七つの大罪

目の前に広がる光景は、夢ではない。


偽りの世界でもないのだ。


れっきとした、現実。


赤い色の雨が降ったかのように、水溜りが出来ている。


「・・・羨ましい、ね」


僕はかつて、彼女が言っていたことを思い出した。


君のその体の方が羨ましい。


嫉妬と色欲に今の彼女は支配されていた。


近づいて、よく観察する。


改めて、見ると非常に可愛らしい


汚れていても非常に。


・・・彼女がこんな事になったのは、数時間前に遡る。



数か月にわたり、僕らは別のエリアを旅していた。


普通に森の中を歩いていた時であった。


サーバルは、ふと立ち止まった。


「・・・私が、前に言った事覚えてる?」


僕は振り返り、彼女の顔を見た。

どこかしら、その顔には暗い影が差していた。


僕は、彼女に何か言われただろうかと思い、記憶を掘り返す。

ただ、出来事が多すぎて、何を言われたか明確に思い出せない。


「私ね、かばんちゃんが羨ましいって言ったよね?」


彼女に言われて、記憶の引き出しの奥底から思い出す。

確かにそんなこともあった。

だが何故彼女が今それを言ったのかわからない。


「私はかばんちゃんに先へ進んでほしくなかった。

でも、この前こんなこと言ってたよね。


ジャパリパークの外へ行くって」


ここのエリアの図書館でジャパリパークは一つの島で

何キロも先のところに行けば、ジャパリパークではない島に行けることが

分かったのだ。僕はその島に興味を抱き、憧れるようになった。


「それが...?」


「ねぇ、どうして・・・・?」


彼女は小刻みに手を震わせていた。


「どうして私を置いて先に行くの!?」


サーバルが怒っていた。

これは初めてかもしれない。


「どうしてって...サーバルちゃんも来れば...」


「そういう問題じゃない!!

そうやって、遠くへ遠くへ行こうとしているが嫌なの!!」


彼女の声はとても鋭かった。

皮膚が切れそうなくらい、鋭かった。

その時の僕は、何を考えていたのか。


「・・・だから何?僕がどこへ行こうと思ってもそれは

僕の自由でしょ?僕は行きたい所へ行くだけだよ」


「欲が強いね。そうやって行きたいから行くって!

私はこのパークからは離れたくない!絶対行かせない!」


「僕は絶対行く。このパークに残りたいって思いもあるけど...

本当の外の世界を見に行きたい。」


「・・・・かばんちゃん」


彼女の声は、再び暗くなった。


「私は、かばんちゃんと一緒に居たい。死ぬまで、ずっと、

離さない。縛り付ける...!

そんな、勝手に行こうとするのなら・・・動けない様にすればいい!」


彼女がそんな危険な思想を抱くとは、夢にも思わなかった。


彼女は目を光らせ、かつては敵をやっつけた、その爪を輝かせ

ながら、僕に向かってきた。


「うわっ!」


僕は驚いて、走り始めた。

途中腕のラッキーがなにか言っていたが、そんなのはどうでもいい。

元はと言えば、人と動物、普通にかけっこをしたら負ける。


そんなの分かっている。


一番最初に出会った時は、食べないよと彼女は言ってくれたが、

今この状況で捕まってしまったら、食べられるかもしれない。


とにかく、逃げないと。


運よく、近くに小屋があった。

そこに隠れよう。


幸運にもドアは空いていた。

急いでドアを室内にあった物で塞いだ。



「はぁ...はぁ...はぁ...」


あんな、恐怖を感じるサーバルは初めてだ。

この世の物とは思えない。


どうすればいいのか。


ここで、島の外には出ないと言えばいいのかもしれない。


だが、僕にも夢がある。その夢をかなえる為には、

何かを犠牲にしなくてはいけない。


僕は、友を取るか、夢を取るかで決断をしなくてはならない。

サーバルがあの独占したいという気持ちを捨てない限り、

両方取るという事は難しいだろう。


僕は・・・、僕は・・・


「夢を・・・・、掴みたい」




“カバン、ヤセイドウブツニ、オソワレタトキノ

ゴシンヨウニ、リョウジュウガ、パークニオイテアルンダ”


タイミングよくラッキーが喋り出す。


「・・・どこにあるんですか」


そんな事を言ってしまった。

普段ならそんなことは言わない。


だが、僕の心は恐怖に支配されていた。

自分の身を守る事に、精一杯になっていた。


“コノコヤニ、アルトオモウヨ”


僕は小屋を見回した。


ドンドンドンドン、と扉を叩く音が聞こえる。

サーバルだろう。


部屋の隅に、箱があった。

それを開けると、黒く光る物があった。


手に取ると、ラッキーが簡単に使い方を教えてくれた。

これを使うと、対象は死ぬと言っていた。


死ぬ、という言葉がわからなかったけど、簡単に言うと、

永遠に動かなくなるらしい。


僕は覚悟を決めていた。基本的にサーバルを撃つことはしない。


でも、万が一・・・、自分の命に関わる事が起きたとしたら...



