女の人生①

女の人生とはなんだろう。


産まれ、育ち、そして結婚し、新しい命を授かり、産み、育む。

ほとんどの女が、そうやって生きていく。全員がそうだとは言わない。授かれない人もいる。もらい子を養い一つの家族となる選択をする人もいれば、子なしで夫婦で人生を歩む人もいる。これは悪いことではなく、人の体は未知で、欲しくても授かれない悲しみは、当人でないとわからない。

ただ、おおよその女たちはそうやって、繋いでいく。この世に生きた証の一つとして次代を残す。


じゃあ、私は。

私は、何を残すのだろう。




女川に沿って歩いてしばらくするとお蓮の家がある。一階は植木屋で二階が住まいとなっている。親子三人で暮らし、家族総出で植木屋を切り盛りしている。

唯一無二の親友へ会いに行くお銀の足取りは軽い。

植木がたくさん置いてあるお蓮の家に着くと、お銀は親友の姿を探した。


いた。

お銀がお蓮の姿に気づくと同時に、あちらもいつも生地に絵を描いて染めている変わり者の親友に気づいたようだ。

お蓮は側にいた母親に何か耳打ちすると、お銀の方へ駆けてきた。


「店番はいいの?」

「大丈夫や、お母さんが代ってくれるから」

「良かった」

「ちょうどお銀に会いに行こうか思ってたところやったから、お銀から来てくれて手間が省けたわ」

「以心伝心やね」


ころころ笑うと、娘二人は仲良く連れ立って歩く。

二人でしばらく女川沿いを歩き、とりとめなく話をする。話題は尽きることなく、次から次へと新しい話題へ移っていく。

ほどなくして、互いに語り合い一息きついたころお蓮が真剣な表情でお銀をみた。

どうしたのか。聞きたいのを我慢して、お蓮から話すのを待つ。

二人の間を風が吹きぬけると、ようやく友の重い口が開いた。

そして、告げられた言葉はお銀にはまったく予想していなかった事だった。


「ねえ、お銀。わたしね、結婚することになったわ」


お蓮が結婚する。

青天の霹靂に、お銀は言葉を失った。


「それ、本当?」

「こんな嘘言ってどうするん。本当やわいね。相手の方は、呉服屋の東松屋の方らしいわ。若旦那でね、道楽で盆栽や朝顔をみにうちに来ていた時に、わたしを見ていいなあ、と思ったんやって」

「その人のこと、お蓮は好きなん?」


お銀の問いにお蓮は困ったように微笑む。十八の娘はあどけなさを残した丸い頬に似つかわしくない、悟ったような笑みを作る。


「うーん。好きか嫌いかで言ったらどっちでもない、やね。ただいつか誰かと結婚するんやろなとは思ってたし、そのお相手が、少しでもわたしのことを好いていてくれるなら、むしろ嬉しいわ」

「その人と結婚するの」

「うん」


友の、決意を固めた目をみて、お銀はすとんと腑に落ちた。

もう、決めたこと。

お銀には、どうすることもできないこと。そして、その事実は、もう容易に友と会えなくなることを意味していた。


「嫌や」

「お銀?」

「お蓮はそれでいいの?」


お銀はそう叫ぶと、身を翻しお蓮とは反対の方へと走り出した。

結婚!

ほとんど全ての女が通る道。

結婚して、子供を産んで、育む。

お蓮もいつか、結婚するのだろうと思っていた。

しかし、お銀には何故かそれが大分先のことだと思っていたのだ。

あの火消しの男が二枚目だとか、あの大工の目は涼しげで素敵だとか。とりとめのない恋愛とも言えない会話を楽しみながら、いつか好きな人ができて、恋女房として嫁ぐことができたらいいとか。そんなことを話しながらも、お銀にとっては、結婚とは現実的ではない、どこか夢物語のようなものだった。


どれほど走っただろうか。

息がきれて苦しい。

座り込みたいのを我慢して必死に息を整える。無我夢中で走ったから今自分がどこのいるのかわからぬまま、お銀は息を深く吸い込んだ。

 まだ十八、もう十八。近所の者に冗談交じりにお銀は『黙っていれば小町』と言われ、一心不乱に絵を描く様を見られては、『嫁の貰い手がなくなる』とお節介を言われていた。だから、もう縁談が来てもおかしくない歳だということも理解しているし、すでに結婚し子を儲けている同年代の娘がいることもわかっている。だが、お銀にとっては身近ではないことで、それはお蓮も同じだと思っていた。

 結婚すればおいそれと実家に帰ることもない。婚家へ嫁げば、独身の時のように、好きな時に遊びに出て、優しい両親とぬくぬくと過ごすこともできない。お蓮の相手は呉服屋の若旦那。同じ商家でも、羽振りも違う。夫となる人のこともよく知らず、嫁ぐという。

 当たり前のようによく見知らぬ相手からの縁談を受け入れるお蓮が、お銀には信じられなかった。

 友が縁談が来ていると相談してくれなかったことも悲しく、一人大人になったような表情の友を見ていられなかった。

 そして、まるで自分一人が取り残されたような気持ちになった。

 地面に落ちる水滴が汗だけではないと気づいた時、お銀は憚ることなくぽろぽろと涙をこぼした。



 

 





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御国染の弟子 大根葱 @daikonnegi

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