唐突な窮地




「マジでこれからどうしよう」


ムシャムシャと二つ目のおにぎりを頬張りながら、行先を憂う俺。緊張感皆無と言われるかもしれないが、正直やる事が無い為手持ち無沙汰になっているだけである。


近くに街か何かでもあればそこを拠点にして、金を稼ぐなり何なりと計画を立てる事も出来るのだが、生憎とこんな何もない草原ではどうにも出来ない。


だが、ここでいつまでもうだうだとしている訳にはいかないのも事実。頼りはないがせっかく便利そうな能力も手に入れた事だし、精々こいつを活用していくしか無いだろう。


「仕方ない、行くか」


おにぎりを食べ切り、手に残ったデンプンをズボンで拭う。勢いよく立ち上がると、俺は人里目指して行動を開始することにした。






◆◇◆





……で。


「どうしてこうなったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


グオオオオオ!!


背後から響く何かの唸り声と、腹に響くような地鳴りの如き足音。ちらりと後ろを振り向くと、すぐそこにまで迫っている巨大な影が視界の端に映る。


暫く草原を歩いていたら、いきなり襲いかかられたのである。辛うじてすぐそばの森に逃げ込んだ物の、振り切ることはできずこうして今も地獄の鬼ごっこを続けている。


威勢良く異世界への第一歩を踏み出したのは良いものの、この世界が平和かどうかというのは考慮していなかった。当然、野生生物が敵対的という事も十分あり得る事である。



『鑑定』しかスキルを持たない俺が、こんな肉食獣と刃を交えられる訳もない。せめてもの抵抗として弱点は無いかと鑑定したものの、碌な情報が得られなかった。


『Name:ハーミット

ability:『暴食』『殺戮者』『索敵』『鋼鉄』『剛力』

草原に生息する『灰色の暴君』。一度狙った獲物は執念深く追い続け、疲弊したところを自慢の牙で磨り潰す。非常に五感が発達している』


な? これじゃどうやっても戦えないだろ?


というかability多すぎじゃないかな。異世界から態々来た俺の能力が一個なのに、ただの獣がこんなに能力多くていいのか。いや、良くない。


とはいえ、正直こいつのabilityが無かったとしても勝てる気はしない。ちらりと見ただけだが、そもそも奴のサイズがおかしい。単純な高さだけでも三メートルくらいあるし、尻尾とか含めた体長で測ったら六メートルはゆうに超えるだろう。


そして極め付けはティラノサウルスか何かかと思うほど凶悪な容貌だ。だらだらと口の端から垂れている涎に、大きな口に生え揃っている牙。あれは多分、サメとかと同じ折れたらまた直ぐ生えるタイプの牙だ。


だからどうしたという話だが、こうして少しでも現実逃避しないとやっていられないのである。命の危機に現実逃避なんてしてられないだろと言われるかもしれないが、実際に瀕してみれば分かる。多分乾いた笑いしか出てこないだろうから。


兎に角、この状況をなんとか打開しなければ俺に明日は無い。さもなくば獣の餌となるか。少なくともそんな未来、俺はゴメンだ。


考えろ、考えろ。人間は考える葦だ。思考を、知略を巡らせなきゃ生き残ることは出来ないーー!!


「くそ、こうなりゃヤケだ! 一か八か、人生賭けた大博打に出てやるよ!」


袋に手を突っ込み、中から取り出したのはカップ麺(豚骨)。デフォルメされた豚のマスコットが憎たらしい笑顔をこちらに向けている。


ベリ、と封を剥がすと、中から漂ってくる強烈な豚骨の匂い。思わず腹が鳴るが、食うために取り出した訳ではない。俺はくるりと振り返ると、こちらに向かって大口を開けている獣、ハーミットと改めて向き合う。


「これでも食らってな!!」


せっかくの食料を無駄にするのは本意でないが、背に腹は変えられない。俺は全力で腕を振るうと、そいつの口の中にカップ麺を放り込んだ。


『暴食』の異名は伊達ではないのか、飛び込んで来た異物を吐き出さずにそのまま口にする獣。

しかし俺の狙いは外れたのか、ハーミットはそのままスピードを落とさずこちらへと突っ込んでくる。


(くそ、失敗したか!?)


辛うじて突進を躱し、横っ跳びに倒れこむ。奴にとってみれば絶好の隙だろう。俺はこれから来るであろう痛みに耐えるように、ギュッと目を瞑った。





「……あれ?」


しかし、いつまでたっても来ない。恐る恐る目を開け周囲を伺うと、やはり近くにハーミットが立っていた。

だが、どうやら何かに苦しんでいる様子でひたすらに暴れ回り、周囲の木々を破壊している。近くで倒れている俺に目を向けるほどの余裕もないようだ。その姿を見て、自身の仕掛けた策がようやく効果を発揮したのだと悟る。


「……バーカ、化学調味料舐めんなよ」


カップ麺は知っての通り、非常に味が濃い。ラーメンという食べ物全般に言えることだが、これに関しては特に顕著だ。

そしてよりにもよってそれをお湯無しのまま、人を選ぶ豚骨味を口にしてしまったのだ。おまけにハーミットは『五感が鋭い』。天然の味に慣れているだろう獣にとって、化学調味料の暴力はさぞ響いた事だろう。


何にせよ、これで窮地は脱した。奴がこちらを見失っている間に、なるべく遠くへ逃げなければならない。俺は乱れた息を整える暇もなく、急いで森の中を駆け出していった。

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