それが例えサーバルであったとしても...


何時までもここに籠っているわけにはいかない。


対等に、向き合わなければ。


荷物を退けて、扉を開けた。


「ハァハァ...」


と、息をたてて彼女は立っていた。


「サーバルちゃん...」


彼女を直視する。


「ゴメンね。かばんちゃん。ちょっと、私...」


反省の言葉を述べ始めた。


「もっとかばんちゃんの意見を尊重すべきだったね。

かばんちゃんの人生なんだから・・・」


僕は経験から、今のサーバルに危険はないと判断した。

撃たずに済む。


サーバルは近寄り、僕に抱き着こうとした。


しかし、サーバルが僕のところに来るその数秒で、

僕の心は一瞬にして、疑心暗鬼に変わった。


もしかして、殺そうとしているのでは?


(・・・・)



「ウッ...」


サーバルの低い声が、聞こえた。



彼女は薄目を開けて、僕を見た。


「かばん...ちゃん.....目が...光ってる....」


僕にはそんな自覚が無かった。

サーバルが指摘した、目が光るというのは、

野生解放の現象と同じ。


僕が、野生解放したという事なのだろうか。


(ヒトの野生解放って、なに)


自分でもわからない。


気が付けば、僕はサーバルの前に立ち尽くしていた。


まじまじと、よく観察する。


汚れていても可愛らしかった。


次第に彼女が羨ましくなった。



これが、人間の野生の姿。


欲望のまま、思いついたままに行動する。


今の僕は欲望をコントロール出来ない。



ただ彼女を救おうともせず、僕は暴走した。




嫉妬と色欲に塗れた彼女は、死にかけのサーバルを愛でた。

羨ましい、とつぶやきながら。





ふと我に返ったとき、サーバルは深い眠りに陥っていた。


それに気づくと、自分は物凄い怒りに襲われた。


(・・・何で!何で!何でこんな事をッ!

撃つはずが無かったのに!何で撃ったの?

どうして、一番信頼していた筈のサーバルちゃんを撃ったの・・・)


自分の感情がわからない。


あううああああぁぁぅぅ...


変な声を発し、自分を完全に見失った。



(こんな自分は、嫌いッ!)


怒りに任せ、サーバルを撃った銃で僕自身に向かい、引き金を引いた。






「ニンゲンハ、オロカダネ。ヨクニマミレテ、シンジャウンダモン。

キカイノホウガ、スグレテイル。ソンナ、ヨクボウハ、ナイカラ」


動かなくなった、彼女の腕から、声が発せられた。



彼女達の流した涙や血を、洗い流す様に、雨が降り始めた。
























「・・・どうだった?」


タイリクオオカミは、目を輝かせながら尋ねた。


「・・・難しい表現が多いのです。かばんが野生解放してサーバルを殺すとか...

フィクションにしても度が過ぎませんか?」

博士は目を瞑り、腕を組みながら彼女に言った。


「そうですよ。もし、かばんやサーバルがこれをみたら・・・」

と、二人を気遣う助手。


「あーっ、ダメか...」


原稿を乱暴に破き始めた。



「もうダメだ。ダメダメダメ」


バーンと机を叩き立ち上がった。



「暫く、筆を休める事にするよ...。書きたくない」


疲れ切ったような、声を出し図書館を出た。


「タイリクオオカミ...大丈夫でしょうか?」


「さぁ...?」




「お二人さん、久しぶりですね!」


「久しぶりー博士!」


「戻ってきたのだ!」


「懐かしいねー」


オオカミと入れ替わりに、かばんが入って来た。


「おや?ごこくから帰って来たのですか?」


「ええ!たった今。ところで、オオカミさんどうしたんですか?

疲れ切ったような顔してましたけど...」


「ああ、彼女は、ちょっとしたスランプでしてね...」


博士が呆れたように説明した。


「でも、そのうちまた“表情”が欲しいとか言って、

ロッジで騒ぎ立てますね」


助手も博士と同じような感じで、話してくれた。



「せっかく戻ってきて、アレかもしれませんが、久々に料理を作ってほしいですね」


博士がかばんに強請る。


「アハハ...。相変わらずですね。わかりましたよ。少し一休みしたら作りますね!」


かばんとハカセが会話している、その後ろの方では、アライさんとフェネックが会話していた。


「フェネック!今度はアライさんがちゃんと見守っているのだ!

アライさんがいれば穴に落ちないから絶対安心なのだ!」


「その節はホントありがとねー、アライさん。じゃあ、ずっと見守っててね?」


「お任せなのだ!」



その日図書館からは笑い声が沢山聞こえたそうな。

でも、本当に純粋な笑い声はあるのだろうか?


彼女達が、人間の心を持ったことを忘れてはいけない。


人は、簡単に大罪を背負ってしまうから。




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This story loops.


色→七→強→暴→嫉→傲→怠→憤→|色

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七つの大罪 みずかん @Yanato383

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