず、白魚のような肌が惜しげもなく外気に晒されている。にも関わらずその肌には一つの汚れもないのは、ある種の奇跡かも知れない。


そしてーー何より特徴的なのは、俺に向けているその右手だ。いや、彼女の右腕に接続されている為こう表記したが、実際には手かどうかも怪しい。


その手は、剣だった。スラリと右腕から伸びる、白銀の直剣。それが右手の代わりに、彼女に接続されているのだ。


思わず言葉にならない声を上げてしまう俺に対し若干眉を顰めつつも、彼女に俺を切ろうとする様子はなかった。


「結論。鸚鵡おうむ返しゼロ。質疑に対する脈拍の異常な乱れ無し。反応の異常、許容範囲ーー以上の観点から、脅威は低いと判断」


右手の剣を下げ、少女は一つお辞儀をする。長い銀髪が僅かに垂れ、洞窟の煌めきを反射した。


「歓迎。ようこそ裁定の間へーー正規の手段ではないようですが、私達を傷付ける意思がない限り歓迎致しましょう」






◆◇◆






「グルルルル……」


獲物に逃げられたのは、今日が初めてだ。


自分が狙えば大抵の獲物は竦み上がり直ぐに捕まるし、一部の奇特な奴は向かってくる物もあったが、全て返り討ちにして来た。


ああ、特に今日のような獲物はそうだ。二本足で歩き、その両手によく分からない物を持っている生き物。そいつらを襲った時は、よく分からない声を上げながら大抵こっちに向かってくる。


まあ、獲物がこっちに向かってくるなら、捕まえやすくなって好都合なだけなのだが。


だが、今日の獲物は違った。他の獲物と同じように森へと逃げ出し、自身から逃れようとしたのだ。


当然、二足が四足に敵うわけがない。いつもの通り、しばらくしたら自分の腹の中に収まる筈だった。


……だというのに、そうならなかった。何かが口の中に飛び込んで来たと思ったら、暴力的なまでの塩気が自分の五感を破壊し尽くしたのだ。その苦しさと言えば、近くにいた筈の獲物を逃がすほど。


ああ憎らしい。憎らしい憎らしい憎らしい。『食いたい』という衝動で動いて来た自分が、初めて別の感情で動く程に憎らしい。


奴を八つ裂きにして、その後丹念に踏み潰し、原型すら無くなった肉塊しなければこの衝動は収まらない。憎らしい憎らしい憎ラシイニクラシイニクラシイーー



「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」



ーーならば、叩き潰すまで。

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