初めから最強武器(使えるとは言ってない)
「はぁ、はぁ、ここまで来れば何とか……ああくそ、全く酷い目に遭った」
奴の姿が見えなくなってからも、可能な限り距離を取るためひたすらに走り続けた。だが、人間の体力には限界というものがある。暫くすると肺がひたすらに酸素を求めるようになり、脇腹が激痛を訴え始めた所で俺は止まることを余儀なくされた。
肩で息をしながら、滝のように流れ出る汗を拭う。日差しこそ木々で遮られているが、元の気温が高いのかいくら胸元を仰ごうと汗は止まらない。
「あーあっつい……こんなことなら、真面目にマラソンの授業受けておくべきだったよ」
人生どこで何があるか本当に分からないものである。いつ異世界に転移しても問題ない程度には体を鍛えておくべきだったかもしれない。まあ、そうなったらオリンピックに出場出来るくらいでないと対抗すら出来ないかもしれないが。
あのハーミットを回避できたのは、完全に偶然の産物である。今後も逃げられるとは限らないし、この辺りで一度態勢を整える必要があるだろう。そう考えて、落ち着ける場所を探していると、俺は一つの洞窟に行き当たった。
「うーん、まあある程度の妥協は必要か……」
出来れば完全に外敵のいない環境が欲しかったが、背に腹は変えられない。コウモリの一匹や二匹は我慢するかと考え、洞窟の中へと足を踏み入れた。
ヒヤリとした冷気が、長時間の運動で火照った体には心地良い。適当に入ったがなかなかいい場所を見つけたものだと我ながら感心する。
うん? 手のひら返しが早い? バカ、過去にいつまでも囚われてちゃ人間的な成長は望めないぞ?
「って、俺は誰に向けて弁明してるんだ……」
独り言にすら話し相手を求めるのは末期の証である。自身の状況にガクリと肩を落としつつ、壁面にもたれかかって体力の回復に努める。
しかし、それにしても涼しい。日陰というのも手伝っているだろうが、この頬を撫でる冷気がまた何とも……
と、そこまで考えたところで俺は気付く。本当にただ涼しいだけの空間ならば、冷気が動いたりするだろうか?
夏や冬の状態を思い出して欲しい。夏にクーラーの効いた涼しい場所に入った場合、よっぽど広い空間でなければどこかしらから吹き込む冷気の流れを感じることが出来るだろう。
一方、冬の寒さには冷気だとか、そういった物は感じることができない。いや、確かに風が吹けば寒いが、そうでなくとも十分に寒いだろう。あまり上手く言えないが、その時に感じる寒さは恐らく風と関係はないはずだ。
そして、この風は入り口とは反対方向から吹き込んでいる。ということは、必ずこの冷風が吹き込んでくる場所があるはずだ。俺は立ち上がると、コンビニ袋の中身を取り出しつつそれを人差し指で摘むように持ち上げる。
昔どこかで見た、紙切れを吹き流して風向きを調べる方法の応用編だ。そこまで風は強くないが、これでも十分代用が効くだろう。
「……この辺りか?」
洞窟はあまり深くなかったようで、風の吹く方向を探していると俺はすぐに壁面へぶち当たった。
だが、薄暗い中をよく見ると壁面には一筋の亀裂が入っている。恐らくここから冷気が出ていたのだろう。試しに手を当てて見ると、確かに風を感じる。
「冷気があるなら、地下水か何かがあると思ったんだけどな……」
若干感じていた期待が外れたことを理解すると、力が抜けた俺は壁面へともたれ掛かる。
がーー後から思えばこれが転機だったか。少なくともここで冷風を疑問に思い、出所を探していなければ今頃俺は死んでいただろう。
壁に寄りかかったはずの体が、ゆっくりと傾いていく。想像以上に深く動く体に、俺は思わず両手を振ってバランスを取ろうとする。
「お、と?」
だが、深く傾いた体はもう止まらない。僅かな抵抗虚しく、バランスを崩した俺の体はそのまま背後へと倒れこむ。
「どわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
視界の端にちらりと映るのは、まるで仕掛け扉のようにくるりと回転仕掛けている壁面。いや、壁面に偽装した扉。
忍者屋敷か何かかーーという思考が一瞬頭をよぎり、しかし次の瞬間頭を何かに打ち付けた事で、その思考は中断されるのだった。
◆◇◆
「いつつ……っと、ここどこだ?」
痛む後頭部をさすりつつ辺りを見回すと、ぼんやりとした青い明かりが僅かに洞窟を照らしている。
どこか感じる神秘的な雰囲気に、全身を包む冷気。どうやら、先程の冷風の出所はここだったようだ。俺はゆっくり立ち上がると、徐に周囲を観察する。
洞窟の中にも関わらず、何故ここは明るいのか。いくら探しても光源の類は見当たらず、何故光っているのか検討もつかない。唯一考えうるとすれば、そうーー。
「……洞窟自体が、光ってる?」
確かに、魔法や『鑑定』といった不可思議な能力がある世界ならば、その事実があっても不思議ではない。むしろ松明や何かがあるよりも異世界的だと言える。
驚くべきなのだろうが、先程から立て続けにハプニングが起こっている為、今更この程度では驚けない。異世界に訪れてから数時間、嫌な順応をしてしまったものだ。
「それにーーもっと気になるものが奥にあるからな」
青に包まれた洞窟の奥に意味ありげに鎮座しているのは、シンプルな作りの簡素な直剣だ。どこから差し込んでいるのか、スポットライトのような光が刀身を照らしている。
俺はゆっくりそれに近づくと、まじまじとそれを観察する。作りこそ簡素だが、その雰囲気は尋常ではない。素人の俺でもわかる程、神聖なオーラを放っている。
「……『鑑定』」
鑑定を発動させる。視界の中にゆっくりと浮かび上がった文字を見て、俺は思わず息を飲んだ。
『Name:神聖剣
ability:『固着』『神聖』『堅牢』『絶断』『治癒』
世界を救う使命を持った神造兵器。魔の物に対抗する為の存在であり、魔に対する絶対的な耐性を持つ。神の定めた担い手に扱われなければ、十全に性能を発揮することができない』
まさに破格の性能。まさに主人公の為の武器。ゲームであればラストダンジョンの前のイベントで手に入れるような存在だ。到底初っ端のダンジョンに存在していい物では無い。
だが、『担い手』というワードが気になる所だ。これは到底俺に扱えるものではないだろう。そう考えその場を去るーー
「質疑。貴方は何者ですか?」
……訂正。そう簡単に去る事はできなさそうだ。警戒心に富んだ少女の声と、背中に当たる硬い何かの感触に冷や汗を流し、俺は諦めたようなため息を一つ吐いた。
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